植物生理学II 第8回講義
圧流説と転流
第8回の講義では圧流説による篩管輸送のメカニズムと、転流の意義について解説しました。今回の講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:生物は海で生まれた。そして外にはナトリウムイオンが大量にあり、細胞内にはカリウムイオンが多く含まれていた。そのため濃度勾配によってナトリウムイオンは細胞内に入ってこようとし、カリウムイオンは海中に出ていこうとした。細胞内の濃度を一定にするために生物はイオンポンプを発達させた。なぜ生物はイオンポンプを発達させてまでカリウムイオン濃度を高く保つのだろうか。ナトリウムイオンを利用すれば取り込むためにエネルギーを利用する必要もなく、ATPをより効率よく使えるのではないか? この問題を考える上で重要となってくるのはナトリウムイオンとカリウムイオンの特性の違いだろう。まずカリウムは容易に電子を失い陽イオンとなる。さらにはナトリウムよりも反応性が高い。次にナトリウムは大量にあるが、水と激しく反応してNaOHと成ってしまうために、水分を多く含む生物にとっては脅威となってしまう。そのために反応性がより高く安全なカリウムを利用するのではないかと考える。また別のイオンを利用するのはどうなのだろうかと考えていたが、比較的多くあって反応性も高いものとなるとカリウムイオンくらいしかなかったのではないか。もしもっと良いものがあったのであれば生物はそのイオンを選択しているはずだからだ。
A:もうちょっと化学の基礎を勉強しないと恥ずかしいですよ。イオンと単体は別物です。金属カリウムも金属ナトリウムと同じように水と反応します。水との反応自体が「容易に電子を失い陽イオンとなる」反応なのですから。
Q:今回の講義では主に篩管について学びました。シンプラスティック輸送とアポプラスト輸送が印象に残り、興味深かったので考察します。シンプラスティック輸送にせよポリマートラップ輸送にせよ、これらの構造の意義は「逆流を防ぐ」という点にあります。同じ目的をもっている構造であるのに、植物によって構造が使い分けられているのは何故か。講義では「より有利な構造を利用している」とのことでしたが、その構造を有利とする違いは何か考えてみます。ガラクトース付加と能動輸送に使用するエネルギー量に大きな差があるとすれば、どちらかが淘汰されてしまう可能性があるので、両構造のエネルギー消費に差はないと考えられます。そこで注目するのは植物体におけるガラクトースの含有量です。植物体にガラクトースを多く含むのであればそれを利用しますし、含まないのであればわざわざ合成してまで使うことはありません。以上より、生体活動の中でガラクトースを多く生産する植物はシンプラスティック輸送、生産しない植物はアポプラスト輸送を用いると考えられます。
A:なるほど。面白い論理です。そうすると、今度はガラクトースを多く含む植物と含まない植物がなぜ存在するのかが問題になりますね。そこまで行くと、植物体内におけるガラクトースの働きを調べてみないといけなくなるでしょう。
Q:今回の講義では前回に引き続き学んだシンプラスト輸送について述べる。シンプラスト輸送では、「ポリマートラップセオリー」に従ったときに、わざわざ伴細胞でラフィノース合成酵素によってショ糖の逆流を防ぎ、かつ、ラフィノースは篩管に濃度勾配にて送られ、篩管では転流が行われているため、糖の合成が盛んに行われていても、逆流する可能性は低いと考えられる。しかし、なぜ伴細胞が存在するのか。ショ糖合成した後に、伴細胞などなくともそのまま篩管に濃度勾配によって転流を行ったほうがATP効率的にも良いはずである。これに対する私の仮説は、伴細胞で行われるラフィノース合成酵素が糖の合成の律速段階になっていて、ショ糖がある一定の濃度を超えると立体構造が変化するアロステリック酵素であり、これによって触媒される反応系が光合成の関連遺伝子の発現を抑制して糖の合成を抑制するフィードバックを担っていると考える。
A:何やら面白そうではあるのですが、最後の部分の論理的な接続がよくわかりませんでした。せっかくなので、フィードバックを担っている場合には、なぜ伴細胞が必要なのか、もしくは伴細胞がないとなぜフィードバック制御が効かないのか、という点まで説明できるとよいでしょう。
Q:FACE実験について調べて見ると、収穫高が増加した実験結果が見つかった。「出穂期における植物体の乾物重は、FACE/対照区比で、穂が 33%、葉鞘と稈が24%、根は 13%それぞれ増加したが、葉身はほとんど増加しなかった(+6%)。(小林和彦 環境低負荷型の社会システム 平成7年度採択研究課題研究終了報告書 平成13年)」前回の授業内容から、穂の重量増加が大きいのはモミが大きなシンクとして機能しデンプンを多く貯蓄したからと考えられる。しかし、葉身の重量があまり変化しなかったことが気になった。高二酸化炭素濃度状態では、糖の濃度が増加することにより光合成関連の遺伝子の発現が抑えられるそうだ。上記の実験結果からは葉身以外、遺伝子の発現に関して大きな影響が出ているように見えない。従って、特に光合成関連の遺伝子の発現の抑制、それによる生育の抑制は葉で起こっていると思われる。また、そのメリットについて考える。葉ではなく、貯蔵器官に糖をデンプンで蓄えておくことで、転流の阻害を防止するためもあると思われるが、それとは別に、自然状態での通常状態に比べ高二酸化炭素濃度という現象は、環境中に他の植物が少ない状態が考えられる。その場合、その世代の生存だけでなく次の世代にむけて養分を貯蓄する余裕があるために貯蔵を増加させるのではないか。
A:自分で考える姿勢は評価できます。ただ、乾物重から遺伝子発現を議論するのはやはり難しいでしょうね。また、因果関係としては、転流が盛んだとフィードバック制御によって光合成が抑えらなくなるので、転流のためにフィードバック制御をしているというのは逆かもしれません。
Q:ポリマートラップセオリーについて学んだ.これは維管束鞘細胞から中間細胞を経て,篩要素へ拡散などを用いつつ糖を運ぶ形態である.ラフィノースの合成にATPが使われるとしても,ATPを用いてプロトンの濃度勾配を作り出しシンポーター経由でショ糖を運ぶのと比較するとよりシンプルな形でありもっと一般的な輸送形態として存在してもいいように思える.しかし現実として伴細胞を経由するのには,何か不利なことがあるためと考えたためこれを考察する.ラフィノースやスタキオースを合成するのに,酵素が必要であり,酵素はタンパク質からなるために炭素・窒素や酸素などが必要である.植物が炭素を得る方法として,光合成が考えられ糖を輸送するために,さらに光合成を行う必要性があるだろう.そして窒素は根から吸収されるものであり,土壌環境によってはやや欠乏する状況が起こりうる.植物が必要とするタンパク質はラフィノース合成酵素だけではないため,栄養状態が悪化した場合に優先的にこの合成酵素が作られないと糖の輸送が行われず,逆に優先的に合成された場合は他の部分が犠牲になりうる.そのため生存していくうえで,ATP+酵素という形が不利であるために,多くの植物が持つ形態として利用されていないと考えた.
A:なるほど。窒素の収支から考えるというのは新しい発想だと思います。ルビスコのように量的に多い酵素においては、窒素の収支が非常に大きな意味を持つことが知られています。その意味では、ここで提案された説が実際に正しいかどうかは、関連する酵素の量がどの程度かを測ってみるとわかるかもしれません。
Q:ヤマハンノキのモジュール構造に関して、その先端につける繁殖枝を取り除くと他の繁殖枝の成長には使われないということを学んだ。それに関して、ヤマハンノキがそうする環境適応的な意義を考察する。まず前提として繁殖枝が取り除かれた状態というのは、自然界において捕食されたと考えるのが妥当であろう。これを踏まえた上で考察を進める。1つ目の理由として、鳥類などに捕食される場合、比較的幹から離れた場所の繁殖枝が捕食されやすいだろう。幹から近い部分ではより成長段階が進んでいると考えられ、繁殖枝を捕食されたモジュールで生産されるエネルギーは、新しく枝を伸長し繁殖枝をつけるために使われた方がより効率的であると考えられる。またこうすることで種子を運搬してもらうという面でも適応していると考えられる。2つめの理由として、1度捕食されてしまったということは、捕食者が味をしめてまた捕食しにやってくるということが考えられる。そのため、成長途中の未熟な繁殖枝に栄養分を使ってもすぐに捕食されてしまうことが考えられる。そのため新しい繁殖枝の作成に用いたり、枝や幹に同化させて次の繁殖枝を作るシーズンまでのストックとして栄養をためておいた方がより効率的であると考えられる。
A:なるほど。これも面白い点に目をつけました。ヤマハンノキは実はマメ科の植物などと同じように共生によって窒素固定を行なうことができます。炭素の移動の様式には窒素の有無が関わる場合もあるので、その点を頭において議論する必要があります。なお、植物は動かないので、捕まえる必要はありませんから、捕食とは言わないでしょうね。
Q:今回の授業では「シンク・リミット」について扱われた。その中で、「芋を持つようなシンクの大きい植物では二酸化炭素濃度の上昇によって生産性が上がるらしい」という内容があった。「シンクが大きい」ということは「多量の炭素を固定できる」ことを意味する。よって、シンクの大きい植物を極めて多量に栽培すれば「大気中の二酸化炭素濃度を減少させながら、同時に食料を増産」できる可能性がある。本レポートでは、シンクの大きい植物を栽培して、「二酸化炭素濃度の減少」と「食糧増産」を行うことができるかどうかを考察する。ある植物体Aと、Aの倍の質量(ここでは単純にBのシンクはAのシンクの2倍大きいとする)を持つ植物体Bを同じ本数だけ植えるとする。AとBのどちらも十分に成長させようとするならば、BはAよりも個体間の間隔を広く空けて植えなければならない。なぜなら、BはAよりも個体体積が大きい分だけ個体間で根や葉が競合しやすいからである。よって、AとBを同じ本数だけ植える場合、BはAよりも広い土地面積を要するため、単位面積当たりのシンクの大きさはどちらを植えてもあまり変わらなくなる。次に、AとBを同じ密度(本数/m2)で植えたとする。このとき、BはAよりも個体の大きさ(現存量)が大きい分、個体間で土壌中の栄養塩類や水(以下単に養分)の獲得競争が激しくなる。養分の獲得競争が激化すると、光合成の条件がどれだけ良かったとしても個体の大きさ(シンク)は小さくなっていく(密度効果)。よって、AとBを同じ密度で植えた場合、B一個体のシンクは理想(Aの2倍)まで大きくなれず、単位面積当たりのシンクの大きさもA、B間であまり変わらないであろう。もしもAと同じ密度でBをAの2倍の大きさまで成長させようとすれば、人工的に養分をBに与えてやる必要がある。しかし、その養分はもともと別の土地にあった栄養塩類や水であるから、Bに養分を与えた分だけ他の土地での耕作が制限される。よって、Aと同じ密度で植えたBを人工的にAの2倍の大きさに成長させたとしても、地球の耕作地全体でのシンクの大きさは大差なくなる。したがって、もしも地球上のすべての耕作地に従来よりもシンクの大きな植物を植えたとしても、固定できる炭素の量及び作物の収量は従来と大差ない。ゆえに、シンクの大きな植物を多量に栽培したところで、「二酸化炭素濃度の減少」と「食糧増産」を行うことはできないと推測される。
A:面白い考え方ですね。ただ、植物体が占める大きさに対してシンクが占める割合はそれほど大きくないのではないでしょうか。例えばジャガイモを考えると、根圏の大きさの方がイモの大きさよりもずっと大きい気がします。そうであれば、イモをつけるかつけないかで植物を植えられる密度はそれほど変わらないかもしれません。また、養分に関しては、自然環境ではともかく、栽培環境ではそれを補充してやることは可能なように思います。
Q:今回の授業では、ショ糖の能動輸送など、主に師管について学習しました。扱ったテーマの中で、コナラの光合成産物の輸送について面白いと思いました。側枝での光合成産物は枝内から移動することはないのに、先端枝から側枝(その中の果実)への移動が見られる、しかしそれによって先端枝の成長率がさがることはほとんどない、ということでしたが、ということは、先端枝は、自身が生長するのに必要な最低限の有機物だけを利用して、残りを果実の生長にあてているということだと言えそうです。やはり、植物であれ動物であれ、一番重要なのは子孫を残し種を繁栄させることなので、植物自身の生長と果実の生長は同等の価値があるのだと思います。(そもそも構造上の問題なのか、とも思いました。先端枝の方が日光を効率よく受け取れる構造になっていて、光合成効率があがることにより、余分に有機物の産生ができ、果実の質をあげる方へまわしている、なども考えられるでしょうか。)
A:面白いと思います。このような場合、せっかく2通りの仮説を考えたのですから、そのうち、どちらが正しいのかを確かめることができる実験系を考えることができたら完璧なレポートになります。
Q:今回の授業で扱われたFACE実験について、どのような成果が出ているのか調べたところ、1)イネの収量は最大15%程度増加するが,その程度は施肥窒素量に大きく左右される。2)イネが,いもち病や紋枯病にかかりやすくなる。3)水田からのメタン発生量が増える。とありました。(引用:http://ss.tnaes.affrc.go.jp/periodical/tayori/14/no14_07.pdf)ここで、FACE実験は地球が温暖化に向かっているため、それに備えてC3植物への適応策を考えて行われる実験ではないかと感じました。実際、農林水産省では温暖化の進行はある程度避けられないとの観点から、適応策の研究開発も進めていく必要があるとしています。(農林水産省研究開発レポート参照:http://www.s.affrc.go.jp/docs/report/report.htm)しかし、授業では長期的な影響について施肥効果は大きくないとあったのですが、イネは農業で使用する場合一年で刈り取ってしまうし、大豆は一年生草本なので、長期的な施肥効果を考える必要があるのかということを疑問に思いました。長期的なCO2施肥効果を考える意義について、普通の条件よりも高CO2状態では長期的にもさらなる成長の見込みがあったのではないか、多年生のC3植物に対するCO2の影響も考えたのではないかと考えました。
A:おそらく、FACE実験以前は、大気のCO2の濃度が上がれば光合成が盛んになって結果としてCO2が吸収されていわばフィードバック制御がかかり、地球環境は大きく変動しないという楽観論があったように思います。そのような地球規模での光合成を考える場合には、樹木を抜きにすることはできませんから、樹木が一つの実験対象になったのだと思います。農林水産省の場合は、地球環境よりは農業生産の観点が主になりますから、それはそれで目の付け所が違うということでしょう。
Q:今回の授業でFACE実験の話題が出ましたが、これは私が大学に入学する前から興味を持っていた話題だったのでとても関心がありました.二酸化炭素量を横軸に、光合成速度を縦軸にグラフを作成するとグラフは最初比例関数的に増大していき、やがて頭打ちになるというグラフが作成されます.ということは地球の二酸化炭素量が増大すると光合成速度が増し、結果として植物の生産量が増えるのではないかと考えられるわけですが、FACE実験では一時的に光合成速度は増大するのですが、やがて低下し始め結果として光合成速度は二酸化炭素量には依存しないということが判明しました.この実験で、芋を持つようなシンクの大きい植物では、二酸化炭素増加によって生産量が上がることが分かりましたが、では何故その他の植物ではこのようなことが起こらないのかを自分なりに考えてみました.授業では光合成関連遺伝子が抑制されるからであるという理由が挙げられていましたが、その他に挙げられる理由としては活性酸素が考えられるのではないでしょうか.活性酸素は酸素が化学的に活性化した状態であり、高い反応性を持つため外部からの進入物を排除する免疫機能があることが報告されていますが、一方で自身の細胞をも傷つけてしまうこともあります.二酸化炭素の濃度が増加すれば光合成によって発生する酸素の量も増加するので活性酸素の量も増え、結果として光合成速度が上昇しないのではないかと考えました.
A:これに関しては水生植物の話をしたときに話した酸素と二酸化炭素の量の違いについて考える必要があります。現在0.04%を占める大気中の二酸化炭素が0.08%になれば2倍の大きな変動ですが、それが光合成によって全部酸素に変わったとしても、21%の酸素が21.08%になるだけで無視できる量です。水生植物のように水中の炭酸イオンから二酸化炭素が供給される場合は別ですが、陸上植物の場合、二酸化炭素濃度の変化が酸素濃度の変化を通して影響する可能性は低いように思います。