植物生理学II 第7回講義
窒素固定
第7回の講義では、根粒菌とシアノバクテリアのヘテロシストを中心に、窒素固定について解説しました。今回の講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:森林生態系における窒素循環において植物はNO3、NH4などから窒素を利用しN2の状態では植物は利用できないということを学んだが、空気中はほぼ窒素が占めており植物はそこから窒素を利用できれば十分な量をすぐに獲得できるのになぜN2を利用していないかを考える。一方生物は窒素を無機に変換し、窒素固定を行える生物にはシアノバクテリアや根粒がいるが、これらはニトロゲナーゼ複合体によりこれを行っている。しかし、窒素を無機(アンモニア)に変換するとき1molの窒素を変換するのに16molものATPが必要になってしまう。また、このニトロゲナーゼは酸素に弱くすぐに活性を失ってしまう。これでは、効率が悪いので植物はこの機構を使わず、窒素固定を行える生物と共生することで窒素を獲得する方向を選んだために、植物担単体では直接N2を利用できないままなのではないだろうかと考えられる。
A:細菌は窒素固定をするわけですから、「効率が悪い」は植物が窒素固定をしない理由にはなりません。このような場合は、細菌と植物の戦略の違いを考えないと論理的なレポートにはならないでしょう。
Q:植物は基本的に空気中の気体状態の窒素を吸収する事が出来ないため、窒素の固定が重要である。しかし、窒素は安定した物質であるため、放っておいても植物が吸収できるアンモニアや硝酸などになることは雷が落ちた時などの非常にレアなケースくらいであり、元々土壌に含まれる元素の割合も約0.1%とかなり低い(雪印種苗株式会社HPより http://livestock.snowseed.co.jp/public/571f58cc/571f58cc60278cea/571f58cc306e69cb621051437d20)。結局のところ、植物の窒素の供給源は自身を含む生物の死骸とニトロゲナーゼによって触媒される微生物などの窒素固定の二つに依存していると言えるだろう。この事から土壌に微生物があまり存在しない砂漠の緑化を考える場合、水の確保も大事だが土壌に微生物が生育できる環境も同時に整える事が非常に重要なのではないかと私は考える。
A:若干そっけない気がしますが、まあ最低限の論理は出来ています。ただ、これを出発点に考えられることはいくらでもあると思いますから、もう少し話を膨らませることができるとよいでしょう。
Q:糸状性シアノバクテリアについて学んだ。糸状性シアノバクテリアは、光合成をする細胞と、主に窒素固定を行うヘテロシストという細胞が連結してできている。窒素欠乏環境下では、ヘテロシストが作られる。ここで、疑問を持ったのだが、なぜ窒素が少ない環境下だとヘテロシストが増えるのか。糸状性バクテリアで必要量の窒素の量は決まっているはずである。ヘテロシストが窒素固定をする量も決まっているはずである。だから、ヘテロシストを増やしたとしても、窒素がもともと環境に少ないのだから、窒素固定量が変わらない。さらに、もし、窒素欠乏環境下でヘテロシストが増加するのであれば、窒素が足りていないと察知するのはヘテロシスト外の細胞であるから(ヘテロシストから遠ざかるほど、窒素が足りなくなるだろうから)、それらの細胞がヘテロシストを作り出そうとするはずである。しかし、ヘテロシストは、他の細胞と同じ確率で作られるが、近くのヘテロシストから生成禁止の信号が送られてくるためにヘテロシストは作られず、細胞10個に1つの割合となる。以上より、環境要因によって、ヘテロシストの数が決まるというのは、違うのではないか。
A:あまり考えずに「窒素」という言葉を使っているように見えます。窒素は大気の70%を占めますから、原子としての窒素が欠乏することはさほどないでしょう。ということは、実際の窒素欠乏というのは硝酸やアンモニアなどの窒素を含むイオンが欠乏した状態です。そもそも、分子状の窒素をイオンの形に変えるのが窒素固定です。窒素の存在状態を考慮しなければ、窒素固定という言葉自体が意味を持ちませんよね。
Q:糸状性シアノバクテリアが窒素固定を行うための工夫としてヘテロシストの存在を学んだ。ヘテロシストとなった細胞が両隣りに対してヘテロシストにならないよう促すシグナルを発しているとあるが、シグナルを阻害すると細胞はすべてヘテロシストになってしまうのではないかと疑問を抱いた。窒素が少ない条件下でヘテロシストが出現するとあるが、窒素が十分に存在する場合はヘテロシストを積極的に作る必要性がなくなり、ヘテロシストがないことでシグナルは出されず、細胞はヘテロシストに分化してしまう恐れがある。そこで、窒素によりヘテロシストにならないような機構が存在するのではないかと考えるに至った。窒素が存在していれば、ヘテロシストは必要ないのでヘテロシストを発現するような遺伝子は制御されて、窒素が存在しないことで制御が解除されてヘテロシストに分化するように促進されるのである。そして、ヘテロシストに分化した細胞からは、両隣りにシグナルを発し、細胞がむやみにヘテロシストに分化してしまうことを防いでいるのではないだろうか。
A:これは、前提と結論の関係が今一つわかりませんでした。結局、分化についてヘテロシストからのシグナルがあるだけでなく、窒素条件に由来するシグナルもあるはずだ、という論理でしょうか。もう少し論旨を整理した方がよいでしょう。
Q:マメ科の植物が根粒菌と共生し、窒素を固定しているのは、他の植物に見られないことだ。根粒菌との共生により、マメ科植物は窒素の少ない土地でも成長でき、他の植物に対して生存競争力が強い。根粒菌と共生することで生存に有利となるならば、なぜマメ科以外の植物は根粒菌と共生しないのだろうか。その理由を考察するために、根粒菌とマメ科植物の共生条件を考えてみた。根粒菌は根に根粒を作って共生している。根粒は根粒菌が大量に詰まった部位だ。根の中で根粒菌が増殖したということである。このことから、根粒菌が根に侵入しなければならないことが分かる。さらに、侵入した後、根の中で十分に細胞分裂できる環境がなければならない。つまり、植物から菌が排除されず、かつ菌によって植物が死んでしまわないバランスが菌との共生には必要であると考えられる。菌以外の共生、例えば花とハチの共生では、花がハチに蜜を与え、ハチが花の花粉を運ぶという関係が成り立っている。この関係が成立する際に、どちらか一方がもう一方を排除してしまうような可能性は無い。だが、根粒菌の場合は共生する際に植物の細胞内に侵入しなければならず、植物体から異物として排除されたり、侵入した先の細胞で増えても、その細胞がアポトーシスしてしまう可能性がある。菌と植物の共生は、菌が共生先の生物内に侵入しなければならないという点で、成立が難しいため、他の植物ではあまり見られないのではないか。
A:これは、他の生物の中に入り込んでの共生は難しいので、根粒菌の共生が普遍的には見られない、という論旨ですね。論理の流れはきちんとしています。ただ、共生がマメ科では見られる原因について、やはり一言考察した方がよいでしょう。
Q:今回の授業では、窒素代謝について学びました。そして根粒菌の機能に興味を持ちました。高校のときから根粒菌は植物の根と共生し窒素固定を行う生物だということは知っていました。しかし、地上で植物と共生し窒素固定ができる生物はいないのかということに疑問を持ちました。地上部で共生し得る菌が存在すれば、今まで以上に有利な点が増えるはずである。ここで課題になるのが地上でどのように菌に感染するかということである。まず、地中に多く存在する根粒菌が植物の地上部に感染することは難しいと考えられる。では、どのような菌ならば地上部に感染が可能なのか考察した。ひとつ挙げられるのは、人の傷口から感染するような菌である。しかし、植物は人と違い少し傷がついただけでは輸送システムの部分にたどり着けない。よって、気孔や根から吸い上げることで植物体の内部に入り込むことの出来るような菌ならば、地上部でも感染し共生が可能になると考えられる。
A:全体としての論理はよいと思うのですが、地上部での共生がメリットになるという点の説明がやや不足していると思います。地上部は、光合成による酸素発生の場でもありますしね。
Q:今回の授業では窒素代謝を扱った。窒素代謝とは生体内において窒素、または窒素化合物の同化、異化、排出の過程全般を指し示す言葉である。土壌中の窒素代謝は、根にとって大きな反応であり、植物を支える基盤となっている代謝である。根で細胞内へ輸送されたアンモニウムはGS/GOGAサイクルによってグルタミンやグルタミン酸へと同化される。そしてこの同化された窒素を元にいろいろなアミノ酸、たんぱく質に作られているのである。ここで疑問なのが、この窒素代謝はどんな量のアンモニウムも同化できてしまうのか。つまりアンモニウムが余り、他の生体内の代謝に活かされることはないのだろうか。 一つの案として尿素として体外に排出することが考えられる。ヒトの場合は放出方法がわかるのだが、植物は尿素をどのような形で放出するのだろうか。もしくはもともと尿素として放出しない可能性もある。つまり尿酸だったり、アンモニアだったりの形で放出するという可能性も考えられる。
A:おそらく自然界では窒素過多という条件は考えられないように思いますが、莫大な量の窒素肥料を使う農業においては、窒素過多の状態が生じることはあります。ただ、排出経路はないでしょう。自然には存在しない条件に対して生物が進化することはないはずですから。
Q:植物は窒素固定を根粒菌や菌根菌などにまかせて根で行っているが、シアノバクテリアなどはヘテロシストという細胞を持つことで自前で窒素固定を行っている。シアノバクテリアが自前でしているのなら植物もできるように思えるが、植物が自前で窒素固定をしていない理由は何だろう。例えば、空気中には大量の窒素があるので、根や葉で窒素固定をする方が効率的に思えるが、実際は光合成で発生する酸素が邪魔なのでできないという。しかしシアノバクテリアは光合成によって酸素を発生させるが、自前で窒素固定を行っている。シアノバクテリアが窒素固定を行える理由としては1.細胞壁を厚くしていること,2.水中であること(酸素が水中には溶解しにくいこと)3.系Ⅰのみを持つので酸素は発生しないことがあげられる。植物もたとえば導管中に(水分によって外部からの酸素の侵入を防ぐ役割)ヘテロシストのような細胞を持ち細胞壁を厚くすることで、茎でも窒素固定を行えそうである。そして自前で窒素固定を行う場合、他の生物と共生する必要がなくなるので養分を全て自分に用ることができたり、土壌中の環境にあまり左右されないというメリットがあるが、植物は実際はそのような戦略をとっていない。その理由に対してもう少し考察していきたいですが、あと数分で提出期限なのでここで終わります。
A:なんだ。せっかく面白くなりそうなところで・・・。レポートは余裕を持って提出するようにしてください。
Q:今回の授業では窒素固定について中心にやった。空気中の窒素をアンモニアとして土壌へと還元していくことであるが、そこで調べて出てきたワードが「根圏」というものがあったので、これについて調べてみた。根圏とは、根の表面から周囲数mmの範囲を指しているという文などいろいろあるが、一番しっくりきたのは「植物の根から影響を受ける領域である」ということだ。根圏は他の土壌の領域とは違い微生物の数が全く違いとても多いところである。したがって栄養源や酸素の受け渡しが盛んに行われていて活性が高いようである。微生物や細菌というと、病原菌なども思い浮かぶが、それよりも良質な微生物等が多いので良い方向へ向かうようである。根圏に住む微生物のおかげで植物の生育が促進される。その促進具合を比較すると微生物のありとなしだと生育に2倍の差が出るというデータもある。あとは、その植物が住むための土壌が生育を左右するというのがわかる。アメリカや中国の作物が安く、国産の作物の値が高い理由は土の質になるのではないかと思う。土にも寿命があり砂漠化が進むと微生物が住みにくくなり根圏の存在もなくなってしまうのではないかと考える。最高の植物の生育条件を目指すためには、植物・微生物・土の三要素が重要だと改めてわかった。
参考文献
http://noah.ees.hokudai.ac.jp/emb/morikawalab/rhizobacteria.html
http://www.biol.tsukuba.ac.jp/~algae/BotanyWEB/rootN.html
A:全体として悪くはないのですが、エッセー風ですね。この講義のレポートとしては、もう少し、自分なりの論理をもってある結論を導くようにしてください。微生物が重要であるという知見から、微生物が重要であるという結論が出てくるのはある意味で、当然で、それだと「論理」と言うには少し不満が残ります。
Q:今回窒素固定する生物がいくつか登場しましたが,その中でも,高校のころからよく聞く根粒菌について興味をもちました.根粒菌はマメ科の植物に寄生していると思いますが,寄生なので,単独でも生きていけると思います.しかしながら,単独でいきていくと,寄生している時と比べて栄養が必要になってくると考えられるので,寄生しているときとしていないときでは代謝が変わっているのではないかと思います.それを調べるにはメタボローム解析がいいのではないかと考えます.
A:寄生ではなく、ふつうは共生として扱われます。また、メタボローム解析というのは、全体的な代謝解析のことですから、ここで言っているのは「代謝を調べるには代謝解析がよい」ということになってしまいます。当たり前のことを言うのではなく、自分なりの論理を持ってレポートを書くようにしてください。
Q:根粒について興味を持った。講義中で取り上げられたダイズのように、マメ科植物は根粒を持っている。根粒菌は窒素固定を行い、マメ科植物に窒素を供給する。マメ科植物は光合成産物を根粒菌に供給することで共生が成り立っている。しかし、植物の多くは根粒を持たず、土壌中の細菌の硝化によって、取り込みやすい形になった窒素を体内に吸収している。つまり、マメ科植物は細菌の硝化による窒素も吸収しているし、根粒からも窒素を取り入れていることになり、非常に多くの窒素を取り入れていることになる。また、根粒菌が共生関係を得るには、硝化による吸収量よりもはるかに多い窒素を供給しなくてはならない。以上のことからマメ科植物の特徴として、①窒素の少ない生育環境に分布している、②マメ科植物は他の植物よりもタンパク質の必要量が多い、という2点が可能性として考えられる。
②に関しては、ダイズが「畑の肉」と言われていることもあり、十分ありうることである。ダイズが生育しているときに根粒を除去したら、根粒の除去量に応じてダイズに含まれるタンパク質量がどのように変化するか確かめればよい。①に関しては、かつては窒素が少ない環境に分布していたことがあったかもしれないが、現在は肥料などによってそのような環境に置かれることは少ないだろう。これを確かめる実験として、土壌中の窒素量を人為的に変えて、ダイズの根粒の数や大きさを調べてみれば、ダイズと根粒菌の共生関係がグラフ化できるのではないだろうか。土壌中の窒素が少なければ、根粒の数や大きさが増加するのかもしれない。土壌中の窒素が豊富にあれば、ダイズは根粒菌との共生関係をやめてしまうかもしれない。窒素量が少ないときに根粒の数や大きさが増えれば、①の可能性は概ね正しそうである。
A:よく考えていると思います。窒素の少ない環境にマメ科植物が多いかどうかに関しては、ダイズでは無理ですが、野生のマメ科植物が生育している土壌を他の科の植物が生育している土壌と比較すれば、何らかの情報が得られるかもしれませんね。
Q:糸状性シアノバクテリアに窒素固定するヘテロシストがある、というのは窒素固定と酸素発生する光合成を同時に行うという面で極めて効率的で驚きでした。窒素固定をする酵素が酸素に弱いので、窒素固定と光合成は同時にはできない。しかし、他の生物に頼らず、生物として生活していくには光合成をして有機物を作り出すことが不可欠だ。多細胞生物では、細胞を分けることは比較的たやすいが、単細胞生物でそれをやってのける戦略に感心した。そこでふと思ったのだが、一つの細胞でも、昼のうちは光合成だけを行い、夜になったら呼吸をたくさんして酸素を使い、ATPを多量に作り出して窒素固定を行う、という方法も考えられるのではないだろうか?つまり、細胞を分けるのではなく、時間を分けて窒素固定と光合成の両方を行うのである。サボテンが夜の涼しいうちにCO?を取り込んでリンゴ酸に換え、昼は気孔を閉じて蒸散を防ぎつつ光合成を行うように、時間差で光合成と窒素固定を行うようにすれば、一つの細胞でも独立栄養生活を送れるのではないだろうか?そういうシアノバクテリアはいますか?
A:います!それについては、次の講義で。
Q:今回の授業では窒素固定について扱った。窒素は生存するために必須であり、大気中の窒素を固定できるのは一部の細菌だけという事だった。ここでは、なぜ窒素固定能力を持つ動物および植物が存在しないのかを考察する。考察:なぜ窒素固定能力をもった動物および植物が存在しないのか?
私は、窒素固定のできる植物は存在したが、生存競争に敗れて絶滅したのではないかと考える。窒素固定では1molの窒素を固定するのに16 molのATPを消費する。それに対して窒素固定細菌と共存している生物はもっと少ないATPの消費量で同等の窒素を得ていたと思われる。そのため、窒素固定能力を持つ植物は必然的に共生している植物に比べて成長が遅くなり、結果絶滅してしまったと思われる。動物においては、そもそも窒素固定能力を持った状態では動物として活動するだけのATPが得られないため、存在すらしなかったと思われる。以上が窒素固定能力を持った動物および植物が存在しない理由である。
A:「窒素固定細菌と共存している生物はもっと少ないATPの消費量で同等の窒素を得ていた」と思った理由がわかりませんでした。ニトロゲナーゼの反応に多量のエネルギーが必要なのは、自分でやっても、共生させた細菌にやらせても同じだと思いますが。細菌にやらせた場合は、いわば下請けに出すわけですから、コストとしてはむしろ増えると考えるのが普通ではないでしょうか。