植物生理学I 第14回講義

花芽の分化と花器官の形成

第14回の講義では、花芽の分化における光周性とフロリゲンについて紹介したのち、ABCモデルによる花機関の形成を中心に講義を進めました。以下に、いくつかのレポートをピックアップしてそれに対してコメントしておきます。オオバコのエコタイプによるフェノロジー(季節依存的な表現型の違い)の話についてのレポートが案外たくさんありました。


Q:オオバコのエコタイプの話で、沖縄、静岡県、宮城、北海道のオオバコを仙台で生育させると、12月の観察では、沖縄のものは葉も茎も緑のままで光合成をしており、静岡のものは一部枯死しているが、まだ葉が緑で、光合成能力を残していた。一方、宮城のものは枯死しており、北海道のものは枯死しているうえに、霜などによって細胞が破壊されたのか、地上部はほとんど残っていなかった。一般的には、暖かい地域で育っている植物を寒冷地で生育させると、上手く生育しなかったり、枯死したりするはずである。しかしながら、オオバコではそうではなかった。枯死とは、日照時間と気温の複合的作用により、生理活性を維持するコストと光合成などによる栄養供給が釣り合わなくなることで起こると考えると、ここにたどり着く前に、種子を散布する必要があるので、枯死の前段階までは植物側の制御によると考えられる。したがって、枯死のタイミングの時間的差異は、この制御のメカニズムを反映したものだと言える。4地点での環境要因として、月単位での気温変化、日照時間変化が関連しているのではないかと考えた。他に湿度、降水量なども環境要因として挙げられるが、これらを用いて、植物が外界の環境変化を感知するには、変動が一定でないことから、今回は上記の2点にのみ絞った。
 気象庁で公開されている過去の気象データから、1991年から2020年までの平均値を用いて、変動をグラフ化した。その結果、日照時間は、沖縄では、7月をピークとして12月に向けて緩やかに下降した。静岡では、12月から5月まで変化がほとんどなく、6月に急に低下し、8月に向けて再度12月から5月と同じレベルまで回復し、9月に再度6月と同レベルまで下降し、12月に向けて緩やかに上昇するという少し複雑な変動が見られた。仙台では、5月をピークとして、6月に5月の値の半分まで下降し、7月から12月までほとんど変化せず、1月にやや増加してから、6月に向けて緩やかに上昇するという変化傾向が見られた。北海道では、5月をピークとして、10月まで緩やかに低下し、12月に最下点を示してから、5月に向けて上昇する台形型の変化が見られた。気温は、沖縄以外の3地点の変化傾向は類似していて、沖縄のみ、基本変化が一年を通して小さかった。沖縄以外の3地点は全ての月において、北海道、宮城、静岡の順番に値が小さい。
 これらのことを踏まえて、授業で示された結果を考える。生理活性が低下する時期、つまり冬をどう認識しているかを考えれば良い。北海道では、日照時間の低下と気温の低下。宮城では日照時間が変化しないことと気温の低下。静岡では、日照時間の増加と気温の低下。沖縄では日照時間の低下と気温の若干の低下。がそれぞれシグナルとなり得る。仙台で育てている時には、全ての株が日照時間、気温共に同じ状況に置かれる。この時、日照時間の指標だけでは、宮城の株以外、正しく環境変化を感知できないが、気温変化ならばそれが可能である。そのため、気温の低下を主軸として環境を認識しており、補助的な役割として日照時間の感知が使われているのだろうと推察できる。宮城の株は日照時間の低下と気温低下により、冬だと認識する。北海道の株では日照時間の変化はもうすぐ秋と認識され、気温変化は冬と認識される。静岡の株では、日照時間の変化はもうすぐ夏だと認識され、気温変化は冬と認識される。沖縄の株では、日照時間の変化は季節を見失わせる。気温変化は冬だと認識される。宮城以外の株のこれらのシグナルのずれを考えると、北海道と宮城の株では12月前に、気温の変化による冬との認識が起こり、北海道の株では日照時間は秋との認識だが、生理活性を維持できない気温に達したため、枯死した状態が観察されたと考えられる。また、静岡の株では、気温変化からは冬との認識なのだが、日照時間の変化からは夏への移行時期だとの認識であり、この齟齬により、気温低下が、夏の一時的な連日の天候悪化によるものとの認識である可能性を残しており、冬であると断定できないので、葉を一部残していると考えられる。ここでは、成育を促す因子と、生活環の最終段階へ誘導する因子が拮抗しており、どちらかの偏った方向に状態が変化するものと考えられる。一方、沖縄の株は、少し複雑である。日照時間からは、現在の時期を認識できない。気温の変化をどう認識するかには二つの仮説が立てられる。一つ目は気温変化の幅に関係なく低下傾向のみで冬だと認識される。二つ目は気温変化が小さな地域で生育してきたので、気温が主軸でない感知機構を発達させた可能性がある。前者だとするならば、冬との認識になり、北海道や宮城の株と同じく枯死するだろう。しかし、どの株よりも生育が良好であったので、この可能性は低い。従って2つ目の仮説を支持する訳だが、ここでもさらに2つの可能性が考えられる。1つは、温度感知機構が欠如していること、2つは、気温、日照時間以外の環境要因が強く関わっていることである。
 いずれにせよ、4つの地域のオオバコが異なる状態を示したのは、沖縄以外の地域では、日照時間と気温のどのような変化を感知しているのかによって説明がつくだろう。沖縄の株に関しては、さらに考察が必要であるが、今回の本筋とはずれるので簡単に記しておく。例えば、トランスクリプトーム解析によって、沖縄の株のみに特異的な転写因子が発現しているか、発現していれば、その因子の代謝経路での役割などを解明し、特異的な発現がなければ、発現量による違い、またはそもそも、ここで提示した環境要因を用いた説明が間違っている可能性などが考えられる。気象庁. "過去の気象データ検索". https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php?prec_no=34&block_no=47590&year=&month=&day=&view=p1s

A:一つ一つ自分で考えていることがうかがわれていて、この講義のレポートとしては評価できます。ただ、今回の講義では、少なくとも花芽分化の時期の決定には、連続した暗期の長さが重要であるという話をしたわけですから、季節変動の感知メカニズムとしてその可能性を取り上げてもよかったのではないかと思いました。その場合は、日照時間の代わりに、日没時間から日の出時間までの間隔を調べることになるのだと思います。


Q:今回の講義では、オオバコのエコタイプについての話があった。冬になり低い気温になっても沖縄産のオオバコは枯れず、北に生息するオオバコの個体ほど葉が枯れた写真があった。沖縄産のオオバコの方が北海道産のオオバコよりも低温への耐性があるのだとしたら、北海道産のオオバコは適応できていない環境で生息できていることになる。また、枯れたオオバコについて、根まで枯れているのか分からなかった。そこで、根が枯れていない場合を考える。根が枯れていなかった場合、枯れたオオバコも生きているので、生息地域の違いによる低温への耐性に違いが原因で低温に適応的でない個体が枯れたのではなく、北に生息する個体には冬を乗り越えるために葉を枯らすメリットがあると考える。
 北に生息する個体が冬になると葉を枯らすメリットについて考える。生息地域の違いによる低温への耐性の違いを否定しているので、地域の違いによる冬の気象現象の違いを考えることにする。まず、沖縄と北海道の冬の気象現象の違いを考える。北海道では雪が降っているが沖縄では雪はほとんど降らない。葉は光合成を行う器官であるので、雪が葉の上に積もってしまうと葉は光合成できなくなる。すると、葉の生存を維持するメリットがなく、葉の生存維持のコストだけがかかってしまう。そのため、北海道に生息する個体は根に栄養を蓄えて葉を枯らした方が環境に適応的だろう。しかし、静岡では雪が降らないことの方が多い。この考えでは静岡産の個体も葉が少し枯れたことを説明できない。そこで、静岡と沖縄の冬の気象現象の違いとして、静岡では霜が降りるが沖縄では霜が降らない違いがあるのではないかと考えた。植物に霜が降りると枯れてしまうという話を聞いたことがある。葉という器官を維持していているのに霜が降りて枯れてしまうのなら、先に葉を枯らしておけば葉を維持するコストを削減することができるというメリットがあると考える。また、北海道産の個体は完全に枯れ、静岡産の個体は部分的に枯れるという応答の違いがあった。北海道では確実に雪が積もるのに対して、静岡では霜が降りない地域もある。霜が降りるのも毎日ではないだろう。そのため、静岡産の個体は北海道産の個体よりも、低温時に葉を枯らす応答が鈍感でも環境に適応的なのではないかと考える。冬になると葉を枯らすメカニズムとして、低温になったことを感知して葉を枯らす物質を分泌する仕組みがあり、遺伝子によって葉を枯らす物質の低温状況下での分泌量に違いが生じているのではないかと考えた。生息地域の違いによる降雪や霜という気象の違いが、低温に対し葉を枯らす応答の敏感さが異なる個体間の適応度に違いをもたらした結果、地域によって適応的な遺伝子をもつ個体だけが生息するようになったと考える。その結果、北に生息する個体ほど葉を枯らす物質を低温状況下で多く分泌する遺伝子型をもつ個体が集団を占めるように、反対に、沖縄のように冬に葉を維持していると光合成を行うことができる環境では葉を枯らさずに光合成を行う個体の方が、適応度が高く、低温状況に対する葉を枯らす応答を行わない遺伝子型の個体が集団を占めたと考える。

A:これはよく考えていますし、そのロジックも自分なりのものであることがうかがえます。この講義のレポートとしては十分に評価できます。今回の講義を聞いた後であれば、視点として、葉だけでなく開花結実による繁殖過程や、温度だけでなく日長についても、考えてよいように思いますが、まあ、そこは個人の好みの問題かもしれません。


Q:前回の授業ではオオバコのエコタイプについて学んだ。沖縄、静岡、宮城、北海道の株を仙台に集めて冬に観察したところ、暖かい地方の株ほど生き生きとしており、寒い地方の株ほど枯れかけていることが紹介されていた。なぜこうなるのかを考えてみた。第一の仮説としてオオバコの花粉を運ぶ昆虫の活動時期に依存するという仮説を立てた。オオバコが虫媒花であるとすると、昆虫の活動が鈍くなってくるような寒い時期に花を咲かせるような個体は子孫を残しにくくなるため、より暖かい時期に花を咲かせる個体ほど適応度が上がる。そのため寒い地方では、遅い時期に花を咲かせ、寒い時期まで地上部を残している個体は淘汰されていなくなったため、結果的に寒い地方ほど早めに花を咲かせて種子を作り役目を終える、早く枯れる個体が残っていったと考えられる。第二の仮説としてほかの植物に合わせたという仮説を立てた。オオバコは仙台に集めたところ、沖縄の株は生き生きとしていたため寒さへの耐性が強い植物であると考えられる。しかしながらすべての植物が寒さに強いわけではなく、多くの植物は寒くなると枯れていく。そのため寒い時期に残っているオオバコはほかの植物がなくなった分草食動物等に食べられる可能性が増加する。その結果種子が食べられやすくなることにより適応度が低下する。その結果周りの植物と同じように枯れていき、早めに種子を残すような個体の適応度が高くなり、寒い地方ほど早く枯れる個体が残っていったと考えられる。

A:オオバコのフェノロジーについて、メカニズムを考えた人が多かった中で、適応的意義を考えているのが面白いと思いました。第二の仮説は、やや説明の論理が読み取りにくいのですが、その本来の生育地で多くの植物が枯れる時期で枯れるのが適応的なのだ、ということですね。


Q:今回の授業で印象に残ったことは、オオバコのエコタイプのことである。同種のオオバコであっても、沖縄産、静岡産、宮城産、北海道産のものを寒冷な地域で育てると北海道→宮城→静岡→沖縄の順で枯れることが明らかになった。これについて、寒冷な場所産のオオバコは寒さに耐性があるため枯れるのが遅く、温暖な場所産のオオバコは寒さに耐性がないため枯れるのが早いというイメージがあるが、実際は逆である。このことについて考察を行う。枯れるタイミングの違いは子孫(次世代)を残す戦略であると考えられる。北海道では、雪が降ることや温度が急激に低下するという環境変動が起きるため、環境変動前に、次世代を残す活動を終える必要がある。すなわち、北海道産のものは周りの環境(温度変化など)を感知する機能を備え、雪が降る(温度が下がる)前に一生を終えられるように成長を速めているため、早く枯れるように見える。一方、沖縄は北海道と比べて環境変動がないため、冬でも次世代を残すことができ、成長を急ぐ必要がない。そのため温度変化を感知する機能が不要で、備わっておらず、成長スピードは沖縄にあるときと変わらずゆっくりと成長し、ゆっくり枯れるように見えると考えられる。

A:シンプルですが、きちんと考えていてよいレポートだと思います。ただ、「環境変動前に」アクションを起こす必要がある場合、何を感知してアクションするのか、という問題が残されているように思います。「周りの環境(温度変化など)を感知する機能」となっているので、温度変化が想定されているのかもしれませんが、その場合、「雪が降ることや温度が急激に低下するという環境変動」が起こる前にそれを予測するのは難しいのではないでしょうか。


Q:今回の講義でサクラソウのマクロな仕組みにより自家不和合性を学んだ。これについて私はサクラソウの二型について知らなかったが、どのようにしてこの二型が生み出されるのか、またもし昆虫により別タイプの花粉が運ばれなかった場合、異型花柱花は結実できない可能性が高まるため、不利なように感じ、何かこの不利をカバーする機構があるのではないかと疑問に思った。よって、サクラソウの二型が生み出される機構と、別タイプの花粉を得られないことによる結実困難に対してサクラソウがとる対策機構について仮説を立て、実験や先行研究の調査を行うこととした。
 まず二型について顕性/潜性のようにアリルの組み合わせによって、確率的に決まっており、例えばAaの顕性形質同士を掛け合わせるとAA、Aa、Aa、aaのように顕性:潜性が3:1で現れるような決まり方をすることや、無報酬ランのように負の頻度依存選択的に決まっていることを考えた。これについては先行研究を調べたところ、ピン型とスラム型はおよそ1:1で現れ(1)、渡辺ら(1994)によると、遺伝子S/sによって決まっており、スラム型がSs、ピン型がssとなっている(2)。スラム型はピン型と、ピン型はスラム型としか受粉・受精しないと考えると、Ssとssの交配ではSs,Ss,ss,ssが生じることになるから、Ssとssの交配が繰り返される限り、確かにピン型とスラム型は1:1で生じることがわかる。ただ、渡邊(2022)によると、異型花柱花の遺伝子機構は雌蕊・雄蕊・花粉の形質を決める3つの遺伝子が協調して1つの遺伝子のように振る舞うスーパージーンモデルが最近では支持される(3)。いずれにせよ、ピン型とスラム型は顕性潜性的に決まっていて、顕性形質の方がヘテロ型であることで、常にピン型とスラム型同士で交配すれば理論上ピン型とスラム型が1:1で現れると考えられる。頻度依存的選択で決まっているわけではなさそうだった。
 次に自家不和合性を取ることによる、結実困難を防ぐ機構について、自家不和合性が完全ではなくて、マクロな構造により自家受粉を防ぐが、確率は低いものの自家のものでも花粉がついたときは、受粉が成立するようになっている可能性や、雌蕊と雄蕊の長さが同じくらいで、いわば困った時の自家受粉用の個体が存在する可能性を考えた。これの検証について、はじめに異型花柱花も自家受粉し得るのかという点は、実験的に行えるだろう。まず、実験環境下でなるべくサクラソウの生息環境に近い条件を用意し、虫のみが入ってこない形で栽培した時、花粉が柱頭につくかどうか、また結実するかどうか調べる。さらに人工的に手作業でもって、自家受粉させてやった時に、受精が成立するか、種子ができるか調べることができると思う。困った時の自家受粉用の個体がいるかは実験では難しそうだと思ったので、先行研究を調べた。すると、野生のサクラソウには、おそらくスーパージーンの内部の組換えにより、雌蕊と雄蕊の長さが等しくかつ自家和合な等花柱花が稀に存在することが分かった。等花柱花は近交弱勢のために低い割合で留まるが、昆虫による送粉サービスが不十分だと有利になり、割合が増えることがあるという(1)。
 先行研究から分かったことのみにはなるが、サクラソウはアリルの組み合わせによってほとんどピン型とスラム型が1:1になるようにして、他家受粉を効率的に行いつつ、自家不和合性により送粉サービスが不十分だった場合の結実の困難に対応するために、自家受粉用の花も低い割合ながら維持する戦略をとっていることが考えられた。
 参考文献:(1)鷲谷いづみ. サクラソウとトラマルハナバチ?植物の種の保全のためのポリネーターセラピーに向けて-. ミツバチ科学, 1997, 18(3), p.129-136、(2)渡辺正夫・日向康吉. 自家不和合性研究の最近の動向一分子遺伝学的研究を中心にしてー( I ). 日本花粉学会会誌, 1994, 40(1), p.43-53、(3)渡邊謙太. 「異型花柱性」を巡る生態学と進化生物学の今. 沖縄工業高等専門学校紀要, 2022, 第16号, p.31-45

A:面白く読みました。普通のレポートとしては素晴らしいと思います。ただ、「先行研究から分かったことのみにはなる」とあるように、レポートの論理自体は、参考文献によるところが多いように思います。どこかで独自の視点があると、この講義のレポートとしても、よいレポートになります。


Q:今回の講義では植物の栄養成長と生殖成長について触れられ、その中でも最も印象に残ったのがABCモデルであった。これは3種類の遺伝子が組み合わさって発現することによって分裂組織から花芽が形成され、次世代の形成に至るものであり、発現しなければ栄養成長が続いていくものであるが、特に興味を持ったのはどのように、そしてなぜ「A遺伝子とC遺伝子は同時に発現しないのか」という点であった。発現における調節方法としては、例えば動物には遺伝子の濃度勾配をつける方法があり、植物においても内側または外側からの勾配を作ることで勾配に従った器官の形成が可能になるとも考えられる。ノックアウトによって全体にAだけ、Cだけが発現させられるということは、本来的には植物においても全体に遺伝子をいきわたらせられるだけの機能は存在していることを示しているものと考えられる。しかし、AとCが同時に発現しないということは、AとCが互いに発現を抑制しているということを示していると考えられ、濃度勾配を用いていないことが考えられる。これは正常株においては、距離や分子量に応じて微妙に異なる濃度勾配による分化ではなく、遺伝子の有無によって確実な器官の分化を図っているものとして考えることが出来る。この場合、AとCの遺伝子は、発現量を互いに抑制できるような調節系が働いているだけでなく、遺伝子座も互いに近傍になることによって乗換えの影響を少なくし、次世代や分裂後の細胞にも伝達を図っているものと考えられる。
 次に、その生態的な意義について考えると、AとCを同時に発現させないことによって、特に虫媒花や鳥媒花などの動物による媒介の可能性を高めていることが考えられた。植物の生殖にとって最も重要な器官は雄蕊、雌蕊であるため、単純に数を増やすことで受精の可能性を高めるのであれば、風によって受粉させればよいために、BとCさえ発現させればよいと考えられるが、一方で、風によって雄蕊と雌蕊が動くことは自家受粉の可能性を上げることから、花弁は防風の役割と共に、その色によって他個体の花粉を付けた動物を引き入れ、遺伝的な多様性を保つ意義を持たせることが考えられる。また、その構造を保つためにがくが必要となることから、AとCは構造を保つために互いを抑制している可能性が考えられる。従って、ABCモデルが当てはまる割合は風媒花より虫媒花の植物種で高く、また自家受粉を避けようとする植物種の方が高いものと考えられた。

A:よく考えられたレポートだと思います。ただ、前半の相互排他的な調節メカニズムについては、講義中でも、生化学Iの講義の話を引用して説明したことを考えると、何かもう少し独自性が欲しいですね。後半の風の部分は、独自の視点でよいと思いますが、こちらは逆に思い付きだけで、なぜ風なのかという点が論理的に説明されているようには見えません。もう少しロジックが欲しいところです。


Q:講義の中で、ABCモデルの例外であるスイレンについて紹介された。スイレンは、クラスA遺伝子とクラスC遺伝子(1)の境目が曖昧であるために、雄蕊が花弁になり、多数の花弁が形成されるのだそうだ。ここでは、スイレンが花弁を多く持つメリットは何かについて考察する。
 スイレンは、被子植物の中では真性双子葉類、単子葉類に分類されない、古典的な種である(2)。被子植物でABCモデルが広く適用されることを考えると、古典的な植物であるスイレンのABCモデルが曖昧である性質が失われずに残っているのは、ABCモデルが曖昧であることになんらかのメリットがあるからであると考えられる。スイレンはABCモデルが曖昧であり、花弁を多く持つ。スイレンの花は虫媒花である(2)。よって、花弁を多く持つメリットは花粉媒介する虫に対してのメリットであると考えた。具体的には、[①花がより虫から目立つようになり、虫が集まってきやすい、②浸水を防ぐ、③閉じているときに匂いが漏れるのを防ぐ]の3つが考えられる。
 ①については、花弁が多くなることで花がより視覚的に目立つようになり、虫が集まってきやすくなると考えられる。もしくは、花弁から虫を集める匂いが分泌されているとすれば、花弁が多くなる方が花全体の匂いが強くなり、より虫を集められるようになるのだと考えられる。②については、スイレンの花が水面に浮かぶように咲くことから発想した。虫からすると、体が濡れるのを避けるために浸水した花は避けるのではないだろうか。ほかにも、花が浸水することで、花粉が溶出する・匂いが空気中に拡散しにくくなることが考えられるため、スイレンの花は花が浸水することを防ぐために花弁を多くし、花の内部に水が浸入することを防いでいるのではないだろうか。③については、スイレンの花がチューリップの花のように開閉する(2)ことから発想した。スイレンの花は時間によって開閉するため、閉じているときに虫が来ても花粉媒介できない。また、開いているときはなるべく同種の花どうしで行き来してほしい。よって、閉じているときに外に匂いが漏れないように、雄蕊ではなく花弁を多くして匂いをブロックし、開いたときだけ匂いが拡散されるようにすることで、虫が来る時間を制限しているのではないかと考えた。時間的に制限することで、スイレンの花粉をもった虫が他種の花に行ってしまう確率を下げているのではないだろうか。
 ここまで、スイレンが花弁を多くすることのメリットを考えたが、花弁を多くするメリットが大きければ、現生の被子植物の多くがスイレンのようにABCモデルを曖昧にしているはずである。被子植物の多くでABCモデルが明確に分かれるようになったのは、花粉をつくる雄蕊ではなく萼片を花弁のようにする(=花被片にする)ことで、①のメリットをカバーし、水面以外で花を咲かせることで②をカバーし、より高度な花の形状をとることで③のメリットをカバーできるようになったからではないか。
(1) 中川繭, 高橋香穂理. 高校生物における花器官 ABC モデルの取り扱い方について. 生物教育. 2019, vol. 60, no. 2, p. 50-57. (2)Wikipedia>スイレン属, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%83%B3%E5%B1%9E, 2025/02/01閲覧

A:独自の視点で論理を展開していて評価できます。ただ、少し論理に荒い点があるように感じました。一つは、遺伝子発現の境目があいまいであることが、直接、花弁の数に影響するわけではないという点です。普通の花では、器官が4層構造をしていますが、その層の数がそのままでは、花弁の数も大きくは変わらないでしょう。他方、器官の層の数が例えば8層になって、2層ずつで遺伝子の発現が変わっていれば、遺伝子発現の境目がはっきりしていたとしても、花弁の数は倍になるでしょう。二つ目は、萼片を花弁のようにするのは、単子葉植物などであって、双子葉植物の多くでは萼片が見られることです。そのあたりの論理を整理するともっと良いレポートになるでしょう。


Q:小さい頃、冬のからっ風の強い日の後に校庭の桜の木の下には桜の枝が落ちており、落枝には芽がついているのを見た覚えがある。つまり夏に花芽形成をして春に開花するという戦略では作った花芽を開花までの間に失う可能性が大きい。それでもこの戦略をとっているのはなぜなのか疑問に思った。まず、花芽が全て落ちる可能性が低いからではないかと考えた。芽のついた落枝があった木にも春には桜の花が咲いていた。少しでも芽が残れば繁殖が可能である。しかし、花芽形成と開花の期間が短い植物種より効率が悪く、競争に負けてしまう。そのため、春に開花するという点が花芽形成と開花の期間が短い植物種との競争で有利になるのではないかと考えた。開花の目的は受粉のためだと考え、ソメイヨシノの受粉の手段を調べたところ、ソメイヨシノはすべてクローンの同一個体で、ソメイヨシノ同士では交配できないとわかった(1)。ソメイヨシノは自家受粉できず、人の接ぎ木によって増やされるため、戦略が不利であったとしても問題がなかったのだとわかった。
 だが、ここで新たに疑問が浮かぶ。桜の花の季節の後、桜の木の下には直径0.8 cmくらいの黒い小さなサクランボがたくさん落ちていた記憶がある。結実には受粉が必要だが、交配しないはずのソメイヨシノが結実しているのはなぜなのか調べた。その結果、ソメイヨシノとほかの種の花粉が受粉した交雑種の種だとわかった(2)。ソメイヨシノはほかの種との交雑種は残せるといえる。クローンとなる前のソメイヨシノはほかの種との交雑種を残すことで遺伝子を残そうとしたのではないかと考えた。ソメイヨシノの開花時期である春にはほかの花も多く開花する。そのため、他種の花粉との交雑の可能性が高い春に開花するために開花を貼るまで長引かせていた個体がクローンとして増やされたのではないかと考えた。
 参考文献:(1) ソメイヨシノその起源を探る旅 NHK Science&Culture、(2) ソメイヨシノに実ができにくい理由-中学 NHK for school、閲覧日 2025 2/1

A:考えているプロセスはわかりますが、「夏に花芽形成をして春に開花するという戦略」を取るのは桜を含めた複数の種であるのに対して、クローンなのはソメイヨシノという品種の話ですよね。途中で論理がすり替わっている気がします。


Q:今回の講義では、花芽分化と開花は異なる事象であり、ソメイヨシノは前年の8月ごろに花芽分化をすると学んだ。ここで、多くの植物が花芽分化と開花のタイミングを分けている理由について考察する。
 花芽分化は大雑把な制御であるが開花は厳密な制御であると仮説を立てた。この仮説が正しければ、花芽分化が正確な時期に行われなかったとしても最適なタイミングで開花を行えるように、多くの植物はあえて花芽分化と開花タイミングをずらしていると考えた。ここからはソメイヨシノに絞って考えることにする。ソメイヨシノの花芽分化についての文献はあまり見つからなかったが、高い気温と、長日条件によるフロリゲンの活性化によって制御されることが分かった(1)。そして日照の減少とともに休眠状態へ導入され、冬になると本格的に休眠するが、休眠の打破には低温の積算(冬に2~12℃の間で800時間以上過ごすこと)が必要であり、休眠打破すると花芽の成長が起こる。また開花には一定の温度積算(休眠打破してからの積算温度が540℃を超えること)が必要である(2),(3)ことが調べて分かった。このことから、まだ未解明の部分もあるにせよ花芽形成は環境変動の影響を受けやすく、気温や日照、その他環境ストレスによって時期が左右されやすいのに対し、開花の制御は厳密であり花芽分化のタイミングが多少ずれたとしても最適なタイミングで開花できると考えられる。したがって、花芽分化は花芽形成のスイッチとして働き、花芽形成から開花にかけては複数の段階により細かく制御して最終調整を行っていると言える。したがって、仮説は正しいと考えた。また、このように最適なタイミングで開花することで環境ストレスの回避や花粉媒介者とのタイミング調節を行い、より確実に繁殖を成功させるように進化してきたのだろう。
 さらに、エネルギーコストの観点からも花芽分化を早くに行う方が植物にとって都合がいいと考えた。花芽分化によって植物は成長を止めて栄養やエネルギーの多くを蓄積するようになるが、休眠中はエネルギーを生産することができないため、花芽分化から休眠までの間の期間に休眠中や開花のための大量のエネルギーを蓄える必要がある。また開花後にも種子形成等に大量のエネルギーを使う。そのため、開花のタイミング調整のために越冬する必要がある(休眠がある)以上、早くに花芽分化を行うことがエネルギーを蓄積して植物の繁殖を成功させるカギとなっていると考えられる。
【参考文献】(1)" Cherry Blossom Forecast Based on Transcriptome of Floral Organs Approaching Blooming in the Flowering Cherry (Cerasus × yedoensis) Cultivar 'Somei-Yoshino' ".Front Plant Sci,2022.第13号, p.1-9、(2)「桜が咲く条件は寒さと暖かさの組み合わせで決まっていた」.気になる話題アラカルト.2022-12-04, https://usefultopic.com/archives/12059.html, (参照:2025-02-01)、(3) 坂部はるな・高橋時市郎.花芽モデルを用いたソメイヨシノの開花表現.2013,37(17),p. 97-100

A:考えられていてよいと思いますが、やや参考文献に頼る部分が多い気もします。エネルギーコストの議論は独自の視点があると思いますので、その議論がやや抽象的なのを具体化すると、よいレポートになると思います。