植物生理学I 第5回講義
導管と水ポテンシャル、導管の構造と形成
第5回の講義では、水ポテンシャルの観点から植物の中の水の移動を考え、また、導管要素が分化するメカニズムについて解説しました。以下に、質問とそれに対する回答を掲載し(この部分はMoodleと重複します)、またいくつかのレポートをピックアップしてそれに対してコメントしておきます。
講義に対する質問と回答
Q:講義の中で、道管になった細胞の周りの細胞は道管になりやすいという説明がありました。これは、すでに道管になっている細胞から、なんらかのホルモンなどが分泌されることによると予想しました。疑問に思ったのは、道管になる細胞というのは細胞内の液胞が破壊されることによって他の細胞小器官が分解されているはずなのに、どのように他の細胞に影響を与える物質を分泌しているのかということです。細胞小器官が完全に破壊される前に分泌されるという機序であれば説明はつくかと思いましたが、そうすると液胞が破壊されるまでという時間的制限を負いながら道管を作りつづけていく必要が出てくるのであまり効果的な方法とは思えませんでした。
A:これは、このままレポートの前半にできるよい質問ですね。「時間的制限を負いながら」とあって、時間的制限がよくないもののように書かれていますが、その部分の発想を転換したらどうでしょうか。受精卵の発生過程などを見ればわかると思いますが、発生においては、適切なタイミングで適切なトリガーが引かれるということが非常に重要です。それを考えると、実は時間的制限があったほうがよい状況も考えられるように思いますよ。
提出されたレポートに対するコメント
Q:授業では、多くの被子植物の茎や幹には水を運ぶ器官として導管が備わっているのに対し、多くの裸子植物の茎や幹には仮導管が通っており、そのそれぞれの断面の様子を観察した。その際、裸子植物の断面は幹全体に仮導管が通っており強度が引きそうだったのに対して被子植物の断面の方が導管がまとまって存在しているため強度が高そうだと感じた。よってここでは木材利用と導管の関係について調べてみた。
まず、幹を仮導管が通っている裸子植物の木材と、導管が通っている被子植物の幹の木材とではその中の空洞は裸子植物木材の方が大きいだろうとあたりを付け、その気乾比重を調べてみた。すると、裸子植物であるスギは0.38、ヒノキは0.41、アカマツは0.53、クロマツは0.37と、おおよそ0.4~0.5付近のものが多かったのに対し、被子植物であるクリは0.60、ケヤキは0.69、シラカバは0.64、アカガシは0.87と、多くの種類が0.6以上となっていることがわかった。このことから、木材の強度で言えば被子植物の方が高いといえるだろう。また、それぞれの切断面を見た際、裸子植物では仮導管の直径が細いために断面の目が滑らかで肌触りの良い材木なのに対し、被子植物では太い導管が通っているためにその目が粗いという特徴がある。よって、目が細やかで加工しやすく軽い材木が得られやすいのが裸子植物、重く丈夫で強度が非常に高い材木が得られやすいのが被子植物だといえるだろう。これらのことから、スギ・ヒノキ・マツ・イチョウなどの裸子植物系木材はDIY用や小さめの家具などに多く使われ、クリ・ケヤキ・カバ・カシなどの被子植物系材木は建材や大きめの家具などを作るのに使われることが多いのだろう。改めて考えてみれば、ソファや椅子、書棚などでよく使われているヒッコリー・マホガニー・ウォルナットなどは被子植物で、インテリア雑貨や積み木などの子供用おもちゃ、ダイニングテーブルなどによく使われているスギ・ヒノキ・マツ(パイン材)などは裸子植物であり、使い分けがなされていることに気づいた。このように、材木と導管の配置は大きく関係しているのだと感じた。
参考サイト:①「木材の基礎知識 針葉樹と広葉樹」キシラデコール塗装 (最終閲覧日時 2020-06-11-16:48)、https://www.xyladecor.jp/lecture/basic/basic06.html、②「木材の比重リスト」木材博物館 (最終閲覧日時 2020-06-11-16:49)、https://www.wood-museum.net/specific_gravity.php
質問なのですが、道管と師管の表記の仕方が導管と篩管となっているものもあることに気づいたのですが、それぞれそれらに違いはあるのでしょうか?
A:おそらく、実際にこのような順番で考えたのでしょうけれども、1つの文章として考えた場合には、「改めて考えてみれば」の部分を最初に観察として持ってきて、そこから裸子植物と被子植物の材に関する仮説を設定した形にして、そこから調べたデータを紹介して、最後に結論する、という流れにした方が、起承転結がはっきりして論理がより通るようになるでしょう。レポートは、自分で考えた順番で書く必要はなく、むしろ、論理がはっきりするように再構成することは重要です。なお、最後の質問ですが、道管と導管では、導管の方が古い表記ですが、教育用語としては道管を使う例が多いと思います。個人的にはどちらでもよいと思います。篩管については、もともと篩(ふるい)のような形をした篩要素同士のつなぎ目に存在する篩板から名前がついているので、それを全く意味の違う漢字の師管にするのは望ましくないでしょう。ただし、「篩」の字は常用漢字ではありませんから、高校などでは師管と表記されます。
Q:講義で,オーキシンとサイトカイニンが作用することで傷ついた維管束が修復されると習った.オーキシンとサイトカイニンが常に分泌されていては分裂や分化が暴走してしまうと考えたので,何らかのシグナルで必要に応じて分泌されているのだろうと予想する.例えば維管束が傷ついた場合にはその維管束が結んでいた各部で,物質が届かなくなることで検知できるだろう.そのシグナルを基に,オーキシンやサイトカイニンが分泌されていると考えるが,ここで一つ疑問が生じる.傷のない場合は先述の通り暴走することは凡そないだろうと考えるが,傷の修復の際,どのようにして傷ついた部分だけを修復しているのだろうか.オーキシンやサイトカイニンだけでは分裂・分化が促進されるのみで,傷口からコブのように異常な細胞の塊が出来てしまうのではないか.これを防ぐためにはオーキシンやサイトカイニンを抑制する因子が働かなければいけない.考えられるパターンとしては,そもそもオーキシンやサイトカイニンは常に分泌されていて,これらを抑制する因子も常に働いており,傷などのイレギュラーが発生した際に抑制因子が減少するというのが一つ.もう一つは,オーキシンやサイトカイニンの濃度上昇に伴って,抑制因子の分泌が促され,暴走することがないように働きかけるというパターンだ.前者は,常にホルモンを産生する点から必要がない時には栄養素やエネルギーの無駄と思われる.その点後者は,傷が検知されるとオーキシンやサイトカイニンが分泌され,今まで分泌されていなかったオーキシンやサイトカイニンの出現が検知されるとそれに伴って抑制因子も分泌され始め,一定量を超えるとオーキシンやサイトカイニンを不活性化することで効率的な作用が果たせると考える.無と有の比較が有と有の比較より容易であることからも機序としては作用しやすいのではないだろうか.
A:この点に関しては、複数のレポートが取り上げていました。講義でははっきりと説明していなかったかもしれませんが、傷ついた部分では、維管束が切断されるわけですから、そこに輸送されてきた植物ホルモンが溜まってしまって濃度が上昇する、と考えるのが、一番単純な傷ついたことを検知するメカニズムでしょうね。その場合、維管束が確立すると、輸送が開始されますから、植物ホルモンの濃度は再び正常に落ち着くと考えれば、特に難しいメカニズムを考えなくても「自然に」修復とその停止が行われることになります。
Q:講義で植物の蒸散流速の最大値のリストを見たとき、硬葉樹の蒸散速度がほかの広葉樹らと比較して小さかったが気になったので考察してみる。まず、硬葉樹の生息環境を考えると、硬葉樹は地中海性気候の夏に雨が少ない地域に生息している。降水量が少ない時期は摂取できる水分が少ないため、水分を失わないために蒸散流速は小さいほうが良い。硬葉樹の葉はクチクラ層が発達していることからも夏季の蒸散は抑えていると推測できる。また、文献1より「降雨がなく土壌が乾燥した場合に、植物はそれを感知して蒸散を抑制するようになる」との記述もあるため、根からも水分量の減少を感知し、蒸散流速は小さくなると考えられる。
また、文献1に境界層抵抗が増大すると蒸散は弱まるとあった。以前の講義で境界層の厚さは葉の大きさに比例し風の強さに反比例すると習った。ならば、蒸散流速が比較的小さい硬葉樹は葉が大きく、風が弱い環境にあるのではと推測した。しかし、硬葉樹はもちろん個体差はあるだろうが、一般的に「葉は小型」[文献2]である。また、葉が小さいため風通しもよく、生息地域では偏西風などもあり風が弱い環境とは言えないのではないかと思われる。よって、境界層抵抗は、硬葉樹の蒸散速度が小さいこととはあまり関連性がないと考えた。
文献
1. Hitomi Kirikoshi, and Tomoko Nakano. Sap flow velocity of deciduous broad-leaved trees in urban area and its dependence on environmental factors. 生物と気象, Vol. 11, p. 31-40, 2011.
2. 松村明(編集)、スーパー大辞林3.0、三省堂、2017.
A:硬葉樹の話題も複数のレポートで取り上げられていましたが、これだけは、単に降水量に関する考察に留まらず、境界層抵抗についても考察している点が光ります。ある一つの側面について考えて満足するのではなく、複数の側面から考えることは、サイエンスにとってとても重要です。ただし、このレポートのように別の側面から考える、ということが重要で、2つの別のことを考えてもそれほど意味はありません。
Q:講義の中で、導管の周りの細胞は導管になりやすいという話があった。これは、すでに道管になっている細胞から、ザイロジェンという糖タンパク質が分泌されることによる。ザイロジェンは、「道管細胞の片側だけで発現し、道管が伸びていく方向の細胞へと情報を伝達」(1)することが知られている。ただ、導管になる細胞は液胞が破壊されることによって細胞小器官が分解されるはずなので、ザイロジェンを分泌するためには細胞小器官が分解される前にその合成・分泌を行わなければならない。この時間的な制約は植物にとってマイナスなものとなっていないのか。少し話が変わるが、講義の中で導管を作る遺伝子としてVDN7が講義の中で紹介されていた。このVDN7の変異体は導管を形成していなかったが、導管に分化した細胞はバラバラに存在していた。導管の細胞が作られないのではなく、まちまちに存在していることから、VDN7という遺伝子は導管を「作る」というよりは、導管を形成するために導管の「周辺を導管の細胞に分化誘導する」ことに関係しているのではないかと考えた。しかしそう考えると、通常の個体においても導管を形成している細胞の他に、VDN変異体と同じ割合で導管と離れたところにもバラバラに導管の細胞が存在するはずである。ここで時間的制約について話を戻すと、導管の細胞は時間に追われて自分より先端側の細胞をどんどん導管に分化誘導する必要があると述べたが、これが導管の周辺以外の場所に導管の細胞を作らないための機構なのではないかと考えた。周辺の細胞をどんどん導管の細胞に分化誘導することによって、導管の細胞に必要なリグニンなどの物質をそこに集めているのではないかということである。つまり、時間的な制約は限りある資源を必要な場所に使うために必要なものなのではないかと考えられる。
1.Hiroyasu Motose, Munetaka Sugiyama, and Hiroo Fukuda “A proteoglycan mediates inductive interaction during plant vascular development”, Nature Vol. 429 No. 6994 (June 24, 2004), pp.873--878.
A:よく考えていると思うのですが、やや議論が錯綜していますね。もう少し、ストーリーの展開を考えると、論理展開が格段に良くなると思います。あと、英語文献を最後に挙げていますが、著作権は、アイデアに対して認められるものではなく、表現に対して認められるものです。「道管細胞の片側だけで発現し・・・」という文章は、https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2004/06.htmlから取ってきたものだと思いますから、こちらを引用元として挙げないと、厳密には著作権法違反です。
Q:植物の導管を水が流れる仕組みとして、水ポテンシャルの勾配について習ったが、そこで自分は水ポテンシャルが植物種にどのような影響を与えるか、高山植物を例に考察した。高山植物の特徴として背の高い樹木は存在しないことが挙げられる。通常の樹木は、葉の量が多く蒸散が多く行われるため水ポテンシャルに勾配が生まれ導管を水が流れることができるが、高山帯になると標高が上がり気圧が下がる。そうなると細胞内外で圧力差が減り水ポテンシャルの構成要素の一つである圧ポテンシャルに影響し水ポテンシャル勾配が小さくなるため、樹木のように全長が長いと導管を水が流れない。よって、水ポテンシャルは高山植物の形態的特徴に影響を与えている要因の一つであると考えられる。 (参考 高山植物の特徴http://www.jac.or.jp/info/iinkai/kagaku/2kouen-doc1/2kouen7906-yama413ono.html)
A:このレポートの他にも、水ポテンシャルに影響を与える要因として気圧を挙げていたレポートが複数ありました。これは、僕の話し方が悪かったのかもしれませんが、高さが水ポテンシャルに影響を与える一番の大きな原因は、水の重さです。根が地中にあるとして、地面から10メートルの高さに水を持ち上げるためには、それなりの圧力が必要になります。これは、地面との相対的な高さによるものですから、植物が生えている場所の標高には寄りません。一方で、標高が高い地域で気圧が下がると、トリチェリの実験を考えてもらえばわかると思いますが、真空ポンプで水を持ち上げられる上限の高さは確かに低くなります。しかし、そもそも、植物は、真空ポンプで持ち上げられる理論的な上限の10倍以上の高さにまで水を蒸散の力によって持ち上げているわけですから、その点を考えて論理を構成する必要があります。