植物生理学I 第5回講義
いろいろな葉
第2回の講義では、紅葉や斑入りといった典型的でない葉について紹介しました。以下に、いくつかのレポートをピックアップしてそれに対してコメントしておきます。
Q:今回の講義を聞いて5月の頭に千葉県の鴨川市に向かう途中の山に生えていた竹の葉が黄色かったのを思い出した。山の一面に葉の黄色い竹が生えていた。竹以外の木の葉は緑色だった。春だから竹が枯れていたとは考えにくい。また、ウイルス感染によって葉が黄色くなるのであれば、他の木にウイルスが感染していないのは変である。(竹にだけ感染するウイルスの可能性はあるが)また、養分が足りなくてクロロフィルが合成できなかった可能性もあるがこれもウイルス同様に他の木の葉が緑だったので考えにくい。考えられるのは、春にはタケノコが生えているということである。養分が足りないのではなく、タケノコに養分を費やすから葉の方に養分が回らなかったと考えることもできる。しかし、植物は葉で光合成をしてエネルギーを作るので、光合成をする物質が作れなかったら元も子もないだろう。だがこれは順番の問題で、とりあえずタケノコを作っておいて、その後葉でクロロフィルを合成すれば、葉でエネルギーを作ってタケノコにエネルギーをおくれるようになるので、2週間くらいたった後に竹の葉の色がどうなっているかでこの仮説は確かめられると考えた。
A:議論の背景として考える必要のあることにいくつかコメントしておきます。レポート中でも少し触れられていますが、ウイルス感染は、宿主特異性があることの方が多いので、「ウイルスが感染していないのは変」ということはないと思います。あと、「春だから竹が枯れていたとは考えにくい」とありますが、竹は冬でも緑を保っていますよね。とは言え、常緑樹と同じで、同じ葉を永遠につけているわけではありません。葉には寿命があって落葉します。とすれば、竹の葉が落ちるのがいつなのか、という点も考慮する必要がありそうですね。
Q:シロイヌナズナの斑入り変異体について紹介された。斑入りの原因はFtsHプロテアーゼに生じた変異であると考えられているが,1枚の葉の中で斑入りの部分の細胞のみにおいて変異が生じているわけではなく,1枚の葉のすべての細胞において変異が生じているのにもかかわらず,その細胞のうち一部だけが斑の細胞となるという。なぜこのような表現型を示すのか。細胞によって色が異なる(斑があるかどうか異なる)ということは,やはりその細胞間では発現しているタンパク質が異なる可能性が高い。しかし,遺伝子FtsHの変異という観点ではどの細胞も同一であるから,別の遺伝子が関連していると推測される。しかも,各細胞のもつ遺伝子は同一であると考えられるから,ある一定の確率で発現するような遺伝子が関連しているのではないか。
そこで一つの仮説として,FtsHと同じ機能をもつタンパク質をコードする遺伝子(遺伝子Aとする)がもう一つ存在するということが考えられる。遺伝子Aは,遺伝子FtsHの言わば「予備要員」としてはたらく。両者の遺伝子は異なるものであるがその機能が同じであるため,FtsHが正常にはたらく細胞においては,遺伝子Aの発現の有無は表現型に影響しない。FtsH変異体においてのみ,遺伝子Aの発現が表現型に影響する。そして,FtsHとは違い,遺伝子Aは100%発現するとは限らない仕組みとなっている。たとえば転写促進因子の産生量が遺伝子Aの発現のオン・オフの閾値周辺であるなどにより,遺伝子Aの発現がある一定の確率によって起こる。それゆえ,FtsH変異体では,予備要因の遺伝子Aが発現した正常細胞と,発現しなかった斑の細胞の2種類の細胞からなる葉ができる。これを示すためには,遺伝子Aが実際に存在するということを確認しなければならない。正常細胞と斑の細胞において発現の異なる遺伝子が何かということ,あるいは光化学系Ⅱの周辺にあるタンパク質の種類を確認することで,その手がかりを得られる。
A:よく考えていることはわかります。ただ、例として考えられている「転写促進因子の産生量が遺伝子Aの発現のオン・オフの閾値周辺である」のような状況は、斑の説明としては都合がよいのですが、そもそも、そのような不安定な状況にしておく植物側の必要性を説明するのは難しい気がします。説明として考える現象が、植物の一般的な生育の様子と整合するかどうかについても考える必要があるでしょう。
Q:葉緑体を作るには多くのエネルギーが必要なため、必要がない場合は無理に作らないというお話から、人間が怠けたくなる性質と類似していると考えた。理由は、エネルギーを節約することで生存確率を高めるためである。例えば、植物は動けないため外部環境によって、生死に関わる。そのため、極力少ないエネルギーで維持したい。つまりエネルギーをより多く作り出す機能を持つ代わりに沢山のエネルギーを消費するよりも、エネルギーを作り出す機能は最低限な代わりにエネルギーの消費を抑えた方が植物にとっては都合が良い。人間は動ける分、リスクを能動的に回避しなければならない。そこで思考という武器を手に入れた。しかしながら、常に脳の容量を100%使ってしまうと、エネルギー不足に陥り、思考と行動ができなくなるため、これまた命に関わる問題となる。これを回避するためにエネルギー消費を抑える機能として怠けている。以上のことから、植物も人間もエネルギー消費を極力抑え、生存確率を上げていると考えられる。その点で植物と人間は類似していると主張する。
A:面白い考え方ですが、筋肉の場合は、動かすことによってエネルギー消費が格段に大きくなりますが、思考の場合はどうでしょうか。神経細胞は維持するだけでもかなりのエネルギーを使いますから、そのあたりも考える必要があるかもしれませんね。そのあたりを調べてもう少し定量的に議論ができるとよいレポートになると思います。
Q:今回の講義で、紅葉した葉は光合成をしないと教わった。なぜ、すぐに落葉せずに、光合成しない葉をつけているのだろうか。その理由を考察することにした。葉の液胞にアントシアニンがたまることで、葉が赤く染まる。そうなることで、虫などに食べられることを防いでるのではないかと考えた。ヤドクガエルのように、体の色を派手にする警戒色のように、葉も紅葉することで、他の生き物に対して警戒を示しているのではないかと考えた。また、紅葉し、すぐに葉を落とさないようにすることで、紫外線などから、その植物の枝や幹を防いでいると考えられる。紅葉せずに、すぐに葉を落としてしまうと、その植物の枝や幹がむき出しになってしまう。すると、有害物質が植物内で生成されたり、成長が阻害されたりなど、不利益なことが起こってしまう。しかし、紅葉することで、紫外線などから枝や幹を守ることができ、植物の中で有害物質が生成されたりなどの、植物にとって負の影響が引き起こされることを防いでいると考えられる。
A:紅葉しない植物もたくさんあることを考えると、もし、紅葉することが有利ならば、多くの植物がなぜ紅葉しないのかの説明が必須です。また、ここでは、2つの仮説を提出していますが、それらの相互の関係や、優劣についても、きちんと議論した方がよいでしょう。
Q:色素についての話があり考えたのが、植物の葉の色はどこまで多様になりうるのだろうということだった。通常植物は葉の光合成色素で光合成をしており、光合成しないと生きられない。したがって、吸収できる色の光があれば葉は光合成できて植物は生育可能ということになる。太陽の可視光から考えると赤、橙、黄、緑、青、紫色の葉は自然環境下でも存在するのではないかと考えられる。また、複数の色素を組み合わせたらあらゆる色の葉が存在する可能性はある。しかし実際は、それほど多様に存在しているとは考えられず、青色の葉なんかは殆ど見られない。その原因として考えられるのは、光合成するのに不利である、つまり光量が少ない、または色素の生成が難しいという点である。色素の生成は光に合わせて作られると考えられると思うので、光が青色の葉では光合成が厳しいというのが大きいと考えられる。そうなると、人工の青色光を当てて青色での光合成が優先される環境を作れば青色の葉を生み出すことができるのではないかと考えた。
A:光合成色素と葉の色については、植物生理学IIで詳しく説明する予定です。最後の部分だけはちょっと恥ずかしいですね。青い光で光合成をする植物は、青い光を吸収しているはずですから、反射はされなくなります。したがって、葉の色は青ではなく、青の補色になるはずです。
Q:今回の授業で多くの品種改良された植物が出てきた。その多くが見た目に特化したもので、紫キャベツは濁りのない色にするために色素の組み合わせを変えることで作られた。紫キャベツにはアントシアニンという色素が存在し、pHの変化によって色が変化する。このことを利用して紫キャベツを私の好きな色であるピンク色にすることができるのではないかと考えた。アントシアニンは実験に多く活用されており、酸性条件下では赤色、アルカリ性条件下では青色を呈色する性質を持つ。ピンク色は赤色を薄めるか白色を加えることによって呈色される。そこで紫キャベツの育成環境を酸性下にすることによって赤色のキャベツが育成できると考えられる。その際キャベツには水分が多く存在しているため、自然にピンク色に見えると考えられる。白色を加えることを考えると、そもそも白色に見える花は気泡に光が反射することによって白く見えているだけである。授業で学んだように、気泡が存在するとその下に存在する色素も人間の目には見えなくなってしまう。
よってピンク色のキャベツを作ることは生育環境を酸性条件下にすることで可能になるのではないかと考えた。
参考文献 http://www.naro.affrc.go.jp/archive/flower/kiso/color_mechanism/contents/white.html
A:「紫キャベツは濁りのない色にするために色素の組み合わせを変えることで作られた」とありますが、生化学Iの講義の中で、真核生物がオルガネラを持つことの一つの意義として、細胞内を区画することにより、複数の異なる条件において生化学反応を進める、という話をしたと思います。逆に言えば、単に植物の生育環境を酸性にしたからといって、細胞の中の特定のオルガネラのpHがどうなるかを予想するのは難しいことになります。そのあたりをもう少し考える必要がありそうですね。
Q:今回の授業ではムラサキキャベツやコリウスを例から葉の色と光合成の関係について学んだ。コリウスの葉が紫色の部分、緑色の部分問わず光合成を行っていたことに対して、ムラサキキャベツは光合成を行っていなかった。これに対して授業ではムラサキキャベツは生育時には外葉がついていて、外葉で光合成を行っている可能性があると結論づけられた。さて、この結論を踏まえるとキャベツはなぜ結球内の葉にも葉緑体を蓄えているのか疑問として挙げられる。ムラサキキャベツの例から外葉の光合成のみでエネルギーの補填が可能と推測される。光が当たりにくい結球内の葉に葉緑体を作ることはキャベツにとってコストがかかる行為である。これについて考察を行う。まずはキャベツが少しでも有利にエネルギーを稼ごうとしているという仮説だ。植物の中にも果実で光合成を行う種がある。それは繁殖を有利にするためコストを軽減させている。キャベツも結球内から花がでるので、結球が広がり花を維持させる時のエネルギーを稼いでいるとも考えられる。つまり、キャベツの方がムラサキキャベツよりも繁殖力が強いと考えられる。これを証明させるためには対照実験を行えばよい。キャベツとムラサキキャベツを日照、温度条件を固定する。次にキャベツに適したpHの土壌、ムラサキキャベツに適したpHの土壌でそれぞれ2パターン栽培し、収穫される種子の数、花の開花数を比べれば繁殖力を比較できる。さらにムラサキキャベツに適したpHの土壌でキャベツを栽培した際にキャベツの葉にアントシアニンが観察できれば、ムラサキキャベツの葉の変色と土壌の関係を示せると考える。
A:考察はまあいいように思いましたが、実験の方はあまりピンときませんね。土壌のpHは植物に様々な影響を与えますから、例え変化があったとしても、それがどのような作用によって引き起こされたのかを議論することは難しいように思います。
Q:ヒイラギの古木の葉には鋸歯があまりみられないのは、葉が茂る高さが上がることにより、草食動物に食べられるリスクが減るからだと学習した。この原理には納得したが、そもそも鋸歯をなくすことのメリットはどこにあるのだろうか。成長の過程で鋸歯をなくすメリットというのはそもそも存在するのだろうか。植物が生きていくうえで、大切であると考えられることは大きく分けて以下に示す3点である。①他の生物から身をまもること、②代謝の効率を上げること、③器官の生産効率を上げること。この3点に関して、それぞれ鋸歯をなくすメリットが存在するかどうかを検討していく。
①に関して、ここではヒイラギの敵となる草食動物と害虫について考える。草食動物は、授業でも学習した通り、樹木の高さによって対策をしているし、さらには鋸歯をなくすことによって食べられるリスクまで生んでいる。また、害虫に関しては、鋸歯があるかないかに関わらず、食べられるリスクが考えられるので、鋸歯をなくすメリットはこの観点からはないと考えられる。次に、②に関して考える。代謝促進の観点から、鋸歯がないことによって得られる変化は2つある。1つは光合成の範囲が広がるという点である。ただしこれは鋸歯の先端の部分(一番広い部分)に新しい葉の端が出来ると仮定した場合である。葉を合成する際に、もし葉身の長さ等でおおよその葉の大きさを決めているとしたらこれは有効であるが、葉に使える組織の面積が広がらないのであれば、この考えは無効である。さらに葉の合成に使用できる組織の量が多いのであれば、それは鋸歯があった場合も同じように葉の面積を広げると考えられる。そして、植物自体の利益を考えると後者の方が考え易い。2つ目に考えられる変化は、代謝産物の輸送に関する変化である。鋸歯があるときよりも、ない時の方が輸送は行いやすいと考えられる。皿洗いをするときを想像してほしい。お弁当箱のような角があるものよりも、スープ皿のような角がなくて丸いお皿の方が洗いやすい。同様に、鋸歯がある葉よりも、鋸歯がない葉の方がより全体に産物などがいきわたり、無駄なエネルギー消費が少ないのではないだろうか。最後に③について考える。もし③の観点からもメリットがあるとしたら、鋸歯のない丸い葉の方が、生産が行いやすいということになる。ここで、鋸歯の有無による生産時の違いについてカルロス・エレーラ(Carlos Herrera)氏は以下のように述べている。「ヒイラギの場合、トゲのある葉のDNAはトゲのない葉に比べて著しくメチル化の度合いが低いことが判明した。このことから、葉の形態に変化をもたらす根本の原因は、メチル化の違いであると推測される」* しかしこれはメリットとは言えないと私は考える。DNAのメチル化修飾行うということは、しない時よりもエネルギーを利用することになり、これはむしろデメリットであると考えられる。以上、考えてみるとデメリットは多数あると考えられる。それでも葉の形を変形させて鋸歯をなくすのは、代謝産物の輸送がしやすくなるというメリットを優先させるためであると私は考えた。
【参考文献】*カルロス・エレーラ,『ヒイラギの葉、トゲ発生の仕組みが判明』,ナショナルジオグラフィック,更新日付:2012年12月21日,https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/7282/,(参照2021年5月15日)
A:講義の一番最初に、日本語では同じ「なぜ」に、「How」と「Why」という全く違う意味があることを話したと思います。とげをなくす「理由」は「Why」ですが、メチル化の話は「How」です。議論するときには、そこを区別することが重要です。