植物生理学II 第10回講義
電子が移動する仕組み
第10回の講義では、電子伝達反応において、どのような原理に基づいて電子が移動するかについて、電荷再結合の回避や電子移動速度が決まる仕組み、また酸素発生系に電荷が蓄積する仕組みなどの例を挙げて解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:系1の電子伝達について、電子の逆流を防ぐためにP700からA0へ渡された電子はNADP+へ送られる前にいくつかの電子伝達成分を経ることを学んだが、電子伝達速度が電子同士の距離に依存するのならば、初めからA0とNADPHの距離を近づけておくことで、電子の逆流についての問題は解決できるのではないだろうか。間に挟む伝達成分が必要なくなるためコスト節約のメリットがある。またマーカスの電子移動理論から電位差による影響を考えても、速度上昇のピークに近くてメリットがあると考える(A0とNADPHの電位差はおおよそ0.7 ev)。これらのメリットを乗り越える理由を考察する。
一つは光化学系1循環的電子伝達系(サイクリック電子伝達)の影響である。フェレドキシンという電子伝達成分がNADPHの前に存在し、一部の電子をCyt b6/f複合体のプラストキノンへと伝達する働きを持つ。ATPのみが生産される他にもチラコイド膜内外にプロトンの濃度勾配のみが形成することで酸化還元状態を調節する働きを持ち、生理学的に重要であるためなくてはならない。ではフェレドキシンのみが伝達成分として機能すると考える。伝達成分を減らすことで電子伝達は加速すると考えられる。しかしフェレドキシンはタンパク質を結合し、ほかの伝達成分と比べて移動が遅い。電子伝達速度が制限されると仮定する。すると一定以上の伝達加速は見込めないため、冒頭で述べたメリットが一つ消えることになる。
2つ目はエネルギー面で考察する。伝達成分の多少で現れる差として考えられるのが、電子を任意の目的地まで運ぶために必要な個々のエネルギーである。バケツリレーを想像する。NADPHはカルビン回路に電子を受け渡す。任意の距離(h)として伝達成分(質量:a)が1つの時は(a+b)h分の輸送コストがかかる【電子(質量:b)】。間に複数の伝達成分を挟むことで、仮に伝達成分は移動せず、電子のみが移動すると仮定すると、輸送コストはbhで済む。伝達成分自体の往復を考えると一回当たり2ah分の差が生まれる。光合成のたびにこの差が生じることから、やがて電子伝達成分の生産コストを上回ると考えられる。以上の点から、複数の電子伝達成分が必要だと考察する。
A:なんとなくわかるようでもありわからないようでもあり、難しいレポートです。電子伝達成分を固定して、電子だけを移動した方が効率がよい、ということなのだと思いますが、その場合、最終的にはフェレドキシンに電子が渡るのだとすると、全体の反応速度(もしくは反応に必要なエネルギー)は律速段階であるフェレドキシンのところで決まったりしないのでしょうか。なお、フェレドキシン自体がタンパク質なので、「フェレドキシンはタンパク質を結合し」という言い方はちょっと変ですね。
Q:陸上植物のほとんどは2つの光化学系を持ち、水から電子を供給するPSIIとNADP+を生成するPSIがある。PSIIのみではNADP+を生成するには勾配が緩くなってしまうため、PSIを用いて2段階の反応でNADP+を作り出しているが、高山植物であれば、PSIIだけで光化学系の働きを補えるのではないかと考えた。高山植物は陸上植物の中でもより強いエネルギーを持つ紫外線を多く受けるため、P680からNADP+までのエネルギーの勾配が緩やかであるが、紫外線の照射量が地上よりも多いため、PSIを使わずにNADP+を生成することができる可能性がある。また、紫外線はエネルギーが大きいためにDNAを損傷する恐れがあるが、高山植物はフラボノイドの蓄積し、紫外線の吸収や損傷の修復をすることで紫外線から自身を守っている。このフラボノイドの紫外線の吸収と損傷の機構を保ったまま、フラボノイドが吸収した光をPSIIへと励起エネルギーとして供給できればPSIIのみでの光合成が可能であると考えられる。しかし、フラボノイドは紫外線領域に吸収極大をもつため、フラボノイドのみをアンテナ色素として光合成を行う場合、可視光領域を吸収極大に持つアンテナ色素の場合と比較して少ない光照射量で光合成をすることになるため、時間あたりのエネルギー生産量が少なくなってしまうことが予想される。また、フラボノイドとクロロフィルなどの可視光領域に吸収極大をもつ2つの色素をアンテナ色素として用いて光合成をした場合、光阻害などの影響を受けて結局光合成効率が下がってしまうことも考えられる。これらのことをふまえると、フラボノイドをアンテナ色素として用いた場合では、PSIIだけで光化学系の働きを補うことはやはり難しいと考えられる。
A:面白いアイデアで非常に良いと思います。「フラボノイドとクロロフィルなどの可視光領域に吸収極大をもつ2つの色素をアンテナ色素として用いて光合成をした場合、光阻害などの影響を受けて結局光合成効率が下がってしまうことも考えられる」の部分は、具体的にどのように光阻害がおこると考えているのかが、今一つわかりませんでした。逆に言えば、この部分を明確にして、その解決策を提案すれば、さらに素晴らしいレポートになると思います。
Q:KokのOxygen Clockでは、S0, S1, S2, S3, S4の段階があり、光子を1個受け取り、電子を1個放出することで、S0からS1、S1からS2、S2からS3、S3からS4へと段階が変化していた。また、光を照射しないと、S3, S2はS1へと段階が変化すると考えられていた。では、光を照射していない時に、S0の段階まで戻らず、S1の段階まで戻るのはなぜか、その理由について考察する。S0からS1、S1からS2、S2からS3へと変化する際、電子を1個放出している。そのため、S0が最も多くの電子を有していて、S1は電子を1個放出した状態、S2は電子を2個放出した状態、S3は電子を3個放出した状態であると考えられる。ここで、S2やS3の段階のように、電子を2個以上放出している状態であると、酸素原子が放出されてしまう可能性が考えられる。これを防ぐためには、光が照射されていない時には、電子を1個しか放出していないS1か、電子を放出していないS0の段階であった方が良いと考えられる。しかし、エネルギー的側面から考えると、S3, S2, S1, S0の順に保有エネルギーが多い。できるだけエネルギー状態の高い状態で維持している方が、植物にとっては都合が良いと考えられる。そのため、光照射のない状態で長時間維持するには、酸素原子の放出リスクがなく、保有エネルギーの高い状態であるS1の状態が最も適していると考えられる。以上より、光照射が無い状態で長期間維持するためには、酸素原子放出のリスクがない段階の中では最もエネルギー状態が高く、次の電子放出をスムーズに行うことができるS1が最も適しているため、S0までではなくS1まで戻るのだと考えられる。
A:これは素晴らしいですね。このような考え方は、僕には思いつきませんでした。危険を避けられる範囲で、エネルギー的になるべく損をしないようにするという戦略は、生物のいろいろな局面でよく見られます。その意味で、非常に本質的な考え方だと思います。
Q:光化学系Ⅱにおける酸素発生系の酸素発生がKokのoxygen clockのモデルで表され,反応が進行すると同期性が失われるようなメカニズムになっているのは,電子伝達系の効率や光障害の防止に良い影響を与えているのではないだろうか.酸素発生系では,水を酸素に酸化することで電子とH+を生成するが,電子はP680の還元に使われ,H+はプロトン濃度勾配に用いられる.もし,同期的に電子やH+の生成が行われると,周期的に酸素の濃度が大きくなると考えられる.すると,酸素が多くなる場合には,一時的に酸素濃度が高まって活性酸素が生じやすくなり,光障害が生じる可能性が大きくなるのではないだろうか.同期性が崩れていれば,酸素の濃度は一定を保つことができる.また,H+も酸素と同様に生成されるタイミングに偏りがあるので周期的に生成されると考えられる.したがって,反応が同期的に進行すると,H+濃度が周期的に変化してしまうので,プロトンの濃度勾配を作るときに電気ポテンシャルが安定せず光リン酸化が不安定になったり,膜電位に関わる他の分子の挙動にも影響を及ぼしたりするのではないだろうか.酸素発生系の同期性が崩れていれば,H+の生成も一定に保つので,電気ポテンシャルも安定的に維持することができると考えられる.なお,Kokのモデルでは,中間体を経るごとに電子を一つずつ生産するため,同期性に関係なくP680へ安定的に電子を供給することができると考えられる.このように,Kokのモデルで示される5つの中間体による非同期的な酸素発生系は安定的で円滑な電子伝達やATP合成を行うための一つの重要な役割を果たしていると考えられる.
A:これも非常に面白い考え方だと思います。ただ、酸素時計の周期性が見られるのは、あくまで短いフラッシュ(閃光)の繰り返しによって光合成を駆動した場合です。自然光(太陽光)は連続光なので、進化的な観点からこの点について論じるのは難しいかもしれません。一方で、近年、連続光では阻害を受けない光合成系が、光量が短い周期で変動するような環境では阻害を受けることが明らかになってきています。光量の変動自体は、風のある時の木漏れ日などのように自然界でも見られますから、周期性はともかくとして、一時的にエネルギーが過剰になるような条件は植物にとって危険である可能性は十分にあります。