植物生理学I 第10回講義

光合成の電子伝達

第10回の講義では、好気呼吸以外の代謝について前回の講義を補足したのち、光合成系における電子伝達の仕組みについて解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:酸化剤が還元剤を還元するという説明で図を見た。この図の意味をネルンストの式を踏まえつつ考えてみたい。酸化還元電位を求める式としてネルンストの式がある。この式を見るとln(aOx/ aRed) (a:活量、Ox:酸化体、Red:還元体)という部分がある。ここ以外で正負が変わることはないので、酸化体の活量の方が大きければ正に、小さければ負に電位は動くはずである。図を見るとほとんどは正に電位が変化する中で二か所だけ負に変化する部分がある。これが反応中心で起きる反応である。では、光が当たることでなぜ電位は負に動くのだろうか。まず、反応中心に光エネルギーが入ることで、分子間でエネルギーの偏りが生じるはずである。これは分子を不安定にし、電子を放出するのではないだろうか。電子を放出しやすいという事は、いうなればイオン化傾向が高い状態と同じである。イオン化傾向が高い元素は酸化されやすい。つまり、相手を還元しやすくなっているはずである。ここでネルンストの式に戻ると、還元体の活量が大きくなると電位は負に動く。以上から、光が当たることで電位が負に動くことが説明できる。電子の動きなどを考えることや、電位の変化を式や仕組みから説明することは苦手なので訓練だと思って書いてみました。
 一つ質問があります。階段状に酸化還元反応が進行するという事は、きっかけを与えればきっかけが光でなくても反応が進行してしまうのではないでしょうか。という事は、それを防ぐための仕組みが必要です。その仕組みを1→2と反応が進行(1が2を還元)するときに通常還元力は1<2なのに対し、1が還元されると還元力2<1と還元力の逆転が起こり、反応が進行できると考えました。この考えは正しいのでしょうか。
参考文献:http://www.geocities.jp/acaradisco55/Taikou/science53.html

A:ネルンストの式の理解にやや不明確な点があるようです。この講義は化学の講義ではないと思って細かい説明をしなかったので、しょうがないと思います。先ず、図に示した酸化還元電位は物質に固有の標準酸化還元電位です。この部分はネルンストの式の中で定数項になっていますから、濃度によって変化しません。反応中心が光によって励起されると、分子の電子状態が変化して電子を放出しやすくなる、という理解は大筋正しいと思います。一方で、ある系の酸化還元電位は、その定数項に、レポートに書かれている酸化型と還元型の活量の比の項が足された形になります。ですから、酸化型と還元型の活量の比が同じ二種類の物質が混ぜ合わされた時には、より酸化還元電位が低い物質からより高い物質に電子が渡りますが、酸化型が圧倒的に多い酸化還元電子の低い物質と、還元型が圧倒的に多い酸化還元電位が高い物質の間では、後者から前者に電子が渡ることも考えられます。こんな説明でわかるかな?


Q:今回の授業で、呼吸の電子伝達鎖複合体は起源的に光合成の電子伝達鎖複合体よりも古いということを習った。では呼吸を行うミトコンドリア膜での電子伝達系と葉緑体チラコイド膜での電子伝達系はどのようにして出来上がっていったのだろうか。授業のスライドで呼吸と光合成の電子伝達系の模式図を見たがとてもよく似ていた。しかし、ミトコンドリアの祖先は好気性細菌であるし、葉緑体の祖先は緑色硫黄細菌と紅色硫黄細菌から進化したシアノバクテリアであると何回か前の授業で学んだので共通の祖先から分化したために似通っているわけではないようである。また、酸化還元電位については呼吸と光合成で異なっており、呼吸では右下がりであったが光合成では反応中心で光を跳ね上げる必要があった。このことはシアノバクテリアが緑色硫黄細菌から光化学系Ⅰを紅色硫黄細菌から光化学系Ⅱをもらって2つの光化学系を持ち合わせたことを裏付けているのだろう。以上に述べたことから呼吸を行うミトコンドリア膜での電子伝達系と葉緑体チラコイド膜での電子伝達系は別々の起源から出来上がったものであると考えられ、結果として似たようなシステムをもつようになったと考えられる。おそらくエネルギー生産効率を求め進化した結果である。

A:もちろん、光化学系Ⅰと光化学系Ⅱの部分に関しては起源的に異なると考えられます。ただ、その間をつなぐシトクロムb6/f複合体とシトクロムb/c1複合体などは、平行進化として考えるのは難しいほどよく似ています。


Q:高等植物のチラコイド膜モデルから、チラコイドの表面上に光化学系ⅠやATP合成酵素複合体があり、内側には光化学系ⅡとLHCⅡ複合体や三量体LHCⅡが存在していることがわかった。光化学系Ⅱでできたプロトンが電子伝達系を通りATPを作りながら光化学系Ⅰへと移動し、カルビンベンソン回路へ運ばれることで光合成が行われる。光化学系Ⅱでできたものが最終的に光化学系Ⅰに行くのならば、この二つを一緒にしたものを存在させても良いのに、表面と内側で分けている理由について考えた。光化学系Ⅱの数の方が光化学系Ⅰに比べて非常に多いため、強い光をうけ多くのプロトンを伝達するときに電子が過剰になる状態が起こる可能性がある。二つを一緒にすれば、数的な差がなくなり防ぐことができると考えられる。しかしチラコイドは層状構造になっているため、内側に存在する光化学系のものは光が届きにくく反応は起こりにくくなる。この場合、層状であることは非効率てきであり、表面積を増やした方がよい。では実際に重なりのある状態でⅠとⅡを別であるのは、内側に光化学系ⅡとLHCⅡ複合体や三量体LHCⅡを存在させることで、光が弱いときでも、微量のATPを合成させ光合成を成立させることができるからであると考えられる。

A:チラコイド膜の積み重なり構造(グラナスタック)の生理的意義に関しては、今でも完全には理解されていないと思います。その点に関する考察ですが、論理展開が僕にはわかりづらく思えました。たとえば、系Ⅱが多い、というのは前提として扱っているのでしょうか。それとも仮定なのでしょうか。内側に系Ⅱなどを存在させると、光が弱いときにでもATPを作れる理由もわかりませんでした。


Q:今回の講義では発酵や代謝について学んだ。そのなかで回虫、線虫類のエネルギー代謝の話があった。回虫は通常の呼吸と有機酸呼吸のふたつを持っているとのことであった。しかし回虫は主に腸で生活しているため通常の呼吸の必要性はあまりないのではないかと考えた。しかし調べてみると回虫の感染経路に理由があることがわかった。回虫は腸内で卵を産み、それが便として外界に出され、何らかの形で口から感染し、腸にたどり着くと腸から血液に進み成長しながら体内を移動し、最終的に肺、気管支を通り口へ行き、再び小腸へ戻り産卵する。つまり腸内ではないところに存在する期間が結構あるため、通常の呼吸の方がエネルギー効率がよいために通常の呼吸も利用しているということがわかった。
参考文献:公益社団法人 千葉県獣医師会 回虫症 http://www.cpvma.com/eisei/kaityu.htm

A:内容としては悪くないのですが、疑問の設定に対して、調べたら回答が与えられてしまっているので、独自の論理を展開する部分がありません。せっかくなので、何か自分なりのロジックを付け加えるようにしてください。


Q:独立栄養生物と従属栄養生物、どちらの生物も有機物から合成されることで誕生する。では、地球上で最初に誕生した生命は独立栄養生物と従属栄養生物のどちらなのだろうか?原始地球の海に含まれる分子が熱エネルギー・電気エネルギー等の外的刺激を受けることで天文学的な種類の分子結合配列が生まれては淘汰され、長時間の試行を経てアミノ酸の分子配列や原始生命になりうる分子結合配列が作られたという説が有力である。独立・従属栄養生物、どちらかが一方的に複雑な分子構造をしているとは訳ではないので分子構造の複雑さからどちらが先に作られる可能性が高いかの判断をすることができない。従属栄養生物が先に作られていたと仮定した場合、独立栄養生物が合成されるまでの間に従属栄養生物自体が餌不足により絶滅してしまう可能性がある。独立栄養生物が合成される前に従属栄養生物が合成された場合、従属栄養生物は独立栄養生物が誕生するまで絶滅と誕生を繰り返すのではないだろうか。私は生物の繁栄に繋がらない誕生を生物の誕生としては認めることは間違っていると思うので、やはり独立栄養生物が先に誕生したと考えて良いのではないだろうか。

A:よく考えていると思います。特に「独立栄養生物が合成されるまでの間に従属栄養生物自体が餌不足により絶滅してしまう」という部分は、専門家でも見逃している人がいます。エネルギーについて考えずに生物の構成要素としてだけ考えると、たまった有機物を使い続けることができるように思いがちですが、実際にはエネルギーとして有機物はどんどん分解されていくことになります。このレポートで提案されているような考え方は十分にあり得るものだと思います。


Q:今回の講義では、発酵などの代謝や光合成と呼吸はどちらの方が古いかなどについて学んだ。そのなかでも、植物は、通常は発酵をしないが冠水している根では例外的に発酵をすることがあるということに関心を抱いた。なぜ、冠水している植物の根で例外的に発酵が起こるのだろうか。発酵というのは、酸素を用いない呼吸である嫌気呼吸の一種である。また、アルコール発酵を行う酵母では、酸素が十分にある環境下ではアルコール発酵が抑制され、好気呼吸が盛んに行われる。これらのことから、冠水している根で発酵が行われるのは、酸素が少ない環境下にさらされている場合ではないかと推測できる。つまり、何らかの原因で水中の酸素濃度が低下している際に、好気呼吸だけでは十分にエネルギーが得られないので、好気呼吸とともに嫌気呼吸を行うのではないかと考えられる。そうすることで、生命活動に必要なエネルギーを得ているのではないだろうか。

A:講義の中で話を省略した点についてきちんと考えていると思います。水中の酸素濃度と二酸化炭素濃度については、植物生理学IIの講義の中で触れる予定です。


Q:ATP合成はATP合成酵素はたらきによって成されるが、その酵素自身が回転しているという。講義中にその概要と発見のさわりを説明してもらったので、(注1)で少しばかり調べてみた。実験的にATP合成酵素の回転を証明するために、膜に埋まるF0モータ0を扱うことは難しいことからF1モーターを用いたと記載されている。F1モーターとF0モーターが相互作用しており双方が回転していることは明らかになっているようだが、今回はF0モーターが回転していることを直接的に証明する実験を考えてみようと思う。まず、膜に埋まったF0モーターをF1モーターから単離する。F0モーターのc10部一カ所に蛍光タンパクを付着させ、水素イオンによってF0モーターを回転させる。膜の固定をすることによって顕微鏡で観察することも難しくないはずだ。膜の内外水素イオン濃度に変化を与える実験を行い、F0モーターの回転数の程度も数値化できる。しかし、この実験を行うにあたって考えなくてはならないのはF1モーターとの相互性である。F0モーターはF1モーターのために、またF1モーターはF0モーターのために回転することがありまずF0モーターが単独ではたらくか確認する必要がある。仮に単独ではたらかない場合はF1モーターと共存下で実験を行うことになるが、その結果はF1モーターによる(正または負の)影響があると考える必要がでてくる。したがってATP濃度によるF1モーターの回転も平行して実験しなくてはならないだろう。
※(注1)http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/043/research_11.html

A:面白そうなのですが、実験の具体的なイメージをもう一つ明確にとらえることができませんでした。膜をどのように固定するのでしょうね?膜内外に水素イオン濃度の勾配を作るのも、かなり厄介に思えますが・・・


Q:今回の講義を聞いて、ATP産生の反応は、根本的には電池と似たようなことを行っていると思った。ならば、この反応が生じている場所には電池に関する理論を当てはめて考えることができるのではないだろうか。今回のレポートではチラコイドがあのような形態をとっている理由を説明する。葉緑体での電子伝達形の反応はチラコイドで生じる。すなわち、この部位は電池の極板に相当するものであると言えるだろう。このように考えたとき、ATP産生を最大にするためには内部抵抗を最小化する必要がある。直流回路の場合には、内部抵抗の大きさは極板の間隔に比例し、極板の面積に反比例する。この法則をチラコイドに当てはめたならば、自らの面積を広くする必要はあるが、体積を大きくする必要がないことがわかる。ゆえに、チラコイドは扁平な袋状の構造を取っているのではないだろうか。この考えは物理学的な法則を特に誤差などを考えずに生物に適用しているため、実際の植物において成り立つかどうかは不明である。もし、この仮説を検証する機会が得られたならば、最初にチラコイドの面積が大きくなることによってATP産生がより大きくなるかどうかを調べる必要があるだろう。

A:電池との比較は面白いですね。コンデンサーなども同じような議論に乗っかるかもしれません。一方で、光合成の場合、光を受ける、という機能自体が「平たさ」を要求しますから、どちらが効いているのかを見分ける工夫が必要になると思います。


Q:ATP合成酵素が120度ごとに規則的に反応していることが印象に残ったので、今回は規則性についてレポートを書きたいと思います。規則性というのは、人間の目を通してものごとを対象化した際に見えてくるものです。科学は絶対的に正しい原理を前提として発展してきた考え方です。人間という主体が自然の中に存在する周期性と反復性に注目して、自然現象を説明しようとしてきました。でも、自然というのは、なんで地球があってそこに今自分が存在しているのかを偶然という言葉でしかか説明できないように、本来合理性を持たないのが普通で、人間がその中の合理的なものだけを対象化してみた際にみられるものなのかも知れません。つまり、自然はもともと合理的なものではないということです。これに似たようなことを言っている本を以前読んだのですが、題名を忘れてしまいました。

A:おそらく、人間が自然の中で合理的な部分だけ掬い取っているのは本当かも知れません。ただし、それ自体は自然が合理的でないことの証明にはならないように思います。自然それ自体と、合理性によって再構成した自然を比べた際に、大きな違いがあれば、自然は合理的でないと結論できる一方、それほど違わなければ、自然はだいたい合理的だと結論できるのではないでしょうか。


Q:前回の授業では発酵の意味を考えた。ここで例としてあげられたのは乳酸発酵とアルコール発酵だ。どちらの発酵も嫌気条件下で行われるが最終産物が乳酸発酵では乳酸、アルコール発酵ではエタノールという違いがある。このような違いが生まれるのにどのような生物学的意味があるのか考える。まずこの2種類の発酵の代謝経路上の違いを考える。糖をピルビン酸に代謝するところまでは共通だが、アルコール発酵では脱炭酸酵素により脱炭酸が起こった後補酵素より水素を受け取りエタノールに代謝されるのに対し、乳酸発酵では補酵素から水素を受け取る反応のみで乳酸に代謝される。よってアルコール発酵の方が多くの代謝段階を経ており、わざわざエタノールに代謝しているというように考えることができる。アルコール発酵は乳酸発酵との違い脱炭酸を行う、すなわち二酸化炭素を排出する。嫌気呼吸より好気呼吸の方がエネルギー産生効率がいいのでできるだけ好気条件で生育したいはずだ。嫌気条件では好気呼吸をする生物は成育しにくく、逆に光合成で炭酸同化をする植物は生育しやすい。植物が積極的に光合成を行えば酸素濃度も大きくなり好気条件に近づくと考えられる。以上のことからアルコール発酵を行う生物は二酸化炭素を放出することで周りの植物の光合成を促進させより速く好気条件にするという共生的意味を持っていると考えられる。

A:これはユニークな考え方ですね。よいと思います。アルコール発酵をする生物について、光合成生物と共生するメリットを論じたレポートは初めてです。