植物生理学I 第1回講義

形は機能に従う

第1回の講義では、植物の葉の形態の共通性と多様性を考えることにより、それらが何に由来し、何を意味しているのか、という点を中心に講義を進めました。以下に、質問とそれに対する回答を掲載し(この部分はMoodleと重複します)、また5つのレポートをピックアップしてそれに対してコメントすることにより、この講義ではどのようなレポートを求めているのかを示したいと思います。

講義に対する質問と回答

Q:第一回の講義の中で、葉の形態が変化したシロイヌナズナの変異体について紹介がありましたが、植物の変異体はどのように作成するのですか?

A:まず、変異体の解析には、順遺伝学的手法と逆遺伝学的手法があります。順遺伝学的手法では、まず、何らかの形で変異体を(多くの場合ランダムに)大量に作り、次いでその中で自分の調べたい現象にかかわる形質を示す変異体、例えば葉の形が野生型とは異なる変異体を選び出します(スクリーニング)。そして、その変異体では、どの遺伝子に変異が入っているのかを調べて、形質の変化がどのような遺伝子の変異によってもたらされているのかを明らかにします。逆遺伝学的手法では、特定の遺伝子の変異株をまず作り、次いでその変異株の形質を調べることにより、その遺伝子がどのような役割を果たしているのかを明らかにします。
 葉の形に関する研究などでは、形質が明確なので、順遺伝学的手法が用いられた場合が多いと思います。例えば、植物を変異誘発剤などで処理し、ランダムに変異を入れた植物体を大量に用意して、その中から求める形質の変異体を選抜するわけです。その場合、変異は複数入っている可能性もありますから、親株との掛け合わせなどによって、形質の変化をもたらしたのがどの遺伝子の変異によるのかを調べる必要があります。
 求める形質に関連する遺伝子の候補が絞られている場合には、逆遺伝学的な解析が可能です。変異体には、完全な遺伝子破壊株(ノックアウト)と遺伝子発現量を低下させた変異株(ノックダウン)がありますが、作成にはそれぞれ異なる方法が用いられますし、その方法も1つではありません。最近だとCRISPR-Cas9などの手法が用いられる例が多いと思いますが、相同組換えによる変異体の作成などもまだ用いられます。CRISPR-Cas9などの場合、生物種によらずにほぼ似た手法によって変異株の作成が可能です。そのあたりの具体的な方法は、自分で調べてみてください。植物の場合は、核ゲノムの外に葉緑体ゲノムがありますから、遺伝子が核コードなのか、葉緑体コードなのかによっても、異なる方法が必要となります。
 また、多くのモデル生物では、変異体データベースが作られている場合が多く、シロイヌナズナなどでも、遺伝子名を入力すると入手可能な変異体を検索することができます。自分で変異体を作らなくても、このようなデータベースを用いて必要な変異体を取り寄せることも可能です。


Q:葉が平たくない食虫植物の食虫と光合成のエネルギー源としての割合はどのくらいでしょうか?また、食虫植物が虫を得られない間に栄養源・エネルギー源としているものは何でしょうか?

A:これは、変異体の作成方法とは異なり、まさに、レポートの中において自分で考えてほしい部分です。
 おそらく必要な情報は、ごく一般的に手に入ると思います。食虫植物は葉をもちます。食虫植物は根を持ちます。食虫植物は生きていくエネルギーを必要とします。食虫植物は体を構成する物質(元素)を取り入れる必要があります(必要な元素についての話は生化学Iでやりました)。それを前提に考えてみましょう。普通の植物が必要としない「食虫」を何のためにやっているのでしょうか。生物の営みを解き明かすためには、その生物の生育環境を考えることが重要です。今注目している問題の場合、ポイントはエネルギーと元素です。食虫植物が生育する環境では、エネルギー供給と元素供給は、どの程度満足されていると考えられるでしょうか。
 面白い問題設定を考え付いたと思います。それに対して、ごく一般的な知識に基づいて自分なりの論理を構築することを講義に対するレポートに僕は求めているのです。人が思いつかなそうな問題の発見/一般的な前提知識/自分なりの論理/独自性のある結論、という流れがあるレポートを高く評価します。

提出されたレポートの5つの例とそれに対するコメント

Q:第一回の講義において、「多くの植物の葉は薄くて二次元方向に広がっており、このメリットはエネルギー密度の低い太陽エネルギーからできるだけ多くのエネルギー回収するためだ。このことから、"Form ever follows function"ということがわかるだろう。」と学んだ。しかし、ここで私が疑問に感じたのが、確かに多くの植物は薄くて平べったい形をしているものが多いイメージだが、その“メジャー”に当てはまらない“マイナー”も"Form ever follows function"なのだろうか、という点だ。例えば、CAM植物の一部(多肉植物等)や裸子植物の一部(マツ科の植物等)などが挙げられるだろう。この2種類に共通するのは、「比較的環境的に厳しい場所で育つ植物」だといえる。そこで私はより身近なマツ科に着目し、寒冷地や高地に育つマツなどの葉が細長いのも気孔を開けた際に余計な水分を失わないために細長い形をしているのではないかと考察した。これを裏付けるためにインターネットで検索してみたところ、模型を使ったモデルを発見した。(下記URL参照)同じ大きさのサイコロを同じ数だけ使って葉の形を構成していき、光の当たる面数と水分が出ていってしまう面数を葉の形の違いによって比べるこの模型実験の結果を見てみると、マツの葉が細長い形をしているのが、水分を余分に失わないようにするためだと推測できることを裏付ける要因の1つとなりうるだろう。このことより、植物は生き抜くために無駄な形態などを省き、"Form ever follows function" の摂理にのみ従っているのだと改めて感じた。
参照サイト: 森林総合研究所 四国支所内のマツに関するQ&A: http://www.ffpri-skk.affrc.go.jp/matu/qmatu_togaru.html

A:おそらく、一般的な講義へのレポートとしては悪くないと思うのですが、この講義のレポートとしては、論理の流れが足りません。「水分を失わないために細長い形をしているのではないかと考察した」という部分は、考察とはなっていますが、ロジックが示されていないので、どちらかというと「思いついた」に近いでしょう。そして、その検証については、インターネット検索の結果を示しているだけなので、やはり、「自分なりの論理」という講義で求めているものからすると、不満が残ります。例えば、参照されているモデルにしても、針葉では水分蒸散が小さくなることの説明にはなっていますが、もし光合成あたりの水分蒸散を最小にしようと思ったら、むしろ広葉の方がよくなるはずです。そのあたり、調べてうのみにするだけでなく、批判的に考察することが重要です。


Q:本講義で私がまず考えたのは、「生物の組織化の階層が下がっても、同じ機能に特化しているのであれば、相似性、さらにはよりその機能に特化した形態を持つのではないだろうか」という仮説である。
 例えば、器官である「葉」が光合成を効率よく行うために薄く平たくなるのであれば、よりミクロな階層である細胞や細胞小器官の構造も、同様に薄く平たくなるのではないかというものである。さらに、葉であれば光合成以外にも蒸散や食害への適応、代謝によるエネルギー消費等と形態のトレードオフで形が決まり、また光障害もあるため、必ずしも極限まで薄く平たいというわけではないが、組織や細胞といった階層に下げれば、より光合成に特化しているため、葉よりもさらに薄く平たくなり(ここでは厚さと光が当たる面の表面積の比が下がることを指す)、細胞は重ならないよう配置されるのではないかと思うのだ。
 しかし、相似性の観点において、この仮説は容易に否定される。一般に同化組織中で光合成を担う代表格である柵状組織の細胞は「円筒形で,葉面に対して直角方向に長い」?1?とあり、私の仮説ではむしろ葉面に対して平行方向に長いはずであることに反する。この理由としては、葉面に対して垂直方向に並ぶ方が、平行方向に並ぶよりも光が細胞壁を通過する回数が減り、葉緑体が得られる光量が増えるためという可能性や、垂直方向に長い細胞を並べることで、吸収ピークのある赤色光や青色光の屈折角から葉緑体に光が通過する回数を増やし、光合成効率が高まるためといった可能性が考えられる。前者は、同種の植物で柵状組織の面積は一定に保ちつつ、その配列や形状を遺伝子改変させた場合の光合成活性や光吸収率を測定することで、後者は、前者の実験に加えて入射光の波長を変えて比較することで確かめられると考える。
 よりミクロな階層である葉緑体についても、この仮説は否定される。「チラコイドはグラナと呼ばれる数層から10層程度積み重なった部分とグラナ間を連結するストロマチラコイドから構成されている」(2)とあり、グラナの構造としては柵状組織の細胞と同様に縦長なためである。しかしながら、グラナは柵状組織とは違い、グラナが間隙を少なく規則的に並んでいるわけでもない。
 このように、葉・柵状組織・葉緑体と階層を変えてみると、同じ光資源を活用しているにも関わらず構造に差異が生じていることがわかる。上記で上げた理由以外にも複雑な要因が絡み合っているのは言うまでもないが、今回自分の仮説を否定することで、一つの要因からだけで論じる危うさを改めて感じた。
参考文献
(1)日本光合成学会, 柵状組織, https://photosyn.jp/pwiki/index.php?%E6%9F%B5%E7%8A%B6%E7%B5%84%E7%B9%94, (参照 2020年5月16日)
(2)日本光合成学会, 葉緑体, https://photosyn.jp/pwiki/index.php?,%E8%91%89%E7%B7%91%E4%BD%93, (参照 2020年5月16日)

A:これは、自分なりの論理を積み重ねていて高く評価できます。ただ、惜しむらくは、最初に提案した仮説は否定される一方で、新たな仮説は提出されていません。毎週課されるレポートにそこまで要求するのは酷かもしれませんが、何でもよいので、それらしい新たな仮説を最後に提案すると、素晴らしいレポートになると思います。


Q:初めに 第一回『形は機能に従う』を視聴して形態には目的とメカニズムの視点があることを理解した。授業の後にベーシックマスター植物生理学の第三章光による制御を読み、もやし状態について興味を持ったので、もやしの形態について考察しようと思う。
 考察 もやしの形態的特徴は胚軸が長く、色は黄白色、葉が発達していないという特徴がある。これらの形態的特徴を目的とメカニズムという側面から考えた。目的の部分で考えた時に茎が長くなるのは光合成のための太陽エネルギーを求めるためと考えられるが、なぜ上に伸びるのか、横でもいいではないかという茎の伸長の方向性への疑問が出てきた。茎と枝では前提条件が変わってくるが、光と光合成の観点から考えると太陽光を浴びている植物は枝を横に伸ばすのは、光がある環境ではエネルギー効率を増やすために葉を太陽光に対して垂直に伸ばすためだと考えた。一方もやしに関しては、そもそもの太陽光に接触できていないために自然の原理上、上方向にあるであろうと判断して伸びていくのではないかと考えた。これらの疑問点を解明するために光屈性について調べたところ「光屈性には植物ホルモン,オーキシン(auxin)が重要な(中略)光から遠い側にオーキシンの蓄積(不均等分布)し,オーキシンによる伸長促進が起こり,結果的に胚軸が光の方向へ屈曲する」(1)このことから微量な光を成長中のもやしの横に置いた時にどのような変化が起こるかというものを考えたときにもやしの伸長方向が変わると考えた。特に変化をする色は、540nm以下の波長によるものと分かっている。その事から、暗室にてブルーライトを用いて屈性について調べる実験をするともやしの屈性についてもっと理解できると考えた。ちなみにカワレダイコンを使った実験はwebより見つけることが出来た。結果はやはり白青緑のライトについては屈性が認められたが、黄、赤には屈性が認められない事が証明されていた(2)。
 植物の屈性はとても興味深い。他にも重力,土中の水分量などにも反応することからまだまだもやし状態での胚軸の伸長について考えられると思い、次は重力と屈性、伸長について調べる事にした。これもwebにて調べたところ文献が出た「オーキシン極性輸送の制御が上述のようなPINの細胞内局在制御だけではなく,リン酸化を介したPINのオーキシン輸送能の制御にもよることがわかってきた」(3)このことより屈性は光によるオーキシンの蓄積だけでなく、重力由来のオーキシン輸送、蓄積が要因になることが分かった
 結論 暗い空間でのもやしの胚軸の伸長には重力による屈性が特にかかわっていて、重力由来の植物ホルモン“オーキシン”によって重力に逆らって伸長方向が上になりオーキシンが蓄積することでもやし状態のように伸びたと考えた。
参照文献
(1)塩井祐三 井上弘 近藤矩朗 (2009)ベーシックマスター植物生理学 株式会社オーム社 p60~72
(2)カイワレダイコンの光屈性を引き起こす光の色:神谷 健太 高橋 康平 早見 淳http://www.osaka-c.ed.jp/kozu/e.ssh/lc3-2012/2406.pdf
(3)植物の重力屈性の分子メカニズム根が地中に潜り茎が空へ向かうしくみ 古谷 将彦 西村 岳志 森田(寺尾) 美代https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=854

A:これは、自分で考えようという努力はよく感じられるのですが、その論理展開は、調べた研究などに依存しています。調べることは重要なのですが、できたらば、調べた事実を基に、自分なりの論理を展開してください。事実のみではなく、論理まで他人に依存してしまうと、科学的なレポートとしては不満が残ります。


Q:葉の形、その意義について考えたことはあまりなかったので面白かったです。今回は講義の最後に触れられた葉柄の葉の位置の固定以外の役割について少し考えてみたいと思います。動物と対比されるように、動きのない生物のように扱われる植物ですがタイムラプス動画とか見るとかなり動いていて少し珍妙に思えます。動くのは主に茎で、伸長におけるオーキシン濃度の差によるものが直接の原因、意義としては東から西に動く太陽を追跡しより多く光を受けるためと考えられています。新しく生えた葉はまだ光合成が十分行えないため多くの太陽光を必要としますよね。他の葉からの栄養供給が乏しい場合は顕著です。葉柄の太陽光に応じた動きというのが成長促進を多かれ少なかれ促すと思うんですよね。また茎と連動して、衝撃により葉がとれてしまうのを防ぐクッションの役割もあると考えます。葉の硬さにも影響するので何とも言えませんが硬い葉の場合葉の上部に物が落ちるもしくは堆積すると(雨や石、昆虫など)葉柄がないと根元からちぎれるリスクが高まるはずです。あと、矢野興一氏「観察する目が変わる植物学入門」、ベレ出版(2012)には「スグリ(スグリ科)は葉身が落ちた後、葉柄がトゲとなって残り、植物を保護する役割を持つ」とあります。いろいろな役割が想像できて興味深いです。

A:これは、エッセイとしては面白いですし、僕自身、このような文章をよく書くのですが、この講義のレポートしては、やはり論理展開の欠如が気になります。さらさらと思いついたよしなしごとを書き付くるのではなく、何らかの問題を設定し、根拠を挙げてそれに対して論理的に回答するようなレポートを書いてみてください。


Q:針葉樹の針のように細い形の葉は光合成には適さないように思えるが、どんな利益があってその形になっているのか。調べてみると、光を受ける面積は小さいが、その分乾燥に強く保有する水分も少なくて済む利点がある。よって、水分が凍り根から吸収ができなくなる寒い地域や標高が高いところにも適する。水分が少ない場所では、光合成の能力が弱くても広葉樹より生き残れるような葉の形に形成されているのかなと思った。しかし調べたときに、針葉樹は広葉樹に比べて葉面積が大きく、樹冠が深いために広葉樹よりも高い成長量を持つというものがあった。針のような葉も光を受けるのに適するのか適さないのか、それは種によっての違いなのか、正直ここで分からなくなってしまった。正しく筋の通った考え方はどうなのかより深く調べたい。葉面積が大きいと、乾燥に強いというのはつながらない気もするが、その点は照葉樹という形で、クチクラ層などが発達し、葉の表面がテカテカした乾燥に強い葉もある。環境ごとに適する形成をして、目的を持ち多様化していることに、より深く興味を持った。
 かなり悩んだ書き方になってしまいました。結論が見えずに迷宮入りしています。より深く調べます。申し訳ありません。 参考文献 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1312004453、 http://www.ffpri-skk.affrc.go.jp/matu/qmatu_togaru.html

A:これは、調べたことにとらわれすぎている結果だと思います。針葉樹と広葉樹の比較は、個人の成績の比較と同じです。英語の先生がA君の方がB君よりも成績がよいと断言し、数学の先生が逆にB君の成績の方がよいと言ったからといって、別に矛盾があるわけではありません。異なる条件を設定すれば、異なる結果が得られます。この講義で求めているのは、自分なりの論理です。例えば、調べたら二つの矛盾するように見える記述があったとしても、そのような矛盾が生じる原因を考察してもよい一方、レポートとしては、自分の論理に都合が良いどちらかの記述だけを採用してレポートを書いてもらっても構いません。求めているのは、事実として正しい記述ではなく、レポートの内部での論理的整合性と、その論理展開の独自性と面白さです。