植物生理学II 第3回講義
光合成の初期進化
第2回の講義では、光合成の初期進化について、光合成細菌とシアノバクテリアの関係を中心に解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:今回の授業は葉緑体の起源という事で主に光合成生物について学んだ。その中でバクテリオクロロフィルについて少し興味が出たので、バクテリオクロロフィルについて調べていた。すると、2012年に立命館大学にて発表されたバクテリオクロロフィルfについての記事を見つけたため、そのまとめをレポート課題とする。バクテリオクロロフィル(BChl) fは存在自体については以前から予想されていたが、所在については明らかになっていない新種の細菌型クロロフィルの1種である。研究グループは2003年から調査を始め、今回、光合成を行う細菌の変異体内にBChl fの存在を確認し、併せてそれらが光合成に関与していることを証明した。これはBChl g以来、約30年ぶりの発見であり、この発見によりBChl aからgまでの細菌型クロロフィル7種類がすべて発見されたこととなる。今回の研究成果は、光合成に関わるクロロフィルなどの色素分子の進化過程を考える上で大変重要であり、今後、天然の光合成の機能を分子のレベルで明らかにするばかりでなく、太陽光エネルギーを物質に変換させる「人工光合成システム」の実現(人工的なソーラーシステムの開発など)にも弾みがつくものと期待され、バイオエナジー獲得の新規アプリケーションの開発における研究分野においても、大きく貢献すると考えられると、研究グループは述べている。文献1
参考文献 文献1:2021.10.11閲覧、 https://news.mynavi.jp/article/20120928-a151/
A:最初にアナウンスをしたと思いますが、このような「調べもの」レポートは、この講義のレポートとしては評価の対象になりません。
Q:葉緑体は光合成を行う細菌が宿主の真核細胞に細胞内共生したことに起源と習った。そして葉緑体には膜の中に葉緑体タンパク質が存在していることを知った。では葉緑体タンパク質は生体膜をどのように通過しているのだろうかと疑問に思った。チャネルが存在しているのではないだろうか。調べてみると論文が存在しており、大阪大学の研究で2013年に葉緑体タンパク質の輸送チャネルを、2018年に7つのタンパク質から構成される輸送モーター複合体の存在を明らかにした。これによりATPの加水分解エネルギーを利用してタンパク質輸送チャネルと結びつくことで、葉緑体タンパク質を外から運び入れる働きを解明した。輸送体の構成因子には葉緑体の遺伝情報で未知の遺伝子がコードされていることが分かっている。葉緑体の遺伝情報は核に移行して進化の中で短くなっていくため、遺伝情報をもとに輸送体の進化の過程をたどる。葉緑体の進化の過程と藻類や植物の進化の過程を結びつけて考察できる研究は細胞構造の仕組みを解き明かす面白さがあると感じた。また輸送体と葉緑体タンパク質の関係を明らかにできれば、光合成サイクルの発見に寄与すると考える。
A:これも、最後の2文以外は調べものレポートなので、評価の対象とならず、最後から2文目も「感じたこと」なので評価の対象になりません。最後の1文は評価の対象ですが、評価基準である自分の頭で考えたロジックが含まれていませんから、評価としてはゼロになります。
Q:今回の講義の中で、宿主のファゴサイトーシスによってシアノバクテリアが細胞内に取り込まれたという解説があった。細胞内共生説について、なぜ外から取り込まれた生物のDNAを制御できるのか、といった疑問が昔からあった。僕は、以前受けた別の講義で生命の起源について学ぶ機会があった。その講義では、熱水フィールドの粘土鉱物上で脱水と水和が交互に起こっており、脱水により有機物が濃縮し、水和により重合された有機物が脂質二重膜に包まれ、プロトセルとなる。この脱水と水和が繰り返されることで、プロトセルが複雑化していく、という風に学んだ。このような熱水フィールド上でプロトセルが複雑化していく過程の様に、シアノバクテリアが一つの小胞に取り込まれたことで共生したという可能性はないのだろうか。もしこの説で共生するようになったのであれば、高温に耐性のあるシアノバクテリアが存在すると考えられる。
A:これは、真ん中の別の講義で聞いた話以外の所は評価の対象ですが、最初の問題設定である「DNAの制御」についての疑問が、最後では、共生の過程と環境の話になっていて、レポート全体として論理が通っていません。おそらく、一度書いてみたら、それを読み直して、自分の言っていることは論理的かな、と見直す習慣をつけるとよいでしょう。
Q:真核細胞は、細胞内部に膜構造を集約したオルガネラを持つことで表面積を稼ぎ、細胞の体積を大きくしている。原核細胞であっても、大脳のように表面をしわ状にしたり、小腸のように小さな突起を作ったりすることで、細胞の体積を大きくできるのではないだろうか。このような形状をとることで、細胞膜の表面積を確保しつつ細胞の体積を大きくすることができるように思える。しかし、実際にそのような形状を持つ原核生物は存在しないと考えられるため、その理由を考察する。
大脳や小腸は、いずれも複数の細胞が集まって形成された器官である。そのため、1つの細胞と比較すると十分な強度があると考えられる。一方、1つの原核生物の細胞膜の表面をしわ状や突起状にすると、十分な強度を確保できないのではないだろうか。細胞の形が丸ければ、外部からの圧力は細胞膜の表面全体に均等にかかるものの、しわ状や突起状であると、強い圧力がかかる場所ができてしまうと考えられる。大脳や小腸と違い、一枚の膜で覆われている細胞では、しわ状や突起状の構造にすると、強度が低くなってしまうだろう。
また、細胞膜の構造をしわ状や突起状にすることで、細胞内部での物質の拡散が十分に行われなくなる可能性が考えられる。細胞の形が丸ければ、細胞内の全体に物質が拡散するものの、しわ状や突起状の形状をしていた場合、物質が届きにくい部分などが生じてしまうと考えられる。
細胞の体積を大きくすることで得られるメリットとして、複雑な構造を持つことができるようになることや、捕食圧を逃れることができることが挙げられる。しかし、核を持たず、転写と翻訳がほぼ同時に行われる原核生物にとっては、細胞の複雑性の向上や捕食圧を逃れることを優先するよりも、素早く蛋白質を合成して増殖するスピードを向上することを優先させた方がメリットが大きいと考えられる。そのため、真核生物と比べて、細胞の体積を大きくするメリットが薄いと考えることができる。
以上より、細胞膜をしわ状や突起状にして細胞膜の表面積を増やし、細胞の体積を大きくしている原核生物が存在しないのは、細胞の強度と細胞内部全体への物質の拡散を維持し、増殖スピードを確保した方が効率が良いからであると考えられる。
A:これは、ユニークな問題意識をもって、それに対して論理的に考察を加えていますので、素晴らしいと思います。なお、普通の真核細胞よりもはるかに大きな原核細胞というのも見つかっているのですが、その場合は、中心部はほとんど生物活性を示さず、細胞表層だけに代謝が見られます。その理由は、ここの考察からもわかりますよね。
Q:バクテリオクロロフィルとクロロフィルは構造が非常に類似する.バクテリオクロロフィルからクロロフィルに進化する過程は非常に容易であったと考えられ,クロロフィルが先に(もしくは同時に)誕生していてもおかしくなかったのではないだろうか.バクテリオクロロフィルが先に誕生し,クロロフィルが進化するまでに一定の時間を要した理由を考察する.原始地球では,二酸化炭素濃度が今より高かったため,空は青ではなくオレンジ色であったと予測されている(植物系統学の授業より).このことから,陸上や海面付近では散乱しにくい近赤外線領域の光を利用することは効率が良かったと考えられる.さらに,硫化水素が豊富にあり,酸素より硫黄の方が電気陰性度は小さいので,エネルギー強度の低い赤外線でも光合成の代謝経路を働かせることができたと考えられる.しかし,生物の数が増えていけば,他の生物との競争もあったと考えられ,分布や資源利用に関して多様化する必要に迫られる.これによりエネルギー効率の良いクロロフィルの獲得及び系I,IIの双方を利用する種が結果的には繁栄していくようになったと考えられる.
A:これもよく考えていてよいと思います。ただ、光環境と硫化水素でどちらが主要な原因であったのかが、文章からはよく読み取れませんでした。環境が赤外線だから、硫化水素を使うしかなかった、というロジックであるように思いますが、硫化水素があったので、赤外線を使う方向に進化したという向きの論理が否定されるのかどうかを明確にすると混乱が少ないようにに思います。
Q:系統樹を用いた酸素発生型光合成生物の進化について議論があった。説としてシアノバクテリアと分岐して以降のどこかで光化学系を失うか、あるいはシアノバクテリアとの分岐の時点で光化学系を失い、それ以降でシアノバクテリアと共生を始めたかという考えが紹介された。もし後者が起こり得たのであれば、シアノバクテリアと同じ原核生物である光合成細菌がファゴサイトーシスにより共生をはじめ、真正細菌の持つような循環型あるいは非循環型のどちらかだけの光合成システムを持つ真核生物がいても良いのではないかと考えた。ここでシアノバクテリアと光合成細菌の光合成では、二酸化炭素から炭水化物を合成するための還元剤が水と硫化水素とで異なっている点で考えてみる。すると、外部環境に直接されされる細菌と、膜によって仕切られた細胞の中(=生体内)で共生する細菌とでは、硫化水素が細菌に届くまでに宿主の細胞質を通らなければならないという違いが生じる。細胞内のpHは7強であるから、硫化水素は電子して、共生した細菌に届く機会が少なくなってしまうことで、上手な光合成の利用に至らなかったのではないかと考える。
A:硫化水素を利用する細胞内共生はが難しい、という考え方のレポートはこれまでなかったと思います。ユニークな視点を持っているレポートで、高く評価できます。