植物生理学I 第12回講義

マングローブプロジェクト

第12回の講義では、夏休みに三日間だけ琉球大学で野外実験を行い、マングローブの根の光合成の意義を調べようとした共同研究の顛末を中心に講義を進めました。以下に、いくつかのレポートをピックアップしてそれに対してコメントしておきます。

Q:今回の授業の終わりに、「Direction to publish these resalts」として、根に光合成装置が発達する植物では、どのような光合成をしているのかという疑問が提示されていた。私も同じ疑問を持ったので、これについて考えたいと思う。授業で示された実験結果によると、根の光合成活性は、昼ではなく午後に見られたという。これは何を示しているのだろうか。私はこのことから、マングローブが自身の生物体内で光を伝達できる機能の可能性を考えた。光合成というのは、通常だとクロロフィルが光直接を吸収して行われる。しかし、マングローブでは、光の届きにくい根に、幹よりも高い密度でクロロフィルが存在しているという測定結果が得られた。そのことから、幹で光合成を行うよりも、根で光合成を行う方が、メリットが高いのだと考えられる。例えば、根で光合成をすることによって得られる貯蔵物質が無駄なく貯蔵できるなどが考えられる。これを実現するためには、太陽光のエネルギーを根まで届ける必要がある。この機能がマングローブにはあるから、根の光合成装置が発達するのではないだろうか。

A:根に光を届ける機構の存在という考え方はユニークでよいと思います。それを実現するにはどのような構造が必要だろうか、という仮説を同時に示すともっとよかったでしょう。あと、講義では、根の光合成の意義として呼吸への酸素供給に触れたわけですから、別にそれを前提とする必要はありませんが、別の仮説を出す場合には、その仮説の方がより確からしいと考える何らかの論理を一言付け加えるとよいでしょう。


Q:今回の講義では沖縄に自生するマングローブの呼吸根についての話題であった。根は午後のみ光合成活性がみられ、水際の木では暗順応や海水をかけたときも光合成活性がみられるという調査結果であった。この結果から根が光合成を行っている場合どのような条件で光合成を行うのかについて考えていく。ヒルギの根は葉が強光による光阻害を受けた後の光合成を補う立ち位置なのではないかと考える。光合成の中心は葉であるが、沖縄のような場所では昼頃には日差しが強すぎて光合成活性が落ちてしまう。これが根への何らかの合図となって根が光合成を始めるのだろう。根は緑層がコルク層に覆われており、コルク層を通過できる強い光が中に入って光合成が始まる。海水をかけても光合成活性がみられることから潮の満ち引きを考慮することなく光合成を補うことができるだろう。この考えが正しいかを確かめるには根と葉の対応関係について調査する必要があるだろう。

A:これも、葉の光合成がむしろ低下するときに根の光合成がみられるのではないかという視点は面白いと思います。ただ、一番光が強いと思われる正午ごろには、根の光合成が見られなかったので、実際のデータとうまく符合しませんね。やはり、データと合わない仮説は苦しいように思います。


Q:今回の講義ではマングローブの特性である呼吸根の光合成活性について行った研究の内容を学習した。この研究では日数が足りず明確な結果と考察が得られなかったとことであったが、研究はどのような過程で行われていくのであろうか。研究を行うにはまず各分野の学会に研究を行う旨を伝える必要がある。例えば生物系の学会を調べると、日本分子生物学会、日本生態学会、日本細胞生物学会などがある。研究を行う申請をすることで、助成金などを得ることもできる。そして研究結果を得られたら学会で発表をする必要がある。この発表では研究の背景、手法、結果を提示した上で今後の研究についても言及することが多い。つまり、一回の研究で完璧な結論を得られることは少ないということである。誰かが得た結果をもとに、次の世代の人間がより改善された実験を行い発展した結果を得ていくことは研究においてよくあることに思える。私たちもこれから研究室に配属されるとそれぞれテーマを決めて研究を行うこととなるが、この時にそれまでの研究結果をもとに新たな観点から未知の事象を解明していく心持ちが必要になるのだと感じた。

A:やや事実誤認があるので修正しておきます。通常、「学会」というのは、研究成果の発表と意見交換の場であって、研究費の配分に関わるのは主に日本学術振興会のような公的機関です。ただ、いずれにしても、現代の科学において、一人の力である研究課題がすべて遂行できることが少なくなっているのが確かでしょう。だからこそ、学術論文の最初にはItroductionがおかれて、これまでの研究の背景が紹介されるわけです。


Q:今回講義で聞いた実験では自然に生育しているマングローブで実験を行っていた。そのため、数多くの環境的な要因を考慮して実験結果をとらえる必要があった。この実験の背景としてマングローブが酸欠土壌に生育しているために呼吸根を有すというものがあった。生物関連の実験では自然のものと研究室などでの条件を作った環境で行うものがあるが、マングローブが藻類の影響を受けないようにするには藻類を排除して測定する必要がある。その場合人工的に環境を作り出すことになる。結果として自然環境下での実験では、人工的な環境での比較実験が必要となることが多いのではないかと考えられる。今回の光合成システムのような生物のメカニズムに関わる部分は一世代では環境に依らず普遍的なものであると考えられるので、人工的な環境での実験を予め行ってから自然環境で行う方がより効率的に進めるのではないかと考えられる。

A:その通りですね。ただ、マングローブのように大きな樹木になればなるほど、研究室で栽培することは困難になっていきます。普通の樹木であれば、圃場や畑で栽培可能ですが、マングローブは栽培条件が特殊なので、その点でも不利です。だからこそ、面白い研究の種が残っているということかもしれませんが。


Q:私は前回の講義で学んだ植物の中にある体内時計に焦点を当てて、この実験結果について考察する。1回目の測定では最干潮が12:05であり、ヤエヤマヒルギの根は午後になってから光合成活性が検出された。また、2回目の測定では最干潮が12:40であり、ヤエヤマヒルギの根は11:50~12:33では光合成活性が認められなかったが、12:58では光合成活性が検出された。この2回の測定結果から言えることは最干潮の時刻よりも早い時間帯ではヤエヤマヒルギの根で光合成活性が検出されず、最干潮の時刻を過ぎると光合成活性が検出されているということである。私はこのことから、ヤエヤマヒルギの根は最干潮のだいたいの時刻を体内で把握しており、最干潮よりも早い時間帯では光合成をせず、最干潮の時刻を過ぎたら光合成をするというしくみを持っているのではないかと考えた。次にこの仮説を立証する実験方法を考える。測定結果から最干潮は昼の時間帯に現れると考えられるので、12:00前後から13:00前後まで5分刻みごとに光合成活性が検出されるかを調べていく。この測定をある一定の期間繰り返し行っていく。十分なデータが得られたら、測定した日の最干潮の時刻と光合成活性が最初に検出された時刻を比較する。光合成活性が最初に検出された時刻が最干潮の時刻を過ぎている日にちが多ければこの仮説は正しいといえる可能性が高いといえる。この実験を行うことで、最干潮の時刻がヤエヤマヒルギの根の光合成活性の失活や復活に影響を及ぼしているのかということを知ることができると考える。

A:これも面白い考え方なのですが、潮の満ち干を例えば水ポテンシャルなどによって直接感知するのではなく、体内時計で判断していると考えた理由が書いていないのがちょっと惜しいですね。時刻だけだったら体内時計でよいと思うのですが、最干潮の時刻となると、体内時計を使って感知するのはかなり難しいメカニズムが必要になると思います。潮を直接感知する方がはるかに簡単でしょうから、難しいメカニズムを仮説として採用する場合には、それなりの説明が必要になるかもしれません。


Q:マングローブプロジェクトについて紹介された。そもそもヤエヤマヒルギの支柱根ではコルク層の内側になぜ光合成活性を持つと見られる層があるのか。この観点から,プロジェクトの実験結果の考察を改めて行う。簡単のため,根の表面に当てて計測した光合成活性がマングローブの緑色の層によるものであると仮定して考える。光量の少ないコルク層の内側にわざわざコストのかかる光合成の層をつくるということは,何らかのメリットがあると考えられる。光合成は二酸化炭素を吸収して酸素を発生させるため,コルク層内側の緑色の層は根に酸素を供給する役割を果たしていると考えることができる。さらに,水に浸かったり浸からなかったりすることがあるというヤエヤマヒルギの支柱根の特徴や,酸素と二酸化炭素の水への溶解度の差を考えると,以下の仮説を考えることができる。満潮時など水に浸かるとき,根は酸素をほぼ得ることができないため,緑色の層における光合成によって酸素を発生させ,根の細胞に酸素を共有させて呼吸をする。一方,干潮時など水に浸かっていないとき,根の細胞は空気中から十分量の酸素を得ることができるため,光合成を必要としない。この仮説が正しければ,水に浸かっているときは光合成活性があり,水に浸かっていないときはないという結果が得られるはずである。これをもとに考えると,実験実施日には正午ごろに干潮となり,18時に近づくにつれて水に浸かりはじめるため,水の有無によって光合成活性が変化していると考えると実験結果もおおよそ説明できそうである。ただし,海水をかけたときに光合成活性が変化しなかったという結果もある。これは「体内時計」の存在を示唆しているのかもしれない。干潮と満潮のリズムは日が経つにつれて徐々に変化する。ヤエヤマヒルギの根の各々の細胞はこの変化を感知し,そのリズムに体内時計を同調させ光合成活性の有無を制御している可能性がある。ヒトが時差ボケするように体内時計の修正は急には起こらないため,海水をほんの短い時間かけただけでは光合成活性を制御する体内時計に変化を与えることはできなかったと考えられる。これを示すには,まず水に浸かっている時間に光合成活性があり,使っていない時間に光合成活性がないということを長期的に計測する実験を行う必要がある。

A:上のレポートとよく似た考え方ですが、こちらは、体内時計を仮説として採用する根拠の一つとして、海水をかけても変わらなかったという実験結果を利用しているので、説得力が増しています。短時間では体内時計は変化しないはずだという議論もよいと思いますが、干潮時刻のずれをどうやって調整しているのかについては、やはり気になります。


Q:今回の講義ではマングローブの根は午後に光合成をおこなうが、光阻害の影響ではないことが実験と共に紹介された。では、この原因について考えていく。ここで、自分は大潮が関わっていると考えた。教授が計測した日も大潮で、干潮が12時頃であったが、沖縄の潮見表を見ると、沖縄では大潮の日の干潮の時間が毎月決まって12時から14時近くに集中していることが分かった。この規則的な潮位の変化が根の光合成に影響を与えているのではないだろうか。つまり、大潮で根の大部分が一度午前中に海水に浸かったのち、潮が引いて乾燥した際に、何かストレス性ホルモンのようなものが分泌され、光合成を促進するのではないかと考えられる。よって、大潮の日の沖縄ではマングローブの根は昼頃に乾燥刺激を受けるため、午後に光合成をおこなうと考えられる。なお、紹介された実験では海水で濡らしても変化はなかったが、これは規則的な満潮による水刺激と干潮による乾燥刺激がなかったためであると考えられる。また、この説を確かめるには、大潮の干潮の時間がずれた地域に生息するマングローブの根の光合成をおこなう時間を調べる、および同じ沖縄のマングローブで中潮や小潮の日の光合成時間に差があるのかを調べる必要があると考えられる。

A:これは、濡れることと乾燥することの組合せが効いているのではないか、という考え方ですね。面白いと思います。


Q:マングローブに関する実態調査の中で、先生は、根の光合成(葉緑体)がマングローブ由来なのか、藻類由来なのかを区別しており、どちらのものなのかを知る必要があると考えていたが、私は、前回講義で扱った、共生関係の一種ではないかと考えた(根の光合成が藻類由来と考える)。根拠としては、励起光が強くなっていった際に、葉では光合成活性が強くなっているが、根では、ある程度強くなると活性が落ちるという結果があった。これは、励起光が弱い時に、根での藻類の光合成によって、光が強い時と比べた不足分を共生者により補っていると考えられる。そもそも、ヒルギ類が自生する場所は潮の満ち引きによって常に循環が起こっているため、栄養塩類の獲得にはさほど苦労していないはずである。一方で、海水への適応のためにかなりの労力を要し、光合成への投資・対策が後回しになっていると考えられる。(トレードオフ)そこで、光合成をする藻類と共生し、励起光が弱い時の生産エネルギーの少なさを解決し、使用可能エネルギーの安定的供給が期待できる。一方で、藻類としても、根という安全な生活場所を獲得し、必要栄養源の獲得が容易となったことで、光合成という機能に特化できるというメリットがある。このような関係性のもとで、ヒルギ・藻類間で相互共生が成立しているのではないかと考えた。

A:ふうむ。これは独創的でいいですね。このように多面的な視点で考えることができるのは素晴らしいと思います。ただ、藻類が共生しているのだとしても、コルク層の内側に緑色の層があるのは確かですから、その部分の光合成がいつどのように役立っているのか、という問題はそのまま残るように思いました。


Q:研究の目的は可塑的なものであり、得られた結果からまた疑問が浮かび上がることがある。ここで気になったのは研究者は何を目的に研究者としての人生を送るのかである。何か解明したいことがあって研究を始めたとしても、自分の予想通りに進むわけではないし、本来解明したかったこととは別のものが結論されるかもしれない。さらに言ってしまえば研究の成果はセレンディピティによって得られることも多々ある。このように考えると目的がない方が上手く生きていけるのではないかとさえ思う。(もちろん目的があるからこそ研究が始められるのではあるが)であれば何が楽しくて研究をするのかわからないが、そもそも学問が好きなひとではないとやっていけない領域であるのかもしれない。質問です。園池先生は研究者としての目的(目標?)はありますか?

A:もしこれが科学的発見としても目標という意味であれば、これまで10年ごとぐらいに変化してきています。卒業研究から初めて最初の10年は光エネルギー変換に興味があって、光というとらえどころのないものをどのように生物の利用できるエネルギーに変換できるのかという点を明らかにしてきました。次の10年間は植物の環境応答に光合成がどのようにかかわっているのかを知りたいと考えていました。動物でも植物でも環境応答は見られますが、植物の場合は、その中で光合成が重要な役割をしていて、環境要因の中でも光は最重要の因子です。さらに次の十年は、ゲノム上の遺伝子機能を光合成をいわば道具として使って明らかにできないか、というプロジェクトを推進していました。そして早稲田大学に移ってからは、それらの研究を継続するとともに、細胞内の複雑な代謝の中で、光合成がどのような位置を占めているのかに興味をひかれています。ただ、いずれの場合でも、ポリシーとしては、単純な疑問に見えながら実際には複雑な問題を、なるべくスマートに解明したい、と思っています。なので、学術論文でも、だらだらとした長い論文は嫌いです……。