植物生理学I 第9回講義
光合成におけるATP合成
第9回の講義では、光合成初期反応の概略と、光合成におけるATP合成の仕組みについて解説しました。少し難しかったかな、と思ったのですが、良いレポートがたくさんありました。
Q:本レポートではQサイクルにおけるQBについて考える。講義では,QBはプラストキノンにタンパク質が結合したものであり,QBに電子が1つ供給されるとプラストキノンはプラストセミキノンラジカルになり,さらにもう1つ電子が供給されると2つのプロトンが結合しプラストキノールがチラコイド膜に溶け出すという説明があった。この説明から,QBのタンパク質部分はプラストキノールの発射装置と捉えることができる。さて,このQBのタンパクにはプラストキノールを発射する以外に,QB中に生じたプラストセミキノンラジカルを保護する役割があると考えられる。チラコイド膜中にはプラストキノールだけでなくプラストキノンも存在する。いま仮に,チラコイド膜中のプラストキノンと,QB中のプラストセミキノンの間で
(QB中プラストセミキノンラジカル)+チラコイド膜中プラストキノン→(QB中プラストキノン)+チラコイド膜中プラストセミキノンラジカル
という反応が起こったとする。プラストセミキノンはチラコイド膜中に留まることはできず膜外に追い出されることとなるだろう。これは,電子とプロトンに移動を媒介する物質が失われることを意味している。また,上の反応はQB中のプラストセミキノンラジカルが還元される反応よりも起きやすいと考えれられる。上の反応が起こる状態ではプラストキノールはほとんど生じないので,Qサイクルを回すことはできない。Qサイクルが回っている,つまり上の反応がほとんど起きていないということは,QBにおいてプラストセミキノンラジカルをタンパクで包み込み保護し,チラコイド膜中のプラストキノンとの接触を防いでいるのだと考えることができる。
A:いきなり専門的で、かつ、つぼを押さえたレポートですね。確かに、膜中のプラストキノンは1電子還元された場合に不安定になりますが、それは、セミキノンラジカルが膜から出るという方向に働くのではなく、1電子還元が起こりにくくなるという方向に働くと思います。つまり、膜中ではセミキノンラジカルが不安定であること自体が、セミキノンラジカルの発生を抑えているのでしょう。
Q:葉緑体のチラコイドが重なっているのはプロトンが外部に流出したときのリスクを減らすという考えがある。しかし、私はこれは光の吸収効率を上げる為ではないかと考えた。普通は表面積が減ってエネルギー吸収効率が落ちるから重ならない方がエネルギー吸収効率が高いと考える。確かにチラコイドに含まれる葉緑体が吸収する光の量は透過する光の95%を吸収できない。よって、重なっていても吸収効率は落ちることはない。つまり、重なっていても葉緑体表面の吸収効率は下がることはないというのが一般的な考え方である。では逆にあげているのではないか。葉緑体のクロロフィルaは緑色をしているが、他の構造は無色透明と言ってもよい。しかし内液は満たされている。これは外液と内液で濃度差があれば光は屈折するのではないだろうか。つまり可能性として全反射するような角度が生まれ、それが重なり合ったチラコイド、いわゆるグラナ内で起き、逃がしていた光をより多く吸収することができるかもしれない。それを証明するためにはまず、単一チラコイドを取り出して光を照射する。その吸収量を計測。次に重なり合ったチラコイドを取り出して光を照射して再び計測する。その際に重なり合った個数分だけ吸収量を割り、前者と比較する。もしもこれで光の吸収量が前者より後者が統計的に多ければ、光はグラナ内で屈折もしくは全反射して葉緑体の光の吸収効率を上げていると証明できる。
A:「確かにチラコイドに含まれる葉緑体が吸収する光の量は透過する光の95%を吸収できない。」という部分の意味と、以下への論理のつながりがよくわかりませんが、面白い発想だと思います。葉の構造の光に対する影響から考えたものだと思いますが、葉の場合は、空気と細胞の間での屈折率が働いています。チラコイド膜と水では屈折率の違いはだいぶ小さくなりますから、屈折の効果はそれほど大きくないかもしれません。
Q:グラナスタッキングによってチラコイド内部からのプロトン流出量を減らす利点があるとすれば、同じ理由でチラコイド膜が光合成反応の反応物であるNADP、ATPと触れる頻度も減らないだろうか。もしそうであるとすれば、スタッキングによる利点が他に必要である。一つの仮説として、グラナスタッキングは光の吸収量を調節する構造ではないかと考えてみた。供給される二酸化炭素量と比べて過剰な量の光が照射された時、光合成で生じた酸素は活性酸素に変化し細胞に有害である。そこで、普段から過剰な光が照射する葉の細胞ではチラコイドがスタックした状態を取り、そこまで光が強くない葉の細胞ではスタッキングの頻度が少ない状態をとるというように状態変化することで葉緑素に当たる光の量を調節しているのではないか。スタッキング構造をとることで、毎回余分な葉緑体を分解して吸収する光の量を調節するのと比べると、光環境が変化した時にすでに作られた葉緑体構造を再利用できるという利点はある。ただ、この仮説は状態変化が起こり得ること、葉緑体の寿命がこの状態変化にかかる時間よりも長いことが前提である。2つとも放射性同位体マーカーを利用して観察することで確認できる。
A:これも発想が面白いですね。スタッキング自体が変化して一つの調節機構として働くというアイデアは素晴らしいと思います。なお、状態変化自体は実際に起こりえますし、環境に応答して変化する膜構造の研究は最先端の分野です。
Q:今回の講義では酸化還元電位の電位差に興味を持ちました。調べたところ「酸化還元反応は電子の授受反応で生化学では非常に重要である。生体はほとんどの自由エネルギーを酸化還元反応で獲得する。」とありました。生体は電位の違いを利用してエネルギーを合成しているそうです。授業中のパワポにもありましたが、電位を利用して光合成によりエネルギーを作り出します。反応によって変化した電位は光エネルギーによってまきもどされました。しかし合成が始まった電位に戻るのではなく、光エネルギーが加わったあとは新しい電位となりました。またその箇所から電位の違いを利用して反応がスタートします。最後に図を見たところ光エネルギーの介入もあり、同じ電位の場所で違う反応がおこっているところがありませんでした。その点より、植物は電位を利用して反応を進めるとともに、電位差を利用して反応生成物などを分別しているのではないかと考えました。
参考文献、ヴォート生化学(上)第4版、第4版第1刷2012年12月10日発行、小澤美奈子、東京化学同人
A:最後の方がよく意味が取りづらかったのですが、反応が酸化還元電位の差だけで決まっているわけではない、というのが結論ですね?そうだとすれば、その通りで、酵素と基質のように酸化還元反応にも一定の組み合わせがあって、どれとでも反応するわけではありません。
Q:シトクロムb6fが暗反応しか行わないのに, クロロフィルやカロチンなどの色素を有しているという点に関して, もしかしたらこの分子は暗反応だけでなく, 明反応にも関与しているか, 又は反応経路の一部が, 光の影響を受けて促進ないしは抑制されている可能性があるのではないかと考えた. 光合成によるエネルギーの合成は, 2つの光化学系に分かれて複数の段階を踏んで少しずる行われているようだが, 結局一連の反応は相互につながりがあり, この経路の中のどこかの要素で条件などが変わると反応に影響が起こる可能性がある. 特に, 光条件は天候や時間帯などに左右されて変動する要素なので, これを感知する色素分子を持つことで, 状況に応じてなるべく早く反応を調節する事ができるのではないかと考えた. この分子だけを単離して, 波長や強さの異なる光を照射する実験を行い, この分子の働きが光の影響を受けるかどうかを調べることがこの考えが間違っているか否かを確認する一つの手段になるかもしれない.
A:よく考えていると思いますが、なんとなく他の人でも考えそうなアイデアのような気がします。何をどのように調節する可能性があるか、など、他の人が考えつきそうもない所まで想像力の羽を今一息伸ばすことができるとよいですね。
Q:Qサイクルという話が講義の最後にあったが、2個の電子と水素イオンが入って4個の水素イオンが出ていき、4個の電子がシトクロムb6/f複合体へ移動するという流れに勢いがあるので、水車のように2個の電子がQサイクルを作るという説明がなされていた。しかし、水車の歯車が逆転することもあるだろうし、水が流れても歯車が止まったままということも考えられる。必ずしも2個の電子が運ばれるとは限らないのではないかと思った。また、勉強不足かもしれないが、電子はいったいどのようにして移動するのかということも疑問に思った。電子の流れる方向を決めているのは、濃度勾配と電位と構造なのかもしれないが、このサイクルが一方向に流れるためには、他に制御してるものがあるのではないかと考えた。例えばチラコイド膜で行われているので、膜に埋め込まれる形で存在しているポンプや受容体のようなものが存在していて、それが電子の流れを制御しているのだろうかと思った。そこで調べてみたところ、ミトコンドリアを例にしていたが、細胞内では多くの場合、特定の電子伝達タンパク質が電子を伝達しているようだ。そのタンパク質の構造や電子を運ぶ仕組みについての研究は北海道大学の理学部で行われているようである。結局のところ、どのように制御しているのか、電子はどのようにして方向を決められて移動するのかわからなかった。
参考文献 北海道大学理学部化学科/大学院理学研究院化学部門HP キーワードでひもとく、注目の研究紹介 生体内で電子が流れるしくみ wwwchem.sci.hokudai.ac.jp/archives/387 2013/06/13 21:48
A:電子の流れの制御については、次回の講義で説明する予定です。
Q:講義で葉緑体の構造と光合成について学んだ。葉緑体内では光エネルギーを酸化のエネルギーに変える作用を持つ反応中心と呼ばれる色素をアンテナ色素が取り囲んでいると習ったが、なぜこのような構造を持つようになったのか今一度考えてみたいと思う。講義では反応中心を作るコストが高いために反応色素の周りにアンテナ色素を大量に配置することでコストを抑えていると学んだが、他の理由はないのだろうか。そもそもこの構造は光エネルギーを受け取って励起状態になったアンテナ色素が隣接する色素にエネルギーを渡すことで基底状態に戻るという仕組みを利用したものである。これを繰り返すことでアンテナ色素で受け取ったエネルギーが色素から色素へと次々と渡され、最終的に反応中心に辿りつき、反応中心が励起状態になることでユビキノンを酸化させる。この酸化作用を持たせるために色々なタンパク質などが必要となるためコストが高くなり反応中心の量が少しですむこの構造になったとのことだったが、これだけでは重要な要素が考えられていないように感じる。それエネルギーのロストである。色素間でエネルギーの伝達が起こる以上、エネルギーを100%伝達できるということは考えにくいだろう。また、講義ではエネルギー伝達がランダムに行われた結果、反応中心にたどり着くと聞いた。つまりそれだけエネルギーのロストは高くなるだろう。それなのになぜこのような構造をとっているのか。これは恐らく色素間のエネルギー伝達率が非常に高いためである。反応中心を増やすコストよりもエネルギー効率が良ければこの構造は確かに利点があるだろう。しかし、本当にこれが最もエネルギー効率がいいのだろうか。光のエネルギーを反応中心に集める方法として他には光を集約し、反応中心に当てるということが考えられる。光の集約は葉の構造の時のように反射を用いる方法やレンズのように屈折させて集める方法などがあるだろう。これらはどうだろうか。反射の場合は色素を用いた時と同じく経路がランダムになるためロストは大きいだろう。また、反射による光の集約のエネルギー効率はあまりいいとは思えない。ではレンズはどうだろうか。こちらは経路は固定され、エネルギーの集約率も悪くないように思える。しかし、虫眼鏡で太陽光を黒い紙などに集め焦がした経験がある人は分るだろうが、光を1点に集約するというのはリスクが伴う。このような構造を取った場合、色素にダメージが蓄積されるだろう。これらの理由により、やはり反応中心をアンテナ色素が取り囲む構造は優れているといえる。
A:よく考えていると思いますが、全体として議論がやや行ったり来たりする感じがします。長さは十分すぎるので、ここから少し論理が通りやすくなる形で短く推敲するともっとよいレポートになると思います。
Q:「光合成系の酸化・還元電位は右肩上がり(呼吸系は右肩下がり)なので、光エネルギーを使用して「坂を上って」いる。」前回の授業ではこんな話がありました。光合成を行う生物は、地球上の生物にエネルギーを与えて食物連鎖を支えています。そしてそのエネルギーは光によって与えられています。つまり生物の大部分は「光に生かされている」と言ってもよいでしょう。対して、光が届かない世界の生態系には、当然ながら光以外のエネルギー源が必要になります。深海の熱水噴出孔の近くでは、化学物質の酸化還元電位の差からプロトンの濃度勾配を作り出し、ATPを合成する化学合成細菌が生態系にエネルギーを供給しています。つまりここでは生物は「化学物質に生かされている」と言えます。さて、「何か」によって生かされているものは、「何か」がなくなった場合窮地に立たされます。仮に光が届かなくなれば、地上の生命は絶滅してしまいますし、熱水が噴出しなくなれば噴出孔近くの生物は死に絶えるでしょう。生命が依る「何か」が単一の場合、一つの変化によって生命が全滅する可能性があると言えます。しかし、地球上に複数の「何か」の世界があった場合、その可能性は低くなります。全球凍結が再来したものの、化学物質世界の住人がかろうじて生き残ったおかげで生物が繁栄する日が来た。なんてことも考えられると思うのです。広義の生物多様性には、自分たちの依存する絶対的な「何か」を分散させることが含まれるのではないか。それによって生物全体の繁栄を長く、そしてより確実なものに出来るのではないかと考えました。「資源のない者は、エネルギーの供給源を分散させることが繁栄への第一歩」または、「光のみに頼るのは生態系の無性生殖、複数の世界に頼るのは生態系の有性生殖」という抽象的な結論になりましたがここで終わろうと思います。流石に光合成のしくみに関わる和歌はなさそうだなと思いながら期待している今日この頃です。
A:もしかしたら、前にも同様のコメントをしていたかもしれませんが・・・。どうもエッセーのような流れですね。文と文の間は論理的につながっていて文章としての流れはあるのですが、全体としてある主張のために構築された文章には見えません。先頭からさらさらと書き流すのではなく、最後の結論を考えておいてそこに論理が収束するように文章全体を構築すると、科学的なレポートになると思います。
Q:今回の講義で、光合成の仕組みについて学んだ。その中で、高等植物のチラコイド膜モデルがでてきた。チラコイドは積み重なって、グラナという構造を作っているが、この積み重なりの構造をもつ理由として、チラコイド膜からのプロトンの流出を防ぐことが挙げられていた。では、これ以外に積み重なり構造をもつ理由を考えてみた。高等植物のチラコイド膜モデルをみると、他のチラコイドと面している部分には主に光化学系2が存在し、それ以外の膜部分には光化学系1とATP合成酵素がある。もし、チラコイドが積み重なりの構造を持たないとすると、各々のチラコイドが同様な数の光化学系1、光化学系2、ATP合成酵素をもつこととなる。そのため、チラコイドによって光化学系1、光化学系2、ATP合成酵素の存在する割合を変えることで、多様な光環境に対応できるようにしているのではないかと考えられる。例えば、光が十分に多い環境では、積み重なりのある部分はATP合成酵素が存在しないため、積み重なりのない構造の方が、ATP合成酵素の数は多く、より多くのATPを合成できるのではないかと考えられる。しかし、チラコイドに積み重なりがない場合では、光の強さが弱くなっていくと、どのチラコイドにおいても同様に光合成によるATP合成が阻害される。一方で、積み重なりがある構造では、積み重なりの部分が多く光化学系2が発達しているチラコイドのはたらきにより、積み重なりのないチラコイドがほとんどATPを合成できないような光の強さでもATPを合成し続けることができるのではないかと考えられる。このため、チラコイドが積み重なりの構造を持つ理由として、光が十分にある環境で多くのATPを合成するというよりは、光が不足した環境でもATPを合成し、生存し続けるための工夫ではないかと考えられる。
A:これは、積み重なり自体が意味をもつのではなく、積み重なりがある部分とない部分を両方作っておくことに意味がある、という論理ですね。非常にユニークで素晴らしいと思います。これまで、このような考え方をした人はいなかったのではないでしょうか。