植物生理学II 第11回講義
光合成の産物
第11回の講義では、炭素同化について少し補足をしたのち、光合成の産物について解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:糖の貯蔵形態としては水溶せず安定なデンプンは適しており、イモでは根によく貯蔵されていることが知られているが、一方でスクロースとして貯蔵しているものもテンサイやサトウキビなどがよく知られている。この貯蔵形態の違いが何の差に由来するか考察する。今回の講義では光合成の産物について話があり、内容としては産物は基本的には細胞質ではスクロースとして生産され、スクロースリン酸合成酵素(SPS)の活性が律速になりだすと葉緑体内にデンプンとして貯めだすというものがあった。この場合、スクロースとデンプンの貯蔵形態の比を決めるのはSPS活性ということになるといえるだろう。しかし、これではデンプンは葉緑体内に貯まることになってしまい、実際の形態としてはデンプンとして貯蔵される場合も篩管から根や果実に運ばれる場合が多く、このケースではSPS活性と関連付けることは難しいと考えた。こうした場合、一度スクロースとなった産物がどのように貯められるか考える必要があるだろう。そこで、それぞれの糖の特性について簡単に考察を行う。一般にデンプンのような多糖は安定であるがエネルギーとして利用するためには多くの反応を必要とし、また不溶であるため輸送にも適さない。一方で、スクロースのような単純な糖は不安定であるが水に溶けて反応に利用しやすい。そのため、貯蔵形態を選ぶ際には長期の保存と利用の簡便さが天秤にかけられていると考えられる。実際に、デンプンをよく貯める器官には塊茎や胚乳のようなものが挙げられるだろう。一方でより簡単な構造の糖を貯蔵する器官にはサトウキビの茎やテンサイの根、比較的すぐに芽を出すような果実などが挙げられ、産生した糖をどのくらいのスパンで利用するのかが貯蔵形態に影響すると考えられた。以上より、糖の貯蔵形態を決定する要因としては、その糖の保存期間・利用頻度が影響すると考えた。
A:よく考えていると思います。一方で、スクロースを大量に貯める場合には、浸透圧の問題も潜在的に生じます。その部分に関する考察が少しあってもよいように思いました。
Q:細胞伸長の条件として細胞壁が緩むという事が挙げられ、エクスパシンというタンパク質がそれに寄与する役者の1つであり、細胞壁多糖間の水素結合を切断する、もしくは緩める?(1)事を学んだ。もしもこのタンパク質の単離が容易になれば、バイオマス燃料開発に役立つのではないかと考えた。バイオマス燃料開発での難点は、植物のセルロースを糖へと分解する上でのエネルギー効率が悪い事である。そこで、セルラーゼによる酵素分解が有効ではないかと考えられるが、実際は「天然セルロースはその高度に発達したミクロフィブリン結晶構造に加え, 水に不溶性であるため, セルラーゼによる酵素分解には極めて強い抵抗生を示し, 難分解性である」(2)との事である。そこで、セルロースの分解に、セルラーゼだけでなく実際の植物で細胞伸長の際に働くエクスパシンも使用すれば効果を発揮する可能性もあるのではないかと考えられる。また、セルロースには水素結合の交換が生じる、つまり構造として軟弱化する温度が存在し、(3)(高温という事ではない)その温度に設定する事でセルロース分解がし易くなると考えられるが、セルラーゼであれば酵素である以上温度によって活性が制約を受ける可能性があるが、非酵素のエクスパンシンならばその懸念が小さい。まとめると、エネルギー効率の良いバイオマス燃料産生には、あるセルロースが構造として軟弱化する温度とセルラーゼ、エクスパンシンの添加が有効な可能性があると考えられる。
《参考文献》
(1) 住吉美奈子, 岩井宏暁, 佐藤忍. 植物細胞壁:その多様なはたらき. 化学と生物. Vol.53, No.7, 2015, P.465
(2) 岡田嚴太郎,田中義正. セルラーゼ-天然セルロースの酵素的分解機構. 澱粉 科学. 第35巻, 第4号, 1988, P.253
(3) T. Shen & S. Gnanakaran. The Stability of Cellulose: A Statistical Perspective from a Coarse-Grained Model of Hydrogen-Bond Networks. Biophysical Journal. Vol.96, Issue8, 2009, P.3032-3040
A:これも考えてはいますが、同様のアイデアはあちこちで見られますから、オリジナリティーがあるとはあまり言えませんね。
Q:植物がセルロースを好んで利用する理由を考える。まず一つ目は、セルロース繊維の力学的強度によると考えられる。植物は光エネルギーを使って有機物を作り成長・生育する関係上、降り注ぐ日光がよく当たる状態に自らを持っていく必要がある。このための方法として一つは日当たりの良い場所に移動するという手段が取られるが、これは1個あたりの物質的な生産コストが低い小さな種子をばら撒くという形を取っている植物が多く、植物体自体が移動性を必要としないのも種子散布のおかげだと考えられる。もう一つは、周囲の他の植物に光を遮られるため、より自らの背を高くして日当たりを獲得するという手段である。より少ない物質的なコストで背を高くすることが他の植物との競争に勝つために必要であり、そのためにはできるだけ少ない量で自らの体を力学的に支持できる物質を利用する方が有利である。セルロースという丈夫な物質のおかげで、強度を持って自立する植物体をあれほど細長くできる。二つ目は、セルロースの化学的安定性によると考えられる。セルロースは有機物の中では反応性が低く、分解にコストがかかる。従属栄養生物からすれば植物を食べる際、セルロース含有率が高いとその分実質的な儲けが少なくなることになるので、セルロース含有率の高い植物は食べられにくく生き残りやすいのだと考えられる。
A:全体として三つの理由を挙げているように見えますが、最初のものはセルロースとは無関係なのでしょうか。そうであれば、少し書き方を工夫したほうがよいかもしれません。
Q:光合成の産物として、植物は基本的にスクロース、セルロース、デンプンを作るとの話があった。この話を聞いて思い出したのが、メンデル遺伝を説明するときに出てくる「丸」と「しわ」の種子の違いについてだ。「丸」の種子はアミロペクチンを作りグルコースを多数結合させることができる一方で、「しわ」の種子はアミロースを作るためグルコースが少数しか結合できない。そのため「しわ」の種子にはスクロースが蓄積し、浸透圧の上昇によって一旦水を吸い、それが乾燥することでしわができるのだと聞いたことがある。これを基にして考えると、メンデル遺伝でいう劣勢遺伝子のホモはスクロースを多くもつ甘い種子を作ることになる。このことから、遺伝的にアミロペクチンでなくアミロースを作る株を増やせば甘い種子を持つこととなり、人間が摂食するという点においては好都合になるのではないかと考えた。
A:アミロペクチンが合成できなくなれば、デンプンの性質は必ず変わりますが、その時にスクロースが蓄積するかどうかについては、なんとなく植物の種類によっても異なるような気がしますね。そのあたりについて、もう少し考察ができるかもしれません。
Q:還元的TCA回路はその反応過程を見るとTCA回路の逆反応であることが予想される。今回は反応生成物のみでなく、その酵素についても調査することで、逆反応であるかどうかを検証した。今回主に調査したのは次の4つの酵素であり、それぞれ還元的TCA回路とTCA回路において、共通な反応を持つ部分に着目した。左側が還元的TCA回路の酵素、右側がTCA回路の酵素である(ピルビン酸シンターゼ/ピルビン酸デヒドロゲナーゼ)、(ATP-クエン酸リアーゼ/クエン酸シンターゼ)、(イソクエン酸デヒドロゲナーゼ/イソクエン酸デヒドロゲナーゼ)、(α‐ケトグルタル酸シンターゼ/α‐ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ)。以上の還元的TCA回路の酵素のうち、シンターゼはその逆反応が特定の基を除去する反応であるから、その対応する酵素がデヒドロゲナーゼとなっており、同一の酵素ではないかと推測できる。また同様にして、ATPクエン酸リアーゼはその逆反応がシンターゼであることから、これも同一の酵素ではないかと考えられる。イソクエン酸デヒドロゲナーゼのみは両回路で同様の酵素が用いられていることが明らかとなっており、還元的TCA回路におけるイソクエン酸デヒドロゲナーゼの方がよりCO2親和性が高く、炭素固定に適した酵素であることも判明している。また、ATP-クエン酸リアーゼ(ACL)については好熱性好気性細菌で活性を示していることがわかっており、好気条件下で働く還元的TCA回路の酵素として知られている。この酵素はクエン酸→シトリルクエン酸→オキサロ酢酸/アセチルCoAの反応を触媒しており、TCA回路におけるオキサロ酢酸からクエン酸への反応を触媒するクエン酸シンターゼの逆反応となっている。好気条件においてTCA回路の逆反応を示すことと、還元的TCA回路がTCA回路の元となった可能性を考えるとACLはTCA回路における対応する酵素と同一なのではないかと推測される。
(出展)「還元的TCA 回路の鍵酵素ATP-citrate lyase について」 Tadayoshi Kanao, 岡山大学農学部学術報告Vol.94 ,39-45 (2005 )、光合成辞典 https://photosyn.jp/pwiki/index.php?還元的TCA回路
A:ここで、「同一の酵素」というのが、「同一の機能をもつ酵素」なのか「同一の遺伝子にコードされた酵素」なのかが、よく読み取れませんでした。一般論では、ある代謝経路と、その逆反応となる代謝経路では、必要に応じてそれらを別々に制御するために、同じ反応を触媒する別の酵素を使う場合が多いようです。