植物生理学I 第6回講義

オルガネラの起源

第6回の講義では、細胞小器官(オルガネラ)のうち細胞内共生が起源と考えられる葉緑体とミトコンドリアに焦点を絞り、細胞内共生説がどのような根拠に基づいて唱えられたのかについて解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:今回の授業でミトコンドリアと葉緑体が独自のゲノムを持ち、細胞内共生によって誕生したことを学んだ。そこで、これらの細胞内共生に至るまでの過程について考察してみた。まず、光合成によって酸素を放出するシアノバクテリアが誕生するが、当時の海や大気には酸素がなく、生息していた生物は酸素があると生存不可能な嫌気性細菌だった。やがて、呼吸により酸素を取り込み、糖からエネルギー物質を効率的につくり出す好気性細菌が登場し、DNAを保護する核を持った真核生物の祖先が誕生した。細菌などの核を持たない原核生物はミトコンドリアを持たないため、この真核生物が好気性細菌の一種を取り込んで細胞内共生させ、ミトコンドリアを構成したと考えられる。後に、ミトコンドリアを持つ真核生物の一種が光合成により酸素を放出するシアノバクテリアを細胞内共生させることで、葉緑体に進化したと考えられる。

A:考えの道筋はこれでよいと思いますが、なぜそのように考えたのかという論理がこの講義では評価の対象になります。例えば、「ミトコンドリアを構成した」理由として「原核生物はミトコンドリアを持たないため」とありますが、これは理由になっていませんよね。ミトコンドリアが必要なものであるなら、なぜ原核生物はミトコンドリアがなくても問題ないのか、そのような論理が必要です。進化の道筋を全部追う必要はありませんから、そのうち1つのステップについて、なぜそうなったと考えるかの論理をレポートに記述するようにしてください。


Q:授業において細胞小器官ミトコンドリアや葉緑体の共生説についてあつかったのでこれについて考察したい。どうして好気呼吸細菌由来のミトコンドリアと光合成細菌由来の葉緑体が他個体の細胞に共生することになったのかを考える。まず共生をすることによってこれらの細菌に生まれる利点を考えると、それは自分の膜の外に膜を覆うことで生命において最も重要なDNA(遺伝情報)を守ることができるこたと考える。DNAにとって最も侵されやすい外的要因は酸素である。細胞が共生し、真核細胞が生まれ始めた地球ではちょうど光合成生物の影響で地球の酸素濃度が上昇した。このことが細胞の共生を生み出した要因なのではないかと考える。

A:これも方向はよいのですが、もう一息です。もし酸素濃度が上昇した世界で核膜が重要なのであれば、なぜ好気性の細菌は真核生物に駆逐されなかったのでしょうか。生物の大きな特徴の一つは多様性です。あらゆる環境で利点になり欠点とならない性質があるとすれば、その利点を持たない生物は競争に負けて絶滅してしまうでしょう。現在の世界に好気性の原核生物が存在する以上、ここで考察されていない何かがあるはずですよね。


Q:今回の講義ではクロララクニオ藻類の葉緑体が四重膜構造であることについて興味をもったので四重膜の意義、必要性について考察を行う。そもそも細胞が持つ膜の機能の一つに内と外とを区別する役割があり、区別することでより高等なシステムを持つことができる。しかし四重膜ははたして必要であろうか。四重膜構造では上記のメリットよりも光合成産物の運搬などの非効率さのデメリットのほうが多い印象を受ける。また三重膜構造をもつオルガネラが発見されていることから四重膜の一部が退化して三重膜を形成したことが考えられる。以上より四重膜構造は不要なものであると思われる。

A:非常に簡潔ですが、問題点の設定、根拠となる事実、そこからの結論がきちんと述べられています。ただし、この結論の場合、なぜ不用な四重膜構造を現在まで維持している藻類があるのかについての議論が最後に必要でしょう。まだ進化の途中でこれから三重膜になっていく、あるいは四重膜にも特定の環境では何らかのメリットがある、などいくつかの論理展開が考えられると思います。


Q:今回の授業においてシアノバクテリアに興味を持ったので調べているとシアノバクテリアはストロマトライトを形成することが分かった。そのストロマトライトはラン藻類およびその死骸と泥砂とが交互に層状に重なり合って、お椀をひっくり返して積み重ねたような構造をしている。昼間シアノバクテリアは上方に成長し、夜間には水平方向に成長し、表面の粘液で堆積物が固定される。シアノバクテリアは光合成を行うため、光があたる場所に出なければならない。つまり堆積物は邪魔になるのだ。粘液にせず流動性のよい液体を分泌させたりするなど、堆積させない方法もあったはずである。では、なぜ堆積物を積もらせるのか考えた。シアノバクテリアはわざと堆積物を積もらせ固定し、その高さを伸ばしたのだと考えられる。より太陽に近い位置で光合成を行うためである。堆積物の隙間からより太陽に近い位置で光合成を行う方が堆積物をどかす方よりもエネルギー効率が良かったのではないかと考えられる。

A:独自性のある面白い考察だと思います。ストロマとライトの場合、水面の位置との相対関係も重要でしょうね。海にはさらに潮の満ち干があるので、そのあたりまで考察しようとするとかなり複雑かもしれません。


Q:今回の授業では葉緑体の由来について興味を持った。授業の中では葉緑体を持ち光合成をする生物が単系統ではない理由として「葉緑体の起源は皆同じだが、葉緑体が生物間を移動した」という説が挙げられていたが、私は現在光合成を行っていない生物(例:18S rRNAから作成した系統樹上で緑色植物とクリプト藻類の間に位置する生物など)も光合成生物と同様に進化の過程で葉緑体を獲得したが何らかの理由でそれを二次的に失ったのではないかと考えた。渦鞭毛藻類の仲間には光合成を行うものと行わないものがいる。光合成を行うものは独特の形状をした葉緑体を持つため、これは二次共生によって獲得されたと考えられる。私は渦鞭毛藻類の祖先に「他の藻類を捕食し葉緑体を栄養として取り込む種」がいたと仮定し、渦鞭毛藻類内で葉緑体の奪い合いが起こったのではないかと推測した。その結果、渦鞭毛藻類は体内に取り込んだ葉緑体を用いて光合成を行うようになったものと、自らの防衛のためにあえて葉緑体を捨てたものとに分化したのではないかと考えた。この仮説が正しいことを証明するには葉緑体を持つ種と持たない種が分化した時期と、前者が葉緑体を獲得した時期を照らし合わせることが必要である。

A:「自らの防衛のために」というのは、葉緑体を持っていると襲われるので、という意味ですね。ユニークな考察だと思います。光合成生物と非光合成生物が系統的に混在している事実の説明として、共通祖先が光合成生物であったという説も存在しています。ただし、それは二次共生などのみられる比較的最近(といっても進化のスケールでの最近ですが)の部分ではなく、もっと進化の大元の部分についての話のようです。


Q:ペプチドグリカンはシアノバクテリアやシアノフォラには存在するが、陸上植物の葉緑体には見られない。ペプチドグリカンの役割は細胞壁骨格や免疫強化である。そのためシアノバクテリアのような直接外界と接している生物では免疫が強くなければ外界からの影響によりすぐ死んでしまうと考えられる。しかし陸上植物の葉緑体は外界と直接接することがないので、防衛手段としてペプチドグリカンをあえて持っている必要性はないと考えられる。生存上不要なものを持っていても意味がないと考えられる。。これより葉緑体の素となった原生生物が取り込まれて以来、ペプチドグリカンを発現させる能力が低下していき、最終的に作られなくなったのではないかと考えられる。またシアノフォラが葉緑体の二重膜の間にペプチドグリカンを持っているのは、シアノバクテリアのような原生生物から、葉緑体の素の原生生物が取り込まれ陸上生物の葉緑体になる間の過程の生物であるため、ペプチドグリカンを発現しなくなるまでの途中経過のような生物であるからと推察される。
参考文献:ペプチドグリカンの働きについて http://lifesciencedb.jp/dbsearch/Literature/get_pne_cgpdf_old.php?year=2004&number=4908&file=ELXY6Whq9qIQBvepo870hw== 閲覧日 2012/05/22

A:これは悪くはないのですが、この点について考察すると、おそらく10人中9人は同じ結論になるのではないかと思います。できたら、誰もが思いつく論理展開ではなく、残りの一人しか思いつかないような論理に挑戦してみてください。サイエンスはオリジナリティーが命ですから。


Q:緑色光合成細菌は光化学系1を、紅色光合成細菌は光化学系2をもち、シアノバクテリアは両方の光化学系をもつ。また藻類や陸上植物の葉緑体も両方の光化学系を持つため、葉緑体の起源はシアノバクテリアであると考えられている。しかし形態的考えた場合、シアノバクテリアのもつ同心円状のチラコイドは葉緑体のチラコイドとは著しく事となる形をしており、シアノバクテリア以外の光合成細菌がもつクロマトフォアの方が葉緑体のチラコイドに近い形をしている。従ってシアノバクテリアが葉緑体の起源であるという説には疑問を感じた。一つの可能性としては、緑色光合成細菌と紅色光合成細菌の光化学系を合わせもち、更にクロマトフォアをもつ光合成細菌が葉緑体の起源なのではないだろうか。それぞれの膜構造の脂質組成を分析し、シアノバクテリアのチラコイドよりも紅色・緑色光合成細菌のクロマトフォアの脂質組成の方が葉緑体チラコイドの脂質組成に近ければこの仮説を支持する結果となりえる。

A:面白い考え方だと思います。この場合、葉緑体の祖先と仮定されている「緑色光合成細菌と紅色光合成細菌の光化学系を合わせもち、更にクロマトフォアをもつ光合成細菌」が、生物種としてはどこに位置するのか、すなわちシアノバクテリアとの関係は兄弟なのか、親なのか、子なのか、というところが疑問になってきます。その部分の考察がもう少し欲しいですね。


Q:独立栄養生物は無機物を栄養としている生物である。エネルギーは太陽光と水、炭素は二酸化炭素から得ている。植物のように光合成を用いて自ら栄養を作り生きる生物である。以前、メディアを通じて知ったことのなかで食物を摂取しない人間というのがある。この人間は水も食物も摂取すること無く太陽光を浴びて生きているのだ。このような人々のことを独立栄養生物として紹介していたのだが、実際に実験として監視のもと1週間以上観察したところ、健康状態になんら異常がなく排泄も行わなかったのである。水分は大気中の水分から摂取し、エネルギーはなんらかの方法で摂取、体内で物質を循環させているという。この人々は独立栄養生物と言えるのだろうか。無機物から栄養を生成し生存しているということは独立栄養生物であると言えるのではないか。ただビタミンなどの栄養を腸内の微生物が生成して生きているとも推察されている。無機物から作り出した物質を異なる物質に作り変える微生物。その物質を利用し生命を維持しているとしたら、果たして独立栄養生物と言えるのかの判断はどうなのだろうか。

A:理系の学生、それも生物を専攻している学生がこんなことを言っていては困りますね。「エネルギーはなんらかの方法で摂取」とありますが、エネルギーの獲得様式については講義で説明したと思います。「実験として監視のもと」とありますが、僕は自分自身が監視している舞台の上で、人間が上半身と下半身に切り離されてもピンピンしているのを見たことがあります。その際に、世の中の物理法則・生物の原理が実はまったく間違っていた可能性と、うまい手品に自分がだまされた可能性を比較した場合、後者の可能性が(だいぶ)高いと判断しました。物理法則といえども、自然の観察から推定されたものですから、間違っている可能性はあります。しかし、物理法則を破るように見える一つの例から、その物理法則によって説明できる過去の膨大な実験結果を否定するには、「監視していたのに」という以上の論拠が必要でしょう。


Q:真核生物内に侵入したオルガネラのタンパク質翻訳系はなぜ真核型ではなく原核型のままなのだろう。 葉緑体などのタンパク質を合成するには葉緑体のゲノムが用いられるが、それだけではなく宿主細胞のゲノムも用いられることがあるという。ということは、ある程度は二つのゲノムは連携していて、完璧に独立しているわけではない。そうなると、真核細胞内にとどまっているオルガネラが原核型にとどまる理由があるはずである。オルガネラが宿主細胞の支配下に完璧に収まっているとしたら、あるいは真核型に移行する必要性がなく、簡便な原核型にとどまるのかもしれない。また必要な役割を果たすのにはそのままの翻訳系で間に合い、真核型に移行することによるメリットが薄いとも考えられる。

A:面白い考え方だと思います。この考え方の前提としては、核とオルガネラの協調には、制御のシステムが共通化されていた方がよいという考え方があるのでしょうね。真核型の方がより進化した形なので効率がよいのでは、という点もあるように思いました。そのような前提も省略せずに書いた方がよいでしょう。


Q:シアノバクテリアは光合成色素としてクロロフィルaとフィコビリンをもち、高等植物はフィコビリンをもたない。高等植物はシアノバクテリアから派生したはずなのに、なぜフィコビリンをもたないか、考察してみる。フィコビリンは、緑色の波長の光を吸収し、クロロフィルでは吸収効率が悪い緑色の部分も補うことができるため、クロロフィルとフィコビリンの両方をあわせ持つことは、光合成を行う上で、有利に働くはずである。しかし、高等植物がフィコビリンをもたないのは、フィコビリンをもつことによりなにか不利益があるからだろう。フィコビリンとクロロフィルの違いを考えてみる。高等植物とシアノバクテリアの違いを考えてみると、高等植物は主に陸上に存在する。対して、シアノバクテリアは藻類だから、水中に存在する。水中に比べ、陸上は光の種類も量も多く、緑色の光を吸収できなくても他の光で補うことができるから高等植物はフィコビリンを捨てたのか。つまり、光合成の際、フィコビリンはクロロフィルよりも多くのエネルギーを消費する、などの欠点があるのか。また、フィコビリンはタンパク質に共有結合し、クロロフィルは配位結合する。シアノバクテリアの内膜系はチラコイド膜以外未発達で、高等植物は発達していることから、タンパク質に共有結合するフィコビリンが内膜系の発達に邪魔なのか。また、タンパク質が熱などにより変性するとき、クロロフィルは結合を切ることができるが、フィコビリンは共有結合なのでタンパク質と一緒に活性を失う。つまり、環境変化に対応するため、フィコビリンは邪魔だったのか。フィコビリンとクロロフィルのエネルギー消費については、1種類のシアノバクテリアにおいて、それぞれフィコビリンとクロロフィルを失活させた個体を別々に用意し、光合成させてエネルギー量を測ることで確かめることができるだろう。タンパク質とフィコビリンの関係については、シアノバクテリアと高等植物の進化の中間にあるようなものが見つかれば、確かめることができるだろう。

A:よく考えています。最後、実験系を考えて確かめるということでよいのですが、できたら、複数の仮説を提案したら、その中で自分はこう思うという立場を何らかの理由をつけてはっきりさせた方が科学的なレポートらしくなります。