植物生理学I 第2回講義
葉の基本構造、二酸化炭素の取り込みと葉の形
第2回の講義では、植物の葉の二酸化炭素の取込みに注目し、その取込み経路としての気孔と、二酸化炭素の取込みと葉の形態とのかかわりを中心に講義を進めました。以下に、質問とそれに対する回答を掲載し(この部分はMoodleと重複します)、また7つのレポートをピックアップしてそれに対してコメントすることにより、この講義ではどのようなレポートを求めているのかを示したいと思います。
講義に対する質問と回答
Q:高山植物のように高度が高く、空気の量が少ないようなところで生育しているものも、二酸化炭素を効率よく取り入れるために特徴のある葉の形をとるのでしょうか。
A:これは、単純に答えてしまうともったいない質問であるように思います。インターネットの世の中になって、検索すればいくらでも高山植物の写真を見ることができますよね。葉の形は直接確認できると思いますし、そこに特徴がある場合でもない場合でも、なぜそうなのだろう、という疑問から一連の推論を展開することができるのではないかと思います。よいレポートの種になると思いますよ。
Q:孔辺細胞の体積が大きくなることで気孔が開くというのは,孔辺細胞が「浮き輪」のようなものだかでしょうか?例えば,浮き輪は,空気が十分に入っていれば中央の輪がきれいに開くが,しおれていれば,真ん中の輪を維持できなくなります(ただ,この場合,しおれているときに穴が閉じる方向に細胞同士が引き付けあう力が必要になる).もしくは,熱膨張係数の異なる金属を張り合わせたように,孔辺細胞の気孔側とその反対側では細胞壁の柔軟さ?が異なり,体積が膨張すると共に柔軟さのある気孔の反対側の細胞壁の方に膨張して細胞が反ることで気孔が開くのでしょうか.この質問をしたのは,単純に体積が大きくなると穴が閉じるように思えるからです.
A:結論から言うと、どちらの考え方もある程度あっています。実際には、浮き輪というよりは、2本の円筒形の空気チューブを両端でくっつけてあるような感じなので、しおれるとチューブは平行の状態になり閉じます。体積が増せば開きますが、その際に、外側(穴の反対側)の方が柔軟性が高いので、より外側へ開きやすくなる仕組みになっています。
Q:講義内でヒョウタンゴケの気孔は細胞の中心に位置するということで画像が出てきましたが,これは1つの細胞とご説明されていました.その画像には2つの核が示されていますが,1つの細胞の中に核が2つあるということでしょうか?孔辺細胞が向かい合って形成される気孔の両側に核が1つずつあるならば2つの細胞ですから納得がいくのですが,1つの細胞の中央に気孔が位置し,その両側に核が2つあるのは不思議に思います.元々2つの細胞によって形成されていた気孔ごと,細胞が融合して中央に気孔を取り込み,核がそのまま残ったと推測したのですが,核が2つあるメリットがわかりません.「画像の細胞では1つの細胞に2つの核が存在しているのか」「その場合,どのようにして核が2つ生じ,何のために2つあるのか」以上について,ご回答お待ちしております.
A:ヒョウタンゴケの気孔については「もとからある孔辺細胞が融合する」という報告もあったのですが、どうも実際には、1つの細胞の核が分裂するのだけれど、細胞質は完全には分裂は起こさず、中央に亀裂だけができることによって生じているようです。つまり、コケの気孔では細胞質の分裂が不完全なので1つの細胞だけれども、維管束植物の気孔では、細胞質まで完全に分裂するので2つの孔辺細胞が生じると考えられます。つまり、見かけ上、ヒョウタンゴケの気孔は、維管束植物の気孔の形成が途中で止まったように見えます。では、核が2つになるメリットがあるかどうかですが、核が分裂せずに細胞質だけ分裂することはむしろ考えにくいので、上記のように考えれば、核を2つ作るメリットではなく、細胞質を完全に分裂させないメリットを考えるべきなのでしょう。このあたりになると、実験的に確かめることができる話ではありませんが、一つの細胞の方が、調節が楽なのかもしれません。また、一般に多核の細胞は、巨大な細胞を生み出す際などに見られます。ヒョウタンゴケの気孔の細胞も、大きな(複雑な)細胞ですから、そのような細胞を作るための一つの方法として多核化という方法を選択した、という見方もできるかもしれません。
提出されたレポートの7つの例とそれに対するコメント
Q:気孔の数を増やすとその分CO2の吸収量が多くなって光合成効率が上がるということを教わった。一枚当たりの葉の気孔の数を増やすと気体を取り込む口が増えるからである。であるならば気孔の大きさ自体を大きくすることができれば、光合成効率を上昇させることが出来るのではないかと考えた。実際に調べてみると米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン速報版で2013年12月23日(米国時間)の週に発表された研究結果があった。「気孔を開かせる原動力となる細胞膜プロトンポンプをシロイヌナズナの気孔でのみ増加させたところ、気孔の開口が25%ほど大きくなることを発見しました。その結果、植物のCO2吸収量(光合成量)が約15%向上し、生産量が1.4~1.6倍増加することを明らかにしました。」(引用 『気孔の開口を大きくして、植物の生産量の増加に成功』 URL https://www.jst.go.jp/pr/announce/20131224-2/index.html)
これは孔辺細胞がカリウムイオンチャネルからカリウムイオンを取り込み孔辺細胞内の浸透圧を高める際に水素イオンを放出するプロトンポンプを過剰に増やすことでカリウムイオンチャネルの駆動力を高めたことによるものである。浸透圧が高まり孔辺細胞の膨張率を高めたため気孔の面積が大きくなることで気体の取り込み口が大きくなる。気孔の数を増やすことなく必要な時に気孔の開口面積を増やすことができれば水面で生息する葉の表側に気孔を持つ植物など光合成に使う面を減らすことなくCO2吸収効率を高めた植物をつくることができ、海上に植物を増やせば地球温暖化に一役買うことができると思う。
A:このレポートでは、気孔の大きさと光合成効率の関係について問題適していますが、結局、単に調べものをしただけで、その調べた結果についてコメントをしているだけです。この講義のレポートでは、自分なりの論理を書くようにしてください。
Q:今回の「二酸化炭素の取込みと葉の形」という講義を受けて、マドカズラの葉の特殊な形について、紹介されたので、僕はなぜほかの植物とは違い、葉に切れ込みを入れたり、葉っぱ自体の大きさを小さくしないのか疑問に思いました。調べてみると、マドカズラの葉は、最初は穴がほとんど空いておらず、成長の過程で穴が置いていくことがわかる。そして、個体によって、穴の大きさや数にばらつきがあることが分かった。私は、マドカズラは穴の大きさや数を自分で調節していると考えました。環境によって、風速が異なるため境界層の影響が異なってくる。だから、マドカズラ自体が、成長過程で蒸散速度や二酸化炭素の取り込み量を感知して、足りない場合は、アポトーシスを行い、穴をあけ、境界層の影響を下げることで蒸散速度を調節していると考察した。こうすることのメリットは、後から穴の大きさや数を決めることで、最小限に穴をあける量を抑え、葉1枚当たりの光合成量を最大限に行うことができると考えた。もしも、先天的に穴の数や大きさが決まっていたのなら、風速が大きくて境界層の影響が少ない地域だとしても、穴を余分に開けてしまい、葉緑体を持つ葉面積を減らしてしまうため、光合成は非効率になってしまう。こういった事態を防ぐために、後天的に決まっていると考えられる。地域ごとの平均風速などのデータとマドカズラの穴の面積のデータを照合させることで、この仮説を裏付けることができるのではないかと考えられる。
A:これは、自分なりの問題設定から始まり、調べた結果があり、次に結論を述べてからその結論に至る理由を論理的に述べています。きちんと展開されたよいレポートだと思います。ただし、「調べてみると」という部分は、参考文献名を挙げることが望まれます。
Q:講義内で、渓流植物は水の流れに耐えられるように葉の形が細くなっているということを聞いて、渓流植物にはほかにも水流に耐えうるための機構があるのではないかと考えた。そこで、渓流植物は「細胞壁の厚さを厚くするか、または細胞数を多くすることで細胞壁の割合を高めている」「茎や葉柄が太く頑丈か、または柔軟」という2つの仮説を立て、渓流植物についての論文を調べた。すると、「葉面に平行な並皮断面では、(中略)渓流沿い種のほうが地上種よりも細胞は小型である(1)」との記述があった。葉を単純に細くすることだけが目的であったら細胞数を減らすだけでよいため、仮説の通り細胞数を増やすことで頑丈な細胞壁の割合を大きくし、葉を丈夫にしていることが考えられる。さらに、陸上植物のゼンマイと比較して「葉面積に対して優位にヤシャゼンマイの葉柄は太くなっていた(2)」という研究も見つかった。葉柄を太くすることも葉を水流から葉を守ることに繋がっていることが予想される。しかし、渓流沿い植物は一般に葉柄が柔軟だという記述は見つかったものの、それが何によるのかは分からなかった。そこで、葉柄が太いことがその柔軟性に繋がっているのか、またはほかの要因に由来するのかについて確かめるためには、葉面積に大きく差が出ないように渓流植物と陸上植物を複数種類ずつ用意して葉柄の太さを測り、ホース等で水を勢いよくかけて葉柄が折れたときの水圧や水をかけていた時間を比較すればよいのではないかと考えた。もし「葉柄が太ければ強い水圧にも耐えられる」という結果が出なかった場合は、葉柄内部の構造に、例えば「細胞間隙が大きい」などの原因があることが予想される。
(1)加藤雅啓. “渓流沿い植物の進化と適応に関する研究”. 2003. Japanese Socirty for Plant Systematics,Vol.3 No,2, p.107-122
(2)飯塚佳凛. “渓流沿い植物ヤシャゼンマイの定量的解析による適応形質の探索”. 2016. 首都大学東京大学院修士学位論文,p.1-59
A:これは自分なりの問題設定をしていて悪くはないのですが、調べた結果がほぼそのまま問題の答えになっている点がやや不満に感じられます。できたら、もう少し論理的な主張が欲しいところです。ただ、柔軟性の部分については、その後に論理展開がありますから、全体としては合格でしょう。
Q:今回の授業では葉の内部構造、気孔の作用、葉の形状、水生植物について学んだ。風速によって葉の大きさ、幅が変わることについて、これは地上の話であったが、水生植物にも同じ話ができるのだろうかと疑問に思った。風の強さで変化する因子は微風によって境界層が厚くなる点と、強風により物理的に葉が破壊される点である。更に水中での二酸化炭素の拡散抵抗は104倍(1)であるため、水中においては二酸化炭素の供給は遅延するはずである。これら2点を左右する役目は地上では風であったが、水中ではこれは水流と予測される。流速が遅ければ、植物自身が二酸化炭素を消費した古い水がいつまでも葉の表面に残留して光合成を阻害し、流速が速すぎれば葉が破壊される可能性も考えられる。仮に水中でも気中と同じ風速=流水と葉の形状の関係が言えるのなら、流速が遅いか急流の場合は葉が小さく細くなり、中程度ならば葉は大きくなると考えられる。「佐渡島両津湾における海草群落の分布下限水深(短報)」、坂西芳彦ら著によると「6-20 m の水深帯に海草群落が形成され,浅い方から順にアマモ,スゲアマモ Zostera caespitosa Miki,タチアマモ Zostera caulescens Miki の生育が確認された。」(1)とある。これら種はアマモが最も小型の種であり、スゲアマモ、タチアマモの順に巨大化していく。海洋状況表示システムを用いて論文中の海域の流速を調べようとしたが詳細なデータが得られなかったため前述の仮説は考察できないが、論文中では光量の変化を種の変化の因子として考察しているが、これに当該海域の各水深における年平均流速と生育する種の関係を調べれば考察できると考える。
参考文献:(1)佐渡島両津湾における海草群落の分布下限水深(短報),坂西芳彦・阿部信一郎・小松輝久,日本藻類学会,第63巻,第2号,p85-89
A:これは、調べた結果の中では結論が出なかった形になっていますが、自分なりに考えようという姿勢は十分に感じられます。この講義へのレポートとしては「正しい」ことは求めていません。なので、別に裏付けがなくても、自分はこのようなことを考えると、こう予想するというしっかりした論理構成があれば十分です。調べものは、そのような論理を構成するための一つの手段に過ぎないと考えてください。
Q:講義の中で気孔の開閉プロセスについて紹介していただきました。植物の外部の状況(二酸化炭素濃度や湿度)によって開閉するとのことでしたが、本来の気孔の数というのはいくつなのでしょうか。植物によって違うのか、環境によって違うのか。もしそうであれば、水中は陸上より二酸化炭素濃度が薄いため気孔の数が多く、砂漠では蒸散を防ぐために気孔の数が少ないといった簡単な予想はつきます。しかし気孔の数は環境だけによって決定されるだけでなく、葉の形態によっても左右されるでしょう。極端に考えると、面積が大きい葉と小さい葉の気孔の数が同じであることは容易に考えられません。そこで気孔の数はどのように決まっているのか調べてみました。同じ植物の若いものと成長したものの比較では「気孔は葉の成長のはじめの方に形成され、その後に葉が大きくなっても気孔数はさほど増えないことが知られています。このため、単位面積あたりの気孔数(すなわち気孔密度)は若い葉で高く、葉が大きく展開するにつれて低下していきます。」(1)植物の科同士の比較では「葉の密度においても科による傾向はないと思われる。」(2)というようなことがわかりました。この二つのことからほぼすべての植物で、気孔数の増加が成長過程で止まり、気孔数が葉の大きさに比例していないことがわかります。では、開閉だけで補えない場合(異常なほど二酸化炭素濃度や湿度が植物に適していない)ではどうなのでしょうか。調べていけばいくほど他条件では?といった疑問が出てきます。今回の場合、環境によって気孔の活躍度が異なると思いますが、気孔の数を増減するよりも気孔の開閉の仕組みを開発することが植物にとって合理的であると思いました。
参考文献:(1)気孔の数の決まり方|みんなのひろば|日本植物生理学会
https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=4048&target=number&key=4048、(2)気孔の大きさと数
https://img01.ti-da.net/usr/s/c/i/scienceryukyushimp/%E6%BF%A4%E4%BA%9C%E9%9F%B3%EF%BC%88%E3%81%AA%E3%81%BF%E3%81%82%E3%81%A8%EF%BC%89.pdf
A:これも、調べた結果を記述しているところで論理が終わっているのが残念です。後に、疑問は出てきますが、それは解決されません。調べた結果、「気孔数の増加が成長過程で止まり、気孔数が葉の大きさに比例していないことがわかります。」ということがわかったのであれば、それはなぜなのだろう、と考えてみることが大事です。生物の生き方には何らかの進化的な背景があるはずです。生理学的、あるいは生態学的な優位性、もしくは系統的な制限かもしれません。それを、自分なりの論理によって追及することをこの講義のレポートでは求めています。
Q:スイレンは葉の裏側が水に接しているため気孔が葉の向軸側にあるということを学んだ。スイレンなどの水面に浮いている植物以外に葉の向軸側にのみに気孔が存在している植物はあまり存在していないようだった(ネットで検索したが、見つからなかった)。では、多くの植物は葉の背軸側にのみ気孔を持つのかというと、一部そのような植物もあるが、多くの植物は数が異なることはあるが、向軸・背軸両方に気孔を有している。よって、スイレンなどの特殊な環境下以外の植物では気孔が背軸のみに存在するケース・向軸、背軸両方に存在するケースはあるが、向軸のみにあるケースは少ないということになる。このことから、向軸側にある気孔は、背軸側の気孔とセットで存在する時に葉の光合成効率の上昇に対して有効に働くのではないかと考えた。そこで、気孔が葉の背軸側だけでなく向軸側にも存在するメリットを検討したところ、葉の内部でのCO2拡散速度を上昇させる効果があるのではないかと考えられた。ちょうど部屋の換気を行うのと同じように、空間 (細胞間隙) の対角線状に空気の入り口と出口 (気孔) を用意することで細胞間隙の空気が効率よく入れ替わり、CO2の拡散速度が上昇するという仕組みである。
A:これは、検索から「向軸側にある気孔は、背軸側の気孔とセットで存在する」という仮説を導き出し、それに対して、「部屋の換気」と同じではないかというアイデアで回答しています。回答は、論理的に導くというよりはアイデア一発という感じがしなくはありませんが、少なくとも独自性のあるアイデアなので、よいのではないかと思います。
Q:葉の面積が広ければ広いほど気孔が多く存在できるので二酸化炭素を多く取り込めると思っていましたが、講義を通して初めて境界層が二酸化炭素の吸収に関係していると知りました。そこで、葉の表側と比べて葉の裏側の方が境界層が小さく、空気の流れが大きいため、より効率的に二酸化炭素を取り込むために葉の裏側に気孔が密集していることが多いのではないかという仮説を考えました。葉の裏側の方が風の流れが強ければ、境界層が少なからず気孔を裏側に配置させる要因になっているのではないかと思います。
A:これは、アイデアは面白そうなのですが、いかんせんこれだけでは論理的な展開は難しいでしょう。風が葉の裏側だけに吹く、という状況は考えにくいですから、葉の裏側の風速を表側よりも上げるような葉の構造にはどのようなものがあるかを考えて、それが実際の植物で実現しているかどうか調べてみるという手続きをとれば、素晴らしいレポートになったはずです。科学的なレポートを書くためには、論理的に考える習慣が重要です。