植物生理学I 第11回講義

窒素固定と共生

第11回の講義では、前回の続きとして水チャネルが二酸化炭素のチャネルとしても働く例を紹介したのちに、マメ科植物の根粒やシアノバクテリアのヘテロシストにおける窒素固定やその反応を担う酵素ニトロゲナーゼの特徴などについて講義を進めました。以下に、いくつかのレポートをピックアップしてそれに対してコメントしておきます。

Q:今回の授業では、進化の過程で窒素固定能力が独立に獲得され、また何度も失われたことが紹介された。そして、窒素固定は非常にコストが重いので、窒素が豊富な環境では失われやすいのだろうと教わった。つまり、窒素の多寡によって、窒素固定能力を持つ生物の適応度が大きく変わるということが示唆されているのだと思う。紹介された論文は陸上植物について複数の目を横断して遺伝子を調べたものである(1)。であるから単純な比較はできないが、窒素固定細菌のバイオマス変化量を調べることで、比較的短期間における窒素濃度の変化量も調べることができるのではないか。例えば、今回シアノバクテリアの一部は窒素固定を行うということを教わった。ここで、海では利用可能な窒素が豊富な環境下で全シアノバクテリア中に占める窒素固定能のあるシアノバクテリアの割合は適応度の低下により減るだろうし、貧窒素環境下では窒素固定シアノバクテリアの割合は増えるだろう。海洋堆積物の環境DNA調査で窒素固定シアノバクテリアの割合を調べることができれば、数年から数千年単位で特定の地点の窒素濃度変化を知ることができるのではないか。
(1)M. Griesmann et al., "Phylogenomics reveals multiple losses of nitrogen-fixing root nodule symbiosis" Science DOI: 10.1126/science.aat1743

A:最後に提案されていることは非常に面白いと思います。少し残念なのは、途中で「バイオマス変化量を調べることで」とあって、それを受けて「例えば」とつなげているのにも関わらず最後は「環境DNA調査で」となっていて、いつの間にかバイオマスからDNAに調査対象が変化していることです。論理のつながりに気を配るとさらに良いレポートになると思います。


Q:今回の授業では、根粒と窒素固定について学んだ。ニトロゲナーゼは窒素固定に重要である窒素をアンモニアへと変換できる唯一の酵素であることが知られているが、酸素に触れることで活性を失ってしまう性質を持っている(1)。しかし、根粒は空気に触れていても窒素固定として機能しているため、理由を考える。1つ目は、酸素が存在している状況でもニトロゲナーゼを機能させる因子が働いている説である。因子と結合しニトロゲナーゼが酸素に触れても活性した状態を保ち、窒素固定を行うことができると考えられる。2つ目は、酸素を除外する器官や因子が存在する可能性である。根粒で感染細胞に運ばれるまでに酸素のみを捨てていると考えた。そのためこの説があっているとすると、根粒が形成されてから窒素固定できるようになったと言えるので、根粒菌が付着し始めた際を観察することで確かめることができる。3つ目は、感染細胞の数が多いため、一部の細胞は活性を保てるという考えである。物理的に酸素を防いでいるという考えである。4つ目は、空気中では酸素より窒素の割合が多いため、活性を失うほどの酸素に触れないと考えた。この説では酸素濃度ごとに影響があるかを調べる必要がある。この4つの説の中の1つまたは複数の要因によりに根粒ではニトロゲナーゼの活性を失わずに窒素固定できていると考えられる。
参考文献:1. Scientific Reports,Ren Takimoto, Yuki Tatemichi, Wataru Aoki, Yuishin Kosaka, Hiroyoshi Minakuchi, Mitsuyoshi Ueda, Kouichi Kuroda,(2022),12巻,4182号,A critical role of an oxygen-responsive gene for aerobic nitrogenase activity in Azotobacter vinelandii and its application to Escherichia col

A:これは、見かけ上は悪いレポートではありません。4つの理由は、実際には理由になりにくいものもありますが、もし自分で考えたものであれば、この講義のレポートとしては正誤は問いませんので問題はありません。ただ、講義の中ではニトロゲナーゼの酸素からの保護システムについて丁寧に解説したはずですので、このレポートは講義をまるで聞かずに書かれたとしか思えません。あと、ニトロゲナーゼの酸素感受性という一般的な性質に対する参考文献として、特定の研究についての論文を挙げているのも適切ではありません。


Q:今回の授業では細菌類が酸素に弱いニトロゲナーゼを用いて窒素固定することを学んだが、なぜもっと酸素に強い窒素固定酵素が生まれなかったのかについて考えた。生物の生存にはアミノ酸は不可欠であるが、好気呼吸生物にとっては酸素の枯渇のほうが死にすぐ直結する問題であると考えられる。そこで、敢えて酸素高濃度の状況下で窒素固定が行われないようにすることで、窒素固定に余計なエネルギーを使って呼吸が滞ることを避けてきたのではないかと考えた。

A:これは、自分で考えている点は評価できますが、やや論理的なつながりに問題があります。最終的な結論は、低酸素条件下では窒素固定ができなくなることで、呼吸が滞ることを避けるということですが、呼吸はエネルギーを生産する過程なので、むしろエネルギーが必要となる窒素固定をするときにこそ必要です。おそらく、言いたかったのは、呼吸が滞る低酸素条件下ではエネルギー生産が減るので、エネルギーを節約するために窒素固定を止める、ということではないでしょうか。


Q:今回の授業では、植物は根の中に人間と同じようなヘモグロビンを持つということに驚いた。これは窒素固定に必要なニトロゲナーゼが高酸素濃度下において機能しないために、呼吸が阻害されない範囲での酸素濃度の調節に使われているということであった。また、このヘモグロビンは光合成による酸素発生が活発な葉では無く根に分布していると授業では紹介されていたが、では茎ならどうであろうか。メリットとデメリットを検討する。まず、茎には葉緑体が含まれてはいるものの光合成の多くは葉で補われているため、茎が光合成の役割を脱して酸素濃度調節を担っても問題が無いように思える。一方で、ヘモグロビンの特徴としてその特徴的な赤い色があるが、もし茎がこの赤色になってしまったなら動物からの攻撃を受けやすいのではないかと思う。これは多くの哺乳類が二色型色覚を持っているからである。このようなトレードオフを加味したうえで植物は根にヘモグロビンを持つことを選択したのだが、ここで一つ面白い論文を見つけた。地上部を切り取ると根にも葉緑体が発現するというものだ。1)同じような発想からもしかすると根をすべて取り去ればヘモグロビンが微量であっても地上部に発現するかもしれないと思った。直観的ではあるが、人間のヘモグロビンも体中の血液のいろいろな場所で発現しているからだ。
1) Shoot removal induces chloroplast development in Arabidopsis roots via cytokinin signaling, Koichi Kobayashi*, Ai Ohnishi, Daichi Sasaki, Sho Fujii, Akira Iwase, Keiko Sugimoto, Tatsuru Masuda and Hajime Wada, Plant Physiology, 10.1104/pp.16.01368

A:根の緑化の話はまた講義で紹介する予定です。根を切断するとレグヘモグロンビンが地上部にも発現するかもしれないというアイデアは面白いと思います。ただ、その点も、色によって動物に見つかりやすくなるという考え方も、ある意味でアイデアだけなので、そこから1つでも「だとすればこうなるはずだ」などといった論理的な展開があると、素晴らしいレポートになります。


Q:今回の授業では冒頭で水銀イオンによる光合成の阻害について学んだ。光合成が阻害されるということは光合成に関わる水の通道も阻害されているのではないかと思い調べてみたところ、参考文献1より「HgCl2処理した葉では,葉の通水性が平均で未処理の葉の65‐90%に低下した」ことが分かった。水銀により葉の通水性がどのようにして低下するのかについて考察する。水銀の密度に着目して考える。以前の授業で水を吸い上げる方法として毛細管減少について学んだが、表面張力と釣り合うまで液面は上昇するので、密度が非常に大きい水銀では水に比べると液面の上昇度合いは非常に低くなる。水の移動にはアクアポリンが関与しているが、授業資料にあったようにアクアポリンは真ん中に管を作るようにヘリックスが並んでおり、この管はとても細いので、毛細管現象のようなことがここでも同様にして起こるのではないかと考えられる。以上のことから、水銀は非常に密度が高いので水銀が含まれることによって毛細管現象においてより大きな表面張力が必要となり、水の通水性が低下してしまうのではないかと考えた。
参考文献1: 原山尚徳,石田厚.日本生態学会.ESJ55 poster P3-006.2023-12-23参照

A:ユニークな考え方で面白いと思いました。ただし、毛細管現象というのは、マトリックポテンシャルの話をした時に説明したと思いますが、いわば狭いところへ水が移動する現象です。その場合、アクアポリンの孔に水が移動するのは良いのですが、今度は、別の力がはたらかない限りそこから出てこなくなってしまうはずです。水の移動の原動力としては、毛細管現象は非常に使いづらいと思います。


Q:根粒菌の能力のメリットデメリットを調べていると、デメリットの中に病原性を持つ根粒菌というものを見つけた。これは植物に毒性のものを供給するという訳ではなく、単純に感染により細胞を損傷させるというものである。これはR-body生成と呼ばれる病原性を持つような力を持っていて、reb遺伝子郡にコードされる巨大なタンパク質ポリマーであり、これが細胞内を圧迫し、傷つけている。セスバニア根粒菌はセスバニアに寄生するはずであるが、非マメ科のシロイヌナズナに部位によっては細胞までにも感染することができるものである。そのため、この感染力を使って、幅広い窒素固定活性を発揮させ、様々な窒素固定に役立つことができると考えられている。
参考文献:セスバニア根粒菌の病原性と細胞内感染能:非マメ科への感染拡大に向けた基盤研究

A:調べものレポートは評価しないと何度も言っていると思います。自分の頭で考えたロジックをレポートに書くようにしてください。


Q:今回の講義では、異形細胞と光合成細胞を併せ持つシアノバクテリアの話題があった。このシアノバクテリアは、しばしば異形細胞が先端になるようなちぎれ方をするという話題もあった。ここで、私は、異形細胞を先端にちぎれた後、シアノバクテリアの形態にどのような変化が現れるか考えた。シアノバクテリアは、異形細胞から両側に、距離が離れるにつれて窒素化合物の濃度が低くなる濃度勾配を形成する。そして、窒素化合物濃度が低い位置に、異形細胞を分化させる。それならば、異形細胞が先端になるように光合成細胞がちぎれた後は、窒素化合物の濃度が最も低い位置がずれるはずである。位置がずれる仕組みを順を追って説明する。まず、異形細胞の片側の光合成細胞が失われる。次に、光合成細胞が失われた分余計に、もう片側に窒素化合物が拡散する。すると、先端の異形細胞の、いくつかの光合成細胞を挟んで隣の異形細胞との間の窒素化合物の濃度勾配が変化する。その結果、先端よりやや遠い部分に窒素化合物が最も低い領域ができる。つまり、先端の異形細胞と、いくつか光合成細胞を挟んで隣の異形細胞のちょうど真ん中に、異形細胞が分化しないということである。したがって、異形細胞を先端として、光合成細胞がちぎれると、一部異形細胞が等間隔に存在しない部分が現れるという形態変化が想定できる。

A:これは面白いですね。このような考え方は評価できます。ただし、異形細胞と光合成細胞の間の関係は窒素化合物の供給だけの一方向ではなく、光合成細胞からは異形細胞に炭水化物の形でエネルギーが供給されないと窒素固定は止まってしまいます。つまり、片側の光合成細胞が外れると、異形細胞自体の状況も変わってしまいます。それを考慮に入れると結論はどうなるでしょうね?


Q:私は根粒菌がなぜマメ科としか共存ができないのか疑問に思ったので考察してみた。1つ目として、根粒菌がマメ科だけに働く物質をもっており、それによりマメ科が根粒菌を受けいらざるをえなくなるということである。2つ目として、マメ科が根粒菌を活性化させる物質が既に存在していたことも考えられる。

A:これだと自分なりの論理とは言えませんよね。「思い付き」ではなく、二つの仮説を思いついたのであれば、他の面から考えた場合にどちらがより確からしいのか、あるいは、どのような実験系を考えた場合にどちらが正しいのかを検証できるのか、といったところまで書いて初めて科学的なレポートになります。


Q:今回は根粒の共生菌について考察する。根粒にある細菌は大気、土壌中に含まれる窒素をアンモニアに変換し植物に供給する。その対価として植物は細菌に窒素固定するエネルギーを供給して共生をしている。窒素固定をする菌の種類によって窒素固定の速度と、効率が変わるのではないかと考えた。また土壌についても土壌によって含まれる窒素量に変わるのだと思う。
 今回考える目的としては肥料を用いて育てるときと根粒を生成させ育てるとき、どちらが成長に適しているのかについて調べる。
 『共生窒素固定放線菌フランキア』,九町 健一著,生物工学 第91巻によると「根粒共生 窒素固定を行うバクテリアは,根粒菌とフランキアの2 種類が知られている。根粒菌はグラム陰性細菌であり、マメ科の植物と共生する.一方,フランキアはグラム陽 性の放線菌であり、根粒菌とは系統分類的にきわめて遠縁だ。フランキアは多細胞性の菌糸として生育し、胞子を形成する(図3).フランキアの共生宿主はアクチノリザル植物」とのこと。根粒菌とフランキアの窒素固定能の差を調べればどちらが窒素固定能が高いかわかるのだが、今回それを裏付ける根拠が出てこなかった。
 実際に同一のマメ科の植物に対して何も用いないで育てるパターン、肥料を投与して育てるパターン、根粒を生成させ育てるパターン、肥料を投与しつつ、根粒も生成させて育成するパターンの4種類を対照としそれ以外の条件を変えずに実証することで、成長スピードの差や効率がわかると考えた。

A:別にそれぞれの部分でおかしなことが書いてあるわけではないのですが、全体として論理が寸断されていますよね。4つの段落があって、1段落目と3段落目では種による窒素固定の違い、2段落目と4段落目では根粒と肥料投与の違いが扱われています。何が原因でこんな順番になってしまったのでしょうか。どちらかのテーマに絞って普通に書いた方がよいレポートになると思います。


Q:根粒菌と言えばマメ科植物とよく言われ、高校の教科書にもマメ科植物と記載してあるが、なぜマメ科植物なのだろうか。傾向があるのかどうかを疑問に感じた。まずマメ科植物以外を調べると、シロイヌナズナで根粒菌との共生において特徴的な「レグヘモグロビン」を遺伝的にも構造的にも異なるが、このタンパク質を持つ[i]ことがわかった。シロイヌナズナでは毒性のある活性窒素である亜硝酸の代謝に関与しているⅰ。窒素固定に必須のニトロゲナーゼの不活性化を防ぐという目的以外での機能のため、やはりマメ科植物などに特有の植物であると考えられる。マメ科植物で特徴的なのはやはり「豆」で基本的には無胚乳種子が多く、種子が占める多くは子葉である。無胚乳種子は子葉が胚乳の養分を吸収することで胚乳が消える。マメ科植物は根粒菌からの窒素によってタンパク質合成に優れており、栄養分でも他の植物に比べてタンパク質が多い[ii]。他の植物も機能は異なっていてもレグヘモグロビンを持ち、酸素の調製を担っていないのならば、マメ科植物だけが特異的に獲得したのではなく、進化の過程で他の植物は窒素固定のための酸素調整を行うレグヘモグロビンの機能を失ったのかもしれないと考えた。講義でもあったように一つの窒素分子に16ものATPを消費するのは生物にとってコストがかかり、進化の過程でも窒素固定は失われることも多かった。そのため、窒素固定を行う微生物の多いところでわざわざ根粒を作るよりも、窒素化合物が多いところで生育そたほうが効率が良い。そのため窒素化合物が安定的に得られる土地に根付いたものから酸素濃度調整の機能が使われなくなったと考える。逆にマメ科植物は上記のような植物がいない窒素化合物の少ないところをニッチとして生育することを選び、根粒菌と共生するために酸素調整の機能を保持してきたと考えた。
[i] 坂本敦 他 , 植物に普遍的に存在するヘモグロビンの機能:窒素代謝との関連 , 第45回日本植物生理学会年会講演要旨集 , p 392 .、[ii] 福岡大学 福原達人 , “福原のページ” , 2. 種子と芽生え (fukuoka-edu.ac.jp) (2023/12/20) .

A:面白い考え方でよいと思います。強いて言うと、レポートの論理構成の中で、胚乳の有無やタンパク質含量の違いについて述べた部分は、実は結論には直接寄与していませんよね。もし、そうであれば、もったいなくても、その部分を削除してしまった方が、全体の論理構成はしっかりしたものになって、読者としてはロジックを追いやすくなります。