植物生理学II 第13回講義
光合成の産物
第13回の講義では、光合成の光合成産物の種類と、その分配のメカニズムについて解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:光合成産物をデンプンにして葉緑体に貯蔵する場合…(1)とセルロースにして構造材に用いる場合…(2)があると学んだ。植物によって光合成産物からどちらを優先して合成するのか考える。(1)を優先するということは、構造は少々不安定であってもエネルギーの取り出しは活発になる。これは、水生植物や生存競争の激しい群落に生育する植物が取る戦略ではないだろうか。水生植物はカチッとした構造を持つと、逆に水流によって各器官が破損する可能性が考えられる。競争の激しい群落に生育する植物は、仮に強固な構造を手に入れたところで周りの個体の下部(弱光下)に存在していた場合、宝の持ち腐れとなってしまう。それであれば、構造の安定よりも確実にエネルギー源の貯蔵をして成長を優先させると考えられる。幼少期に原っぱで遊んでいたことを思い出すと、植物がたくさん生い茂っている群落に生育する植物は柔らかく、幼い私が踏みつけただけで変形してしまうものがほとんどであった。これより、そのような環境では強固な構造に対する優先順位はそれほど高くないと考えられる。(2)を優先するということは、成長よりも構造の安定を目指す植物の取る戦略だと考えられる。これは、新しく生まれた若い植物や被食対象になる植物に当てはまるのではないだろうか。若い植物は各器官の成長も必要だが、それ以前に土台となる安定した構造を獲得しなければ倒木などが考えられる。また、被食の危険性がある植物は強固な構造を取ることで被食のリスクを最小限にとどめているのではないだろうか。
A:きちんと考えていてよいと思います。ここでは明示的に議論されていませんが、セルロースの含有量が大きく異なる二つの植物のグループを考えれば、誰しも樹木と草本を挙げるのではないかと思います。できたら、そのようにできるだけ具体例に引き付けて議論すると、説得力が増します。あと、(1)は、正確には葉緑体に貯めるだけでなく、講義で紹介したように転流によってシンク器官に輸送されてそこでデンプンとして貯蔵される場合も含めるべきでしょう。
Q:高CO2濃度の長期的な影響に関して未解決であるとありましたが、私はこの研究自体に不備があるのではないかと思いました。そもそも二酸化炭素を固定するのはルビスコであり、このルビスコは二酸化炭素に対する親和性が低いことから、実は木部の炭素増加量を律速している一番の原因は二酸化炭素濃度ではなく、ルビスコ量なのではないかということです。また大気二酸化炭素濃度と、葉内二酸化炭素濃度は違うのではないかということです。高濃度のCO2下では確かに光合成速度は上昇するかもれませんが、そのことによる蒸散速度も上昇し、植物の水供給が間に合わない状態では浸透圧の関係より気孔が閉じ、光合成速度も律速されると思いました。
A:この辺り、これまでの講義内容に関してやや誤解があるようです。まず、ルビスコ量が光合成の律速になっていることが確かだとしても、ルビスコの反応が二酸化炭素の固定反応である以上、その基質である二酸化炭素濃度によって光合成速度は変化するはずです。また、大気の二酸化炭素濃度と葉内二酸化炭素濃度が異なるのも確かですが、大気の二酸化炭素濃度が上がれば、より気孔を閉じていても同じ葉内二酸化炭素濃度を保つことができることになります。蒸散速度は光合成と多くの場合相関がみられますが、それは気孔が共通の律速段階になっているからであり、大気中の二酸化炭素濃度を上げた場合は、因果関係は逆で、二酸化炭素が十分に供給されるから気孔を閉じ、結果として蒸散を抑えることができるようになります。
Q:今回の講義で米の粘り気の生物学的意義について話が出たので調べてみてもよく分からなかったので考察してみることにする。まず米といってもすべての品種が粘り気があるわけではなく一般的にインディカ米と呼ばれる仲間は粘り気が弱い。そこでインディカ米と私たちが日本人が普段食べているジャポニカ米との違いを調べてみるとインディカ米は主にインドからバングラディッシュに及ぶ南アジア、タイを中心としたインドシナ半島、中国中南部、インドネシア、カスピ海、ラテンアメリカなど、気温の高い地方で生産されていることが分かった(1)。このことから粘り気は米の耐熱性に何らかの関与をしている可能性が考えられた。実際に粘り気の元となるアミロースは糊化温度がインディカ米の主要なでんぷんであるアミロペクチンと比べて低い(2)。そこで温度を変化させてインディカ米とジャポニカ米の成長速度や実の収量などを比較することで粘り気の生物学的意義を推定することが出来ると考えられた。
【参考文献】(いずれも最終閲覧日:2018-02-03)
(1)たべるご 「インディカ米とは?その特徴とジャポニカ米とタイ米との違いについて」URL:http://taberugo.net/2231
(2)宇治駿河屋「和菓子技術者になるための必須知識」 URL:http://www.surugaya.co.jp/school/kisogaku/denpun_kiso.html
A:レポートとして全体の構成は悪くないのですが、やや物足りないですね。粘り気の生物学的意義はすでに講義で出た話ですから、それを題材にするのであれば、耐熱性への「何からの関与」が具体的に何であるのかを推定して、そのメカニズムまで顕彰する実験系を考えてほしいところです。温度を変化させて収量を調べて差が出たとしても、結局「何かが」関与していることがわかるだけで、生物学的意義についてはあまり知見が得られないように思います。
Q:今回の講義では、植物の構造体にセルロースが用いられている理由や細胞伸長について、光合成産物の生成後の流れなどを学んだ。その中で、導管の流れは根から葉に常に一定方向に流れアブシシン酸を葉に送るという話があった。しかしアブシシン酸の葉での作用は気孔を閉じることであり、これによって蒸散が制限されることで導管内の水の上昇の流れおよび根における吸水を抑制させることに繋がると考えられる。つまり、比較的早い段階でアブシシン酸が届き気孔を閉じる根に近い葉で蒸散が減少すると、導管内を上昇する水が茎頂付近の葉に届かないことが考えられ、これによって茎頂付近の葉はアブシシン酸の受容ができず気孔を閉じないことが考えられる。これに対し、2つの仮説が考えられる。1つは茎頂分裂組織に近い葉は若く成長段階にあると考えられるため、あえて気孔を閉じずに酸素の吸収を行い呼吸を行っているということである。2つ目はアブシシン酸に対して反応を行う閾値の差が、根に近い葉と茎頂に近い葉にあるということである。つまり茎頂に近い葉は、根に近い葉よりも低い濃度のアブシシン酸でも気孔を閉じる反応を示すということである。これにより植物体全体で気孔を閉じるということを制御していることが考えられる。
A:これは独自の視点があって非常に良いと思います。論理展開もきちんとしています。ただ、待機中の酸素濃度を考えると、葉では、気孔を閉じているために酸素不足によって呼吸ができなくなる可能性はないでしょう。
Q:今回の講義では、光合成のさまざまな産物、またその産物による植物の成長の仕組みなどを学んだ。講義の中で、植物のスクロースの転流はSPSの活性によって制御されており、SPS活性が高いと光合成産物のトリオースをスクロースにし、転流によって非光合成器官へ供給し、活性が低いと転流させるスクロースではなく、葉という光合成器官でのデンプンの備蓄へとまわすというお話があった。そこで、私はSPSの活性は、「光合成器官の成長」と「非光合成器官の成長」のどちらが今重要であるかを判断しているのではないかと考えた。しかし、植物には感情や思考があるわけではないので、どのように判断しているのかメカニズムを考察してみる。植物の一生は、大きく分けて①光合成のために葉を盛んに伸ばし自身を大きくする過程と、②次の子孫を残すために自身の成長を止めて子孫にエネルギーを供給する過程に分かれると言えるだろう。その各過程での成長は植物ホルモンの作用によって決まっている。つまり、SPSの活性はこの各過程での植物ホルモンによって決定されているのではないかと考えた。①の過程では光合成器官の成長がホルモンによって促進されており、そのホルモンを感知したSPSは活性を下げ、葉でのデンプンの備蓄を促進する。②の過程では非光合成器官の成長がホルモンによって促進されており、同様に感知したSPSは活性を上げ、転流を促進するのではないかと考えた。これを確かめるには、各過程での成長を調節してる植物ホルモンを投与し、植物体内でのショ糖/デンプン比の変化を見てやれば推測できるのではないだろうか。
A:これも生育ステージにおける光合成の位置づけをきちんと考えていて、レポートの構成は非常に良いと思います。ただし、葉にデンプンが蓄積することは、別に葉の光合成を促進するわけではありません。実際には、葉の光合成は、葉の中の光合成産物の濃度が上がるとむしろ抑制されることを考慮する必要があります。
Q:今回の講義の中で、植物細胞の伸長条件の1つとして膨圧が臨界降伏点に達することが挙げられていた。この話を聞いて富永先生が発見された「原形質流動を高速化すると植物体が大きくなる」という現象と関係があるのではないかと考えた。まず、植物の膨圧調整には液胞が関与している。液胞内には塩類や糖,有機酸などが蓄積されており、浸透圧が大きい。液胞内には水が流入してきて液胞が膨れ上がることで膨圧を上昇させるわけである。原形質流動は細胞内での物質輸送に関わっており、それを高速化するということは物質輸送を促進することと同義だろう。液胞内への糖や有機酸などの輸送が促進されることで液胞内浸透圧が上昇し、それに伴い膨圧も上昇する。そして膨圧が臨界降伏点に達して細胞が伸長し、植物体の巨大化に繋がる。富永先生が発見された現象の裏には、このようなメカニズムが存在するのではないだろうか。
A:これも、レポートの論理構成は評価できます。ただし、原形質流動による物質輸送は、拡散による物質の移動と対で考えた方が良いかもしれません。前者は低分子の場合でもオルガネラのような巨大な物体の場合でも同じ影響を与えますが、後者の拡散の場合は、分子の大きさに速度が大きく影響されます。浸透圧調節に係るのは低分子の物質ですから、できたらそのあたりも考慮に入れて議論してい所です。
Q:今日の授業で疑問に感じたことは植物はセルロースを用いて細胞を保護しているにもかかわらず、なぜ動物はセルロースを用いて細胞を保護していないのだろうかということである。まず、植物と動物で違う点は植物の方が体の何倍も成長させることができる、セルロースも縦方向へ伸ばされることも授業で学んだ。つまり、人間は縦方向に何倍も成長させたりしないためセルロースで作られた細胞壁はもっていないのではないか?またデンプンと非常に構造の似ているセルロースでは、酵素が間違えて反応してしまうことなどもあるのではないかと考える。これらの疑問を解消するために、IPS細胞などで作った臓器周りをセルロースで囲んだ疑似臓器を作って機能を確かめてみればよいと思う。
A:植物がセルロースを構造材として使う一方、人間などはリン酸カルシウムを構造材として利用している理由については、講義の中で議論したはずです。講義の内容を踏まえてレポートを書くようにしてください。