植物生理学II 第6回講義

光の吸収とクロロフィル

第6回の講義では、光の吸収と色素の定義について確認したのち、自然界の様々なクロロフィルについて解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:今回の講義でクロロフィルの吸収を習い、クロロフィルは青や赤色光をよく吸収することを教わった。ではなぜ緑色の光は吸光度が低いのだろうと疑問を持った。青と赤は吸光度の高いクロロフィルが存在しているのに中間の緑色光をピーク値に持つクロロフィルが存在しないのはなぜだろうか。クロロフィルa・bの活性度合いで植物の中の体内時計を管理するためではないだろうかと考える。地球から降り注ぐ太陽光は大気を通過するときレイリー散乱という現象が起こる。電磁波が自身より小さな分子の間を通過するときにおこる現象で光が散乱する。時間帯によって太陽光の入射角が変わるため、太陽光が地面に届くまでの距離が変わることで散乱光の強度が変化する。朝や夕方は赤色の散乱光が見られ、昼間は青色の散乱光がみられる。つまり、クロロフィルaが朝と夕方によく反応して、昼間にクロロフィルbが活性化することで植物の中で体内リズムをメカニズムが存在し、体内でのエネルギー効率を高めたのではないだろうか。

A:内容を考える前に、用語に引っかかってしまいます。色素は、光を吸収して励起状態(エネルギーを持った状態)になりますが、それについて「反応」「活性度」「活性化」という言い方はしません。あと、「体内リズムをメカニズムが存在し」など、日本語になっていない部分も見られます。さらに論理的には、散乱光の検知メカニズムにクロロフィルaとbを使うとしても、緑の光を吸収することは可能な気がしますので、話の流れの組み立て方ももう少し工夫できると思います。


Q:陸上植物の光合成にはクロロフィルa,bが用いられるが、なぜその二つが進化の過程で陸上植物の光合成色素として残ったのか考える。クロロフィルa,bが主に吸収する光の波長は415 nm付近と、670 nm付近である。670 nm付近の長波長の光を吸収するメリットとしては、波長が長い方が散乱されにくいため地表に光が届きやすく、光合成に利用できる光の波長であるということが考えられる。しかし、クロロフィルa,bのどちらの吸収スペクトルにおいても、670 nm付近ではなく415 nm付近において最大の吸光度を持つ。また、陸上植物では吸収スペクトルの形がよく似たクロロフィルa,bの2種類を主に持つのに対して、水中に生息する藻類ではクロロフィルaの他にβ-カロテンやフィコシアニンなどの光合成色素も共に持つものが多いことを考えると、長波長において吸光度の最大値を持つのではなく短波長で最大値を持つのは、地表で繁殖する陸上植物にとっては可視光領域であれば、成長に十分な量の光エネルギーを獲得することができるのではないかと考えられる。そして、従来使われていた光合成色素のうちで光合成の効率が良いクロロフィルa,bが陸上植物の光合成色素として残った、というのがクロロフィルa,bが進化の過程で陸上植物の光合成色素として残った理由ではないかと考えられる。

A:「成長に十分な量の光エネルギーを獲得することができる」というのは、光が生育の律速にはなっていない、という意味でしょうか。その場合は光は十分ということでしょうから、「光合成の効率が良い」というのが何を意味しているのかが少しわかりにくいですね。


Q:葉には太陽の光を集める役割がある。普通に考えると、葉の厚さが厚く、光が透過する距離(光路長)が長い方が効率的に光を吸収できるだろう。しかし、一般的に葉は薄い構造をしていて、光はわずか1ピコ秒で葉を通り抜けてしまう。そこで、葉が光路長の短い薄い構造をしている理由と、光路長の短い葉がどのようにして光を効率的に吸収しているのかを考察していく。葉の厚さを厚くすれば、光が透過する時間が増加し、受容した光をより効率的に吸収できる。しかし、葉の厚さを厚くすると、葉の上部では強い光を受容できるが、葉の下部では、既に葉の上部に吸収された後の弱い光しか受容できなくなってしまう。一方、葉を薄くし、光を受容する面積を広げることで、より多くの面で強い光を受容できる。そのため、葉を厚くして光路長を長くするよりも、葉を薄くして光を受容する面積を広げるように成長した方が、メリットが大きいのだと考えられる。
 では、薄い葉でどのようにして光路長を稼いでいるのだろうか。ここで、葉の内部構造に着目して考えた。葉の向軸側では柵状組織が発達し、背軸側では海綿状組織が発達する。柵状組織は細胞が整然と並べられているため、光が反射しにくいだろう。一方、海綿状組織では細胞間隙があったり、細胞の並び方が不規則であったりするため、光が気体と液体の中を何度も透過することになり、結果として光は複雑に散乱すると考えられる。そのため、葉の向軸側の柵状組織では光を散乱させずに多くの光を葉の内部に取り入れ、葉の背軸側の海綿状組織では光を散乱させることで、実質的に光路長を稼いでいるのではないかと考えた。以上より、葉の厚さを厚くして光路長を稼ぐよりも、葉を薄くして光受容面積を大きくする方が効率が良いと考えられる。また、葉を薄くすることで光路長が短くなってしまうが、海綿状組織で光が散乱することで光路長を稼ぎ、光を効率的に吸収しているのだと考えられる。

A:話の論理はしっかりしていてよいと思うのですが、前半は光路長が長い必要はない、後半は光路長が長い方がよい、と言っているように感じられます。そのあたりの接続には、少し工夫の余地があるかもしれません。


Q:アカリオクロリスの仲間がクロロフィルdを持つようになった経緯を地球環境の変化,それに伴う光合成生物の光合成色素の多様化,クロロフィルの構造の3点に着目して考察する.約15億年前,光合成生物が酸素を放出し続けた結果,オゾン層が形成された.すると,紫外線が弱くなるのでより効率的に(より多くの波長の光を利用して)光合成を行うためにシアノバクテリアはフィコビリソームやクロロフィルbを進化させたと考えられる.それに伴い,そのようなシアノバクテリを取り込んだ1次共生生物や2次共生生物は,それぞれの生息場所で適した光合成を行うためにすでに獲得している光合成色素を取捨選択したり新たに合成したりしていったと考えられる.その中で海棲性光合成生物では,海の中では波長の大きな光は水分子に吸収されやすく利用するには効率が悪いので赤外光を利用する種がほとんどいなくなったと考えられる.特に,紅藻類は,水に吸収されにくい波長の光を吸収するフィコビリソームを維持した一方,クロロフィルbの有無は生存に大きく影響しなかったため,合成しなくなったと考えられる.その結果,アカリオクロリスの仲間はその空いたニッチに入り込んで近赤外光を主に利用するようになったと考えられる.そして,アカリオクロリスの仲間が近赤外光を利用する上で獲得したクロロフィルdの構造に注目すると,クロロフィルaの側鎖の一部であるCH=CH2基がCHOに変化しており,1回の酸化反応を受けて合成されたと考えられる.また,クロロフィルbについては,クロロフィルaの側鎖の一部であるCH3がCHOに変化しており,これも1回の酸化反応を受けて合成されたと考えられ,クロロフィルdと合成系が類似する.このことから,アカリオクロリスの仲間はシアノバクテリなので,もともと持っていたクロロフィルbの合成経路を少し変化させることでクロロフィルdを合成し,光合成に利用するようになったと考えられる.またさらに,紅藻類に付着する上で,紅藻類と光合成に利用する光を奪い合わないようにするために,クロロフィルdに対してクロロフィルaの割合を小さくしたと考えられる.

A:よく考えていて素晴らしいと思います。二つコメントをしておきます。一つは、シアノバクテリアの中にクロロフィルbの合成経路を持つようになったものがいるのは確かですが、それがどの程度普遍的なのかについては、現在でも確固とした説はないと思います。もう一つは、講義の中で少し触れましたが、アカリオクロリスがホヤに共生していたという事実です。その場合、一般的な海洋環境とはかなり異なる光学特性を持った環境を考える必要があるかもしれません。


Q:今回の講義の終盤にクロロフィルfに関する説明があった。クロロフィルfは、はじめにストロマトライトから発見され、クロロフィルdと同様に、赤外領域の光を吸収するクロロフィルとして知られている。クロロフィルdを持つシアノバクテリアもfを持つストロマトライトも厳しい環境下で生存できるとのことだったが、植物の生存環境とクロロフィルの種類の変化には何かしらの関係があるように思う。実際、クロロフィルfを持つ生物が琵琶湖から見つかったのは湖底であって、光は水中で散乱されるので水深が深いほど波長の大きい光しか届かなくなる。また、ストロマトライトも塩濃度の高い水域に生存するが、溶媒分子が多い水は散乱体が多いと考えることができ、こちらも散乱が起こりやすいといえる。結局、そういった長波長の光を吸収するクロロフィルを持つ生物はそれなりに長い波長が届きやすい環境で生きていることになり、彼らにとっては厳しい環境ではなく生存しやすい環境なのかもしれない。

A:きちんと考えていてよいと思います。講義の中で話したかどうか定かではないのですが、アカリオクロリスの中でクロロフィルdが主要な色素として働いているのに対して、クロロフィルfの量は少なく、しかも、長波長の環境下で培養したときだけに出現します。はたらきとしては2つの色素は似ているのかもしれませんが、環境とのかかわりという点では、異なる点もあるのかもしれない気がします。