植物生理学II 第13回講義
植物の根と無機イオンの吸収
第13回の講義では、植物ホルモンの続きとして、アブシシン酸、エチレン、ブラシノステロイド、ペプチドホルモンなどについて解説しました。今回の講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:植物体にエチレンが働くと離層が形成され落葉が起こることが分かっている。しかし落葉する葉にもタンパク質が含まれているのでそれを回収しないで落としてしまうのは植物体にとってマイナスに働くのではないか。もし落葉しなくて済むのならしない方が良い筈であるが実際には落葉をしている。そこで今回は落葉をすることについての利点を考えていきたい。植物体がどのような時にエチレンを生成するのかというと病原菌や破損などの刺激を受けた時である。そして成熟した果実からも大量に放出される。これらから考えると虫や病原菌などの被害が本体や他の葉に及ばないように切り落としているのではないだろうか。また果実から出るエチレンは成熟が進むにつれて量が放出される量が増えていくことから熟したら地面に落ちるようになっているのではないかと思う。また落葉をする植物は快適な数ヶ月だけを利用して冬場になると葉を一斉に落とす。そのため最初からタンパク質の量を減らして大きくて薄い葉を作るのではないだろうか。薄い葉なので食べられやすいが最初から使い捨てのつもりで作られているので切り落としても植物にとってそれほどマイナスにはならないのではないかと考えられる。これを元に考えてみると何年も同じ葉を使うために葉を硬く作る常緑樹よりも落葉樹の方が効率的に思える。しかし大量生産大量消費の構造になってしまうために痩せた土地や厳しい環境下では育つことが難しいのだろう。結雪山や乾燥地帯では常緑樹が多いのはそのような理由からではないかと考えた。
A:自分で考える姿勢は評価できますが、これまで講義で話してきたことがほとんど反映されていないようです。科学で必要なのは空想ではなく、あくまで事実に基づいた考察であることを理解してください。
Q:今日の講義では前回に引き続き、植物ホルモンについて勉強しました。今回はエチレンの生理作用で気になったことを考察していきます。エチレンの生理作用については、水生植物での作用が初耳でした。ここで、エチレンは陸上では茎の伸張を阻害するのに対し、水中では伸張を促進することについて考えていきます。まず、エチレン受容体は小胞体膜状にあります。エチレンはガスなので生体膜を透過するため細胞膜上でなくても良いという理由でした。このことから、エチレンは老化させたい標的の細胞内で合成されるわけではなく、どこか違う場所で合成されたエチレンが移動してきて作用すると考えられます(ただし、細胞膜上に受容体がないのは細胞内合成するから、とも考えられるので標的細胞内でのエチレン合成も考える必要がある)。さて移動の方法ですが、おそらく水に溶け込ませて運んでいると考えられます。体外に放出してから再度取り込むということもあるでしょうが、拡散してしまうので現実的ではありません。ここで、植物体が水中に存在するとき、合成されたエチレンが植物体内の水にばかり溶けていくとは限らず、むしろ周囲の水に溶け込んでいく可能性が高いです。よって実際に作用するエチレン量は合成された量よりもはるかに少なくなります。したがって、もともとエチレンは老化(過度の成長促進)を誘導するホルモンであるため、低濃度で作用させると適度な成長を促すと予想できます。このことがエチレンの陸上と水中での作用の違いを生んでいるのだと考えられます。
A:エチレンの水に対する溶解度は、ガスの中では高い方です。しかし、水中の分子の拡散速度は空気中の拡散速度より1000倍程度遅いのが普通ですから、空気中と水中では、やはり水中の方がエチレンの拡散による濃度低下は小さいと思います。後半の考察は面白いと思いますが、問題になっているのは水中と空気中の比較なので、そのあたりを意識して文章を書くともっと問題点が明確なレポートになります。
Q:講義において植物ホルモンについて学びましたが、講義で触れられたジャガイモ塊茎の成長抑制物質について、以下に考察したいと思います。ジャガイモ塊茎は休眠中の期間は、成長抑制物質の濃度が高く、秋になると成長抑制物質の濃度が低くなり、発芽する。ここで、植物体が温度や湿度の外部環境が似た春と秋を間違えないのかという疑問が生じます。そもそも、塊茎自体は光環境を感知しているとは考えづらい。これに対する私の考えは、2点ありました。(1)土壌の中に塊茎の阻害物質が生態系による副産物として存在しているという考え。(2)光環境の違いが春と秋を見極めているという考え。
光環境を感知するセンサー部分で成長抑制物質(ジャスモン酸)が生成され、塊茎に作用するという機序が実際の研究から判明しており(参考文献)、(2)の理論にてジャガイモ塊茎の成長抑制が行われている。では、(1)の考えを植物が採用しない、至らなかった反省点として考えられることに、生態系の土壌生物関連による副産物が植物体の成長を阻害するもっともな要因だとするならば、おそらくその植物種は多様な地域における繁栄が難しく(土壌生物特異的なニッチの形成)、生産者であるはずの植物体が食物連鎖以外の点で、土壌生物によるフィードバック制御を受けてしまうことになる。これは進化の過程で植物の生存戦略的に棄却されてしまったのであろう。
<参考文献>北海道大学農学部生物資源科学科・作物生理学講座http://www.agr.hokudai.ac.jp/botagr/sakusei/result.html(参照日時:2012/01/21)
A:参考文献で挙げられているページで述べられているのは、塊茎の形成に対する光の影響です。発芽とは直接的な関係はありません。あと、植物ホルモンの定義の一つとして植物自体が作った物質であるということがあります。ですから、土壌の中の物質が働く場合には、植物がそれによって影響を受けても植物ホルモンとは呼びません。考察自体はよく考えていてよいと思います。
Q:エチレンという気体を植物ホルモンに持つことの利点を考察する.授業で取り扱われた植物ホルモンは水などに溶けて運搬されるため,目的の器官に集中して届けるのは難しい.しかしエチレンのような気体であれば,ある程度目標を定めることも可能である.例えばリンゴは熟すとエチレンを放出するが,これが木になっている状態を考えると,リンゴの実の周りには他のリンゴが存在する.ある1つのリンゴが熟せるということは,実をつけるのにちょうどよい時期になりつつあるということで周りの実も熟すような司令を送ることが望ましい.しかし果実の成熟を1度植物体の中を介して運ぶということは効率的でない.一方熟した実がエチレンガスを放出し周りの実に影響を及ぼすとすれば,これは効率のよいやり方であり気体を植物ホルモンとして持つ利点ともなりうる.
A:目のつけどころは面白いと思うのですが、実から実へ情報を伝達する必要性がのみ込めませんでした。一つの実が環境を感知できるなら、別の実でも環境は感知できますよね。その場合、特に情報を伝える必要はないように思いました。また、そもそも実によって熟すのに適切な時期が同じなのかどうかということ自体も考える必要がありそうです。
Q:今回の授業では、アブシジン酸と植物の進化について扱われていた。このレポートでは、植物がアブシジン酸の生合成経路を獲得したことが陸上生活をする上でどのような利点となったのかを考察する。アブシジン酸がイソテンペニル二リン酸から生合成される経路は葉緑体内と細胞質内にまたがっている。その生合成経路の内、葉緑体内で行われる反応経路中には、ゼアキサンチン→アンスラキサンチン→ビオラキサンチンという反応(反応①とする)が存在している。反応①の3種の物質はキサントフィルと呼ばれるカロテノイドの一種である。ゼアキサンチンはクロロフィルが過剰に吸収した光エネルギーを熱エネルギーに変換して消費する性質があり、強光ストレスから植物を守る役割を担っている。このキサントフィルによる強光ストレスへの応答をキサントフィルサイクルという。キサントフィルサイクルを持つ植物は強光に対する抵抗力を持っているから、キサントフィルサイクルを持たない植物に比べて陸上での生存に有利となる。光があまり届かない水中(海中)と異なり、陸上では常に強光にさらされる危険性が存在する。よって、陸上で植物が生存していくためには、キサントフィルサイクルのような強光ストレス応答のシステムが必要不可欠である。アブシジン酸生合成経路の中間代謝産物にこれら3種のキサントフィルが含まれているから、アブシジン酸を合成できる植物はキサントフィルサイクルを備えていると仮定される。このとき、アブシジン酸生合成経路を獲得した植物は、アブシジン酸による種々の生理作用に加えて、強光に対する抵抗力も獲得したことになる。この強光への抵抗力を獲得したことで、植物は陸上に進出しやすくなり、生存圏を広げられるという利点が存在したと推測される。
参考文献:桜井英博他著 植物生理学概論初版 培風館(2008)、園池公毅 光合成とは何か 講談社 2008年
A:アブシシン酸とキサントフィルサイクルを結び付けるという発想は高く評価できます。藻類の中にもキサントフィルサイクルを持っているものがあるのですが、その点に対する考察は、この毎週の小レポートの中では必要ないでしょう。
Q:今回の授業では、サイトカイニン・アブシシン酸などの植物ホルモンの働きなどについて学んだ。植物ホルモンの種類・作用は様々だが、アブシシン酸は伸長生長阻害、オーキシンは伸長生長を促進する、という真逆の作用を表すホルモンである。これらは、片方ずつ作用させれば上記のような作用を示すが、オーキシンによる伸長をアブシシン酸が抑制する働きをしている。もし伸長を促したい部分にオーキシンを、伸長を抑制したい部分にアブシシン酸を作用させれば、植物を好きな形に変形(生長)させることができるのではないだろうか、と考えた。しかし、もしかしたら植物体の内部でホルモンの移動が起こっているかもしれないので、同条件下での対照実験を行い、結果を比較してみる必要があるだろう。
A:研究者としては考え方が素直すぎです。学部学生としてはその方が幸せかもしれませんが。もう少しひねって考えてみてはどうでしょう。例えば、成長の度合いを調節するだけなら、促進物質の量を変化させるだけでもよいはずです。抑制物質と言ってもそれによって茎がどんどん短くなるわけではないので、成長を止めるだけなら促進物質の量を0にすれば、抑制物質は必要ないように思えます。にもかかわらず抑制物質が必要なのはなぜでしょう。そのような問題設定なら、考察する価値があるでしょう。
Q:今回の授業ではエチレンの働きについて学んだが、なぜ離層を形成して葉を落とす必要があるのか疑問に感じたので、その理由を考えてみた。まず一つ目は、離層を形成することで、落葉しやすくすることである。離層の柔組織細胞は小さく細胞壁が薄いので脆くなりやすく、風や葉の重みだけで落葉できるようになると考えられる。二つ目は、離層を形成し離層内で茎と枝を分離することで、枝側に保護層を作り乾燥や病原菌が植物に侵入するのを防ぐためである。もし離層を形成せずに落葉した場合、落葉した分だけ細胞が直接外界と接することになる。すると病原菌が浸入しやすくなるだけでなく、乾燥することが予想される。落葉本来の目的は、根が凍土から吸水できない冬の間の乾燥から落葉樹を守るためなので、離層の形成は落葉樹にとって重要なステップであると考えられる。
A:独創的、とは言えないかもしれませんが、きちんと考えていると思います。後者の場合、離層を形成する代わりにただの保護層を作ればよいのではないか、という疑問に対する答えも欲しいですね。
Q:ジャガイモの発芽には成長抑制物質の働きに寄るとのお話がありましたが、小さいころ親にジャガイモの芽は毒があるからよく取らないといけないと言われたことがありました。ジャガイモの芽はどのくらい取らなければいけないのか、調べてみました。ジャガイモの芽にはα型ソラニンとα型チャコニンというグリコアルカロイドが含まれているそうです。これらは正常なイモには5~20mg含まれるのに対し、発芽したイモは200~400mg、緑化したイモには150~220mgにもなります。このグリコアルカロイドがジャガイモの芽の毒性の原因で、成人が摂取する場合致死量は体重1kgあたり3~5mgとなります。200~350mg摂取すると中毒症状を起こしたり、死に至ることもあります。また、ソラニンは243~270度で分解されるので、普通に加熱調理しただけでは分解されません。これらのことから、ジャガイモ調理の際は、しっかり芽を取ることが大切だとわかりました。しかし、ジャガイモで亡くなった日本人はまだいないそうです。このことについて、ジャガイモの芽を200mg摂取するためには、一度にかなり大量のジャガイモを食べなければなりません。しかし、日本人の主食は米であるので、そんなに大量摂取する機会がなかったのではないかと考えます。また、人間の舌は苦味に敏感であるので毒物の苦味によって大量摂取が出来ないようになっているのではないかと考えました。
ジャガイモ博物館http://www.geocities.jp/a5ama/index.html
A:面白いと思いますが、量が重要な意味を持つレポートなので、誤解がないように議論する必要があると思います。「正常なイモには5~20mg含まれる」というのは、1個のイモがという意味ですよね。また芽の部分だけでなく全体でしょうね。その場合、「一度にかなり大量の」というのがどの程度なのかはある程度見積もれると思います。科学の議論では可能な限り定量的に議論することが大切です。
Q:今回の授業で話題になったABA欠損株について調べてみた。授業でも紹介されたようにABA欠損株はしおれやすい。このためABAのシグナル伝達の実験は種子発芽においてのみ行われていた。このABA欠損株の欠点を北海道大学の南原教授が突然変異のスクリーニングで作り出した乾燥に強い突然変異株を作り出すことで解決した。スクリーニング方法は以下のとおりである。「EMSにより変異誘発処理をしたM2植物の葉一枚を刈り取りペ-パ-タオルの上で3-4時間自然乾燥させた後、ヘラでそれぞれの葉一枚を潰し水分含量が多い植物について、もう一度同様の操作を行い再現的に乾燥処理に対する水分の保持能力が高い株を検索した。」ではこの発見がどのように役立つのかというと、先に述べたようにABAのシグナル伝達に関する突然変異株のスクリーニングを植物体の形質により判別することができるようになったということである。ではこの実験系の発明でどのような実験が行えるのであろうか。私は次のことを考える。「タンパク質リン酸化酵素であるSnPK2が欠損するとABA欠損株となる」という先日の授業で触れた内容はこの実験系を用いることができるのではないか。ABAシグナル伝達でリン酸基が付加されて活性化し、SnPK2は下流のDNAの転写活性化因子を活性化する。ということはSnPK2を欠損させた株を育てるとABA欠損株、つまりしおれやすい植物体ができるのではないかと考える。
A:引用をする場合には、必ず引用元を明示してください。この場合、所属と人の名前だけでなく、http://kaken.nii.ac.jp/d/p/08740606というアドレスも必要です。あと、最後の部分の論理がよくわかりませんでした。ABA欠損株と、ABA不感受性の株というのは全く別物ですので、念のため。
Q:落葉樹は寒冷期や乾燥期の前に一斉に落葉する。このような落葉を促すホルモンはアブシジン酸であり、エチレンを誘導することで離層形成を促進し落葉を引き起こしている。このような落葉を引き起こす理由としてまず一つに、日照時間が短く、気温が低下すると、根からの水分供給が少なくなるためであると考えられる。さらに落葉樹林は葉の面積が広いため水分が蒸発しやすく、そのため自ら葉を落とすことで水分収支のバランスを保っているのである。また、2つ目に日差しと気温の低下により光合成能力が低下するため、葉をつけたままの状態だと自分を維持できなくなってしまうこと。そして、3つ目に葉にためておいた不要な老廃物を落葉によって排出するためだとも考えられる。また、落葉樹林のようにほとんどの葉を落とすのではなく、選択的に一部の葉を落とすときにも離層形成は行われている。そこで離層を形成するメリットについて考えてみた。離層形成による落葉の利点として次のことが考えられる。
①植物体の葉が重なることにより暗くなるのを防ぐ、②下位にあって光を受けられなくなった葉の呼吸による光合成産物の無駄遣いを防ぐ、③物理的障害を受けた場所から病原性の微生物が侵入するのを防ぐため、④菌や病気の感染を広げさせないため、⑤風等によって木や茎の組織を傷めないため
A:「落葉樹林」とあるのは「落葉樹」ですね。最後の部分、いろいろな要因を考え付いたら、どのような観察からそのように考えたのか、複数の要因のうちどの要因が最も重要なのか、といった考察を加えると、きちんとしたレポートになります。