植物生理学II 第5回講義
光合成色素の多様性
第5回の講義では、光合成の反応にかかわる色素であるクロロフィル、カロテノイド、フィコビリンについて解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:今回の講義ではクロロフィルd、fは赤外線を励起光として利用でき、これは多くの光合成生物が共通して持つのではなく一部のシアノバクテリア内で確認されているのみであることが紹介された。また、このうちクロロフィルdを持つシアノバクテリアはホヤや紅藻(一部緑藻)に共生し、クロロフィルfをもつシアノバクテリアはストロマトライト内や琵琶湖などの湖に存在しているということだった。なぜ赤外線を光合成に利用する生物がこれらのみなのかを考察する。
まず、他の生物が赤外線を利用しない理由だが、明らかな理由としては光子のもつエナルギーが低いことが挙げられるだろう。光合成では光子が直接、もしくはアンテナ色素を経由して活性中心を活性化させる必要があるが、赤外線ではクロロフィルd、fの例から励起が十分でないとは言えないが、利用可能なエネルギーが小さくなり反応系を動かすのに不利になるのだろうと考えた。また、もう一つの理由としては、授業内でも触れられたように赤外線に水の吸光スペクトルに被ることが挙げられ、生体外・生体内の水に吸光されて反応系がよくは動かず、維持のコストのみが嵩んでしまうからだと考えられた。
では、クロロフィルd、fをもつ生物はどんなメリットがあるか考えると、まずクロロフィルdの方は主に赤色の生物(ホヤ・紅藻)に共生するために、吸収される光は得られない代わりに付着する面を中心に利用されず透過・反射した赤に近い波長の光が多く得られ、これに対して吸光スペクトルが他のクロロフィルと比べると青のピークが小さく赤色側に吸光のピークが大きく、さらにピークがずれているクロロフィルdが有利になるのだろうと考えた。クロロフィルfについては、湖という環境は川や海と比べると赤潮が発生しやすく、それに対しての応答と考えると、授業内で紹介された赤外線下で育てることで発現が増えることも含めて説明が可能なのではないかと考えた。クロロフィルfについての考察は、赤潮の発生した湖や池の中でシアノバクテリアを採取し、平時と量を比較することで可能性を検討できると考えた。
A:よく考えていてよいと思います。このように考えた場合、陸上でも、林床の植物はクロロフィルdやfを持っていると有利になりそうですが、どうでしょうね。
Q:オキツノリにはシアノバクテリアが付着しており、オキツノリで見られたとされるクロロフィルdはそれ由来であったという話を伺った。このシアノバクテリアがなぜ紅藻に付着するのかという疑問が生じるが、これは強光阻害を防ぎながらも安定して光を得られるためではないかと考える。独立栄養生物である以上、光の確保が重要であるが、紅藻に付着するという事はつまりそこが紅藻の生育に十分な程の光が届く場所という事を意味しており同時にシアノバクテリアにとっても光環境が保証されている事を意味する。ただ、強光による活性酸素の発生を伴う葉緑体の損傷はシアノバクテリアにとって致命的である。そのため、この現象を発見した村上氏の論文(1)では詳細は述べられていなかったが、このシアノバクテリアは恐らくオキツノリの葉状体の(海水中垂直上方向から見て)裏側(陸上植物で言うところの背軸側)に付着し、クロロフィルaを持つオキツノリが可視光を吸収することで強光阻害を防ぎつつ、オキツノリでほぼ吸収されず通過した赤外光を光合成に利用しているのではないだろうか。
《参考文献》(1) Akio M. et al. Chlorophyll d in an Epiphytic Cyanobacterium of Red Algae. Science. 12 Mar. 2004. Vol. 303, Issue 5664, P.1633
A:面白い考え方ですね。クロロフィルのaとdの吸収スペクトルの知識もきちんと使って推論していて、非常によいと思います。
Q:今回の講義で色素の生体への有害性について伺い、色素がどのようにして生まれたのか疑問に思った。活性酸素の例があったが酸素でなくても硫黄などはラジカルになるだろうし、下手に光を吸収する物質を作るのは生物にとって危険だと考えられる。現在の陸上植物などは種々の色素による光エネルギーを無害化する複雑なシステムを有するが、最初に色素を持った生物はどうだったのだろうか。そこで、クロロフィル獲得以前に生まれたと思わしいバクテリオロドプシンによる光エネルギー利用に着目した。色素はビタミンAとほぼ同じレチナールであり、オプシンと協調してプロトンポンプとして働く。バクテリオロドプシンが紫色であることから可視光の吸収波長は長めで、ポンプ駆動に使えば害を及ぼすほどのエネルギーは産まれないと予想される。ここで考えられる仮説は、最初に生物が獲得した光合成色素は元々持っていたプロトンポンプをうまく利用することで安全に活用され、そこから種々の光合成色素が、おそらくビタミンAのような分子(カロテノイド)がクロロフィルに先駆けて獲得されたというものである。クロロフィルを獲得した時に、それ以前に獲得していた色素を利用して無理なく無害化することが可能になったのだと考えられる。
A:アイデアとしては非常によいと思います。ただ、文章の論理の流れには、少し改善の余地があるようです。言いたいことは行間を読めばわかるのですが、例えばカロテノイドとレチナールの出現時期の前後など、明示されていない部分が多いので、論理構造がカチッとしていません。科学的なレポートでは、行間の部分もきちんと説明しきることが重要です。
Q:カロテノイドの役割の一つとして「余分な光エネルギーを熱として捨てる役割」が紹介された。過剰な光を避ける方法はこれ以外にもいくつか挙げられる。例えば植物生理学Ⅰの授業で取り上げられたように、フジの小葉では、朝晩は表面を太陽に向けているのに対し、日中は表面が太陽に対して垂直方向に向くようにしているという。また葉緑体も同様の工夫を行っており、「弱光条件では、葉緑体は光吸収が最大になるように配置(弱光位)し、強光条件下では光吸収量が小さくなるように配置する(強光位)」*1という。このように余分な光エネルギーを捨てたり、そもそも吸収しないようにしたりする方法が一つではなく複数存在するのはなぜだろうか。これについて考えるときに思い出したのが、動物における血糖量の調節のしくみである。血糖量の減少に働くホルモンがインスリンしか存在しないのに対して、血糖量の増加に働くホルモンはグルカゴン、アドレナリン、チロキシンなど複数個存在する。これは生物の歴史において血糖量の過多よりも血糖量の不足によって生命の危機に瀕する頻度の方が高かったからだと聞いたことがある。植物では過度な光が光合成の効率を下げる光阻害という現象がある。血糖量の調節のしくみと同様に考えると、光阻害は古くから植物の生命に相当大きな影響を与えてきたのではないかと考えられた。
*1 寺島一郎著、『植物の生態—生理機能を中心に—』、裳華房、p 148
A:論理としては面白いと思いますが、比較のためには、植物の光合成の効率を上げる仕組みがあるのか、あるとすれば複数あるのか、という点が必要であるように思いました。もし、効率を上げる方も下げる方も種類が多い場合は、植物にとって環境応答自体が動物にとってよりも重大な意味を持つことを示しているのかもしれません。
Q:今回の講義では、葉緑体ではアンテナ色素複合体が存在し、クロロフィルによって過剰に変換されたエネルギーによる損傷を修復していることを学んだ。このアンテナ色素複合体が植物体における重要度が気になり、調べたところ、クロロフィルが複合体を形成できず、単独で存在する条件に置かれた場合、生存が難しいと分かった。アンテナ色素複合体は植物体の生存に必須であると考える。
A:調べた時には、必ず出典を明記するようにしましょう。それに、この短いレポートの中では、「どのような状態になると」クロロフィルが複合体を形成できないのかもわかりません。もう少し、きちんとした文章を書くようにしましょう。
Q:今回の講義でクロロフィルやカロテノイド、フィコビリンの間には化学的な類似点があることを知った。また、視点を広げてみればヘモグロビンのヘムや酸化還元酵素、電子伝達を担うシトクロムなど、ポルフェリンと呼ばれる、金属を中心とした窒素を含む環状構造は生物界においてありふれた化合物であるように思える。一方で、その働きは様々であり、前述のとおり、光合成の反応中心や電子伝達に関わるもの、酵素や酸素の可逆的な結合に関わるものなど。特にクロロフィルとヘムは金属の違い以外は非常に構造が似ているにもかかわらず、なぜこれほどに機能の違いが生まれたのだろうか。一つの説として、進化の過程でクロロフィルが最初に出現し、光合成に用いられていた。そして光合成の副産物として生じる酸素を、電子受容体として利用できるようになると、酸素の運搬効率を上昇させる役割として、構造の類似しているヘムが利用されるようになったというものだ。進化の過程で、酸素が十分外界から取り込めるようになった段階で、ヘムを酸素運搬の手段として用いる生物が現れたことが、これらの分子の役割の分岐の起源ではないだろうか。
A:ヘムの役割としては、おそらくヘモグロビンが最もよく知られていると思いますが、実は、呼吸の電子伝達には、多くの種類のヘムが電子伝達成分として働いています。呼吸の電子伝達の反応は光合成の電子伝達の反応よりも起原が古いとされていますから、そのあたりの知識をもとに考えると、また別の仮説が立てられそうですね。