植物生理学I 第4回講義
気孔の開閉と境界層の抵抗
第4回の講義では、気孔の開閉のメカニズムと、気候と並んで二酸化炭素の取り込みの律速段階となり得る境界層抵抗を中心に講義を進めました。以下に、いくつかのレポートをピックアップしてそれに対してコメントしておきます。
Q:光合成は、太陽エネルギーを必要とする電子伝達系と二酸化炭素を必要とするカルビンベンソン回路の2つの仕組みでできている。そして二酸化炭素量、太陽エネルギー量によって律速段階が決まる。近年化石燃料の大量消費や森林伐採により、二酸化炭素濃度が上昇している。日本は温室効果ガスの排出を減らすことを目指しているが、現段階では二酸化炭素濃度は上昇しており、今後も上昇すると予想されている。そこで、植物の遺伝子を改変し、二酸化炭素濃度の上昇に合わせて光合成量を増やす仕組みを考えた。太陽エネルギーを日中に蓄積しておき、夜にも光合成させる仕組みである。太陽エネルギーをそのまま貯蓄することは困難であるので太陽エネルギーを化学エネルギーつまりATPに変換しておく必要がある。この変換過程である電子伝達系の反応を日中に効率化し、ATPを溜めておくことができればこの方法が実現可能になると考える。ATP合成酵素を増やし、日中に大量生産されたATPの一部をストロマで夜まで貯蓄し、夜になると溜めておいたATPを細胞質へ輸送するような仕組みを作れば良い。ATP合成酵素を発現する遺伝子を増やし、夜を感知できる光受容タンパク質をストロマに導入すれば、溜めておいたATPからカルビンベンソン回路を誘導することができると考える。そうして日中に一連の光合成と夜分のATP貯蓄のための電子伝達系を働かせ、夜に溜めた分のカルビンベンソン回路を働かせることができると考える。しかし、この仕組みでは日中に水をより多く必要とする。よって、多湿に強い植物に遺伝子改変し、この植物の周りにスプリンクラーなどで水を供給すればよいと考える。
A:自分で考えているという意味ではよいと思います。ただ、もし、そのような植物が効率よく光合成できるのであれば、進化の過程で地球上の植物はそのようになっていると思いませんか。とすれば、ATPを貯めておくという目論見には何か誤算があるのかもしれないと考えた方がよいと思います。ATPについて高校でよく学ぶことの一つとして、人間が一日の活動をまかなうのに必要なエネルギーをATPの形に変えると、だいたい体重ぐらいの量になる、という話があるのを聞いたことはありませんか。つまり、ATPは、エネルギーの貯蔵に使うのには不適切だということです。これについては生化学Iの講義でも話しましたよ。
Q:今回の授業で、境界層が薄い場合気体の交換量が増えるがその分蒸散量も増えてしまうことを学んだ。風が強い地域例えば高所において、葉を大きくし境界層を厚くするのが得策だと考える。しかし、高所の植物を考えると葉が小さいものの方が主流であり、大きい植物はほとんど見受けられない。これは葉の面積が大きいと風に直接受ける影響が大きくなりちぎれてしまったり枝が折れたりしてしまうからである。そこで、高所の植物が境界層を厚くする方法を考察してみる。一つ目は葉の毛(トリコーム)を発達させることで水分の蒸散を抑え、乾燥から身を守っているのだと考える。葉の毛が存在することで表面積が大きくなり表面で空気の層が生まれることで、境界層が大きくなる。また、直射日光から葉を保護し、過剰な加熱を防ぐことにも役に立つと考えられる。毛が光を反射し、葉の温度上昇を抑えることができるからである。次に、葉を地面に密着させる「ロゼット形」について考える。これならば、風が直接当たりにくくなり、気体交換が安定して行われる。多少葉が大きくてもいいので、葉を大きいロゼット型なら境界層を厚くできる。このように、高山植物は葉の形状や配置、表面の構造などを工夫し、適応していると考えられた。
A:これも、自分で考えている点は評価できますが、最初の過程で境界層を厚くする方がよいと考えた論理が不明確です。今回の講義では、境界層の話のほかに気孔の話もしました。境界層が薄くても、気孔を閉じれば蒸散を抑えることができるはずですし、境界層と違って、気孔は、環境条件によって調節できるというメリットがあります。そうであれば、気孔ではなく、境界層の方を変化させる必要性を最初に議論した方がよさそうです。
Q:講義の中で気孔の開閉に光受容体が働いているが、クロロフィルだけでもいいのではないかという疑問が提示され、光受容体が使用される理由はよくわかっていないという話があった。私はこれについて考えたいと思う。私は、クロロフィルとそれ以外のフォトトロピンなどの光受容体は由来となる生物が異なるからであると予想する。クロロフィルは葉緑体のもととなるシアノバクテリアが由来であるが、その他の光受容体は植物細胞のもととなった生物が由来と考えることができる。実際に光応答をする原核生物がいることもわかっており、それぞれの由来が異なる生物であるすると、わざわざ光受容のパターンが2種類あることの説明がつくと考えられる。これを立証するためには、原始的な生物が持つ光受容に働く物質が何なのかを特定する必要があると考える。またそのシアノバクテリア以外の原核生物やゾウリムシなどの光受容を行う生物が持つ光受容体の分子構造などを比較して同じ物質を光受容に用いている、あるいはそれぞれの生物の光受容体の類似性が認められれば、葉緑体が持つクロロフィルとは起源が異なると言えると考える。
A:これも、面白い考え方だと思います。ここで述べられているのは、第2回の講義で扱った二種類の「なぜ」のうち、Howの方でよね。Whyの方(つまり、2種類持つ利点)についても考えられるとよいでしょう。
Q:今回の授業では、前半のパートで気孔の開閉について学んだ。気孔の開閉には青色光がかかわっているとのことだが、これについて気になったことがあった。サボテンなどのKAM植物は、日中は内部の水分が失われるために気孔を閉じ、夜に気孔を開けて二酸化炭素を取り込むと高校で学習した。気孔は乾燥ストレスへの応答としてアブシジン酸が放出されることによって閉じるが、これはKAM植物が夜から日中へと変わるときに閉じる機構として納得のいくものである。しかし、青色光を受容して気孔が開くという仕組みは、KAM植物が日中から夜へと変わるときに気孔を閉じるというものの説明としては適当でないと考えられる。そのため、KAM植物で気孔が開く刺激となるのは、別の光刺激と思われるが、光と他の刺激とも考えることができる。他の刺激としては、日中から夜にかけての温度変化などが考えられる。
A:まず細かい点ですが、KAMではなくCAMです。ただ、考え方としては良いのではないでしょうか。他の刺激としては、講義では二酸化炭素濃度を取り挙げていたわけですから、それを考えるとCAM植物におけるメカニズムについていろいろ考察できたと思います。
Q:植物の蒸散速度は、気象の条件や植物の特性によって大きく変動する。例えば、植物の葉の表面積、気温、湿度、風速、光の強さなどである。では、植物の蒸散速度を最大化させるためにはどのような条件、どのような特徴を持った植物が適しているのだろうか。まず、高温度である必要があると考えらえる。高い気温によって気孔が開き、蒸散を促進するからである。また、低湿度である必要もあると考えられる。乾燥していると蒸散を加速させるためである。次に強い日光が当たることでも蒸散の速度を上昇させることができると考えられる。これは光合成が活発になり、気孔が開きやすくなるためである。環境要因だけでなく植物の特徴に着目すると、葉が大きく表面積が広い方が気孔も多く蒸散速度が高まると考えられる。また、気孔が裏表の両面にある方が、効率がいいと推察される。上記の環境要因がそろっている場所は、地球上ではアフリカのサハラ砂漠、アメリカのデスヴァレー、オーストラリアの内陸部などである。これらの場所にある植物は、ほかの地域の植物と比べて、蒸散の速度が速いことが考えられる。しかし、蒸散速度が速すぎると、水分を失いすぎて、葉が乾燥しかれてしまう。したがって、これらの地域の植物は蒸散速度が上昇しすぎないようにするための、仕組みが葉などに備わっていることが推察される。
参考文献:日野幹雄,神田学,土岐道夫. 環境変化が植物蒸散および流出に及ぼす影響について. 水工学論文集. 1992, Vol. 36. p. 535-540.
A:悪いとは思わないのですが、なぜ「蒸散速度を最大化させる」という問題設定になっているのでしょうか。講義で触れたように、植物にとって水を失うことは生存にかかわる重大事です。基本的には、二酸化炭素の取り込みを維持できる範囲で蒸散速度を最小化する方向に植物は進化していると思うので、それと反する問題設定のためには、何らかの論理誘導が最初に必要なのではないかと思います。
Q:多くの植物で葉の背軸側に気孔が多い理由はなんだろうか。講義で、境界層での拡散速度が遅い環境では、気孔をたくさん持っても、境界層抵抗が律速となり、空気の取り込みはある一定で頭打ちになると学んだ。そのため、気孔を沢山持つことはコストになると考えられる。早稲田大学内の植物を観察すると、イチョウやモミジなどのある程度の大きさのある木本では無風では一つの枝から、さらに複数の枝に分岐し、それらが緩やかに弧を描いているので、葉の背軸側は確かに境界層が厚いことが考えられる。しかし、ある程度の風が吹くと、枝全体が揺すぶられることで枝全体が団扇のような役割を果たし、背軸側でも境界層が無風時に比べて薄くなっていると考えられる。風の存在によって葉の背軸側も常に境界層が厚いわけではないと考えると、気孔が存在することは説明できる。しかし、ではなぜ背軸側で気孔が多いのだろうか。ここで、向軸側で気孔が多い場合を考える。気孔の開閉は葉の水不足によって孔辺細胞が萎むことで閉じる。葉の向軸側は太陽光によって細胞内の温度が背軸側よりも上がりやすく、気孔からの蒸散速度も速いと考えられる。葉全体の水分不足でないのに、局所的な水分不足で気孔を閉じると光が十分にあってもCO2濃度が律速となり、本来行える光合成量よりも少なくなってしまう。また、孔辺細胞の存在場所はクチクラによる防護壁の切れ目とも捉えられ、さらに孔辺細胞を開くと紫外線が直接内部の細胞に降り注ぎ、クチクラによって紫外線から保護されていた核酸に傷害を与える可能性がある。観察によるものだが、無風時には葉の向軸側に気孔をつけている方が、背軸側に若干そり返る葉では境界層抵抗が小さく、空気交換量は高くなるだろう。しかし、表に気孔をつけることは、葉内水分の不足を正しく把握できない、気孔開口によって核酸へのダメージがあるなどの不利な点が挙げられる。このことから、植物は風の存在によって境界層の厚さが十分に変化し得る葉の背軸側に気孔を多く持ち、空気交換を十分に行えるようにしたのだと考えられる。多くの植物で共通の構造が見られるので、植物種を超えた共通の目的から進化した形態だとも考えられる。
A:これも、悪くはないのですが、気孔が背軸側に多い理由として、講義の中では雨の話と病原体の侵入の話をしたと思います。別に、講義の内容にとらわれる必要はありませんが、同じテーマでレポートを書く場合には、講義の中で紹介した内容に加えて(あるいは反して)考察する必要性を一言加えるとよいと思います。
Q:今回の講義では境界層が、葉の長さと風速の小ささによって厚くなり、境界層抵抗と気孔抵抗が共役の関係にあると学んだ。境界層抵抗が律速してしまうと気孔を開けることによる二酸化炭素の取り込みが制限されてしまう。したがって、植物は境界層を薄くして境界層抵抗を軽減する構造を取っていた方が気孔による二酸化炭素の取り込みに有利に働くと考える。境界層は葉の長さと風速の小ささによって厚くなることから、葉が短い構造をとること、風速の大きい環境で葉をつけることで境界層を薄くできるだろう。先に、葉が短い構造をとることではなく、風速の大きい環境で葉をつけることについて考える。気候や周囲の環境によって地面の風速は変わってしまうが、上空は風を遮るものがなく、常に空気が移動している。したがって、植物の背が樹木のように高ければ、地面に比べて風速が大きい環境で葉を生やすことができると考える。加えて他の植物に太陽光を遮られることもなく光を集約できるメリットがある。それに対して、葉が短い構造を取ってしまうと、葉の面積が小さくなり光の集約面積が小さくなってしまう。この状態では、二酸化炭素を取り込んでも光合成反応において光が足りずに律速してしまう。したがって、葉の大きさを保ったうえで境界層を薄くする構造が必要であると考える。ここで、背が高い樹木の葉の形を考える。このような樹木は風速が大きい状態で葉を生やしているため、葉が境界層を薄くする構造を取る必要がない。そのため、樹木の葉が取らない構造を背の低い植物が取っている場合には、境界層を薄くするための構造になっている可能性があると考える。そのような構造として、葉の切れ込みを思いついた。背の低い植物には、1つの葉が複数の葉に分かれそうなほど切れ込みができている種類がある。しかし、樹木の葉は周縁に細かい切れ込みがある種類はあっても、深い切れ込みはなく、扁平な形をしている。したがって、葉の切れ込みには境界層抵抗を軽減する機能がある可能性があると考える。
A:樹木の高さ自体が二酸化炭素の取り込みに聞いているというアイデアは非常に良いと思います。葉の形との関係は次回の講義で取り上げる予定です。
Q:今回の授業では、植物の気孔の開閉因子には気温・湿度・光強度・二酸化炭素濃度・根の乾燥など様々なものがあると習った。このことに関して、今年の夏がとても暑かったことから環境の急激な変化にはどう適応していくのか気になった。地球温暖化では気温や湿度、二酸化炭素濃度が変化し、オゾン層破壊では太陽の光強度が変化してしまうことが考えられるからである。これらの変化が単一のものだけであれば植物は葉の気孔を開閉させることで適応し、変化が穏やかであればその因子の応答を徐々に変化させることができると考えられるが、上記のようにたくさんの因子が変化するとそれに応答する気孔の開閉の対応が逆の事象が起きてくるのではないかと考えた。例としては気温上昇と湿度の低下が同時に起こったときであるが、温度を下げるために蒸散しようとする応答と、水分が不足しているためアブシジン酸が分泌される応答が同時に起こるなど逆の開閉を行おうとしたときには対応することができずに枯れてしまうのではないかと考えられる。
A:複数の環境要因が相反する応答を誘導するとどうなるか、という問題設定は良いと思います。他方、「対応することができずに枯れてしまうのではないか」という結論は、論理的に導かれているわけではなく、やや安易だと思います。問題設定と結論を結び付ける論理を、この講義のレポートでは主に評価します。あと、「オゾン層破壊では太陽の光強度が変化」もちょっと大雑把ですね。太陽の光強度ではなく、地上に降り注ぐ紫外線量が主に変化します。
Q:植物の葉の形態と二酸化炭素の取り込みは、環境条件に大きく依存している。葉には気孔があり、この気孔の開閉が二酸化炭素の吸収と水分蒸散を調整している。光、特に青色光と赤色光が気孔の開閉に影響を与え、青色光は気孔の開口を促進する一方、アブシシン酸は気孔の閉口を誘導している。また、気孔を開閉する孔辺細胞には葉緑体が含まれ、光の受容に関与している。また、生育条件が水中の水中植物では、気中植物とは異なり気孔を使えないため、二酸化炭素の取り込みは植物体表面からの拡散に依存している。液体中での二酸化炭素の拡散速度は気体中より水中のの方がはるかに遅いため、葉の厚さが重要になる。水草は通常、クチクラがなく細胞層も少なくすることで、拡散の障壁を減らしている。さらに、強風の地域では葉が小さくなる傾向があり、複雑な形や切れ込みは風への抵抗を減らし、植物本体へのダメージを軽減する役割を果たしている。このように、葉の形状や構造は生存戦略として進化し、多様な環境条件に応じて二酸化炭素の取り込みを最適化していると推察する。
A:これは、事実を羅列しているだけで、論理になっていません。悪い文章ではありませんが、この講義のレポートとしては評価の対象になりません。