植物生理学I 第6回講義
導管と植物の分布、植物と温度
第6回の講義では、エンボリズムの回避と高い光合成の間でトレードオフが生じる結果、導管系の違いによる植物の分布の差が生じるメカニズムとして解釈できるという話と、温度を制御する仕組みを持つ植物が植物の話を紹介しました。以下に5つのレポートをピックアップしてそれに対してコメントしておきます。
提出されたレポートの5つの例とそれに対するコメント
Q:授業で、針葉樹などの裸子植物は仮道管を持つからエンボリズムを起こしにくく、緯度が高い地方に多く分布する一方、常緑広葉樹などの被子植物は導管と木部繊維を作ることで強度維持と水の輸送を分担させて導管を太くし輸送力を上げている代わりにエンボリズムが起きやすくなっていると説明があった。また、落葉広葉樹には緯度が上がっても導管径に変化がないとのことだった。ここで疑問になったのは、裸子植物から被子植物が進化したわけだが、裸子植物のうち緯度の低い地域に存在する種の一部から常緑広葉樹が生まれ、そこから落葉広葉樹が進化して現在の分布になったのか、それとも裸子植物から常緑広葉樹と落葉広葉樹がそれぞれ別々に進化して現在のような分布になったのかということである。まず、前者について検討する。緯度が低い地域は、単位面積当たりの地表面が受け取る太陽エネルギー量が大きく蒸散はさかんに起きるため、吸収する水の量が多くなり、導管を太くして流量を増やす必要が出てくる。その結果が導管と木部繊維による役割分担であり、被子植物の形態である。また、被子植物は胚珠が子房に包まれているが、これは胚珠を高温、もしくは直射日光にさらさないようにした結果と解釈すれば、被子植物が導管と木部繊維を持っていて、かつ胚珠が子房に包まれていることを説明できる。落葉広葉樹は、この常緑広葉樹の分布を高緯度の地域へ拡大していくうちに冬場に落葉するように進化した結果、より高緯度でも適応できるようになって現在の分布になったと考えられる。次に、後者について検討する。中緯度付近では、夏場は単位面積当たりの地表面が受け取る太陽エネルギー量が大きいが、冬場は温度が低くなりエンボリズムが起きやすくなる。夏場はできるだけ有利に生育し、冬場は春が来るまで耐えられる最低限の状態に進化したところ落葉広葉樹が誕生したとすれば説明はつく。低緯度地域では前者の常緑広葉樹と同様である。しかし、後者の考えだと、異なる複数種の裸子植物がより有利に生育するために仮道管から導管と木部繊維に分けるという収斂進化をしたということになり、やや難があるように思われる。このことから、前者が正しいのではと予想できる。
A:講義に絡めて植物の進化の道筋を考えていて面白いと思います。考え方はきちんとしてこれでよいと思いますが、実際には導管の獲得は複数回おこっていて、一種の収斂進化が一部の植物では見られます。
Q:今回は導管と植物の分布、そして植物と温度について学んだ。特にザゼンソウは雌蕊の期間において恒温性を維持する特殊な性質があり、生殖細胞の形成や機能に大きくかかわっていることを知った。またいろいろと調べると授業内で紹介されたセイタカダイオウ、トウヒレン、ザゼンソウにおいて花は悪臭を放つという記述が見受けられた。つまり発熱と悪臭は強い関係が存在することが言える。そこで今回は温室植物に関しての発熱と匂いの考察をしていきたいと思う。温室植物の苞葉内部は「多数のハエが入り込み、花粉媒介にかかわる」1)とある。冷涼な環境では、植物にダメージがあるのと同じように花粉の媒介者である昆虫にも行動的損害が生じる。すると行動できる昆虫の中で比較的寒さに強いハエの割合が大きくなる。ゆえに温室植物はハエを媒介者とする受粉様式をとるように進化したと考えられる。また匂いはおそらくラフレシアなどと同じように細菌による発酵や腐敗によるものであろう。これにはには水分が必要となる。ここで私は、「温室植物にみられる花序を包む構造は発熱と連動して蒸散させた水分を逃がさないようにし、花の匂い物質の産生を促進する役割もある」という仮説を提案する。検証するにあたってまずは花の周囲の水分量や湿度がどうなっているのかを測定したいところである。明らかに一般的な花より湿度が高いなどの特徴がみられれば何かしらは関係してそうである。また水分と匂い物質の産生の相関を確かめるためには花からサンプルを採取し、そのまま乾燥させていったものと湿度を一定に保ったもので時間を横軸に、細菌の増加率や匂いの元となる化合物の濃度を縦軸にプロットし、また後者ー前者のデータが横軸に対し正の値もしくは広義の比例がみられた場合仮説は正しかったと言えよう。
(1)土田勝義、「極地・高山ツンドラと植物の生存戦略」:『朝日百科 植物の世界 13』、(1997)。p.226-229
A:面白い仮説を提出していてよいと思います。仮説のあと、すぐに検証実験の提案になっていますが、間にもう一段、自分の仮説を補強するような論理を何でもよいので一つ入れることができると、ぐっと説得力が出ます。この場合、そのような論理を考えるのはそれほど困難ではないように思います。
Q:今回の授業では、ヒマラヤの温室植物について学習したが、授業を受けて、なぜ温室植物は、わざわざ温室を形成しなければ繁殖できないような、ヒマラヤという過酷な環境で生息しているのかという疑問が湧いた。そのため、ヒマラヤという過酷な環境で生育することで得られるメリットについて考察してみた。まず、思い浮かんだ点として、ヒマラヤは競争種が少ないという点が挙げられる。セイタカダイオウの生育するヒマラヤは、植物の生育にとって過酷な環境であり、セイタカダイオウと資源や太陽光を巡る競争をする種は少ないと考えられる。実際に、セイタカダイオウがヒマラヤで生育している画像をいくつか検索すると、いずれにおいてもセイタカダイオウの周囲には、同種他個体以外に、植物種としては、せいぜい低い草本類しか見られず、セイタカダイオウと光を巡った競争をしているような植物種は見られなかった。また、ヒマラヤは山岳地帯であることから、セイタカダイオウの生息地が急斜面であり、平坦な土地よりも種子を遠くへと散布できることもメリットとして挙げられる。そのため、セイタカダイオウは、エネルギーと資源を、わざわざ温室を形成するための葉へと分配することで、ヒマラヤという特異的な環境で、他の植物種との競争と、繁殖という2点において、優位性を獲得しているのだと考えられる。
しかし、ヒマラヤで生育することによるデメリットも挙げられる。例えば、山岳地帯であるヒマラヤは周囲に大きな構造物はないため、風が吹いた場合には、セイタカダイオウの花序が成長した個体は大きな空気抵抗を受け、倒れてしまうのではないかと考えられる。実際、セイタカダイオウの若い個体が、ロゼット様の形態をしているのも、ヒマラヤの風による空気抵抗を受けにくくすることが目的と考えられる。仮に、成長した花序を持つセイタカダイオウが風を受けて倒れた場合、温室を形成する葉の一部が欠損して十分に機能しなくなり、そこから温かい空気が流出してしまい、わざわざ温室を形成するための葉に使用した資源とエネルギーが無駄になってしまう可能性がある。そのため、そのような事態を防ぐような、なんらかの風の空気抵抗を減らす工夫がセイタカダイオウにないか考察した。
そこで、先ほどと同じように、セイタカダイオウの生息している環境の写真をいくつか検索し観察したところ、セイタカダイオウは、ヒマラヤの斜面に点在しているのではなく、同種他個体と比較的まとまって生育していることが読み取れた。このことから、セイタカダイオウは、なるべく、同種他個体でまとまり、動物でいう「群れ」のような集団で生活することで、少しでも風の影響を少なくして、ヒマラヤという過酷な環境で生育できているのではないかと考えられる。(正確に言うと、セイタカダイオウの「群れ」から離れた個体は、周囲に互いに風の影響を軽減するような同種他個体が存在しないため、十分に繁殖できず、淘汰され、結果的に「群れ」が形成されたといった方が、脳を持たない植物が「群れ」を形成している理由としては適切だと考えられる。その場合、前述した、セイタカダイオウがヒマラヤに生育するメリットとして挙げた「種子を遠くまで移動できる」という点はそれほどメリットではなくなってしまうが、種子がまとまって、それぞれの種子が近い地点に散布されれば、新たな「群れ」が生じるため、少なくとも、種子が遠くに散布できるという点がデメリットになることはないと考えられる。)
A:最後の「群れ」のアイデアは非常に面白いと思います。このようなアピールポイントがある場合は、あまり余計な論理を展開せずに、そこに集中したほうがインパクトが出ます。最初の2/3の部分は、もう少し圧縮して、「群れ」を引き出すイントロのように書くと、より良いレポートになると思います。
Q:今回の講義では、導管径が冬季のエンボリズムを回避するのに重要な要素であることを学んだ。導管径が大きいほど通導性は上がり生育には有利だが、凍結によるエンボリズムのリスクは高くなる。この2点はトレードオフの関係のあり、これが植物の分布にも影響しているということだ。ここで私は、このエンボリズムのリスク回避という点において、樹高も大きな要素になりうるのではないかと考えた。樹木の場合、樹高が高くなると導管での輸送が長距離となることで通水抵抗が増し、さらに重力による静水圧によって水の輸送は制限される(参考文献(1))。つまり、樹高が高いほど導管での輸送は困難となり、エンボリズムも起こしやすいと考える。では、エンボリズムを避けるため樹高が低いほうが良いかというと、他の種との競争を考えた際、光獲得という点においては樹高が高く他の種より高い位置に葉をつけたほうが有利と言える。これはまさに講義で紹介されていた、導管径とエンボリズムのリスクのトレードオフの関係と似ていると考えた。つまり、樹高が高い種のほうがより多くの光を獲得できるため一般には有利と言えるが、エンボリズムが起きるような環境に晒された際、樹高が高い程エンボリズムを起こしやすく枯れてしまい生き残れない種があるということである。ここから推定される植物の分布についてだが、水の供給が十分にありエンボリズムを起こしにくい環境では樹高の高い植物が、水の供給が少ない乾燥した地域では樹高の低い植物が分布するのではないかと予想する。
(1)石井弘明・東 若 菜・新良貴歩美・黒田慶子 高木の通水構造と機能 日林誌(2017)99: 74-83
A:一つのトレードオフの概念から、別のトレードオフの概念につなげたところが、このレポートのみそでしょう。うまい展開だと思います。樹高に注目したレポートには、これ以外にも面白いものがありました。
Q:今回の講義では、葉で花を包むことで低温環境に耐えるセイタカダイオウや、自ら発熱するザゼンソウについて学んだ。私はザゼンソウが、セイタカダイオウをはじめとするような温室植物の「葉で花を覆う」というという機能を有していれば、体温の維持にかかるコストが少なくて済むのではと考え、なぜザゼンソウは肉穂花序を剥き出しにしたまま発熱を行うのか疑問に思った。ここで、講義で紹介されたセイタカダイオウの温度変化のグラフを見ると、セイタカダイオウの内部は外気温に比べて一日の温度の変動が大きくなっているということに気がついた。これより、もしザゼンソウなどの発熱植物がセイタカダイオウのように半透明な葉で肉穂花序を覆うというような形状をしていた場合、覆われた空間内の一日の温度変化が大きくなるため、体温を一定に保つためには細かく温度センシングを行いその都度発熱量を調節する必要が生じてしまうと考えられる。よって、ザゼンソウは発熱をすることそのものコストでななく、発熱量を調節しながら発熱することに対するコストを削減するために、温室植物のような形状をしていないのであると推察される。
A:発熱兼温室植物がなぜ存在しないのか、というアイデアはユニークでよい問題設定だと思います。答えはシンプルですが、短い中で論理がきちんと展開されていると思います。