植物生理学II 第4回講義
蒸散の仕組みと水ポテンシャル
第4回の講義では導管の中を水が上昇していく仕組みについて、水ポテンシャルによる水の移動という概念を用いて解説しました。今回の講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:授業の講義では主に導管と水のくみ上げについて学んだ。導管は細胞が死んでいくことで構成されるが、この構成のされ方について考察する。ひとつでも形成されている導管から外れて細胞が死んでしまうとその先へ水がまったく供給されなくなってしまう。これを防ぎ、一本の長い導管を形成していくために細胞を殺していくためには、導管の上端の細胞の上部になにか次の細胞に働きかける因子が現れるか、くみ上げられた水に反応して細胞が死んでいくかどちらかだと考えられる。しかし、水は導管全体に浸透しているので後者よりも前者の形成の可能性のほうが高いと考える。前者の場合、新しく細胞が分化し、植物が大きくなっていく時に、その下の導管を形成している細胞を因子にして次の死に行く細胞が決定していけば一連の導管が形成できると思う。
A:細胞や組織が分化する時に、場所によって異なる運命をたどるのはなぜか、という問題は、かなり昔から議論されてきましたが、今でも興味深いテーマです。そのメカニズムを考えるにあたって、このような一種の思考実験をしてみることは非常に役に立つと思います。
Q:今回の授業では植物の水の吸い上げには蒸散や光合成による浸透圧の変化、毛細管現象など様々な要因が関わっているという事を学んだ。中でも重要なのは蒸散と浸透圧の変化でこれらの機能が制限されると植物はたちまち枯れてしまうと考えられる。例えば塩害による被害は体内に塩分が入ってしまい枯れてしまうというよりは最初から水分を得る事が出来ないため育つ事が出来ない事が大きいと考えられる。塩害というのはやっかいなもので一度起きてしまうとその土地を正常に戻すのには非常に時間がかかる。そこで、塩害の起きた土地でも植物を育てるにはどのように改良したら良いか考察してみる。まず、根から吸水をするためには土壌よりも植物の浸透圧を高めなければならない。これを解決するには体内に有機物等を蓄積させ浸透圧を高めるという方法が現実的ではないかと考えられる。だがこれだけでは塩を体内にとりこんでしまい生理障害を起こしてしまう。そこで、人間の髪の毛が生える事で有害物質の排出が行われているように、体内に塩をため込む箇所を作り、切り離す事でこの問題を解決できるのではないかと考える。現に前者の浸透圧を高める方法などは実際にマングローブを構成する植物が持っているものであり、有効な方法であると考えられる。だが、このような品種改良に成功したとしてもその作物が食べられるものなのかどうかは分からず、結局のところ放置せざるを得ないのが現状なのかも知れない。
A:植物生理Iの講義の中で、CAM植物として紹介したアイスプラントは、塩ストレスにさらされると、葉の表面に塩分を濃縮したプチプチを作ります。これはまさに植物による物質の排泄ですね。ただ、切り離しはしませんが。
Q:導管について学んだ。導管は、上から水が吸い上げられているので、大きな圧がかかる。押しつぶされないように、導管には輪であったり、螺旋のような肥厚がある。なぜ、全てが全体的に導管が固く、強度が高くならないのかについて考える。授業で、この肥厚の構造は掃除機に似ているとあった。掃除機は人の動きに合わせて柔軟に動かなければならない。このために、管を全て固くすることはできない。植物も同じで風に揺れたり、動物に触れられたりと、管が固くて折れてしまったら仕方ないからだ。では、木の場合はどうであろう。幹はほとんど柔軟性がなくてもよい。調べても、木にも同じような輪の肥厚があるかわからなかった。もし、導管全てが固いならば、肥厚がある理由は柔軟性と考察できる。木にも肥厚があるならば、管全体を固くしなくても強度が保たれるのであれば、材料もエネルギーも少なくて済む。以上より、導管が全体的に固くなるのではなく、輪のような肥厚があるのは、柔軟性を保つためと、コスト削減と考えられる。
A:樹木の導管壁がどのようになっているのか、僕も知りません。面白いポイントだと思います。それがわかると、リング状、らせん状になっている「意味」が推定できますね。
Q:物理的強度を上げるため、厚角細胞や厚壁細胞にはセルロースが一部ないし全体に集中して存在し物理的強度に関与していることを学んだ。ナシの果肉には石細胞が含まれており、これは厚壁細胞の一種である。つまり死細胞である。糖分や栄養分、水分を蓄積・貯蔵している果肉において、物理的強度の意味合いを持つ厚壁細胞の石細胞が存在する理由を考察する。ナシは日当たりのよい環境であれば生育のできる、比較的栽培しやすい植物である。リンゴなどの植物と比較しても果肉の物質的強度を上げなければならない特別な要素があるとは言い難い。そこで、石細胞が元は厚壁細胞のように二次壁を持っていたのではなく、厚角細胞だったものが部分的に細胞死を起こして石細胞という形で残ったという説と果肉内の糖分や栄養分、水分を区画整理して細かく保存するための仕切り板の役割として石細胞が存在しているという説を仮定する。つまり、石細胞は死細胞でありながら果肉内に残っているために便宜上、厚壁細胞の一種とされていものの、実際には厚壁細胞のような役割は果たしておらず、厚角細胞内で繊維のような働きをしたり貯蔵管理の役割を果たしているのではないだろうかと考えられる。
A:面白い考察だと思います。ただ、二つの説をどうやって思いついたか、そのロジックが書いてあるともっと説得力が増します。そもそも何らかの理由で、果肉内で区画整理が必要だと思ったから、そのような説を思いついたわけですよね。その場合、リンゴでは区画整理が必要でなく(もしくは別の方法で区画整理を行なっていて)、ナシでは区画整理が必要であるのはずです。結局、種による差を議論するには、リンゴとナシの違いを考察しないといけないということになるのだと思います。
Q:今回の講義で、導管を水が昇るには、水の凝集力が関係していることがわかった。凝集力とは、分子間で引き合い、途切れないでいることだ。それならば、同じような働きである粘度は液体が導管を通ることに関係するだろうか。これを調べるためには、粘度の異なる水溶液を用意し、それぞれが根から葉に到達するまでの時間を測定する実験を行えばよいと考えられる。結果として、粘度に比例して導管を通る速さが速くなる、遅くなるなどの一定の関係が得られれば、粘度と導管の通りやすさの関係性が見いだせると言える。私は、液体の粘性は液体が導管を通ることに関係すると考える。その理由として、ストローや掃除機などで、吸い上げる時、ただの水よりも、ゼリーなどの粘性のあるものの方が吸いやすいからだ。ただ、粘度が高すぎるとガラスのように動きが重くなり、持ち上げられにくくなると考えられる。よって、粘度が上昇するにつれ、導管を速く通り、一定の粘度に達すると液体の動きが遅くなると予測される。
A:これも目の付けどころは面白いと思いました。ただ、「ただの水よりも、ゼリーなどの粘性のあるものの方が吸いやすい」というのがどのような体験に基づいたものなのか、ちょっとピンときませんでした。僕にはゼリーの方が吸いづらい気がするけど。
Q:今回の講義で、物理的強度が必要なときは、セルロースを細胞内に増加させるということを学びました。ここで、なぜセルロースなのかということに疑問を持ちました。これは、セルロースが軽量でかつ高強度な繊維素であるからだと考えられる。実際にセルロースはセルロースファイバーなどという名で様々なものに使われている。さらに、セルロースは非常に安定している糖であり、塩基や酸にも強い抵抗力を示す。塩基や酸に強いということは、酸性雨などによる害も防ぐことができるからである。これらのことからも茎の強度を増すために適していると言える。しかし、これらの理由よりも植物体は光合成によって糖を容易に生産することが出来るということがセルロースを用いる一番の理由だと考えられる。
A:このままだと論理的な面白みに少し欠けますね。強いから使っています、の一言で済んでしまいます。最後の一文の「しかし」の後に、「ではなぜそのように便利なセルロースを動物は使っていないのだろうか」という疑問を投げかけて、その回答として「植物体は光合成によって・・・」と続ければ、全体としての論旨はもっと引き締まるでしょう。
Q:水分は雨として上から降ってくるのなら、植物はわざわざ根から水分を吸収する必要があるのだろうか。雨が降り、葉や茎が濡れるのなら、その部分から水分を吸収するというのもおかしくはないと思った。例えば
葉:葉の上面に毛細管現象を引き起こすような微小な穴を持つことで表面に付着した水分を直接吸収する。
問題点として晴天時にはその穴から水分が奪われそうだが、雨天時にだけ開き水分を吸収する気孔のような穴であるなら問題はなさそうに思える。ある程度孔辺細胞のような細胞を重ねれば、厚いクチクラ層の働きも担えるのではないか。
茎:同じく茎の表面に微小な穴を持つことで直接水分を吸収する。虫による害が想定できるが、微小な穴なら虫害も防げるのではないか、と思う。それ以外には植物病などの病原体がその管を通して植物体内へ侵入し、感染しやくすなるという可能性もあげられる。(微小な穴以外にも、表面の浸透圧を高めて…等色々ありますが、今回は省略します。)
しかしそのような植物は現状いない。その理由は何だろうか。1.この戦略をノーリスクでできるのなら良いが、微小な穴を作るというリスクに水分吸収のリターンが見合わない(この戦略自体には意味がある)。2.そもそもこの戦略はあまり効果がなく、意味がない。1ならば、微小な穴を創る事で、虫害を引き起こす可能性や、植物病の病原体を体内へ侵入させるリスクが高くなる。それならば根から吸収した方が安全であるということ。2の場合、根から吸い上げるという行為が最も理にかなっているということ。植物は根から水分を吸収する際に、一緒に栄養分なども吸収している事や、前回の授業で空気のポテンシャルが-50と桁違いだった事から、根から水分を吸収する事のほとんどが葉の蒸散によって行われていて、根から水分を吸い上げることに苦労を要していない。むしろそれが全体に対して最適である可能性。が考えられる。大昔(淘汰される前)にはそのような植物がいたと考えても面白いな、と思いました。
A:植物生理学Iの講義の時に、CAM植物に多いのはサボテンと蘭だという話をしたと思います。サボテンはともかく、熱帯雨林などにも多い蘭がなぜ乾燥に強いCAM植物になる必要があるかといえば、それらが樹上性のものだからです。とすれば、雨だけで水分を確保するのは非常に難しいことがわかると思います。一方、パイナップルの仲間などでは、葉と茎の間に水を貯めることによって水分確保の足しにしているという話もあります。
Q:今回は植物の水ポテンシャルや導管、特に蒸散に関することを学んだ。来年から中学校で実験などを行うためにバナナの皮をむいた筋を顕微鏡で観察すると導管が見えるので、ぜひ授業に取り入れてみたい。今回自分が調べたことは気孔の開閉について調べてみた。3年生の時のゼミで水の浸透圧によって孔辺細胞が開閉するというのを覚えているため、その詳細を書く。気孔の開き方は青色光に反応してカリウムチャンネルによってK+が孔辺細胞へ取り入れられ浸透圧が上昇、孔辺細胞へ浸透圧により水が入り気孔が開くという仕組みである。逆に閉まる時は浸透圧をさげるため、カリウムイオンを排出し、その際にアブシジン酸によるさらなる作用も働き気孔閉鎖が行われるということである。今までよく理解できていなかったので今回、知識として頭に入れることができたと思う。
参考資料 http://www.jspp.org/17hiroba/kaisetsu/kinoshita.html
A:知識を頭に入れるのが重要のは確かなのですが、繰り返し言っているように、この講義では、学んだ知識ではなく、自分の頭で考えた論理をレポートにするのが課題ですからね。
Q:今回の授業では蒸散と凝集力により水の移動が説明できることを学んだ。また、中心には水が通っていない植物が多いことを知りとても興味深く感じた。これは内側の細胞が死んでいる植物が多いためと考えられる。死んでいる細胞には水を供給する必要がないので、生きている細胞の多い外側を通って水が運ばれるのだろう。では、なぜ植物の内側の細胞は死んでいるのか。今回最も疑問に思ったのはそれだ。植物にとって師管や導管が傷つけられるのは致命的な損害になるだろう。そのため、師管や導管の外側にある組織が傷ついたり衰えた場合、できる限り再生させようとしたり、また新たな組織を形成して重要な部分を守ろうとするだろう。しかし、師管や導管よりも内部にある内側の細胞がいくら枯死していっても、導管や師管といった重要な組織には影響はない。そのため、内側を再生、または内側に新たな細胞を生成するのに余計なエネルギーは使わないため、内側の細胞は死んだままになっていると考えた。
A:大筋はよいと思います。ただ、では、なぜそもそも内側に篩管や導管がない部分を作る必要があるか、という疑問が残りませんかね?篩管や導管のない内側も、力学的な植物体の維持には働いているという側面にも触れた方がよいでしょう。
Q:導管における水の移動が、毛細管現象のもとであるマトリックポテンシャルだけでは決まらないこと、浸透ポテンシャル・圧ポテンシャル・マトリックポテンシャルの合計に基づく植物体内での高低差で決まっていることが興味深かった。圧ポテンシャルの一部として重力が関与するということは、成長した植物の導管径は一定とすると、重力環境を変えれば浸透ポテンシャルを変えることができると予想される。たとえば、宇宙空間などの無重力下に植物を持っていけば、重力がない分より低い浸透圧で水を運搬することができ、つまり植物細胞内のNaClなど浸透圧物質の濃度が低下すると考えられる。一方、長期的に高重力負荷を植物にかけた場合、浸透圧を上げるため植物細胞内のNaCl濃度などが増加すると考えられる。特に末端である葉の部分は、NaCl濃度が最も高くなると予想される。植物生理学Ⅰでアイスプラントの塩味の話を聞いたが、NaClを浸透圧物質として主に利用している植物なら、重力ストレスによっても葉に塩味がつくのではないだろうか。また別のパターンとして、成長した植物ではなく、種子から植物を育てたとする。無重力空間で導管径・細胞内浸透圧は一定とすると、その分高い位置まで水を運搬することができると予想される。したがって、植物の背丈が遺伝的に決められていなければ、無重力空間では植物はより高く成長するのではないだろうか(高重力下では低くなる)。[1]を参照すると、水の供給が足りず植物が上ではなく横方向へ成長した事例として、ドイツ南西部の「黒い森」が挙げられている。
参考文献 [1]H.Mohr / P.Schopfer 『植物生理学』 472頁 シュプリンガー・フェアラーク東京株式会社 1998年
A:面白いと思います。重力の変化によって植物がどのように形態変化を起こすかという議論・実験はたくさんあるのですが、導管に注目した例はあまりないのではないでしょうか。ただし、導管における水の移動は蒸散によって引き起こされていて、葉においては浸透ポテンシャルを変えて調節しているわけではありません。根の場合は、確かに根の中と土壌の浸透ポテンシャル差が重要になりますが。
Q:植物の導管の中に水を流す原動力は、根圧、浸透圧など様々だが、一番大きく寄与しているのは光合成のための二酸化炭素を取り込んだ時に気孔から失われる水の凝集力であると考えられる。ところで、葉の維管束では、導管は葉の表側(つまり気孔の少ないクチクラ層の面)にある。また、茎や幹でも導管は師管より内側にあるのが普通だと考えてきた。実際、教科書でもそう描かれていることが多いのだが、その理由についてわたしは水を通す植物にとってまさに導線となる大事な導管を、水を引き抜こうとする気孔や表皮から遠い場所へと置くように進化してきたのだと考えていた。この仮説がはたして正しいのか、色々な植物の導管、師管の配置を比べてみたら面白いと思う。例えば、水が豊富にある水生植物と普通の樹木、乾燥した場所に生える植物、熱帯の植物、寒冷地の植物などである。以前、植物形態学実験で観察したアヤメの仲間では、葉が真中から2枚に折れてくっついたような、表皮側から師管、導管、導管、師管の順に並んで配置されていた。イネの様な裏表の違いの少ない葉を持つ植物は葉のどちら側にも気孔が均等にあり、水が引き抜かれやすいためにこのような配置になったのではないかと考えられる。
A:これも目の付け所がよいですね。あと足すとしたら、「水を引き抜こうとする気孔や表皮から遠い場所へと置くように進化してきたのだと考えていた」という部分、なぜ遠い方がよいのかは、もう少し具体的に議論できるのではないでしょうか。