植物生理学II 第4回講義
藻類の進化
第4回の講義では、シアノバクテリアが葉緑体となる一次共生に引き続き、真核生物の間で様々な二次共生が起きて光合成が生物の異なる系統に広がっていった様子を解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:シアノバクテリア類は藻類と共生することでゲノムサイズが10分の1となった。このことはシアノバクテリアが必要のない遺伝情報を捨て去ったと考えられる。しかし一方で、それらのいらなくなった遺伝情報はホストの核へと移行したことから、ホストがシアノバクテリアの遺伝情報を吸収しようとしたようにも見て取れる。ここで疑問はこれだけ長い時間の共生期間を経たにもかかわらず、なぜ植物は自らの遺伝情報を用いて葉緑素を合成し、光合成をおこなわないかということである。これに対しての一つの答えとして、植物が発芽したときにすぐにでも光合成ができなければ生死に関わる。よって一から自分で葉緑素を合成するよりも葉緑体を体内に飼っておいた方が効率がいいからではないかと考えられる。
A:問題設定は悪くないのですが、それに対して単に一つの答えを思いついてそれを記述するのではなく、できたら複数の面から問題を検討して、複数の可能性から真実と思われるところへ迫るようにすると説得力が増します。たとえば、このレポートの場合、最初にゲノムサイズが1/10になった点に触れています。たとえば、なぜ0でもなく1でもなく1/10なのか、という点から見ると、いろいろと考えるべきことが出てくるように思います。
Q:ユーグレナの葉緑体は三重膜となっているが、どうやって形成されたのかについてはまだ解明されていないとのことであった。そこでこの三重膜構造の形成について考えてみることにする。授業では二次真核共生による四重膜構造となったが、一番外側が取れてしまったとのことである。エネルギー消費の抑制ではないかと考えられている。ところが、クリプト藻やクロラクタニオン藻などの同じく二次共生起源のものは四重であることから、渦鞭毛藻において特殊に発現している。そこで渦鞭毛藻の構造に着目するとピレノイドと膜が繋がっていることに気づく。クロララクニオ藻と異なり、ピレノイドが独立して形成されたものだと分かる。つまり、渦鞭毛藻ではピレノイドと葉緑体が独立して形成し、後に膜を結合させたとすれば、四重膜より三重膜の方が結合させやすくなるのではないか。
A:これもピレノイドに目の付けたのは面白いと思います。その後のロジックはもう一息よくわかりませんでしたが。「結合させやすいからそのように進化した」という言い方は少なくともあまり適切でないと思います。
Q:今回の講義では、共生によって膜を2重、3重、4重にする生物がいるということを学んだ。1回共生によって2重膜、2回共生によって4重膜を形成するが、3重膜についてはその形成作用があまり分かっていないというような話があった。ここで、1つの説として、2回共生した後、外側の1枚がなくなり、その結果3重膜になったというものがあると話があった。ここで、なぜわざわざ外側の膜を1枚なくす必要があったのかと疑問に思った。膜には、内臓物を保護する役割や膜輸送の働きがあるが、膜が多いほど保護力は増すが逆に輸送の効率は下がると考える。よって、2回共生した生物で、膜輸送の重要度が高い生物にとっては、4重膜よりも3重膜の方が適していたため、外側の膜を1枚なくしたのではないかと考える。
A:現実に三重膜の生物と四重膜の生物が現存するわけですから、この考え方の場合、重要なのは、どのような場合に膜輸送の重要度が高く、どのような場合だと膜輸送の重要度が低いのかを考察することです。そこを思いつけば、では、実際にいろいろな藻類でそのような関係があるかどうかを検証できます。良い答えは、次の疑問を生じさせるものです。
Q:今回の講義では、一次共生および二次共生による葉緑体包膜の枚数やゲノム数から推察され証明された事実について学んだ。また、講義において葉緑体ゲノムから細胞核への遺伝子移行が起こっており、この移行したゲノムは選択的に発現が起きているということがとても不思議であり驚いた。さらに、どのようにして物理的に葉緑体から核へと移行が行われているのか疑問に思った。そこで、物理的な移行手段の仮説を2つ挙げ、それぞれの検証方法を提案する。まず1つ目が、小胞による輸送である。これは葉緑体から小胞を形成するクラスリンに似た働きを持つ物質を特定し、その物質および葉緑体ゲノムDNAを蛍光ラベルしDNAが小胞により輸送されているのかを観察する。しかし、4重の膜を持つ二次共生による葉緑体は核膜の2重よりも膜が多い。したがって、小胞輸送を行う場合は膜融合の際に小胞が2重膜となるシステムが必要となる。2つ目が、輸送体で葉緑体外にゲノムDNAを排出し、自由拡散による輸送である。これはサイズの小さい藻類などで可能であると考えられる。この検証方法として輸送体のノックアウトを行い塩基数の増減を調べることが考えられるが、そのためにはDNAの輸送に関わる輸送体の特定が必須となる。さらに、細胞質に出されたDNAが分解酵素に分解されないシステムも備わっている必要がある。
A:よく考えていてよいと思います。特に、二次共生藻類における小胞輸送の問題点をきちんと認識している点は評価できます。もう一つ考える必要があるのは、二次共生藻では遺伝子の移行速度がもしかしたら非常に遅いという可能性でしょう。
Q:今回の授業で、ユーグレナの葉緑体は三重膜であるというお話があった。三重膜の形成について考察してみる。葉緑体の膜の数は共生の回数で決まる。一次共生なら二重膜、二次共生なら四重膜と膜の数は2の倍数でふえていくはずである。しかし、ユーグレナの葉緑体は三重膜である。これは、四以上の膜が形成されたのち膜が消失して三重膜となった、あるいは、二重膜から膜が一枚新たに形成されて三重膜になったという可能性が考えられる。一次共生の後新たに膜が形成されて三重膜になったというのは、わざわざエネルギーを費やしてまで膜を増やす理由が思いつかなかったため、膜が消失して三重膜になったという方向で以後考えてみる。四以上の膜と言っても、8重や、10重の膜(実際にそのような膜をもつ生物がいるかはわからないが)から複数枚膜が消失し、三重膜を形成するのは考えにくいだろう。そこで、二次共生により四重膜を形成した後に一枚消失したと考えた。では、膜は何番目の膜が消失したのだろうか。これは、膜をはさんで隣り合う空間のリボソームを見てやればある程度推定できると考えた。というのは、もし内側から3番目あるいは4番目の膜が消失したならば、内側から70sリボソーム、膜間腔、80sリボソーム、80sリボソームとなるはずである。また、もし内側から1番目あるいは2番目の膜が消失したなら、内側から70s、80s、膜間腔、80sという順になるだろう(1番内側の膜は共生を行う前の元の葉緑体の膜であるので考えにくいが)。消失したのは内側から3番目の膜なのか、4番目の膜なのか(あるいは1なのか2番目なのか)については、元々は共生先の宿主の表面の膜であった内側から4番目(1or2なら2番目)の膜は、膜の一部に過ぎないし、消失してもあまり生命活動に影響を与えそうにないため、消失の可能性が高いのではないかと考えた。
A:これは良い点に目を付けました。きちんとロジックを展開していて評価できます。
Q:クリプト藻類の4重膜について。真核生物において、たとえばミトコンドリアであれば二重膜の内膜と外膜のどちらもが呼吸反応の場として別の機能を有してしている。ここで、クリプト藻類の葉緑体が4重膜であることは、陸上植物の葉緑体が2重膜であることと比較して、光合成反応になにか違いは見られるのだろうかと気になった。もし違いがないとすると、光合成における反応物および生成物は4つの膜を同じように通過できるはずである。ここで、クリプト藻類の内側の2重膜については別の生物(紅藻?)由来ではないかと講義で話していた。つまり、4重膜のうち内側から2枚目の膜はもとの生物の細胞膜ということになるので、膜の通過については他の膜とは異なるものになるのではないかと考えた。
A:考えているのは伝わるレポートですが、論理展開が今一つはっきりしません。できたら、最初に問題点をはっきり設定して、その回答が最後にまとまる形にするとよいでしょう。この場合、「光合成反応になにか違いは見られるのだろうか」という部分が問題点なのかと思いましたが、次に「違いがないとすると」と反転して、結論は「他の膜とは異なるもの」となる流れがわかりにくさの原因なのではないかと思います。
Q:今回の講義で、葉緑体ゲノムの遺伝子の大部分は核ゲノムへと移行しているという話があった。これについて次のようなことを考えた。葉緑体ゲノムから核ゲノムへの遺伝子移行は一種の宿主側の防衛策なのではないかと推測できる。葉緑体の起源がシアノバクテリアであり、この葉緑体が植物に多大な恩恵をもたらしていることは明らかであるが、元は全く別の生物であり宿主側からすれば異物を取り入れていると言える。役に立つとは言え異物を野放しにしておくのはあまりにも危険である。これを支配下に置いておくための措置として、宿主側の核で葉緑体の遺伝子を管理するという防衛策が生まれたのではないかと考えられる。同様の起源を持つミトコンドリアについても、遺伝子の大部分が核ゲノムで管理されているようだ。ミトコンドリアでも同様の機構が存在するという事実は、今回議論した「核ゲノムへの遺伝子の移行は異物を支配下に置くための防衛策である」という説を強く支持するものである。
A:よく考えていてよいと思います。ただ、ミトコンドリアと葉緑体で同じ現象が起きている事実は、何か共通の重要な要請があることを示していることは確かな一方、その要請が防衛策にあることの論拠には使えないように思いました。
Q:今回の講義では「ハテナ」という生物が出てきた。ハテナは葉緑体を持っている生物であるが、分裂すると片方にのみ葉緑体が残り、もう片方は従属栄養生物になるという変わった特徴を持っていた。従属栄養生物になったものは捕食装置が発達し、藻類を取り込むことで緑色になるが、これはどうも面倒に感じる。そこで、今回のレポートでは、なぜこのハテナは分裂時に葉緑体を両方の細胞に分配することができないのかについて考察する。まず私は、細胞と葉緑体はそれぞれ分裂を行うが、今回の講義でもあったように葉緑体ゲノムから細胞核への遺伝子移動が起こると、葉緑体の分裂は核からの指示(核からコードされる遺伝子)に依存し、それぞれの分裂が同調するようになると考えた。また、葉緑体ゲノムから細胞核に遺伝子移動が起こると、その細胞にとっては葉緑体が必要なものであると認識されるだろうから、分裂後の細胞にも葉緑体が行き渡るような指示を出すだろう。これらのような指示により植物は細胞分裂をしても、細胞内に葉緑体が存在する状態を保っていると考えられる。しかし、ハテナの場合には葉緑体ゲノムから細胞核への遺伝子移動が十分に行われていないのではないだろうか。そうであれば、細胞分裂時にも葉緑体の分裂は行われないだろうし、細胞にとって葉緑体が必要なものであると認識されていないために、片方の娘細胞には葉緑体が引き継がれないのであろう。よって、遺伝子移動が十分に行われるようになることが、ハテナが真の独立栄養生物になるためのうちの一つの道であると考えられる。
A:これもきちんと考えていてよいと思います。ぜいたくを言えば、一つの論拠をもとに議論を進めているので、何か別の面から同じ結論にたどり着く論拠を含めることができると議論に厚みが増します。
Q:ユーグレナや渦鞭毛藻類の葉緑体が3重膜であったり、4重膜をもつ藻類も存在する事を学んだ。4重膜の葉緑体が存在するなら5重膜や6重膜の生物も存在するのではないかと考えた。そこで、存在することができるのかについて考えてみることにした。まず、二次共生があるなら三次共生や四次共生も存在するものだと考える。共生自体は何度もおこるがその都度膜がなくなったり類似した構造は同化しているのではないかと思う。それは3重膜が存在しているのは一度4重膜になり、膜の一部が消えて3重膜になったと考えられていることからだ。それだけでなく、膜構造が増えると外側からのダメージに強い分、細胞内輸送などの面からみてもエネルギーの無駄遣いにつながっていると考える。3次共生や4次共生がおきて結果として4重膜や6重膜になったとしても生存するためのエネルギーがたらず、絶滅してしまうことも考えられる。これらのことからも4重膜以上の膜をもつ葉緑体は存在しないと考える。
A:このレポートの場合、「まず、」から始まる真ん中あたりの3文が、全体のロジックにどのような貢献をしているのかがはっきりわかりませんでした。この3文を削除しても、論旨は全く変わらないように思うのですが。