植物生理学I 第10回講義

光合成の電子伝達

第10回の講義では、前回に引き続き光合成の初期反応について、アンテナ系とのかかわりなども含めて解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:今回の授業でアオサの吸収スペクトルと作用スペクトルについて学びました。アオサは水深の深くない浜近くに生息しておりアオサにはほぼすべての波長の光が届いていると言える。しかし、アオサの吸収スペクトルは500~670 nmと690 nmより長波長において下がってしまっている。690 nmより長波長においてはアサクサノリを含め他の植物に関しても同じく吸収スペクトルは下がっているが、500~670 nmに関してはアサクサノリでは光合成量子収率が高いのであるのに対してアオサではそれが低い値となっている。これはなぜなのか考えたときに、そもそもアオサは潮の満ち引きのある浅い海の岩などに付着して生息しているのだが、海の富栄養化などが少し生じるとこのアオサは大発生するなどとても増えやすい。そうすると種内において光を巡る競争が起こってしまうことが考えられる。そのためこのときに500~670 nmにおける一個体あたりの吸収スペクトルをあえて下げることで、同じアオサが密生した場所において500~670 nmの光を分け合って吸収し光合成に利用することで、多くの仲間が同じ場所に生息することを可能にしていると考えることができる。それは血縁度ではないが自身が子孫を残すことも重要であるがアオサ全体における包括適応度をあげることで種を保存しようという戦略のちがいがこれを生んだ原因ではないかと考えられる。現にアオサは浜など陸上に近い所に生息しているために非常に多くの捕食者がいるのである。

A:自分なりの論理を展開しているという点では評価できます。ただ、講義の中では、別の解釈を示しました。やはり、単に自分の論理を述べるだけでなく、既存の解釈の問題点への指摘が必要だと思います。


Q:いままで自分の提出したレビューシートを振り返り、理系的な文章を書かなくてはいけないと自覚しつつも、今回私が書こうとしている内容はエッセイの匂いを醸し出すことを免れません。せめてもの悪あがきに、始めに言いたいことを言ってしまおうと思います。
「グラフを見る目は生き物を見る目と同様、慣れ、観察し、考察することによって培われる。」
これが私が今回の結論にしたい言葉です。前回の授業では酸素発生の量子収率を考えるグラフが紹介されました。そこで先生は「変わらないということが特徴です」とおっしゃいました。これはグラフの特徴を考えるときに、変化(この場合ではred dropなど)を最重要項目として考えてきた青二才である私には衝撃でした。それと同時にこのような「グラフを見る目」が「生物を見る目」と同様に、経験を積むことで得られるのではないかと感じました。この点を考察する上で私が比較対象に挙げたいのはムササビです。ムササビはネズミ目の哺乳類の一種で、飛膜を広げることで森の中をグライダーのように滑空することができます。このダイナミックな滑空を支えているのは言うまでもなく飛膜なのですが、それと同じ位重要なのはしっぽの周辺にあります。ムササビは滑空の最中にしっぽをふりふり揺する、あるいはしっぽと体の間をつなぐ飛膜をふりふりすることで方向転換を可能にするとともに、飛行を安定させているのです。さて、ここで先ほどのグラフの話とムササビの話を比べてみましょう。ムササビの滑空は初めて見る人を驚かせ、感動すらさせるでしょう。しかし、初めて見る人はムササビのもふもふとしたしっぽに飛行のかじ取り能力があるとは気づきません。グラフも同様だと思うのです。初めてあのグラフを見て、すぐさま「大きく変化するところを除けばグラフは大きく変動していない。よって変化していないことが特徴である!」などと述べる人はほぼいないでしょう。大概はダイナミックに変化するred dropなどの箇所に気をとられるに違いありません。少なくとも私はそうでした。ではグラフの隠された特徴に気付くためにはどうすればよいのでしょうか。ムササビのしっぽの動きの重要性に気付くには、ムササビの観察を継続して行い、協力者の話を聞き、自分で考察することが求められます。グラフの重要性に気付くにもこれと同じことが求められると思うのです。今は教師である園池先生が解答を持っていますが、将来自分自身でグラフの隠された扉を開くためには、ムササビの観察と同様の苦労を味会わなければならないのはもはや自明の域でしょうか。

A:今回は、結論を最初に打ち出すことによって、全体の論理構成の見通しがよくなったと思います。ただ、「教師である園池先生が解答を持っていますが」という点が気になりました。この講義のレポートへのコメントを見ていたらわかると思いますが、僕自身は「教師の言ったことが正しい」という態度は科学の発達を阻害すると思っています。だからこそ、繰り返し「自分なりの論理」をレポートに求めているのです。そして、論理を骨格として持たないレポートに対して厳しくコメントしているわけです。ただ、別にエッセーが嫌いなわけではありません。あくまで「この講義へのレポートとしては」エッセーはふさわしくない、ということです。僕自身、今、日本光合成学会のホームページで、目標週一のエッセーを連載しているぐらいですから。意識せずとも「エッセイの匂いを醸し出す」達人の感想を聞かせてくださいな。


Q:光合成の電子伝達系はZ-schemeという光化学系2と2で、異なる波長の光を吸収することで二段階に電子のエネルギーを高めているが、呼吸における電子伝達系とはプロトンの濃度勾配をつくる点は共通であるが、NADPH2の生成があるかないかという点で役割が異なっている。このNADPH2は後のカルビンベンソン回路で還元剤として働き、この回路を回すのに重要な役割を果たしている。しかし、二酸化炭素を吸収しなければ、NADPH2からプロトンが外れないので、NADPを再生することが出来ない。呼吸には嫌気条件下でもNADを再生させる経路の発酵があるのに光合成には低二酸化炭素条件下で、NADPを再生させる経路が発達してこなかったのか。呼吸の場であるミトコンドリアはどの細胞にも分布しているのに対して、葉緑体は限られた細胞にしか分布していないという葉緑体の分布領域が1つの原因として考えられる。

A:面白い指摘です。発酵の意義である酸化力の再生を、光合成の電子伝達と絡めて議論したレポートはこれまでなかったと思います。最後、あっさりと終わっていますが、もっと深く検討するに値する課題だと思います。


Q:電子伝達はチラコイド膜上で、光化学系I,II、およびシトクロムb6/fのそれぞれの反応により行われると習った。しかしこれらの電子伝達系は、それぞれが膜上に配置されるのではなく、すべての反応系が一つの複合体となって活動すればより効率の良い反応が行われるのではないだろうか。現に、ATP合成酵素はそれぞれのサブユニットが合体していると習った。これらの電子伝達系が合体しない理由としては、光化学系I,IIともに光のエネルギーを利用して反応を進めているために、合体するよりは離れていた方が効率よく光エネルギーを得られるためではないかと考えられる。

A:視点はよいと思いますが、最後がちょっと説明不足ですね。相互に影になる、といったことを考えているのでしょうか。


Q:アサクサノリの吸収スペクトルは可視光ほぼ全てなのに対し、作用スペクトルは500~600 nmであり、それはなぜかということを講義で扱った。私はこのフィコビリソームと電子伝達系の関係が自動車メーカーと部品工場の関係に似ていると考えた。自動車メーカーのフィコビリソームが働けなくなると部品会社の電子伝達系は機能できなくなる。機能できたとしても、自動車(光合成)は完成しない。ここで疑問に思ったのが、なぜ単独の色素ですべての機能を賄えるようにならなかったのか、だ。しかし、これは考えようによっては危険な行為である。なぜなら、特定の波長のみに頼ってしまっていたら、その特定の波長が届かなくなったとき、すべての機能が停止してしまう身体。だが、現在のようにフィコビリソームに頼り切った構造であったら同じことだ。特定の波長が届かなくなったら機能は停止する。ならば、単独で働くことができるほど電子伝達系が大きくなっていればよかったのではないか?しかしそれでは植物の身体自体が大きくなりすぎて保つのにコストがかかり過ぎるのか・・・。なぜこのような形態をとるようになったのかはっきりとはわからない。ただ、私は一つの可能性を提唱したい。色素を複数持つことで、どれか一つが失われても他の色素が補うことができ、たとえその色素をもつ構造が小さすぎでエネルギーを十分に発生させられなくても、進化することによってそれさえも補うことができるようになる、”可能性”を植物は所持しているのではないか、と。

A:視点は面白いし、たとえ話もよいのですが、全体としてぴしっとした論理が感じられません。思いつくままに書きとめた感じなので、もう一度自分で書いたものを読み直して少し手を入れると、格段に良いレポートになると思います。


Q:私は、今回の講義を受けて、現在の植物が葉緑体にもっている2つの光化学系の由来について少し疑問をもちました。説明にあったように、進化の過程で1つの光化学系しかもたない光合成細菌である紅色細菌と緑色硫黄細菌が融合し、それぞれがもっている光化学系が共役することで現在の葉緑体の光化学系1と2のシステムができたといわれています。しかし、紅色細菌は有機酸、緑色硫黄細菌は硫化水素を利用してエネルギーを得ているのに対し、光化学系2は水を酸化してエネルギーを得ます。水を酸化するためにはかなり大きい電位差が必要となります。ここで考えたいのは、光化学系2の由来は本当に紅色細菌のもつ光化学系なのか?ということです。高等植物がもつ光化学系2は構造的に不安定であるのに対し紅色細菌がもつ光化学系は比較的構造的に安定しているなど、機能が類似しているとはいえ、異なる点もいくつかあります。この疑問を解決するのは難しいですが、一例として、紅色細菌の光化学系を用いて、外から酸化剤を加える、溶液添加などによって電位を操作するなどして、高等植物の光化学系2と同様の働きができるかどうかを実験することが可能であれば、証明できると思います。

A:光化学系2の不安定性のもう一つの解釈は、水を酸化するという難しい反応を進行するために無理をしている、というものでしょう。着眼点はよいと思います。


Q:今回の授業でアサクサノリがフィコビリソームという色素を光化学系2と1の上流に位置し、光化学系2におけるクロロフィルの量が少ないということを補っていると学んだ。これに関して考察する。どうして、このようにフィコビリソームを上流におく必要があったのだろうか。フィコビリソームが緑色の光を吸収できるため、他の植物ではあまり効率的に使用できない光を吸収できるため競争に長けていると考えた。またアサクサノリの生育する環境は文献1より潮間帯上部とわかった。潮の満ち引きにより、海水の吸収波長の変化に耐えられるための工夫と考えられる。またクロロフィルとフィコビリソームの構造式を見ると、クロロフィルの方が、分子量も高く、さらに構造が複雑である。つまり、クロロフィルを作るコストの方がフィコビリソームを作るコストより高いことが予想される。これはあくまでも予測だが、色素合成後のATPの変化を測定することにより調べることができる。ここで、フィコビリソームの方がコストのかからない色素だとすると、アサクサノリが潮位という環境の変化に耐えるために、コストが最もかからないようにフィコビリソームを利用するように進化したといえる。
文献1:アサクサノリ | 海苔の豆図鑑 | 一般財団法人 海苔増殖振興会、http://www.nori.or.jp/guide/guide_001.html 2013/06/20閲覧

A:色素の合成のコストを考えた、という点で新奇性があると思います。ただし、クロロフィルもフィコビリンも、ともにテトラピロール部分はほぼ共通ですから、違いはフィトールの部分だけです。ここは炭化水素の鎖ですから、窒素をもつテトラピロールとは異なり、コスト的にはそれほど大きな影響を与えないと思います。


Q:今回の講義では酸素発生の量子収率について話があった。講義スライドでは最大量子収率が0.09ととても低かったが、どうしてこれほどに低いのか疑問に思った。参考文献によれば、量子収率とは産生された酸素分子数を吸収された全光量子数で割った値であり、量子収率の値は弱光下で約0.95, それ以外の過程ではほぼ0になるという。このことから葉に降り注ぐ光粒子の数が少ないほど量子収率は高く、粒子数が多いほど量子収率は低くなることが言えるが、どうしてこのような仕組みになるのだろうか。葉が得る光粒子数が多いときにはエネルギーが可視光程度の光合成に利用できる粒子も多いが、紫外領域のエネルギーが高すぎる粒子や赤外領域の葉の温度を上げる粒子も多く含まれているはずである。よってDNAの損傷を修復したり太陽光による熱を放出したりする必要があるが、特に後者について、葉の温度が上がり過ぎると酵素が失活してしまうことから、カロテノイド系により熱を放出するために捉えた光粒子の大半を費やしているのだろう。このために光合成に利用する光粒子が少なくなってしまって産生酸素分子数が低下し、その結果量子収率も低くなってしまうのではないだろうか。
参考文献:西谷和彦, 島崎研一郎 監訳. テイツザイガー 植物生理学. 第3版, 培風館, 2004.

A:0.95という値は、電荷分離の量子収率であって、酸素発生の量子収率ではないと思います。光子が1個当たると、電子が0.95個流れる、というのが電荷分離の量子収率です。酸素が発生するためには、電子伝達鎖に4電子流れる必要があり、電子伝達を駆動するには、光化学系1と系2が両方働く必要がありますから、結果として酸素1分子を発生するためには光子が少なくとも8個必要です。とすると、0.95を8で割って、約0.12という値が、計算上予測される酸素発生の量子収率になります。これなら、0.09という実測値とそれほど外れていませんよね。


Q:逆反応を抑える仕組みで反応の速さが速い方へ電荷が移動するために逆反応は抑えられるとありましたが、それはどういった条件なのか多少なりとも調べたがよくわからなかったために、私はそれが濃度によるものだと考えました。P-700から始まり、A0へ光を受けてエネルギー状態が上がったとして次の反応に移動するA1に作用する物質の濃度が一番濃く、次に逆反応の速いFxまでの速度は二番目に多い、その次はFnbだろう。ここで新しく疑問があり、エネルギー状態は変わってもA1からFxに至っては200nSでA1からP-700になるのに1mSならば、A0から100μSで戻るのは何だったのだろうか。これは物理的距離ではないかと考えた。A1からP-700までは相当な距離があるために反応が遅れる。濃度だけで解決するには100μSを越えなくてはならないからである。前者の濃度を調べるにはその反応箇所の反応物質の濃度を調べればいいのでMS/MSで解析すればいい。次のことについてだが、物理的な距離と電子の移動速度を考えると電子の速度は比較的ゆっくりなためにどこまでの距離は離れているとは思えない。これを確認する手段は自分の頭の中では思い浮かぶのがなかった。ありていに考えれば電子顕微鏡で観察するということである。

A:よく考えています。実際には、電子伝達速度は、主に酸化還元を行なう2つの物質の距離によって大きく影響されます。光化学反応中心複合体の中の電子伝達の場合は、溶液中の反応とは異なり、電子伝達成分がタンパク質に固定されているので、「濃度」という概念自体が適用できないのです。


Q:本レポートではプラストシアニンの存在意義とその電子伝達方法について,以下の2つの疑問を軸に考える。
1.電子伝達を円滑に行うならば,光化学系II(以下PSII),シトクロムb6/f複合体(以下b6/f),光化学系Iは近接した形あるいは一体で存在するべきではないか
2.プラストキノン/プラストキノールは膜中を移動するが,なぜプラストシアニン膜内腔を移動するのか
第一点目について,これら3つの複合体が至近距離に存在する場合,入射する光をPSIとPSIIが奪いあったり,あるいはQサイクルを介さず励起したP680からP700へと直接電子が流れプロトンを得られないなどの弊害が生じると考えられる。したがって,各複合体間を離し,プラストキノン/プラストキノール(以下Q)やプラストシアニンなどで電子の移動を媒介することで上の弊害を取り除くのは必然と言えるだろう。
第二点目について,QはPSIIとb6/f間の電子伝達を媒介するためにチラコイド膜中を移動するが,プラストシアニンは膜内腔を移動しb6/fとPSIの間の電子伝達を媒介する。Qが膜内を移動することにはプロトン輸送という役割があるが,プラストシアニンはb6/fからPSIに電子を伝達するのみである。プロトン輸送という役割の有無が膜内を移動するか,膜内腔を移動するかを決定しているとすると,電子伝達のみなら膜内腔を移動するほうが膜中を移動するより優位であるということである。優位な点としてb6/fとPSIの間の移動時間が考えられる。チラコイドは扁平であるから,膜内で近接しているb6/fとPSI間の距離と,膜内腔を隔てたb6/fとPSI間の距離は大差ない。加えて,膜内腔は膜中に比べて疎な構造であり平均自由行程が大きく円滑な移動が可能であると考えられる。膜は脂質が密に並んでいる一方,膜内腔の成分の大部分は水であり空隙が多いと思われる。

A:これは、要点が絞られたよいレポートですね。簡潔に論理が展開されていて、高く評価できます。