植物生理学I 第8回講義

呼吸によるエネルギーの獲得

第8回の講義では、呼吸の反応によりどのようにATPが合成されるのかについて解説しました。また、酸素のない環境での発酵やフマル酸呼吸などについても触れました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:ATPaseの説明の中で,東工大が証明したATP回転触媒説について興味を持った.この膜タンパクが回転しながらATPを合成することは,回転するサブユニットにアクチンフィラメントを付加し,回転する様子を撮影することによって確認された訳であるが,この手法では回転が速過ぎた場合に発見に至ることは無かったとの指摘があった.この実験では,回転するF1領域に付加したアクチンフィラメントの質量が大きいため,回転が遅くなったという背景がある.そこで今回は,他の実験方法を考えてみた.実験の段階では,タンパク質に細工をすることで解決していたが,培地の方に注目する.よって,ⅰ)培地の粘度を上げる,ⅱ)培地の対流を調べる.の2点を中心に話しを進める.ⅰ)ATPaseの存在している培地の粘度を上げることによって,回転に抵抗を与える.しかし,この方法では,ATPaseの回転が目視できない程に早いという仮定に気付いていなければ思いつく方法では無いという欠陥がある.そこで,次の考えに移る.ⅱ)ATPaseが回転を起こしていると仮定した場合,周囲の分子も何らかの影響を受けるはずである.従って,周囲の分子の動きを観測/数値化することが出来れば,証明できるのではないかと考えた.この場合,対流を数値化できたとしても,ATPaseの運動がることは確認できるが,回転しているかどうかはわからないかも知れない.従って,ⅱ)→ⅰ)の順で,ⅱ)の結果から仮説を立てて,ⅰ)で可視化する流れが自然であると考えた.

A:実験手法を考えてみた、というところが面白いと思います。他にも、同様に実験手法を考えたレポートが一つありました。回転を観察する、ということと、回転を遅くして目に見える速度にする、という2つの目的をそれぞれ考えているので難しくなっているのを、最初に整理してから考えると案外単純な話になるのではと思いました。


Q:シジミの下ごしらえを授業で聞いた。そこでふと考えたのだが、どの生き物も被食されない工夫をするはずである。ではなぜシジミのようなうまみ成分を持つとされる生き物はうまみ成分を持ってしまったのか。持っていない方が人間に食べられる頻度は減るはずである。シジミは嫌気下ではフマル酸呼吸を行い、フマル酸をコハク酸にすることでエネルギーを得ている。そもそもシジミに嫌気下で生き残る術があるのはその生息域が汽水域だからである。他の汽水域で生きる生き物はどうなのだろうか。たとえば、シジミと同様、2枚貝であるアサリは同じく汽水域を好む。そのため、嫌気下にさらすとコハク酸を蓄積する。しかし、魚の場合はえら呼吸、つまり好気呼吸であり、嫌気下にさらしてもコハク酸を蓄積することはないだろうと考えられる。他のうまみはどうなのか。例えば昆布に含まれるグルタミン酸である。植物が窒素固定する際にNH4+をグルタミン酸と結合させグルタミンを生じる。このグルタミンのアミノ基を転移することで新たに2分子のグルタミン酸を生じ窒素固定を行う。つまり、どちらも私達がうまみ成分とよんでいる物質を目的として反応を起こしているわけではない。コハク酸はエネルギーを取り出すためであるし、グルタミン酸は窒素を固定するためである。すなわち、生存に必要な反応過程で生じてしまうのがうまみ成分である。
東京大学光合成研究会 編、光合成の科学、東京大学出版、2012、p131?133

A:目の付けどころは面白いのですが、食べられるためにうま味成分を作っているわけではない、のが結論だとすると、やや当たり前かな、と思います。なお、レポート中、「窒素固定」とあるのは「窒素同化」です。窒素固定は、窒素分子から窒素化合物を作る時にだけ使います。


Q:ATP合成酵素の回転触媒説について述べる。その回転を証明するための実験はひじょうにわかりやすく興味深かった。蛍光標識したアクチンフィラメントをγサブユニットに結合させ、蛍光顕微鏡下で観察するとその回転がより大きく可視化することができる。ここで、なぜ他のサブユニットではなくγサブユニットにアクチンフィラメントを結合させたのかを考える。まず、回転を確認するのが目的ならばどのサブユニットに結合させても基本的には問題がないはずである。わたしがまずその候補として挙げるとしたらαサブユニットもしくはβサブユニットである。なぜならばその二つのサブユニットは構造上最も外側に位置していて回転の様子が最も大きく可視化されると考えられるためである。ここで、βサブユニットは直接ATP合成に関与する部位であるため結合させるサブユニットとして選ばれなかったことは予想できる。αサブユニットはなぜ選ばれなかったのだろうか。αサブユニットがATP合成にどのように関与しているのかははっきりしていないので少し安易な考えではあるが次のように考えた。アクチンフィラメントの結合は完全に人為的に操作できるものではない。したがってβサブユニットと隣接するαサブユニットに結合させてしまうと、かなりの高確率でβサブユニットにアクチンフィラメントが邪魔をしてしまう可能性があるのだ。γサブユニットも隣接はしているがα、βサブユニットを葉とするならば幹のように連結しているため、回転の向きなども考えるとβサブユニットにアクチンフィラメントがかぶさる可能性は極めて低いことが予想できる。以上のことからγサブユニットが選ばれたのだと考えられる。

A:これも目の付けどころはよいと思います。実際にアクチンフィラメントをどのように結合させたかは、論文を読んで調べてみてください。


Q:今回の授業の冒頭でATP合成酵素についてのお話があったが、蛍光標識したアクチンフィラメントを回転軸であるγサブユニットに結合して、その蛍光を顕微鏡で観察することによって回転説を証明した時のビデオを観させていただいた。先生もおっしゃっていたように、ところどころ回転が引っかかる箇所があったが、そのビデオを観る限りではどこが引っかかりやすいのか確認できなかった。理論的には、βサブユニット3つから構成されているため120度の位置でいったん止まると予想をつけて、調べてみた。すると、予想は当たっていたものの、「ATP濃度を低くすると120°ごとに停止する(文献引用)」と記されていた。私は、一度プロトンを取り込めば回転するため、ATP濃度に関わらず120度でいったん停止し、ATP濃度が低ければどんどんATP合成が必要であるため、むしろ停止時間が少なくなってわかりにくくなるのではないかと思っていた。考えられる理由として、ATP分解酵素反応によって反時計回転の運動がなされるため、ATP濃度が低ければスムーズに次のATP合成に移ることができず、停止時間が延びることが挙げられ、また、ATP濃度はγサブユニットの回転に関わるが、ATP合成反応には直接関与せず、プロトンの濃度が関与していると推測できる。つまり、ATP合成酵素は、プロトンがある限り、ATPを作り出せるだけ作るのであろう。
参考文献:”ATP合成酵素の回転説とNa+, K+-ATPase”, 香川靖雄著, http://lifesciencedb.jp/dbsearch/Literature/get_pne_cgpdf.php?year=1998&number=4302&file=m3Wva/3OGxTLQVUG2npIJg==

A:回転を観察したのは、あくまでATPを加えた時のATP分解反応に伴うもので、ATP合成反応とは逆になります。講義で言ったように、酵素は逆反応も触媒することが多いものです。そこをごっちゃにしないように注意しましょう。


Q:講義で回虫、線虫類は嫌気状態でもエネルギーを得ることができ、酸素呼吸のほかに有機酸呼吸を行なうことを学んだ。回虫、線虫類が有機酸呼吸を行なう理由について考えてみた。線虫類の大半の種は陸上の土壌や海底の砂泥中に生息している。また、回虫はヒトをはじめとする多くの哺乳類の小腸に寄生して生活する。ここで、陸上の土壌中や海底の砂泥中では、光が届かないため、光合成をおこない酸素を発生させる生物がいない。また、土壌生物の呼吸によっても酸素が失われるため、酸素は少ない状態にあると考えられる。一方で、動物の体内(小腸)も組織の各細胞で酸素が消費されるため、酸素濃度は少ないと考えられる。このような酸素が不足した環境で、有機酸呼吸という嫌気状態での呼吸を手に入れ、生存と繁殖に必要なエネルギーをより効率よく獲得できるように適応したと考えられる。しかし、一方で、環形動物であるミミズやゴカイでは、陸上の土壌や海底の砂泥中という同じような環境で生育しているにも関わらず、このような機構をもっていない。では、どうして環形動物は酸素濃度の低い環境で酸素呼吸だけで生存できているのだろうか。この理由としては、環形動物は環境の変化を察知し、移動する能力が高いからではないかと考えられる。よく雨の降った後に道路で干からびているミミズを目にするが、これは雨によって土壌中の間隙に水が浸入し、呼吸ができなくなるため、地上にでてきて、そのまま土に戻ることができずに乾燥したからだといわれている。このことから、回虫や線虫類が酸素の少ない環境でも生きることができる仕組みを手に入れ、あまり動かない生活を選んだのに対して、環形動物は、環境が悪くなると、地上や海中の砂泥の外へ移動し、酸素の多く得られる場所に移動することで生存することができると考えた。これを確かめるためには、酸素濃度などの環境の変化による環形動物と線虫類・回虫の行動を観察する必要がある。

A:これも、面白い点に着目していると思います。複数の動物を比較することにより、その代謝と行動を予測していて、生物学の王道という感じですね。


Q:授業では、冠水した植物の根では例外的に発酵が起こる報告がある。と紹介がありました。さて、「冠水した根」の代表的なものは何と言ってもマングローブでしょう。マングローブは、汽水域付近に生息する植物のいくつかを指す言葉で、熱帯に多く見られます。満潮時には植物体の一部が水面下に沈んでしまう種があることでも有名です。マングローブの生息場所は干潟のような環境であり、河川が運んできた有機物が堆積しやすく、見るからに嫌気的で還元性が高そうです。植物にとっては過酷な環境ですが、マングローブはタコの足のような支柱根、板のような板根、そして土の中から空中へ向かって伸びる呼吸根などを備えることで、空気中から直接酸素を取り入れています。さらにこのような根の中には葉緑体を持つことで光合成を行うことができるものもあるようです。これらの特殊な根によって安定して酸素を取り入れることに成功しています。しかし、これはあくまで成長した植物体の話です。マングローブは胎生種子が地面に落ちて(刺さって)新たに植物体を成長させるのですが、種子は小さいため、満潮時は植物体のすべてが水につかってしまいます。私も西表島やフィリピンなどでマングローブ(ヤエヤマヒルギなど)を多く見かけましたが、一メートル位のものは葉の先まで水につかっていました。このような状態ではいくらマングローブでも空気中から酸素を取り入れることはできないでしょう。これに関して、どのように対処しているかを考察してみます。まず考えられるのは、植物体の多くが水につかっているときは呼吸を止めている。というものです。この場合、植物は一日の半分ほどを細々と耐え忍ぶことになり、成長にも影響が出そうです。そのため種子から成長していく初めの数年は成長速度が遅く、満潮時にも水面に顔(?)を出すほどになると成長速度が上がると考えられます。次に考えられるのは、水面下で光合成を行うというパターンです。水が濁っていない限り、水中でも光は取り入れられますから、それを利用して光合成を行います。これによって出来た酸素を呼吸で使用し、呼吸によって生じた二酸化炭素を光合成に使用する。というものです。しかしこの場合でも、植物がある程度大きくなってからの方が十分に呼吸、光合成が行えるため、成長速度は速くなりそうです。

A:文章としてはよいと思います。ただ、レポートとしては、その論理がどこへ行くのか、わからないまま進行していくのがやや気になります。文学作品で結末が早々とわかってしまうのは考えものですが、科学論文では読んでいるうちに著者が何を結論したいのかわかるものの方が評価されます。


Q:授業でATP合成酵素が回転することにより、ATP合成を行っていると習った。では、その意義とは何なのだろうか。回転する、つまり運動しているということは、それだけエネルギーを使っていると考えられる。またその回転がある一定の速度で行われるとすると、抵抗等があるため完全には成り立たないが、慣性の法則によりエネルギー消費は抑えられる。しかし、ATP合成酵素の回転は120°を単位として停止しているようだ。よって、停止した際に運動から保存されるエネルギーがあるはずである。これはATP合成酵素からATPを外すときに役に立つと考えた。授業ではATP合成酵素からATPを外すときにエネルギーが必要だと習った。ではATPが結合しているかつ回転しているATP合成酵素が急激に停止すると、どうなるのだろうか。慣性の法則により、ATPは回転運動を続けようとするため、ATPが酵素から外れやすくなるのではないだろうか。

A:なるほど、ATPが合成される反応ではなく、ATPが酵素から外れる反応にエネルギーが使われる、という話とうまくつなげましたね。よい考察だと思います。


Q:授業で取り上げられた、タンパク質の回転によってATPを産生するATP合成酵素であるが、これに関して興味深い研究がある。従来、このATP合成酵素の働きは、βサブユニットとγサブユニットの相互作用によって、一定の正しい方向へ回転するよう制御されていると考えられてきた。しかし、タンパク質回転の中心の軸となるγサブユニットを小さくし、βサブユニットとの接触を極力小さくしても、γサブユニットの回転が確認されたのである。そこで、高速原子間力顕微鏡を用いて完全にγサブユニットをなくしたATP合成酵素を観察し、その状態でもβサブユニットの変形が回転がおこなわれるときと同じように順番に変形するかどうかを調べたところ、回転効率などは低下するものの、タンパク質の変形自体は問題なく起こったという。これによって、γサブユニットの収まる位置に、別の棒状に合成したタンパク質やカーボンナノチューブを使っても分子モーターの回転がおこなえる可能性が示唆された。つまり、いわゆるナノマシン作製の手がかり、あるいは一要素となりうるということである。しかも、この分子モーターはATPをエネルギー源にすることもできるし、逆に、実際のモーターのようにγサブユニット部分を回転させることで、ATPを作り出すこともできる可能性がある。ATP合成酵素を素材に用いた研究の発展は、特に生体内での医療などで、我々がSFのような世界に近づく可能性を秘めているといえるだろう。
参考文献:ライフサイエンス新着論文レビュー. 回転子のないF1-ATPaseが一方向に“回転”することを高速原子間力顕微鏡により解明、http://first.lifesciencedb.jp/archives/3387

A:面白い記事を見つけましたね。ただ、これだけでは単なる他人の仕事の紹介です。この講義のレポートは、自分なりの論理によって評価されます。せっかく面白い話を見つけたのですから、そこから自分なりの発想を展開してください。