植物生理学I 第9回講義
導管の通導と植物の分布
第9回の講義では、最初に形と機能の関係の一般論と、植物の機関の構成について紹介したのち、葉の形態と機能を中心に講義を進めました。以下に、いくつかのレポートをピックアップしてそれに対してコメントしておきます。
Q:つる植物の蒸散流速の最大値が他の草本や樹木と比較して非常に大きかった理由について、つる植物は体を支えるコストが小さく、構造維持に使用するはずのコストを使って導管をさらに太くしているからだと学んだ。ここで私は、なぜつる植物は体を支えずに巻き付いて生育するような形態になったのか疑問に思った。そして、つる植物の生育環境に理由があるのではないかと思い、野生のつる植物の生育地域について調べてみた。その結果、温帯に生育するつる植物の種数は、熱帯に生育している種数よりも少ないことがわかった[1]。すなわち、熱帯の方がつる性植物にとって繁栄しやすい環境だったのではないかと考えられる。ここで熱帯のつる植物の種数が多い理由については言及されていなかったものの、今回の授業で学んだことで説明できるのではないかと思った。冷温帯の植物は導管径が大きくても、寒い冬では導管液の凍結などにより逆に枯れてしまったりデメリットがあるため導管径が小さく、通道性は低い。すなわち、導管径が太いつる性植物は、緯度の高い地域で生育するのはメリットがあまりなく、それによって緯度の低い熱帯や亜熱帯で繁栄するのだと考えられた。つる植物が巻き付いて生育する理由については結論が出せなかったが、生息環境を調べた過程で新たな気づきができてよかったと思う。
[1]日浦勉."日本列島のつる植物はよじ登り方で分布パタンが異なる ――木本性つる植物群集の機能的生物地理学――". Basic Applied Biology.2023-08-001
A:最初に「・・・導管をさらに太くしているからだと学んだ」という部分ですが、この講義で学んでほしいのは、知識ではなく考え方です。導管を太くしている理由は、実際の所はわかりません。ただ、自分の頭でそれを考えてほしい、というのがこの講義のメッセージです。次に、つる植物の分布を考えるという方向性は、非常に面白いと思います。ただ、「熱帯=気温が高い」という考え方はややナイーブな気がします。冬季に導管液が凍結するような気温になる気候帯を考えると、少なくとも熱帯と温帯の間で分かれるのではないことがわかるでしょう。また、講義で示した図でも、暖温帯では導管の太さが太いという結果が出ていたと思います。そのあたりを考慮してレポートを書けるとよいでしょう。
Q:今回の授業で, 寒い地方に針葉樹が多いのはなぜだろうという問いかけがあった. それに対し授業内では気温が低くなると導管液が凍結し気泡が出現することで導管中の水の柱が切れること(エンボリズム)が起きてしまい, 上部まで導管液が行き渡らなくなることがあると紹介された. そして, 仮導管をもつ針葉樹はエンボリズムが起きにくいために寒い場所に分布しているとあった. 私は寒い地方に針葉樹が分布する理由として仮導管による蒸散流速も関係しているのではないかと考えた. まず, 寒い地方は気温が下がることで雨自体が雪となってしまい, 液体としての水が得づらくなってしまうので, 降雨量があるにもかかわらず植物にとっては乾燥した状態となるのではないかと考えた. そして, 乾燥した環境において被子植物の蒸散流速は速すぎてしまい, 得られる水の量以上に水分を空気中に放出してしまうと考えた. 対して針葉樹の場合は, 仮導管を用いているのであまり流速が上がることはなく, 得られる水分量にあった蒸散流速となるため寒い環境に適しているのではないかと考えた. また, 乾燥するということは陰圧がかかることにも繋がるので, 寒さによるエンボリズム以外に乾燥によるエンボリズムが働くことによっても寒い地方に導管をもつ被子植物は向いていないのではないかと考えた.
A:テーマとしては悪くないと思うのですが、蒸散速度が気孔開度に依存することは講義で既に学びましたよね。その場合、蒸散流速が速すぎたら気孔を閉じればよい、というのが最初に考えることだと思います。少なくとも、気孔を閉じるのではだめだという理屈が欲しいですね。
Q:今回の授業で植物は乾燥した気候において蒸散が過剰に盛んになって負圧が大きくなり、道管に気泡が発生するエンボリズムが起きるというお話があった。それならばなぜ乾燥した地域にも植物が生えているのか疑問に思ったが、乾燥した地域に生息している植物の多くはCAM型光合成を行うため、蒸散が過剰に盛んになることを防ぎ、エンボリズムを回避していると考えられる。ここで新たな疑問が生じた。乾燥した地域の植物がエンボリズムを起こさないならば、どのようにして乾燥した気候でエンボリズムが起きるという知見が得られたのだろうか。種子田春彦によると常緑針葉樹では木部液の凍結と融解が壁孔膜の閉鎖を引き起こして枝の通水を阻害し、乾燥ストレスによって壁孔を通して気泡が隣接する仮道管に広まる強い木部張力が発生すると、木部内の空洞化した仮道管から周囲の仮道管へ空気が広がり、乾燥ストレスだけで予測されるよりも深刻なエンボリズムに発展する(1)。このように常緑針葉樹では冬季の厳しい寒さが木部液の凍結・融解による通水阻害を招き、乾燥によってエンボリズムが深刻になる。よって乾燥した気候でエンボリズムを起こす植物は常に乾燥した地域に生息する植物ではなく、特定の時期だけ乾燥する地域に生息する植物であると考えられる。上記の例は負圧の発生源が過剰な蒸散ではなかったが、過剰な蒸散によるエンボリズムを起こす植物も例と同じように特定の時期だけ乾燥する地域に生息するという特徴をもつと考えられる。そのような植物は特定の時期だけ気温が極端に高く、著しく乾燥する地域に生息すると考えられる。
【参考文献(1)】種子田春彦,科学研究費助成事業 研究成果報告書,2022,https://kaken.nii.ac.jp/en/file/KAKENHI-PROJECT-17H03825/17H03825seika.pdf ,参照2024-12-09
A:考え方の方向性は良いと思います。ただ、このような考え方は、あらゆるストレスについて適用できますよね。例えば、高温になる地域に生える植物は、高温に耐性を持つはずですが、完全な耐性を持ったらばそもそも高温がストレスであるかどうかはわかりません。自然環境は常に一定なわけではありませんから、「乾燥」といっても、その程度は日々変化しているでしょう。おそらく、ゼロか1かで考えること自体があまり適切ではないのだと思います。
Q:今回、導管が螺旋状の構造をしていることを学んだ。この構造は掃除機のホース部分と似ており、バイオミメティックの一例であるとお聞きし、私自身、家電関連のアルバイトをしていることもあり、特に印象に残った。この話から、ルンバのようなロボット掃除機について考えた。ロボット掃除機にはホースがなく、円盤の縁付近に配置されたブラシでゴミを集め、中央部に向かって輸送する仕組みになっている。そのため、キャニスター式掃除機のようにゴミを下から上に吸い上げる必要がない。また、ロボット掃除機はキャニスター式掃除機と比較して背丈が低い構造をしている。この特徴を踏まえ、ロボット掃除機はロゼット植物に似ている、バイオミメティックではないかと考えた。ロゼット植物は背丈が低く、平らに葉を広げているため、風を受けにくいという特徴がある。同様に、ロボット掃除機も背丈が低く横に広がった形状をしているため、風による抵抗を受けにくく、移動効率が向上すると考えられる。さらに、キャニスター掃除機はホース部分だけでなく、内部のパーツであるブレードも螺旋状の構造を持つ場合がある。この螺旋構造には、導管と同様に圧力を分散させる働きがあり、モーター部分にかかる負担を軽減する工夫がされているのではないかと考えた。さらにブレードの螺旋部分がザラザラ構造になっておりゴミをキャッチしやすくなっている構造が備わる掃除機もあり、その点役割は少し違うが導管には穿孔が空いており螺旋の上に工夫がされている点も似ていると考えた。
A:考え方がユニークでよいと思います。ただ、風による抵抗については、風圧抵抗が相対風速の二乗に比例することを考えると、ロボット掃除機のような速度では無視できると考えるのが普通でしょうね。超高速で飛び回る掃除機が開発されたら事情が変わるかもしれませんが、それはそれで家電としては危ないように思います。なお、「バイオミメティックの一例」という点については、「導管を見て掃除機を開発したわけではないだろうけれども」と説明したと思います。
Q:今回の講義でつる植物はからだを支えるためのコストを抑えられることから、導管部分の割合を大きくできるため格段に蒸散速度が速いという話があった。蒸散速度が速いことは水分の流失という観点からリスクがあることが考えられるが、つる植物は多くが熱帯に生息しているため水の取得に関してはあまり心配する必要がないのだとわかる。しかし、すべてのつる植物が熱帯に生息しているわけではなく、中には亜寒帯や冷温帯で生息している種もある[1]。そのようなつる植物の蒸散速度はどのようになっているのか考察したい。基本的に蒸散速度は導管の太さや周辺の水環境に依存していると考えられる。熱帯に生息するつる植物と比較して亜寒帯や冷温帯で生息するつる植物の蒸散速度は、水の取得の難易度を踏まえて、小さいことが予想される。しかし、からだの中で導管部分にさける割合が大きいことは変わらないので本来であれば導管を太くしたいはずだが、導管を太くすると冬季にエンボリズムが起きる可能性がある。つる植物としての強みである蒸散速度と冬季への耐性を天秤にかけた時に、自分はやはり蒸散速度が優先されるのではないかと考えた。ここで強みを消すような方向に進むのだとしたら、熱帯以外につる植物は存在していないはずである。冬季に耐性を持たせるために、亜寒帯などのつる植物はエンボリズムの一因である凍結を防ぐ機構が発達していたり、葉を落としたりすることがあると考えた。
参考文献[1]Gen Kusakabe*, Hideki Mori, Tsutom Hiura,"Distribution patterns of lianas from subtropical to subboreal zones of the Japanese archipelago and the difference between climbing types", Basic and Applied Ecology,2023, 72(6)
A:納得しながら読みました。自然な論理だと思いますが、過去のレポートでこのような論理展開をしていた例はなかったように思います。可能な「解」としては、導管は細いままに、繊維を減らすという方向性もあるかなと考えました。
Q:今回の講義を通じて、冷温帯の植物は導管径が大きいとエンボリズムが発生しやすいことを学んだ。平均導管径[μm]と分布地域のグラフでその関係を確認したが、その中で落葉広葉樹はこの関係に当てはまらないことに興味を持った。常緑広葉樹は葉を通年保持するため、冬季でも水分供給が必要となる。冷温帯では冬季に水輸送系が凍結やエンボリズムを発生することによって機能不全に陥るリスクがあり、この影響は導管径が小さいほど受けにくくなる。そのため、日本においても北部にいくほど進化的に導管径を小さくする方向に選択圧を受けてきたと考えられる。一方で、落葉広葉樹は冬季に葉を落とすため、水輸送の必要性がなくなる。そのため、導管内で凍結やエンボリズムが発生しても樹木全体の生存に影響が少なく、導管径を小さくする選択圧はかかりにくかったと考えられる。このことを踏まえて、前述のグラフで落葉広葉樹の導管径が北部にいくほど徐々に大きくなっていることに疑問を感じた。導管径を小さくする選択圧がかからなかったとしても、大きくなる選択圧が発生するとは限らない。その答えとして、春季の急成長のためではないかと考えた。落葉広葉樹は冬季に葉を落とす分、気温が上昇した春季の成長量が大きい。この成長量の負担は、冬季が厳しく長い北部の方が大きくなると考えられる。そのため、大きな成長量を可能にするために北部にいくほど導管径が徐々に大きくなっているのではないかと考えた。
A:「このことを踏まえて」までの前半部分は講義の内容の繰り返しなので、この講義のレポートしては評価の対象ではありません。後半部分は、「導管径が北部にいくほど徐々に大きくなっている」というデータが統計的に有意かどうかという問題はあると思いますが、考え方としては非常に面白いと思います。最後の「大きな成長量を可能にするために北部にいくほど導管径が徐々に大きくなっている」という部分の論理は、もう少し詰めた方がよいかもしれませんね。蒸散は葉面積に比例しますから、蒸散が大きくなるのは、成長途中よりも葉が展開した後である気がします。成長と蒸散の関係を整理した方がよいでしょう。
Q:今回の講義では、導管のバイオミメティックについての話があった。導管について、螺旋・リング状の構造が内壁にあることで、管の中に陰圧がかかっても圧力の変動を緩和できるようになっていると学んだ。講義の後にラットの解剖実験があり、そこで動物の気管も同様にリング状の構造を持っていることに気が付いた。調べてみると、気管におけるリング状の構造は気管軟骨と呼ばれるもので、呼吸時の圧力変化に加えて、頚部・胸郭の動きに耐える構造であることが分かった(1)。以上より、導管のみがリング状の構造をもつ理由について、さらに深く考察したい。導管は、その形成の過程で自ら二次細胞壁の内部を分解し、自己細胞死を起こす。つまり、導管は死んだ菅構造である。それに対し、篩管は核をもたないものの、生きたままの細胞がつながった構造をしている(2)。また、一般に植物の導管は篩管よりも内側に位置している。これらのことから、導管が内壁にリング状の構造をもつのは、内部にかかる陰圧に耐えるほかに、植物の体を支える芯のような役割を兼ねるためではないかと考えた。動物のように骨格をもたない植物では、リング状の構造で構造的に安定した導管をもつことで、風などによる茎の曲がりにも強くなっているのではないだろうか。
参考文献(1)鈴木美保子, 気管,気管支の形態と機能, 人工呼吸Ⅰ, 第3号, 1984, p.6、(2)勝見允行, 道管と師管の構造が異なる理由, みんなのひろば, 日本植物生理学会, 2021-11-24, https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=5232, 閲覧日2024-12-14
A:気管との比較は面白いな、と思って読み始めたのですが、後半の議論には気管が出てこないので、やや論理のつながりに欠けるように感じました。また、「これらのことから」という部分の論理展開もよくわかりません。生細胞では芯のような役割を果たせない理由をもう少し丁寧に説明する必要があると思います。
Q:授業で寒冷地に自生する針葉樹は導管を細くしたりリグニンを増やしたりすることによって水分の凍結を防いでいるという事例を扱った.このように水分の凝結を防ぐ機構がほかにもあるのではないかと考えた結果,水に食塩などを入れることによって起きる凝固点降下を思いついた.そこで,導管内の水分に食塩などを加えることによって凍結を防いでいる植物が存在するのではないかと考え,調査を行った.調査の結果,凍結防止のために食塩を含む水分を道管で輸送している植物は確認できなかった.一方で,サトウカエデ(Acer saccharum Marshall)をはじめとするカエデ属の樹木は導管液にでんぷんを分解して作った糖を溶解させることが判明した(1).糖が溶解することによって凍結しにくくなる原理は,凝固点降下と粘度の上昇によるものだと考えられる.米田ら(2020)は,「スクロースのような可溶性糖には耐凍性としての凍結防止機能以外にも,木部液の駆動力としての役割があると考えられている」と述べている(1).木部液の駆動力ついて,米田ら(2020)は冬季に細胞内の糖濃度が上昇することによって,早春に雪解け水が供給された際に浸透圧によって導管内に水が流入し,エンボリズムが修復されるためだとしている(1).以上より,凍結防止のために導管内の塩濃度を上昇させる植物は見つからなかったが,カエデ属の植物は可溶性糖を使って同じ原理の凝固点降下を用いていることが判明した.ここで,なぜ可溶性糖を用いる植物は存在するのに食塩を用いる植物は存在しないのかという疑問が生じた.食塩も糖も同じように浸透圧を上昇させるため,浸透圧が原因ではないことが分かる.そこで,これは食塩が電解質であるため,生じるNa+がK+やNH4+,Cl-がNO3-やPO43-といった植物の三大栄養素を含む物質の吸収を阻害するためではないかと考えた.この仮説を検証するためには,通常の個体と大量のNaCl水溶液を吸収させた個体を用意し,K+,NH4+,NO3-,PO43-といった物質の吸収量を比較することで検証することができると考えられる.
参考文献 (1)米田 亜沙美, 岩永 史子, 芳賀 弘和, Chiu Chen-Wei, 沖田 総一郎, 山中 典和, 山本 福壽. イタヤカエデの樹液溢出と気温との関係. 樹木医学研究, 2020, Vol. 24, No. 1
A:これも、前半「ここで,」の前までは、人の研究の紹介なので、この講義のレポートの評価対象ではありません。また、「同じ原理の凝固点降下を用いて」は「浸透圧の上昇を用いて」の間違いでしょうか。後半は、自分の考えなのだと思いますが、「食塩が電解質であるため」というだけだと、やや論理として物足りない気がします。せめて電解質が物質吸収を阻害する想定される理由を述べてほしいところです。
Q:今回の授業では様々な植物の蒸散流速や、圧ポテンシャルの話があった。今回のレポートでは沈水植物における蒸散流速と圧ポテンシャルについて考える。まず、蒸散流速について考える。授業では蒸散流速が大きい植物としてつる植物があげられていた。つる植物の蒸散流速度が大きい理由としては、他の植物体などに巻き付くことで支持構造を維持するためのコストを導管に回せるからである。同様に考えると水中で生育し、浮力が働いているため、構造を維持する必要のない沈水植物もつる植物と同様の理由で蒸散流速が大きいのではないかと考えた。しかし、沈水植物は水中という特殊な環境で生育しているため、その影響を考慮する必要があると考えられる。そもそも、蒸散は植物体の内部を陰圧状態にすることで、根から水を吸い上げる原動力としているが、沈水植物は葉などが浸透などにによって水が直接供給されていると考えられ、蒸散が大きな意味を持たないと考えられる。したがって、植物体内部は陸生の植物と比較して蒸散の影響が少なく、陰圧状態になっておらず圧ポテンシャルの変動も小さいと考えられる。
A:面白い考え方でよいと思ったのですが、考察の対象を沈水植物にした理由は何でしょうか。もし、浮力の影響を考察したいのであれば、浮力は大きく違うが陸上植物と同様に蒸散は見られる、例えばスイレンのような植物で考えた方がよくありませんか?