植物生理学II 第6回講義
篩管と転流
第6回の講義では、篩管の構造と、篩管を通した光合成産物の輸送メカニズムを中心に扱いました。今回の講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:本授業で、植物は導管と師管を分けて用いることで、効率的に物質を輸送しているとのお話がありました。それは導管の持つ圧ポテンシャルによる、下部から上部へ引き上げる輸送と、高濃度の液体から低濃度の液体へと移動する、浸透ポテンシャルによる輸送を、物質を送りたい部位によって使い分けるというものでした。私はここで、一つの疑問を持ちました。単純なことなのですが、果たしてこの二つの輸送経路だけで済むのだろうか?という疑問です。たとえば、ソースからシンクへ植物ホルモン等の物資が移動するという話はとても分かりやすく納得がいくのですが、その逆の、シンクからソースへの物質移動が必要な場合はないのでしょうか?たとえば栄養状態が悪く、シンクに貯蔵していたデンプンを分解して使用しなければならない、などが考えられます。またもしそのような移動が必要であるならば、その際の輸送経路はいかなるシステムで動くのでしょうか。またATPを用いたenergeticな輸送となるのでしょうか。
私がこの疑問に対する実験系を組むとするならば、まずデンプンが移動してから分解されるのか、分解してから輸送に出すのかを調べるために、貧栄養状態にした植物体の葉(成長しきった葉)を化学的な分析にかけ、ショ糖とデンプンの比率を栄養の十分にある状態のそれと比較します。そしてもしデンプンが移動してから分解されていることが分かった(左記の比較をし、貧栄養状態の葉がデンプン量のみ減じ、ショ糖の量が変化していなければこのように言えると思います。)ならば、そこにATPが使用されているのかどうかを調べるため、葉柄を化学的分析(ルシフェリンの蛍光分析など?)にかけ、ATPの使用が行われたのか見ていけばよいのではないかと思います。
A:おそらく、物質の輸送とシグナルの伝達は分けて考えた方がよいのではないかと思います。水や光合成産物という物質を運ぶためには、量を運ぶ必要があるので、導管・篩管以外の選択肢はないでしょう。しかし、シグナルを、たとえば植物ホルモンによって伝える場合には、移動させる物質の量はごく少しでよいはずですから、導管・篩管以外でも輸送は可能でしょう。また、短距離の輸送と長距離の輸送も区別する必要があるかもしれませんね。
Q:講義の最後に触れられた、開放系大気CO2増加(FACE)実験について。FACEは、大気CO2の濃度上昇が植物に与える影響を調べることを目的に、80年代後半にアメリカで開発された。国内では、岩手県雫石の農家水田にFACE実験施設が建設され、1998年から10年にわたりイネFACE実験が行われた。(http://www.niaes.affrc.go.jp/magazine/108/mgzn10802.htmlなど)イネが実験材料に選ばれたのは、日本で広く栽培されている作物であり、かつ日本をはじめとした東アジアや東南アジアの主食であるためであろう。ただ、実験の仕組みからして、得られた結果がCO2の濃度上昇によるものであると判断することは容易ではなさそうである。そのためか、現在までに大きな成果が得られているわけではないようだが、今後さらなる大気CO2の濃度上昇が予想されるなかで、その研究の意義は決して小さくないように思う。例えば、高CO2濃度がイネに及ぼす影響が、品種によって差があることが明らかになれば、食糧問題の解決につながる可能性もあるし、そういう意味では、生物学や農学の枠組みを超えて社会に大きく貢献できる可能性があるのではないだろうか。
A:国内では、イネのほかに森林におけるFACE実験も行われているようです。実験はすべてそうなのですが、直接的な目的が何なのかをはっきりさせないと、なかなか結論が出ない、という性質をもちます。当然のことながら品種による差を示そうと思ったら、複数の品種を最初に植える必要がありますし、その場合には、数ある品種の中からどのような品種を選ぶのか、という問題が生じます。「貢献できる可能性」を判断するためには、そのあたりの具体的な目的に注目してみるのがよいかもしれません。
Q:シンクとソースのお話が大変興味深かったです。ATPを使って濃度勾配をつくりソースからシンクにショ糖を送っていたり、プロトン−ATPアーゼを使ってショ糖の能動輸送をしていたりと、生物の形態や構造というのはよくできているなと感心しました。シンク・リミットでもお話がありましたが、ソースに比べてシンクの能力が相対的に低く生産能の制限要因として働く場合には、ソースで生産された光合成産物をシンクへ移動させ貯蔵させることは難しく、光合成産物が葉に集積していき、このことが引き金になって光合成能がやがて低下します。また逆にシンクよりもソースの能力が制限要因となる場合もあります。葉から他の器官への光合成産物の転流が盛んに行われ、その結果光合成能が一時的に高まりますが、ソースを構成する光合成タンパク質までもがシンクによって取り去られると、光合成能がやがて低下するのです。このようにシンクとソースはバランスを保っていて、また光合成能はシンクによって制御されているようです。(http://home.hiroshima-ac.jp/forum/28-3/gakumon.html参照)
A:できれば、「バランスを保っている」で終わらずに、何のために?と考えてみるとよいでしょう。産物を使いきれない場合に光合成を低下させるのは意味がわかりますが、ソースを構成する光合成タンパク質まで転流してしまったら、将来困るように思います。ただ、そのような状況が好ましい場合も考えられるはずです。では、どのような時にそのような現象が起こると考えられるのか、というような視点で考えると素晴らしい考察になるでしょう。
Q:大がかりなFACEの実験に驚いた。日本では岩手県の雫石市で行われているそうである。単純に”CO2増加が植物に及ぼす影響を調べる”といっても他の条件を野外の条件に合わせるためにはこの方法がベストということだった。しかし、設備が大型化してしまったり費用がたくさん必要なことは問題である。精度は落ちても屋内やビニールハウスでもっと簡便に測定できないか考えてみた。ビニールハウスの場合、CO2濃度は一定に保つことができるが温度や水分量も一定に保たれてしまう。これらを野外環境に合わせるほうが大変なのだろうか。自分が考えたのは屋根のないビニールハウスで実験するのはどうかということである。CO2は空気より重いから、屋根を開けておいても一気に拡散することはないと思う。屋根がなければ、雨や温度条件も外とほぼ同じはずである。風と食害はカバーできないが、FACEとほぼ同じような結果が得られるはずである。
A:実際に、温室での実験と、FACEの実験の間に、それをつなぐような様々なレベルの実験が行われているようです。ただ、一つの条件を守ろうとすると、別の条件が満たされなくなる場合が多いので、なかなか難しいですね。