植物生理学II 第5回講義
光エネルギー獲得の仕組み
第5回の講義では、光合成の初発反応である光の吸収について、光合成色素としてのクロロフィルとカロテノイドを中心にら解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:紫外線が危険な理由はDNAが紫外領域に吸収を持つからである。この影響は人間以上に昆虫の方が大きいのではないか思う。ここでミツバチを例に考える。ミツバチは人間と色覚が異なり、赤など明るい色を識別できない代わりに紫外線を認識することができる。蜜と花びらの見え方が異なることを生かして蜜を集めている。当然、蜜を集めに行くのは女王バチではなく働きバチである。ここで寿命に注目すると、女王バチが約4年に対し働きバチは約1か月と極端に短い。この差が生じる理由が冒頭に挙げた紫外線の吸収によるものと考えられる。働きバチは蜜を集めるために太陽からの紫外線を浴び続けることにより、紫外線が原因の病気になると考えられる。働きバチの寿命の短さが紫外線による病気かを調べるには、紫外線の多い7月と少ない12月に大量のミツバチの寿命を測定し、その差を調べる方法が良いとされる。
A:テーマは悪くないと思いますが、ロジックが弱いですね。何の理由もなしに「紫外線の吸収によるものと考えられる」「紫外線が原因の病気になると考えられる」と言っても、説得力がありません。たとえ、そのあとに仮説を調べる方法を提案したとしても、仮説自体が根拠なしに降ってきた印象を与えては台無しです。まずは複数の可能性を考えて、その中でなぜ紫外線が原因だと考えるかを論理的に導き出して、最後にそれを検証する実験を提案する、というプロセスを踏むことが求められます。
Q:クロロフィルにマグネシウム以外の金属を使うことについて考察を進めてみる。耐酸性生物について授業では、細胞内へのプロトンの侵入を防ぐためにプロトンを排出する機構が備わり、細胞内は中性に保たれているので亜鉛がいい理由にはならないとあった。強酸性の極限環境において細胞膜が仮に損傷してしまった場合、バクテリアは光合成することはできず死んでしまうが、そんな状態でも光合成を持続させるためであることが一つ。また仮にマグネシウムであるとこのバクテリアは硫黄が溶け出してできた硫酸に晒されていることを考えれば、硫黄がマグネシウムと反応し硫化マグネシウムとなり、細胞質内が発熱、およびたんぱく質の変性を防ぐためではないだろうか。
A:最初の可能性の、細胞膜の損傷については、「死んでしまうが、そんな状態でも」と言うと、「死んだ細胞が光合成をして意味がない」と言われておしまいでしょう。せめて、「一時的に損傷を受けた際に」ぐらいにしないと論理がつながらないと思います。また、二番目の可能性については、硫化マグネシウムと硫化亜鉛の物性をきちんと比較する必要があるでしょう。たとえ、硫化マグネシウムでそのようなことが本当に起こるとしても、硫化亜鉛で同じことが起こるのであれば、亜鉛に取り換える意味がありませんから。
Q:今回の講義でクロロフィルと類似した色素を持つ魚(Malacosteus riger)がいることを知った。分類的にかけ離れている2種が似たような形状に変化する収斂進化という現象も存在するがかたや光の届かない深海に生息する魚、かたや光を浴びないと成長できない植物(もしくは植物プランクトン)。正反対の環境に生息するにも関わらず同様な色素を獲得することなどあり得るのだろうか。最初は外部から取り込んだ可能性も考慮したがそもそも深海にクロロフィルを獲得した生物が存在するとは考えにくく偶然の要因で表層から移動してきたとしてもいきなり取り込んだクロロフィルを視覚に活用することはできないと考えられる。以上のことからやはりM.nigerは自力でクロロフィルを獲得したと考えられた。
A:これについての最初の報告は、もう20年近く前ですが、今だったら、この生物のゲノムを決めて、そのクロロフィル合成酵素の系統関係を分析すれば、答えがわかるかもしれませんね。
Q:今回の講義では、様々なクロロフィルの種類と性質や光と色の関係、クロロフィルはタンパク質に配位結合していることについて学んだ。その中で今まで知らなかった亜鉛クロロフィルの存在や近年も新しいクロロフィルが見つかっていることに驚いた。そこで、私も新しいクロロフィルを発見したいと考え、その存在の可能性について考察する。今回の講義でクロロフィルdは20年前に正式に発見されそれはシアノバクテリアの仲間が使っており、5年前に発見されたクロロフィルfはシアノバクテリアなどから形成されるストロマトライトから見つかったということだった。したがって、今後新しいクロロフィルが発見されるとすればまだあまり研究されていないシアノバクテリアや新種のシアノバクテリアが持っていると考えられる。また、シアノバクテリアは光合成によりエネルギー生産を行っているため太陽光がより長時間当たる地域に多種存在すると考えられる。これらから白夜が起きる北極や南極の海中に新しいクロロフィルを持つシアノバクテリアが存在する可能性が考えられる。環境が厳しいためその環境に適するような細胞壁や細胞内環境を持ち、それに適したクロロフィルを持つシアノバクテリアが考えられる。加えて、まだ見ぬ地球外生命体にシアノバクテリアに似た生き物が見つかった場合、原始的な惑星であった場合は短波長である宇宙線や放射線を利用するクロロフィルも存在すると考えられる。
A:研究対象をどこで探せばよいのか、という問題設定は、今まであまり見たことがありません。独自性があってよいと思います。最後の宇宙線や放射線をという部分は、生命体に対する悪影響を考えるとちょっと無理筋のように思います。
Q:今回の授業では、いろいろなクロロフィルの構造や機能について学んだ。授業の中で、赤外光を当てて育てたらクロロフィルfを合成し、当てなかったらクロロフィルaを合成する藻類(授業の記憶ではたしか藻類だった気がする)が存在するというお話があった。そこで、近赤外光を吸収するクロロフィルdについても近赤外光を当てて育てたかどうかでクロロフィルaと案外簡単に入れ替わる可能性があり、紅藻が自らクロロフィルdを作り出さず、わざわざクロロフィルdを持つシアノバクテリアを共生させるのはなぜだろうと疑問に思った。クロロフィルfの構造を調べると、クロロフィルaのC2位が-CH3→-CHOに変わっているだけであった。クロロフィルdの構造はクロロフィルaのC3位が-CH=CH2→-CHOに変わっているだけであった。ここでクロロフィルdとfで違うのはクロロフィルaのどの側鎖が酸化されたかである。クロロフィルdはfに比べてC二重結合を切断して-CHOへと酸化しており、エネルギーがfより多く費やされていることが分かる。この、酸化にかかるエネルギーの差がクロロフィルfとdとで、クロロフィルaとの入れ替わりが簡単に起こるかどうかの違いが生まれており、紅藻は自身ではクロロフィルdを合成できないのではないかと考えた。
A:これは面白いところに目を付けましたね。クロロフィルfを合成するのもシアノバクテリアです。dを合成するものは、それが主要な色素になるぐらいたくさん合成するのですが、fの場合は、赤外光を当てて育てても主要な色素はaです。そのあたりにも違いがあります。あと、紅藻との関係では、共生ではなく、一方的な寄生の可能性もあるのではないかと思います(紅藻のメリットはあまりはっきりしない)。
Q:光合成における緑色の光の意義について。クロロフィルが緑に見える、つまり緑を反射するということは緑色付近の光を光合成に必要としていないことになる。空の色が青いこととも合わせて考えると、空気中で反射した光の中で最もエネルギー量の多い緑色付近の光を反射することで、葉緑体が受けるダメージを減らしたいのではないかと考えた。調べたところ、直達日射で最もエネルギー密度が高いのは550nm、つまり緑色の光であるとのことであった。私が考えていたのは散乱日射による影響であったが、直達日射の影響の方が大きいように読み取れる。光合成色素にはクロロフィル以外のものも存在するため、緑色の光もある程度は光合成に使われているのではないかという結論に達した。
参考文献[1]OPTRONICS online 筑波大ら,植物が緑である理由を解明、http://www.optronics-media.com/news/20160316/40166/
A:この点に関しては、次回の講義で詳しく解説する予定です。
Q:今回の講義で、クロロフィルd(以下Chld)を主な光合成色素として利用する光合成生物がいることを学んだ。Chldはその他のクロロフィルと比べるとやや長波長側の光を吸収するようだ。光のエネルギーは波長に依存し、波長が長いほどエネルギーは小さくなるためChldはその他のクロロフィルに比べると得られるエネルギーは小さいはずである。そのためこれをメインの光合成色素として利用することは合理的ではないように感じ、考察することにした。そこで気が付いたのは、この光合成生物が紅藻に寄生して生活しているということである。寄生生物として生きていくならば光合成の効率化をそこまで重要視する必要はないだろう。
A:たとえ「重要視する必要はない」としても、多くのシアノバクテリアがクロロフィルaを使う中で、dを使うには、何らかのメリットが必要ですよね。やはり、最低限、議論の中でメリットがあることを示す必要があるでしょう。
Q:今回の講義では、光の吸収について学習した。一般的に「色」といわれる黒、白、透明であるが、色素として考えたとき光を吸収しているのは黒だけであり、白は光の反射、散乱によるもの、透明は光の透過によるものであることがわかった。私はそこで、一般的に「黒目」と「白目」に分けられる人間の目に興味を持ち、なぜそれぞれが黒いのか、白いのかについて考えてみようと思う。まず、黒目についてであるが、普段見えている部位でいうと瞳孔に当たる。しかし、この部分は透明で、「見える」というのはここを透過した光が網膜にある視細胞にある光受容タンパク質に吸収される(1)ことから始まる。当然可視光はすべて吸収され、その結果として黒く見えるはずであるから、視細胞(光受容タンパク質)が黒の色素に当たると考えた。一方、白目についてであるが、この部位には視細胞が光を吸収しきれなくならないように、過剰な光の侵入を防ぐ役割があると考えられる。もし仮にここが透明、あるいは他の色(青や緑)であった場合、透過した光が網膜に届き視覚に影響を与えてしまうだろう。また、黒であった場合には、反対に光を吸収してしまうことで網膜に光が届かず、視覚に影響を与えてしまうだろう。よって、光を反射することのできる白であることが、瞳孔からの光のみを網膜に届けるのに最も適切だと考えられる。 参考1:今元泰,『視細胞の光受容メカニズム』,生物物理55(6),299-304,2015
A:面白い点に目をつけていてよいと思います。ただ、白目が黒いといけない論理がわかりませんでした。像を結ぶための光は、黒目を通ることが前提ですよね。白目を通った光まで網膜に到達してしまったら、像を結べなくなるように思いますが。
Q:シアノバクテリアに赤外光をあてて生育させるとクロロフィルfが発現するということを授業で学んだ。ここで、疑問に思ったのはクロロフィルaとfを微量ながらも同時にもっていればいいのになぜそうではないのか?ということである。この点について考察してみたいと思う。まず真っ先に浮かぶのは陸上や浅い海水面に存在している限り赤外光の需要は少なくクロロフィルaが主に利用されるのはわかる。そうするとクロロフィルfを作る構造は完全に必要ないものとなり赤外光をあててもクロロフィルfは合成されないように思う。それでもクロロフィルfが合成されるということは、クロロフィルfが必要ではないかつまり常時存在しているのではないか?ということである。例えば、クロロフィルfから変化したクロロフィルfと似たような構造式をもつ別の物質が利用されている可能性などだ。あるいは、ごくごく微量のクロロフィルfはシアノバクテリア内に存在しておりそれが検出されてないなどの可能性も考えられる。結論としては、前者のほうが考えられるのではないかと思う。
A:眼の付け所は悪くないと思うのですが、日本語がややあいまいですね。科学的なレポートの場合、もう少し、意味を限定できる文体にした方がよいでしょう。たとえば、最初の「同時にもっていればいい」というのは、「2種類の色素を同時に」という意味なのか「色素の合成系を2種類同時に」という意味なのかがはっきりしません。また、クロロフィルfをもつシアノバクテリアは特定の種に限られますが、ここで話題にしているのが、その特定の種の話なのか、それともシアノバクテリアの一般論を議論しているのかも不明確です。論理的な正確さに気を付けてレポートを書くようにしてください。