植物生理学II 第14回講義
生命の誕生と光合成
第14回の講義では、植物生理学から少し外れて、地球の歴史と生命の進化を振り返り、そこで光合成の果たした役割について解説しました。今回の講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:授業では古代の化石が生物由来であることを炭素の同位体比によって証明できることを学んだ。これはそれぞれ同位体の関係にある12C、13C及びラジオアイソトープである14Cの含有量を質量分析により割り出すという手法であるが、今回は同位体による分析方法の欠点について考察する。この同位体による証明法は生物が炭化及び炭素を吸収することが必須の条件であると考えられ、生活跡や炭素を吸収した生物などでないと特定しにくいと考えられるほか、もし減少している14Cを含んだ生物を取り込んだ生物の体内へと14Cが移動した場合に測定される年代が実際の年代と異なってきてしまうのではないかと考える。このような生物をより正確に年代を特定するためには同じ時代の炭素の割合のデータをより多く集めることでデータの誤差がなくなっていくのではないかと思う。
A:二酸化炭素から炭素を同化できるのは独立栄養生物だけですが、「炭素を吸収する」というだけだったら、全ての生物がやっていることなので、その点は心配いらないのでは?
Q:今回の授業ではストロマトライト等を例に挙げ生命の成り立ちについて学んだ。現在発見されている最古の生物の化石は当時の熱水噴出孔周辺のものだったとされ、現在でも熱水噴出孔周辺の生物は非常に特殊な生態系をとっている。熱水噴出孔は地球内部の活動やプレート運動などと密接な関係にあり、一般的にその寿命は数年~数十年、長くても100年程度とされている。熱水噴出孔の寿命が訪れたらその環境に依存していた生物は同じような場所に移動しなければ絶滅してしまうが実際には今も生存しており、しかもかなり離れた場所でも同じような生物群が確認されている。熱水噴出孔の分布を調べてみると近いところは近いが、地球上に広く分散していることが分かる。このことからこれらの生物群は長距離を短時間で移動する方法を持っていなければ生存することは出来ないと考えられる。だが、海流などに乗らないとそれは難しいのでクマムシのクリプトバイオーシス体のように仮死状態になったり、特定の刺激を受けると発生が始まる卵を産むという方法を取っているのではないかと考えられる。
A:確かに、寿命がある熱水噴出孔で、どのように生命が受け継がれているかは面白いポイントですね。
Q:シロウリガイはどのようにして硫化水素ガスを栄養とする化学栄養細菌を共生することに成功したのだろうか。化学栄養細菌にはバクテリオクロロフィルを持っているので、熱水噴出口を発見するセンサーになっている。これは、硫化水素ガスを探す手掛かりにもなるし、また、近づきすぎると熱くて死んでしまうのを防ぐ役割がある。シロウリガイにとっては、ATPの供給とセンサーはいいことだらけである。では、細菌にとっての利点はなんであろう。もし、バクテリオクロロフィルが自身で酸素を取り込むよりもシロウリガイの方が長けている(ヘモグロビンが多く、硫化水素濃度を低下させるヘモグロビンも存在)ならば、酸素受け取りのためであろう。他には、捕食である。深海には栄養が乏しいことから、巨大な生物がいない。カニやカイ程度の大きさの生物である。深海の生物が細菌を食べると仮定すると、細菌単体で海中に浮遊していると捕食とする生物が多いが、カイなどと共生すれば、カイなどを捕食とする生物は少ない。
A:共生というからには、当然相互に利益があるはずですね。よく考えていると思います。
Q:化学合成細菌と共生することで深海での生活を選択したシロウリガイのような生物は光を必要としない。光合成の道を捨てて、深海で暮らす利点について考察する。深海は、光が通る地上や海の表層と比較すると安定した環境である。それぞれが熱水噴出孔における化学合成とクジラの死骸による有機物摂取でエネルギーを入手できるため外敵が少ない。また圧力により押しつぶされないよう頑丈な作りであったり、奇妙なまでに細長い身体の作りにすることで、捕食される頻度も同時に低下する。もしもエネルギーが不足した場合は光合成によりエネルギーを得る生物たちが活性化していない夜に表層まで赴いておこぼれを預かることも可能である。深海という低温で高圧の世界に対する防御策さえ講じれば、生物は安定した生活を送れると考えられる。安定しているため、生存のために共通の(肺の形成や歩行能、生殖パターンなど)進化を遂げることも少ない。深海の生物が多種多様かつ地上に暮らすヒトから見て奇妙に見えるのは、個々が必要でない部位は退化させて必要部位のみをひたすらに特化し低温高圧に負けない身体作りを行いさえすれば、生存が大凡約束されているおり、限りないパーツの組み合わせが多い、つまりは自由性が高いことが原因である。以上により、深海で暮らすと生物は共通事項に縛られない無限の可能性の進化を気ままに行っていける可能性が高い。これが、深海で暮らすことのメリットではないだろうか。
A:細かいことを言うと、進化上のメリットというのは、どれだけ多くの子孫を残せるか(Fitness)で示されます。進化自体、あるいは自由気まま、をメリットとする場合には、もう少し説明が必要でしょうね。
Q:今回の講義では、地球と生命の歴史を学んだ。その中でも、深海に光合成細菌が存在することについて興味を持った。深海の光合成細菌は最初、熱水噴出孔から放出される赤外線を感知し、熱水噴出孔からの距離を測定するためにバクテリオクロロフィルを持つようになった。その後、熱水噴出孔から発生する赤外線を利用し、光合成を行うようになり、緑色硫黄細菌や緑色非硫黄細菌が誕生したと推測できる。現在、緑色非硫黄細菌は紅色硫黄細菌と並んで、酸素発生型の光合成生物の祖先であると言われているが、深海で発生した緑色硫黄細菌は、どのようにして、光合成の可能な浅い場所へと移動できたのだろうか。細菌は非常に小さいため、単独で移動できたとしても、数百メートルから数万メートルも移動するには莫大な時間がかかると考えられる。そこで、熱水噴出孔が出す水流に乗って海面まで移動したのではないか。噴出孔付近に生息していた光合成細菌は、偶然水流に乗って、太陽光が届く範囲まで移動し、そこから酸素発生型の光合成細菌へと進化したのではないだろうか。
A:おそらく一つ頭に置いておかなくてはならないのは、深海の熱水噴出口に生息する生物が浅い海で生息できない直接的な理由はないということです。光合成生物が繁栄している現在では、光合成生物との競争に負けるため光が届くような場所では熱水が出ていても化学合成細菌の生態系は維持できないでしょうけれども、太古の地球では、別に深海でなくてもよかったのかもしれません。
Q:私は今回の講義で、鯨骨生物群集と熱噴出口に生息する生物に興味を持った。調べてみると、イガイ類とこれに似た、シンカイヒバリガイ類という2つの貝類がいることが分かった(もちろんこれら以外にもたくさん存在する)。前者は鯨骨周辺に生息し、後者は熱水噴出口周辺に生息している。そして、両者は化学合成細菌と共生しており、イガイ類は細胞外共生、シンカイヒバリガイ類は細胞内共生である。細胞内共生より、細胞外共生のほうが形式としては古い。よって、私は鯨骨生物群集の生物が進化することで、熱水噴出口周辺に生息できるようになったと考察した。なぜなら、イガイ類の方が古い形式の共生を行っているからである。鯨の遺骸は腐敗するときに硫化水素を出す。しかし、鯨の死骸は定期的に浅海から深海に沈んでくるわけではない。よって、定期的に硫化水素を得られる熱水噴出口周辺に生息できるよう進化したと考えられる。
参考サイト:広島大学 海底に沈んだ鯨が育む生態系http://www.hiroshima-u.ac.jp/gsbs/kenkyu_syokai/fujiwara/
A:最後の部分、定期的に栄養を得ることができない場所で生命が進化するのは難しいので、熱水噴出孔の方が先だ、という議論も可能では?
Q:シロウリガイやチューブワームを食用として用いることができないか考察した。チューブワームは外見からはわからなかったが、その身はキチン質で覆われていて甲殻類のように固く、中身は共生細菌がほとんどを占めるということもあり、食用には向いていない。しかしシロウリガイなら一般的な貝類とそう違いはなく、身も持っているため食用には適しているように思える。だが、硫化水素の多い環境で育ったこと、また化学合成の過程で生じた硫酸塩を排泄しているかどうかが不明である点を考慮すると、シロウリガイもチューブワームも食べられなくはないものの、その匂いはかなりきつい可能性があり、よって食用とするには難しいと考えられる。
A:まあ、レポートとしての独自性は認めましょう。
Q:今回主に進化学のような内容を,植物に近い観点から学び,新鮮で面白かったです.とくに,熱水口について興味深かったです.熱水口の近くにすむ生物は熱いところに適応している生物ばかりだと考えていました.しかし,授業であったようにちょうどいい距離を保つことにより光が届かないような低い温度のところでも最適な温度に生きることができます.そのセンサーにもしかしたらクロロフィルのようなものが使われていたのではないかということは驚きでした.たしかに,深海でクロロフィルのようなものをもっていても光には反応しないので,熱のようなエネルギーに反応していたと考えるとたしかに納得できます.もし,何か要因があるとすれば,熱水口付近で,光に似た要因(赤外線など?)を調べてみてみる必要があると思います.
A:念のために確認しますが、使われているのはバクテリオクロロフィルで、それが感知するのは赤外線です。物質は熱せられると赤外線を出すので、赤外線を感知することにより熱源との距離を測ることができます。
Q:生命の起源を推定するうえで、ルビスコが12Cを優先的に取り込む性質が利用されていた。しかし、必ずしも初期の生物が光合成を行うものとは限らず、化学合成を行うものであった可能性もある。また、ルビスコ以外の酵素でも同位体の取り込み方に違いがあるのではないか。様々な同位体比率から推定したほうが精度が高くなるため、炭素以外の同位体利用の可能性について調べてみた。ルビスコ以外で特徴的な酵素としてニトロゲナーゼが浮かんだが、これに関しては同位体に対する取り込み方に、明確な違いは見つからなかった。そもそも窒素の同位体の存在比を調べると、14Nが99%以上であり、12Cと13Cに比べると同位体比率を比較しにくいと考えられる。化学合成で真っ先に思い浮かんだのが硫黄であるが、硫黄では32Sが95%であり、同位体比率を用いて比較しやすそうな元素である。化学合成における硫黄同位体に対する取り込み方の違いは明らかでないが、ルビスコのような違いがあるとしたら、生命の起源を推定するうえで有用だと考えられる。
参考文献:安定同位体生態学の簡単な説明 http://www.ecology.kyoto-u.ac.jp/~tayasu/tayasu/SI_Explanation.html
A:ルビスコは同位体のえり好みが激しい酵素ですが、それ以外の酵素でも取り込み比率は異なる場合があります。15Nについては、海洋生物の食物連鎖における濃縮が見られることがわかっています。
Q:約40億年前、地球上に生命が誕生したとされている頃、地球の大気にはまだ酸素はなく、生命に有害な紫外線が地表に降り注いでいたと考えられる。また、鉄やニッケルの核が流動し、地球の周りに磁気圏が出現したのは約27億年前と言われている。それまでの間は、生命に有害な荷電粒子が太陽風として地球に降り注いでいたが、磁気圏の出現によって、これらの荷電粒子は地表に到達しなくなった。現在は、紫外線が到達する成層圏付近まで分布する細菌が見つかっているが、原始生命は核酸やアミノ酸、タンパク質などを薄い膜が取り巻くような簡単な構造だったと考えられる。このような構造は紫外線や荷電粒子の照射に弱く、これらの存在する場所では生きられなかったと考えられる。このことからも、最初の生命は紫外線や宇宙線の届かない深い海底で生まれたと考えるのは理にかなっている。また、海底の熱水噴出孔では、還元剤としての硫化水素、水素、メタンなどの電子供与体と、イオウ、硫酸イオン、二酸化炭素、鉄イオンなどの電子受容体が十分に供給され、酸化還元電位の勾配に従った電子伝達系を組み立てることができたと考えられる。現在、多くの化学合成細菌の電子受容体として用いられる酸素は原始地球上には存在しなかったと考えられているので、原始独立栄養生物は酸素以外の電子受容体を用いていたと推察できる。こうして、海の底でひっそりと誕生した生命の中から、後に光を利用して水を分解し、有機物を合成して酸素を放出するシアノバクテリアが誕生した。地球磁気圏の形成によって太陽風が到達しなくなると、シアノバクテリアは海面付近でも生活できるようになり、生息域を広げることができたと考えられている。このシアノバクテリアが放出した大量の酸素は、後にオゾン層となって地表に有害な紫外線が到達するのを防ぐこととなった。生態系は、生物と環境が互いに影響を与えあうことで成立する。最初は、環境からの働きかけによって生命が維持されていたが、シアノバクテリアによる酸素の放出は、初めて生命が地球環境全体に大きな影響を与えたイベントであると考えられる。
A:全体としてよくまとまった読み物になっていて僕の講義のレポートとしても合格点ですが、理系の論文としてみた場合は、もう少し論理と焦点が絞られていた方がよいと思います。
Q:今回の講義で扱ったストロマトライトについて考察する。最初にストロマトライトのでき方を聞いた時に思ったことは、シアノバクテリアの上に砂粒が層になるほどの量がくっつく前に、光合成ができなくなりシアノバクテリアが死んでしまうのではないかという事だった。シアノバクテリアが死んでしまった場合、粘液の放出も止まるのでストロマトライトは成長しなくなるのではないかと思い、ストロマトライトのでき方について詳しく調べてみた。引用元のサイトによると、ストロマトライトは夜のうちに砂粒をトラップし、昼になるとその砂粒を押しのけて光合成を行うそうだ。これなら光合成を行うことも可能だが、そもそもシアノバクテリアはなぜ岩にくっつくという選択をしたのだろうか。シアノバクテリアが繁栄した時代には捕食者の存在しないので、広い海洋を漂うリスクは存在しないと考えられる。また、波打ち際の方が波も荒く、生息にはかえって不向きではないかと考えられる。にもかかわらず、わざわざ光合成の面積が狭くなるように岩にくっついた理由はなんだろうか。私は、波打ち際の方が水中の二酸化炭素濃度が高かったのではないかと思う。地球が現在の大気構成になったのはシアノバクテリアによる影響が大きい。そのため、シアノバクテリアが繁栄する以前の大気は現在に比べてずっと二酸化炭素濃度が高かった。波打ち際では波が荒いため、空気と海水が交じり合って泡が発生する。これによって空気中の二酸化炭素が海水中に取り込まれ、海洋よりも光合成に適した環境になったので、シアノバクテリアはわざわざ岩にくっつくという選択をしたと考えられる。
引用 炭酸塩アトラス http://www.geol.sci.hiroshima-u.ac.jp/~geohist/kano/Carb/4/4_3.html 1月23日閲覧
A:面白いポイントだと思います。ただ、水中の場合、二酸化炭素は、ガスとしてだけでなく、重炭酸イオンや炭酸イオンとしても存在できますから、一般的に生育を律速するのは、光か、あるいは他の無機イオンです。マーチンの鉄仮説の話は、どこかでしなかったっけな?