植物生理学I 第7回講義
続・光合成色素
第7回の講義では、前回の後半に引き続き、光合成色素の役割と意義について解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:海藻の色素は陸上植物に比べ多様性があり、それは水深によって透過する色が変わるからであると習った。陸上の植物が持っていない色素としてフィコビリンがあげられる。フィコビリンは緑の波長、つまり植物が吸収しない波長を吸収することができる。これは、例えば鬱蒼と生い茂った森林の地表近くでも力を発揮するはずである。しかし、陸上の植物はたとえ葉の陰に隠れるようなところに生息するものでもフィコビリンを持っていないのではないだろうか。このことから、海藻の色素に多様性があることは、単純に水の吸収だけでは説明がつかないように思う。それをとくには陸上と水中の違いを考えればいい。陸上と水中の違い、それはあたりまえだが水の有無である。水があることでフィコビリンを持つ者は、大きな温度変化から守られる。温度変化は、フィコビリンがタンパクに共有結合していることに影響する。フィコビリンは他の色素と違い、配位結合でなく共有結合をする。すると高温にさらされたときに解離しなくなり、タンパクが変性することで働きをなくす。水中では熱を発散しやすくフィコビリンは守られると考えられる。また、水中は生物が繁栄しやすい環境であるということも相まって、海藻の色素は多様性に富むのではないだろうか。
A:水中を森の条件と比較して議論している点が高く評価できます。単に「思う」のではなく、このように、身近に考えられる事実に基づいて論理的に考察することが重要です。
Q:今回の講義でMalacosteus niger(オオクチホソエソ)は赤外線照射装置と赤外線感知システムを持つと学んだ。この魚のどこにそのシステムがあるか疑問に思い調べてみた。赤外線は頭の前方の発光器から発光され、クロロフィルは目に存在するそうだ。深海は青から緑色の光しか届かない。よって、深海魚はその周辺のみの光を感知できるように進化している。オオクチホソエソも同じよう進化していると考えられるが、なぜ赤外線をとらえることができるのだろうか。これは取り込んだ赤外線を青から緑の光に変換するシステムがある、もしくは赤外線をそのまま使うことのできるシステムを持つという2通り考えることができる、ただ、先ほど述べた通り、深海魚は青から緑の周辺の光を感知できればよいように進化しているはずであるため、前者のほうが有力であると考えられる。
A:光の検知に関して、2つの仮説を立てて、論理的にどちらであるかを考察している点で評価できます。「深海は青から緑色の光しか届かない」ということ自体は、深さに寄りますから、実際にはオオクチホソエソの生育深度と絡めて議論する必要があるでしょう。
Q:今回の授業で、赤外線を感知するためにクロロフィルの構造によく似た色素をもつ動物がいることを学んだ。また色素とタンパク質が結合しているのは、制御下に置くためであることも学んだ。ここで動物にとってはγ線やX線などは有害なものである。では有害な紫外線が多いところを避けるために、紫外線を感知する色素をもつ生物がいるのか疑問に思った。紫外線はエネルギーが強く、短波長である。これらを感知する状態にあると考えられるのは、γ線やX線など自然放射能がでる環境に生息している生き物である。自然放射能があるのは中国の広東省の陽江県やイランのラムサールなどがあげられるが、実際にはそのような生き物は見つからなかった。ここから、紫外線はとても危険なもののため、紫外線を感知するための機構を作ってもすぐに破壊されてしまったりと実用性がないから作られなかったのだと考えられる。むしろ紫外線を吸収する仕組みよりも、できるだけ吸収しないような構造は発達することができると推測できる。これらからエネルギーは小さく、、有用性の高い赤外線を感知するために、色素をもつ動物はいても、紫外線を感知するために色素をもつ動物はほぼいないと考えられる。
A:面白い観点からのレポートだと思います。ただし、紫外線と「γ線やX線など自然放射能」の間の関係がやや不明瞭ですね。実際にはかなり波長が違うので、電磁波としての性質は大きく異なります。紫外線だけに関して言えば、ヒトの日焼けも、一中の紫外線感知システムとして考えることができるでしょう。
Q:今回の授業ではMalacosteus nigerというチョウチンアンコウの仲間の魚が取り上げられた。この魚は深海に住んでおり、クロロフィルを持ち赤外線照射装置と赤外線感知システムを使って獲物を捕らえる。周りの深海魚は赤外線を感知できないため獲物に気づかれることなく確実に捕獲することができる。陸上動物では赤外線を用いて狩りを行う生物としてヘビが挙げられる。ヘビは視覚がよくなく夜行性であるが恒温動物の体温を察知することができる。この点では暗闇の深海に暮し視覚に頼れないMalacosteus nigerと狩りをする環境が似ているといえる。しかしMalacosteus nigerが生きているのは水中である。赤外線は水に吸収されてしまうため水中では赤外線を使ったとしてもそれほど機能しないはずである。おそらく赤外線がどれだけ水に吸収されるのかは距離に比例するはずなので、もし獲物が自分の近くにいた場合その獲物は捕獲することができる。つまり一見赤外線を狩りの手段として使うのは不利なように思えるが、それを上回るほどこの手段が確実であることからこの魚が生存競争に勝ったのだと考えられる。
A:これは、類似のシステムを持つヘビを取り上げていて面白いのですが、最後の結論にヘビの話が直接役立っていないのが残念です。ヘビと比べることによって初めて明らかになる結論を導けるとよりよいレポートになると思います。
Q:細胞膜の成分はリン脂質とタンパク質である。殆どのタンパク質は酸性下では2次以上の高次構造が変化して活性を失ってしまう。しかし例外として、酸性下でも細胞膜に守られている細胞が存在する。極限環境下に生息する好酸性菌や古細菌である。では極限環境微生物はどのような細胞膜を持っているのか。今回は酸性に耐性を持った細胞膜について考察する。酸性下で変性しないタンパク質として、ペプシンが有名である。と思っていたのだが、よく調べるとペプシンはペプシノーゲンがphの低下によって構造が変化したものであるらしい。酸性耐性を持つ細胞膜もph低下による構造変化によって耐性を得たのではないでしょうか。考察(大爆笑)になってしまいましたが・・・
A:これもアイデアは面白いので、もうひと工夫あるとよいレポートになります。例えば、構造変化によって耐性を獲得したというのが本当であれば、中性領域では構造が元に戻ってむしろ機能が低下するはずです。その場合、耐酸性ではなく、好酸性になることが期待される、といった論理展開があると面白いでしょう。
Q:今回の授業で非常に興味深かった光合成生物のアンテナクロロフィルについて考察する。なかでもシアノバクテリアや紅藻のアンテナであるフィコビリソームの構造は機能性を重視した構造となっており、ロッドと呼ばれるコアから突き出た部分の構造は秀逸である。ここには3つのタイプのフィコビリソームが存在するのだが、吸収スペクトルのピークの位置が長波長側から順にアロフィコシアニン、フィコシアニン、フィコエリスリンとなっている。これらが内側から順番に配置されているというのが典型的なフィコビリソームの構造である。ここで注目したいのが外側に位置するフィコビリソームほど低波長、つまりエネルギーの高い光を吸収するのにすぐれている点である。私は、この構造が表面積に関係しているのではないかと考える。つまり、光合成生物は出来るだけ少ないスペースで多くのエネルギーを光合成から産生したい。その時に低波長の光を吸収できるフィコビリソームが多く外側に存在して光を吸収してくれれば、一番効率よく光エネルギーを産生することができる。また、産生したエネルギーの輸送経路についてもなぜ高エネルギーを生み出せるものが外側で、低エネルギーの物が内側に存在しているかというと、輸送中の減衰を想定して、できるだけ少ないエネルギーも無駄にしないことを意図して、低エネルギーを産生するフィコビリソームをコアの反応中心複合体に近い場所に配置していると考えられる。
A:講義で触れなかったエネルギー移動について考察していてよいと思います。ただ、なぜ「効率よく」なるのかのロジックをもう少し明確にできるとよいですね。
Q:「バクテリオクロロフィルの中心金属はマグネシウムで構成されているが、酸性下の環境に生息する生物でその中心金属が、酸性下でマグネシウムより結合力の強い亜鉛に置き換わったものが発見された」ということを教わった。授業中、先生がおっしゃっていたように、生物の体内は酸性ではないと考えられるので、生息する環境が酸性であるからといって体内に存在するクロロフィルの中心金属が亜鉛である必要はあるのだろうか、と私も疑問に思った。そこで、このようなクロロフィルを持つのはどのような生物であるのか調べてみると、紅色光合成細菌であることが分かった。これらは、増殖する時、体内に有害有機酸を取り入れるそうで、この時にクロロフィルの中心金属がはずれクロロフィル自体が壊れてしまうことを避けるために、酸性化で結合力の強い亜鉛が中心金属となったと考えられる。地球上には様々な特殊な環境が存在し、炭酸湖や炭酸塩を多量に含む土壌など塩基性の環境も存在する。そのような場所に光合成を行う生物が存在するならば、中心金属がマグネシウムでも亜鉛でもないクロロフィルが発見されるかもしれない。
A:「調べてみると」という場合には、必ず出典を書きましょう。ここでは調べた内容を自分の言葉にしているので、著作権法上は問題ありませんが、「有害有機酸」という表現は生物学上不適切だと思います(元のサイトの問題)。
Q:多くの光合成生物が持っていて可視光の中で短波長寄りの光を吸収するクロロフィルやカロテノイドと異なり、フィコビリンは長波長光寄りの光を吸収する色素でシアノバクテリアや紅藻など一部の藻類のみが持つ。ということは、シアノバクテリアからの進化の過程でフィコビリンは捨てられたことになる。フィコビリンも保持していればクロロフィルと合わせてより広範囲の光を利用できたはずなのに、何故捨ててしまったのだろうか?この疑問について考える。より広範囲の光を吸収できるということは、より効率よく光エネルギーを得られるということになる。しかしここで光阻害というものの存在を考えると、光エネルギーが余るほどあるのはあまり望ましくない。実際、多くの光合成生物が余分な光エネルギーを捨てる役割を持つカロテノイドを持っている。つまり現在のそれらの光合成生物は短波長光だけで既に光エネルギーを十分得られていると考えられる。従って、進化の過程でフィコビリンが捨てられたのは、クロロフィルやカロテノイドの他にフィコビリンも合成して過剰に光を吸収してしまう個体は光阻害により生育できなかったためと考えられる。
A:フィコビリンを捨てた理由という視点は面白いと思います。ただ、フィコビリンを保持する代わりにクロロフィルを減らすのではダメだったのか、という疑問は残るように思います。
Q:授業で赤外線を放射、感知する器官をもつ深海魚オオクチホシエソについて触れた。体温を持つ生き物はわずかながら赤外線を身体から発しているのでこれを利用して狩りを行うヘビなどの生物も陸上には存在する。深海で赤外線を利用する生物はオオクチホシエソしか今のところ見つかっていないがこの理由としては、魚が変温動物であり深海の水温が低いのでほとんど赤外線を生き物が発していないことや、赤外線は水中で大幅に吸収されてしまうので多くの深海生物は可視光の青白い光を発したり、またそのような青白い光を感知しやすい目のつくりをしているので赤外線を感知する機能を持たないのではないかと考えた。これらの理由で他の生物が赤外線を感知できないとすれば、外敵に狙われることもなく獲物に気づかれることもないのでオオクチホシエソの特殊性が深海では生き延びるために有利なのかもしれない。
A:論理的に考えようという姿勢が感じられてよいと思います。ただ、最後の一文のロジックは、「オオクチホシエソの特殊性」が何に起因しているのかに依存するので、その部分を明確にできるとさらに良かったと思います。
Q:講義で光合成に利用している光の波長によって植物の葉の色が異なり、海苔はほぼすべての波長の色を光合成に利用しているため色が黒いのだという話を扱った。私はこの話を聞いて、なぜ地球上に存在するすべての植物が黒くならないのだろうかと思った。パッと思いつく理由として、光合成色素を持ったり生産したりすることのコストが影響していると考えられる。今回はそれ以外のもうひとつの可能性として温度という観点から考察してみる。先述したように、植物は利用している光の波長により色が決定され、全波長の光を利用している場合には葉が黒くなる。我々の多くは小学校の理科の授業で「物を日なたに置いたとき、黒っぽいものは暖かくなり、白っぽいものはほとんど温度に変わりがない」といった実験を行っただろう。この実験を基に考えると、仮に全波長の光を利用している植物が存在したならば、その植物の温度は日が当たっている間はどんどん上昇してしまい、最終的に生命活動を営むのに支障が出ることが想定される。 このような温度による害を嫌ったため、黒い植物がほとんど存在しないのであろう。また、海水という周囲に温度を逃がすのが容易である環境に生育している海苔は黒いという事実はこの仮説を支持するひとつの根拠として挙げられるであろう。
A:これも、論理的に考えていてよいと思います。ただ、同じように水の比熱に原因を求めるレポートは他にも複数見られたので、それほど独自性があるというほどではありません。
Q:前回の授業では海水中の藻類などは光合成色素のバラエティに富んでいることについて、海水により光の強度が減衰することを一因として考えられるとのことだった。しかしこの場合陸上の植物が持つ光合成色素のほとんどが緑色であることへの説明が不十分である。よってこのことについて考える。考えられる理由はクロロフィルしか持たないものしか陸上に進出しなかったことである。これを証明するにはカロテノイドやフィコビリンを持つ種が陸上に進出できない理由を考察する必要がある。地上に届く光はいろいろな色の波長が混ざったものなので、カロテノイドやフィコビリンでも光の吸収という点では問題はないはずである。つまり原因は入ってくる光ではなく色素の方であると考えることができる。そう考えると光の吸収効率がクロロフィルの方が高いためにそれを主体的に使っているものが陸上を占めたと考えられる。他には海に住む色々な色素を持つ植物がある程度深い環境にしかいないために陸上に進出しにくいことが考えられる。以上のことからクロロフィルしか持たないものしか陸上には進出できず、陸上の植物がもつ光合成色素のほとんどが緑となったと考えられる。
A:光の吸収効率の差について議論したレポートは他にはなかったので、独自性のある論理展開として評価できます。