植物生理学I 第10回講義
植物の花、花芽形成とABCモデル
第10回の講義では、植物の花を取りあげ、花芽形成のメカニズムと花器官の成り立ちについて解説しました。以下に、質問とそれに対する回答を掲載し(この部分はMoodleと重複します)、また7つのレポートとそれに対するコメントを掲載しておきます。
講義に対する質問と回答
Q:スイレンの花は、なぜ連続的な構造になるのでしょうか。
A:メカニズムとしては、ABC遺伝子の発現が徐々に替わるという説明をしましたから、ここでの「なぜ」は、そのメリットは何か、ということだと思います。被子植物の多くは、ABC遺伝子の発現が明確に切り替わっていますから、むしろその方が、花の構造を単純にすることが可能でメリットが大きいのでしょう。そうすると、スイレンの場合は、無駄をしているように思われます。これについては、僕にも明確な回答を与えることができません。
提出されたレポートの7つの例とそれに対するコメント
Q:「花芽形成とABCモデル」の講義から、花成を誘起するフロリゲンが機能する仕組みとして、FTやFD、AP1といった遺伝子が関わっていることを学び、日長やFT遺伝子は葉で認識や発現されるなど、花成と葉の日長情報の感知機能の関わりを学んだ。葉では、日長情報の感知やフロリゲンの産生が行われるが、葉以外の場所でも花成に関与する機能を備えているのではないかと考えた。葉と茎頂の光条件と花成反応の実験では、葉を短日条件にすると花を咲かせたが、短日植物の葉を全て切り落とし、茎だけにして短日条件にした場合では、フロリゲンによる花成システムから考えると花芽は形成されないはずだが、これはフロリゲンの産生の問題か移送の問題か疑問が残る。葉の有無が花成に関わるかを考えるため、実際に葉がない植物を探してみた。ルスクスヒポフィルムは、葉が鱗片状に退化し、葉の代わりに葉状枝と呼ばれる枝が変化したものが発達しており、葉状枝の両面には7~8mmと非常に小さい花を咲かせる。花成する理由を推測すると、一つ目は、葉状枝が葉としての機能を獲得したことで日長を認識し、FT遺伝子を発現させている。二つ目は、鱗片状の葉が日長を認識し、FT遺伝子を発現させている。三つ目は、鱗片状の葉が日長の認識、葉状枝がFT遺伝子の発現あるいはその逆を行っている。しかし、切り花にしたルスクスヒポフィルムは、鱗片状の葉は枯れていても、葉状枝に花をつけることが見られるため、2つ目、3つ目の可能性は低いと考えられる。したがって葉を付ける多くの植物では、花成に必要な日長の認識やFT遺伝子の発現する場所として主に葉であるが、茎や枝といった葉以外の部分でも認知や発現する仕組みが備わる可能性があると考えた。
A:ルスクスヒポフィルムという植物を僕は知りませんでしたが、サボテンについては、複数のレポートが取り上げていました。ここで問題なのは、切り花での観察の場合、「花をつける」というだけでは、開花をしたことになっても花芽分化をした証明にはならないという点です。講義でも説明したので、そのあたりをもう少し区別して考えるとよいでしょう。
Q:今回の講義で植物の花は虫を花粉の媒介者として利用するために鮮やかな色をしていることを学んだ。植物の花の色の話題を聴いたときにSNSで透明な花の写真を見たことを思い出した。調べてみるとその植物はサンカヨウという名前で通常白い花が水に濡れると透明になり、濡れた花が乾くとまた元の白色に戻る性質があり、朝露で濡れている早朝には綺麗な透明な花を見ることが出来ることを知った。(1)身の周りにも白い花はあるが水に濡れて透明になる性質を持つ花はないため、サンカヨウの花が水に濡れて透明になる性質には常に白い花と比べて何かメリットがあるはずである。透明な色の花の虫を惹きつける効果は綺麗な色の花と比較して弱いと考える。しかし、あえてこの白い花や透明な花に変化する性質を持っているということは、サンカヨウは花の色の変化によって虫を惹きつける効果を使い分けているのではないのだろうかと考えた。朝露が付く深夜から夜更けにかけては日中と比べて気温が低い。変温動物である虫は気温の低い時間帯では活動性が下がってしまうと考える。また、雨が降っているときにも気温が下がるほか、小さな虫には気門が水でふさがることによる窒息死のリスクがあるため晴れているときよりも活動範囲が狭くなってしまうと考える。よってサンカヨウの花が水に濡れるときは朝露が発生し始めるときと雨が降ったときであり、気温が低く虫の活動性が低いときであると考える。仮にサンカヨウが気温の低い時間帯に白い花の状態であるとすると、白い花に惹きつけられた虫の体に花粉が付着しても、気温が低く虫の活動範囲が狭い時には他のサンカヨウの個体がある場所までの虫の移動は起こりにくく、付着した花粉は無駄になってしまうと考える。サンカヨウは日中で晴れていて気温が高く虫の活動範囲が広いときに白い花で虫を惹きつけて花粉の媒介の効果を高めており、花が多量の水分を感知するとき、つまり気温が低く虫の媒介能力が低いときには花を透明にして虫を惹きつけないようにしているのではないかと考えた。
A:このサンカヨウも僕は知りませんでした。特定の条件でだけ色を変えて花粉媒介者の行動を制御している、という考え方は面白いと思いました。
Q:青いバラは自然界には存在しないという話があったが、アジサイやネモフィラなど青い植物は自然界にもある。バラの花がなぜ青ではないのか考察する。まず講義で挙げられた花色の決定因子である①色素②液胞のpH③金属錯体の形成、の3点について、バラと青い花を持つ植物を比較して考える。①について、多くの青色の花を持つ植物はデルフィニジン型アントシアニンを持つが、バラはデルフィニジンをつくるための酵素F3’5‘Hの遺伝子持っていないため、そもそもこの青色色素を合成できない[文献1]。デルフィニジンを持たずして青色を呈する植物もあるので、バラではどうか、②③の観点で考えてみる。②については、アサガオなどのようにアントシアニンの組成は変えずに、液胞内のpHをアルカリ性に変化させることにより青色を作り出せる植物もある[文献1]。アサガオの花弁細胞のpHは、花弁が赤紫色のときは約6.6、青色のときは7.7に上昇するが、バラのpHは3~4[文献2]と低く、アルカリ性にするにはアサガオよりもpHの上げ幅が大きくエネルギーを多く要すると考えられる。そのため、青色にする明確なメリットがなければ青色にする労力を避けるべきだと考える。③に関しても、ヤグルマギクのように、デルフィニジン以外のアントシアニジンが鉄やマグネシウム、カルシウムなどと金属錯体をつくり青色を形成する[文献1]植物もあることがわかっている。植物は必要な金属栄養素を土壌に張った根から得ているが、金属栄養素は水に溶けにくい状態で土壌に存在するため、特別な物質を分泌するなどの工夫が必要である[文献3]。よって②と同様、バラにはその労力に見合うメリットがないため、わざわざ金属イオンを取り込んで青色の花を形成しなかったと考えられる。では、ここまで労力を使って青色の花びらを持つ植物がいるのはなぜか。被子植物は虫や鳥などに受粉を媒介してもらうため、花の色は花粉媒介者へのアピールとして重要だと推測できる。ハチは紫色を好むため[文献3]、それに似た青色の花を持つことでハチにアピールしている可能性は考えられる。バラは、青色以外の色を好む虫や鳥に受粉を媒介してもらうことで繁殖できたため、複雑な仕組みやエネルギーを要する青色は選択しなかったと考えられる。
文献
1.農研機構、花の色のしくみ、http://www.naro.affrc.go.jp/archive/flower/kiso/color_mechanism/index.html (最終閲覧2020/07/18)
2.日本植物生理学会、青いバラの変色について、2008.、https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=1770 (最終閲覧2020/07/18)
3.東京大学、植物の生育に必要な金属輸送に関与するタンパク質の発見、2015.
A:これは、きちんと考えていて面白いのですが、この結論だけを考えると、青は損で、そうするとハチを花粉媒介者にするのは損で、そうするとだんだんハチとそれを花粉媒介者に使う植物が減っていきそうに思えますが・・・。
Q:講義に登場した、着生ランの一種であるAngraecum sesquipedaleと、蛾の一種であるXanthopan morganiについて考察する。この2種は、30 cmを超す距を持った着生ユリと、それと同等の長さの口吻をもった蛾の共進化の例として知られている。私は、なぜこのような共進化を遂げたのか疑問に思った。というのは、共依存とでも言えるかもしれないが、もし何らかの環境的な要因でこのどちらかの種がその地域からいなくなった場合に、共進化を遂げたもう片方の種も子孫を残せなくなると考えられるためである。例えば百花蜜というものがあるように、一般的には花粉を運ぶ虫は多くの種類の植物から蜜を吸っているし、虫媒花も一つの種類の虫に頼っているわけではない。そうすれば、何か一種類の植物や虫がその場所から姿を消したとしても、それを頼りにしている植物や虫も一緒に絶滅することはないからであると思われる。私はこの理由について、マダガスカルという地理が関係しているのではないかと考えた。マダガスカル島は、「ゴンドワナ大陸から1億6千万年前に分離」(1)しており、乾燥林から熱帯雨林まで存在する非常に植生の多様な島である。また、マダガスカル島には「地球上他の地域には存在しない、8つの植物種、4つの鳥類、5つの霊長類が住んで」(2)いるほど、動物の種類も多様である。したがって、島内での生存競争は激しいと推測できる。蛾のほうは他の蛾や蝶が吸えないような蜜を確保する必要があるし、花のほうも蜜だけ吸われないようにする必要がある。一方、共進化を遂げなかった植物や虫の方も他の虫や植物との競争がある。つまり、生存競争の激しい場所になると、このような一見厳しいように思える戦略の選択をする生物も、他の生物と同様に生き残っていくのだと考えられる。実際には、植物や虫が「こういう戦略でやっていこう」と考えているわけではなく、たまたま共進化した生物が生き残っているというだけなので、共進化を遂げたことによって絶滅した種もあるだろう。しかし、生存競争の激しさと生物の多様性には一定の相関が考えられるのではないかと思う。
1.Conservation international. アフリカ・マダガスカル. 閲覧日2020/07/17、https://www.conservation.org/japan/biodiversity-hotspots/africa-madagascar、2.同上
A:このランとガの共生関係については複数のレポートで取り上げられていましたが、生存競争との関係を論じている点で、比較的独自性があったので、ここに紹介することにしました。
Q:被子植物の中には閉鎖花(花を開かずに自家受粉を行う)を形成する種がある。閉鎖花形成は確実な受粉と開放花形成のエネルギー節約ができる一方、遺伝的な多様性が失われているため、これを採用する種は少ない。確かに閉鎖花のみをつける種において遺伝的多様性を失うことは大きな問題になことはわかる。しかし閉鎖花と開放花の両方を咲かせる場合、この両方のメリットを享受できるのではないかと考えた。そのため閉鎖花と開放花の両方を咲かせることが何故被子植物におけるスタンダードにならなかったのか考えた。そもそも閉鎖花と開放花を両方形成する種での、閉鎖花の役割はなんなのか。タデ科植物ヤマミゾソバ、ミゾソバ、ヤナギタデを比較した研究では「閉鎖花の役割は, 通常花の稔実率が低い場合の補償が主である」[i]とされている。よって閉鎖花と開放花の両方を咲かせる場合、この両方のメリットを享受できることがわかる。閉鎖花を形成する種は限定されているが、閉鎖花が特定の条件(生息地の気候等)によってのみ生じるのか調べてみた。複数の種の生息地を調べてたところ種によってバラツキが大きかった。湖畔など、水位変動に伴う生息期間の大幅な変化が見られる場所に生息する種(コカイタネツケバナ)[ii]がある一方、道端や乾いた向陽地に生息する種(ヒナキキョウソウ)[iii]もあった。よって特定の生息条件が揃うと閉鎖花をつける、という訳ではないことがわかった。一方アリを用いたホトケノザの実験[iv]より、閉鎖花をつけることは環境適応であることがわかる。したがって閉鎖花が、種にかかわらず特定の条件があるときに生じる環境変化ではなく、単に適応方法の1つであると捉えられる。各植物種はそれぞれ虫媒、風媒などに適した形態に進化していっているが、他者の存在によってのみ成り立つ受粉方法を採用している限り、いくら自身を進化したところで、他の要因によってその受粉率が低下する可能性はなくならない(例えば虫の減少、気候)。現在採用している媒介方法を進化させることだけに注力するのも良いが、これには限界があるのではないかと感じた。これらより両方のメリットを享受できる閉鎖花、開放花をつけることはやはり理想ではないかと考えた。現在はスタンダードになっていないものの、それは進化の途中だからであり、今後閉鎖花、開放花の両方をつけることが一般的になっていくのではないかと思った。
[i] 平塚明、「閉鎖花を持つタデ科植物の比較生態学的研究」(1986年)file:///Users/shimamotokoyomi/Downloads/S2S610819%20(1).pdf
[ii] 森長真一、「花の適応進化の遺伝的背景に迫る:「咲かない花」閉鎖花を例に」、日本生態学会誌57:75-81(2007)、https://www.jstage.jst.go.jp/article/seitai/57/1/57_KJ00004593546/_pdf
[iii] 「三河の植物観察 ヒナキキョウソウ」、http://mikawanoyasou.org/data/hinakikyousou.htm
[iv] 寺西 眞, 鈴木 信彦, 湯本 貴和、「開放花・閉鎖花を同時につけるホトケノザ種子の分散-アリによる種子散布の効果」、日本生態学会大会講演要旨集、https://www.jstage.jst.go.jp/article/esj/ESJ52/0/ESJ52_0_530/_article/-char/ja/
A:閉鎖花の話も複数のレポートで取り上げられていましたが、比較的幅広い視点から論理を展開している点で、このレポートをここに紹介することにしました。
Q:授業内で青いバラについての話があり,私は小学生のころ理科の先生に言われたうんちくを思い出した。それは,「青い花が少ないのは,空の色と同じにすると虫の視点からでは見つけにくいからだ。ツユクサは青いが,それはツユクサが咲く梅雨の空の色は曇っていて白いからだ。」というものだった。当時の私は浅はかに納得してしまったのだが,この話の矛盾点を指摘して,私なりにツユクサが青い理由を考える。まず,青い花が咲くのは梅雨だけではない。たとえばキキョウやリンドウは紫色だが秋に咲く花である。またツユクサを媒介する虫は,上から飛来してツユクサを見るはずであり,空と同化してしまう視点から常に花を見るとは思えない。ここでツユクサの生態について説明すると,ツユクサは朝に花を咲かせて午後にはしぼむ花として知られており,その開花時間の短さを補うために,多数の繁殖戦略を持っている。その中には閉鎖花,自家受粉といったものがあるが,特に私が注目したのは,6本のおしべのうち2本が花粉を持っておらず,虫を惹きつけるためのものであるという点である。写真を見るとその2本は柱頭がπのような形をした,黄色い特徴的なおしべである。つまりツユクサは花弁とは別に虫を引き寄せる構造を持っており,しかもその色は花弁とは異なっている。ここから,青い花弁はこのおしべを際立たせるためにあるのではないかと考えた。ハチやアブは近紫外光も識別しており,人間の色彩とは異なる。そのため実際にどのような色に見えているかは不明だが,別の色素を発現しているということは,ハチやアブの目にもコントラストがあるように映っているのではないかと推測した。よって青い花弁によって黄色の飾りおしべとのコントラストを生んで目立たせることが,短い開花時間に虫を引き寄せるためのツユクサの戦略の一つであると考えた。
A:色だけではなく、コントラストが重要であるという視点が面白いと思います。
Q:今回の花と昆虫の関係性に関連して、花の見え方はヒトの眼と昆虫複眼とでは見え方が違うということを思い出した。例えば、タンポポの花はヒトには黄色に写るが、昆虫の眼を模した紫外線撮影では、中央が「色」があるがその周辺は「色」がないといったものがある。実際、ヒトの可視光の範囲が400 ~ 700nmなのに対し、昆虫は紫外領域(250~400nm)である。(本多健一郎光に対する昆虫の反応とその利用技術, https://www.jstage.jst.go.jp/article/sobim/35/4/35_233/_pdf 参照 2020年7月18日)ここで浮かんだ疑問として、花の色が昆虫を誘引するためであるならば、なぜ昆虫にとっての不可視光領域波長の色を付けるのかという点である。しかし、調べてみると同文献のミツバでは、色受容細胞3種について紫外と青、緑の波長にピークがあるといった内容が書かれていた。つまり、紫外線だけではなく一応可視光線も視認できるということである。よって、昆虫の視力がヒトでの0.01しかない(神崎亮平, 昆虫の力が先端テクノロジーと融合する, https://imidas.jp/jijikaitai/k-40-072-11-11-g420 参照 2020年7月18日)である点などから、私の考えた仮説は以下の通りである。昆虫はまず各種色受容細胞の重なる可視光の方が比較的視認できるため、視力が悪くても可視光の色を大まかに識別することで、花の位置を感知している。そして、花に近づき紫外線を感知できる距離になると、紫外線によって花のどこに花粉や蜜があるのか、詳細に知ることができる。このように、花が可視光線と紫外線の2種類を使い分けることで、効率よく昆虫を利用していると考えられる。
A:同じ視覚でも、可視光と紫外光では、必要とするステップが異なるという視点が面白いと思いました。