植物生理学I 第12回講義
光合成と生命
第12回の講義では、最初に二酸化炭素固定の仕組みについての補足をしたのち、光合成産物としてのデンプン、スクロース、セルロースについて説明し、篩管を篩管液が動く仕組みについても解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:高二酸化炭素濃度環境は植物の光合成速度を高めるため植物の収量の増加を高めるように思えるが、実際は光合成産物の蓄積によるフィードバック制御により長期的な施肥効果はないらしい。よって高二酸化炭素濃度での収量増加を望む場合、このフィードバック制御への対策として何らかの方法でシンク器官(葉や根?)の成長を促し光合成産物を消費させ、かつシンク容量の増大により転流の阻害を防ぐ必要がある。これは講義で言っていた通り鉢植えでは根の成長が限定されるため制限のないFACE環境でなくてはならないだろう。さらに最少量の法則を考慮すると、いくら光合成産物の材料である二酸化炭素(C元素)が多くても植物の成長に不可欠な窒素やリンが不足していては当然収量の増加も抑制されるため、二酸化炭素濃度を高めると同時に窒素濃度を高めるか、事前に十分な肥料の供給をしなくてはならないと考えられる。
A:全体としてきちんと考えられています。最後の部分は、できればもうひとひねり欲しい所です。「植物の生長」に窒素やリンが必要なのはその通りですが、「シンク」の増大についてはどうでしょう?シンクに蓄積されるのは炭水化物ですから、シンクだけが増大した時には窒素やリンはそれほど必要になりません。植物にとっては迷惑かもしれませんが、人間視点からするとシンクだけを増加させるような品種改良は栽培条件の調節が重要になってくるでしょう。
Q:今回の講義で、光合成産物はスクロース、デンプン、セルロースに分けられることを学び、さらに植物によってはデンプンではなくスクロースを貯蔵していることを知った。デンプンは水に溶けず貯蔵に適した形であるが、なぜわざわざ水溶性のスクロースを貯蔵する植物がいるのか考察した。スクロースを植物体内に貯蔵すると、細胞内の浸透圧が上昇して外から水が受動的に入ってくる。スクロースを貯蔵する植物としてはサトウキビなどのイネ科の植物を授業で扱ったがそれ以外にもタマネギなどもスクロースを貯蔵するという。細胞内の浸透圧上昇は一般的には細胞にとってストレスになり得るが、スクロースを貯蔵する植物はあえて浸透圧をあげることで、水分を得ているのではないかと考えた。事実タマネギは乾燥している地域で栽培しているので、やはり乾燥に耐えるためにスクロースを貯蔵しているのではないだろうか。また、スクロースを貯蔵しておくと、デンプンよりも早く呼吸に用いることができるということも考えた。サトウキビはC4植物であり、C4回路を動かすにはATPが必要である。そのため、より早く呼吸でATPを得るためにスクロースを貯蔵すればC4回路に必要なATPを効率よく得られるというわけだ。
A:スクロースを貯める利点について論じたレポートは他にもありましたが、積極的な乾燥耐性と論理を前面に押し出したのはこれだけでした。首尾一貫していてよいレポートだと思います。
Q:化学の参考書では、グルコースの所在は植物体、果実、動物体と記載されている。しかし、授業においてはグルコース+リン酸は存在するが、グルコース単体であることはないとのことだった。よって、参考書にはわかりやすいように書いているのか?また、「グルコースは多くの果実をはじめ動物の血液中にも広く存在し、生体内ではエネルギー源として重要な役割を果たしている。」と記載されており、ますます違和感を感じた。ATPはエネルギーのやり取りで鍵となり、リン酸をきることでADPとなるようにリン酸は常にやりとりをされることから、書かれていないと考えた。また、光合成の最終的な産物はショ糖、デンプン、セルロースであるが、それぞれ、グルコースとフルクトース、α?グルコース分子同士、βグルコース分子同士の結合によって出来ている。このことから、光合成によって炭素6個、水素12個、酸素5個の物質が生成されやすいこと、そしてこの分子が生成される部位や経路の違いがあることが考えられる。それぞれを触媒する物質が存在する可能性がある。各光合成産物の性質によって、役割が異なる。ショ糖がエネルギーとして使いやすい性質、輸送しやすい性質はこのショ糖であるスクロースが水に溶けやすく、グルコースとフルクトースの形に切れてエネルギーとして使われると考える。そして、デンプンは水には溶けにくいが、ある生体内物質が働くことで分子が切れやすい性質があると推測する。セルロースは水に溶けにくくさらに分子同士が強く結合しており、頑丈であると考えた。動物でも植物でもそれぞれの物質は同じような性質から、同じような役割をしていると考えるが、これら物質にまた違う分子が加わることや物質のとる構造によって違いが生じると考える。
A:これはやや誤解があるかもしれません。講義で説明したのは、光合成の代謝系の中にはどこにもグルコースは出てこないこと、だからグルコースを光合成の産物として扱うのは適切ではない、ということです。植物であっても呼吸の基質はグルコースですから、植物にグルコースが存在しないわけではありません。
Q:鉢植え効果について学んだ。前提・・・根が光合成産物の蓄積場所、①光合成産物の蓄積は光合成を阻害する、②大きい鉢の方がよく育つ、と学習した。
これは、矛盾していないだろうか。②が正しいのであれば、根はなるべく小さい(少ない)方が光合成産物の蓄積は少なくできる。しかし、②より、大きい鉢植えで育てるということは根の範囲を制限しないので、根がよく育ち、この方が植物の成長もよい とある。もし、①と②を両方とも成立させようとするのであれば、①の光合成生産物の密度(濃度)が大きいと光合成を阻害する とすることで解決できる。なぜなら、②の根がよく育っているのであれば、光合成生産物が蓄積されても密度(濃度)は小さくなるからだ。または、根がよく育っていると、そこに光合成生産物が沢山蓄積され、もちろん根が小さいものよりも光合成を阻害するが、根が大きいことにより、土からの水分の吸収がよいので、光合成が促進され、比較すると、光合成が促進される方が大きい、ということであろうか。
A:推論としてはその通りです。また、一般に物質の蓄積を生物が感知しようと思ったときに、全体量を知るのは非常に大変です。全体量を知るためには、外から全体を眺める必要がありますが、生物の体は一般にそのようにはできていません。そこで使うのが、「濃度」を検知するというシステムです。濃度ならば、体の一部にセンサーを置いておけば検知可能です。そのような生物の感受システムから考えても同じ結論に達することができます。
Q:今回の授業ではクロロビウムの炭素同化の経路にクエン酸回路様の回路が組み込まれていることが興味深かった。クロロビウムは緑色硫黄細菌の一種でありO2の存在下では生きていくことができない。そのような嫌気性細菌になぜ一般的な好気性細菌に見られるクエン酸回路とよく似た回路があるのか疑問であったのでその理由について考えた。私はまず、クロロビウムはもともと好気性細菌であったが何らかの理由で嫌気性になり、好気性の時の名残としてクエン酸回路様の回路をもっているのではないかと考えた。この「理由」としては他の細菌との競争によって住処を追われたことや、住処が長期にわたって嫌気的な環境になったことなどが考えられる。クロロビウムのもつクエン酸回路様の回路は好気呼吸で用いられるクエン酸回路とは逆に回っているが、酵素は正反応だけでなく逆反応も触媒するので、回路が逆に回ることは不思議ではない。しかし、クロロビウムがもともと好気呼吸のためにクエン酸回路を獲得したとするとO2の存在下で生育できないことに疑問が残る。好気呼吸は嫌気呼吸よりもATP生産効率が良いため、一旦好気呼吸が獲得されればそれを手放すことは考えにくい。それにもかかわらずクロロビウムがO2存在下では生存すらできないことの理由としては、クエン酸回路様の回路を用いた有機物生産の効率が(好気呼吸による有機物消費に比べて)非常に悪いということが考えられる。つまり、クロロビウムでもO2の供給がある場合は好気呼吸のようにクエン酸回路を動かす反応が起こると考えられ、O2の存在下ではこの反応によりすぐに炭素固定で合成した有機物を使い切ってしまうので生育できないのだと考えられる。
A:面白い考え方ですね。よく考えていると思います。ただ、もう一つのより単純な仮説は、実はクエン酸回路の方が新しくて、クロロビウムの炭素同化経路の方が起源的に古い、というおのではないでしょうか。その可能性をなぜ最初に排除したのかがやや不思議です。
Q:光合成産物としてグルコースではなくスクロースである。さらにデンプンとして保存し、分解してスクロースとして運搬する。しかし呼吸気質として使われるのはグルコースであるため、初めからグルコースに分解し運搬したほうがすぐに呼吸気質として用いられるのではないかと考えられる。しかし、スクロースで運搬しているのは、運搬方法が拡散を用いたものではなく、圧流を用いたものであるからではないかと考えられる。1 molスクロースは1 molグルコースと1 molフルクトースから構成されている。そのため必然的に1 molあたりの質量はグルコースに比べスクロースのほうが重くなる。これより、質量パーセント濃度もグルコースよりスクロースのほうが高くなり、浸透圧が上がると考えられる。浸透圧が高くなれば周囲の細胞からの流入水分量が増加することになり、その流入量による圧力が増すと考えられる。その結果その圧力分スクロースのほうが移動速度が大きくなると考えられる。このことより運搬速度を上げるためにスクロースのまま運搬し、その後グルコースに分解すると考えられる。
A:よく考えていますね。1 molあたりの所の議論はわかったのですが、そのあとの議論では何あたりで考えているのかがよくわかりませんでした。また、そもそも浸透圧を上げるためには高濃度に溶かさないといけません。溶解度の比較も重要でしょうね。
Q:今回の授業で話に挙がった「鉢植え効果」について、その鉢植えによる空間的余裕欠如がその光合成産物の蓄積を妨げているということであったが、これは根に光合成産物を蓄えている植物だけの話なのではないかと思った。たとえばじゃがいもは典型的な根菜ででんぷんを根に蓄えていると視覚的にわかり、物理的にも鉢植え効果の影響は容易に想像できる。しかし、果実(そもそも光合成産物の貯蔵目的ではない場合、でんぷんの貯蔵場所ではない場合が多々ある)や、イネやムギ類、マメ科の植物では、その貯蔵場所が地中ではなく地上にあるため鉢植え効果の影響も少ないのではないだろうか。また、植物の物理的な強度を鑑みると草本と樹木による違いも大きいと思われた。地下茎の発達は植物を支持・固定する役割の他、光合成産物の貯蔵場として機能しているが、この鉢植え効果が単純に物理的な影響のみに影響を受けているのであれば、もしかしたら土地の空間的余裕のない環境において生存競争に勝ち抜くために地上にその光合成産物の貯蔵場を選んだ種がいた可能性があるのではないかと思った。
A:これもよく考えていると思います。確かに、どの程度鉢植え効果が出るかは、植物の種類によって大きく変わるでしょう。一番最後の議論も面白いと思いました。
Q:今回の授業で、導管の流れは一定であるが師管の流れは一定でないということを学んだ。師管の場合ソースとシンクが入れ替わるため、流れが一定でない。一方、導管の流れは根から葉へ一定であるということであった。植物は有機物を貯蔵する。この働きにより、流れが一定でない。では、どのような働きを植物が持ったとしたのであれば、導管の流れが一定でなくなるのであろうか、ということについて私は考察した。これは、師管の場合と同様に植物自体が水を貯蔵する働きを持てばよいのである。そうすれば、師管と同じようにソースとシンクが入れ替わるため流れが一定でなくなると考えられる。しかし、多肉植物は柔組織に水を貯蔵するが、導管の流れは普通の植物と変わらず下から上である。つまり、浸透圧により水を下から上へと引っ張り上げるという原理自体を覆すような機能を初めから持ってる植物であれば、流れが一定でなくなる、と考えられる。
A:導管の流れにも方向性をつけられないか、というのは斬新な発想でよいと思います。そして、導管の流れの原動力(これは今回の講義では扱いませんでしたが)まで考えに入れて結論しているのは素晴らしいと思います。
Q:植物は光合成産物の輸送の際にスクロースを利用すると習った。なぜ他の糖類ではなくスクロースを用いるのだろうか。グルコースやフルクトース、ガラクトースなどの単糖類でなく二糖類を用いる理由としては、少しでも浸透圧を下げるためという理由が考えられる。しかし二糖類にはスクロース以外にもマルトースやラクトースが存在し、なぜスクロースを用いるのかはこの観点からだけでは説明できない。二糖類の中でもスクロースがもつ特徴として還元性が無いことが挙げられる。グルコースもフルコースもグリコシド性水酸基を用いて、結合しているためである。よってスクロースは酸化され辛く、輸送過程で他の物質と反応し難いため、輸送に向いていると考えられる。
A:確かに還元性の問題は重要でしょう。糖尿病からもわかるように、グルコースというのは場合によっては生物に一種の毒性を発揮します。反応性が高いことは、反応には使いやすいですが、輸送や保存には向きませんからね。
Q:今回の講義では道管や師管についての内容があった。道管は植物では死細胞によって形成されている。死んだ細胞をなぜ利用するのかという点について考えてみることにする。まず動物において、細胞が死ぬとアポトーシス、ネクローシスに関わらず死んだ細胞は樹状細胞やマクロファージによって処理される。つまり体内に死んだ細胞を残さないような働きが備わっている。しかし、植物においては死細胞を利用した道管が存在する。これは植物が動物と違いその場から動かない生物だからであると考えられる。細胞が死んで柔軟性を失っても問題がない。さらに道管の役割は水を運ぶためだけであるので道管自体に水を吸い上げる機能はいらないのである。また、論点が異なるが動物における死細胞の利用は体外においては体毛があげられる。体内に死細胞をとどめるというのは植物独特の利用法であると考えられる。
A:これも面白い点に注目していると思います。また、植物細胞の特徴に細胞壁をもつ、ということがありますが、細胞壁自体、細胞膜の外にあるものですから、生きていないことになります。ただ、「体内」の定義は案外色々あります。人間でいえば大腸のなかは体内でしょうか、体外でしょうか。植物の体外・体内の関係については植物生理学のIIで扱います。
Q:家でオレンジの木を育てているのだが、あまり成長が見られない。(種から育てて現在約10 cm、約1年経過)今回の講義内容を踏まえて、2つ行動をしてみようと思う。まず鉢の大きさを変えること。根が光合成産物の蓄積場所になっていることが多く、これが光合成を阻害しているということで、この点をまず変える。鉢植え効果に関して、小学生のころに拾ってきたドングリをはじめは小さな鉢で育てていたのだが、その後庭の地面に植えかえた。すると急激に成長をした。もちろん他の要因もあると考えられるが、今となっては2階の屋根を越えるまで大きくなっている。これはその効果であると考える。 そして、定期的に高CO2濃度環境を作るということ。短期的にこの環境を作ることでよい成長を見込めると考える。光合成速度を高め、産物の蓄積をしないような環境を整えることが生育環境の整備となると考える。
A:もと園芸少年として一言。鉢の植え替えは鉢の中の根の状態をみて行なう必要があります。根にとって鉢の壁の部分というのは案外よい環境です。ですから、鉢の中央にしか根がない状態(鉢が大きすぎる状態)は、必ずしも植物にとって最適ではありません。一方、もちろん鉢が根の量を制限しているような状態は好ましくありません。植え替える前には、鉢に根がどのぐらい回っているかを確かめてみましょう。
Q:光合成により光合成産物である炭水化物が蓄積すると、フィードバック効果により光合成が抑制される。植物に限らず動物の生体内、地球環境ひいては経済においてまで、ありとあらゆるシステムでフィードバック効果はある。だが、授業後自宅で考察していた際に、この効果の無いところをがあることに気付いた。それは人間の欲望である。たとえば物欲に関して言えば、個人差はあるが人は際限無く金銭を求める。いくら余剰が出ても求める。フィードバック効果により、貯金が多くなれば金銭欲も抑制されればいいものだが、世の中そういうわけにはいかないようである。物欲といえば科学的ではないかと思われるかもしれないが、物欲はすなわち脳の働きによるものであり、脳の働きは脳神経の発する電気シグナルによるものである。脳の電気シグナルにより物欲が発せられそれが達成されたのなら、負の(?)フィードバック効果が起きるべきである。なぜ起きないか、研究は他分野にわたりそうなのでなかなか難しそうであるが、おもしろそうである。
A:「例えば物欲に関して言えば」となっていますが、物欲以外の欲望は、実は皆フィードバックがかかっているのではないでしょうか。食欲・睡眠欲・性欲など、どれも一定のレベルを超すことは難しいように思いますが。
Q:光合成産物として根に貯蔵されているのはデンプンであることは知っていたが、イネ科はショ糖として蓄えているということを初めて知った。ではなぜショ糖で貯蔵しているのか。ショ糖で貯蔵することのメリットがあるはずである。イネ科のイネは単子葉植物で、栽培方法を見ると根が水に浸っている状態が長い。つまりイネは水分をたくさん必要とする植物である。また調べると「光合成産物がショ糖になるかデンプンになるかはショ糖を合成する酵素であるショ糖リン酸合成酵素(SPS)の活性による」こととあった。よってイネには、吸水を良くしたい→そのために浸透圧を上昇させる→浸透圧を上げるにはショ糖という形で貯蔵した方が良い→SPSの活性が高くなる、という機構があると考えられる。また単子葉植物では茎が非常に短いため葉が貯蔵器官になりやすいらしい。確かにイネは茎が細く葉が多いのでショ糖で貯蔵する必要があるのかもしれない。コンニャクもデンプンではなくマンナンというマンノースの重合体で貯蔵している。コンニャクもサトイモ科で単子葉植物なので、単子葉植物がデンプン以外で貯蔵しているのかと思ったが、さらに調べるとそう単純なものではなかった。ゴボウはイヌリンという果糖の高分子重合体で貯蔵しているが、ゴボウは双子葉植物であった。デンプンにするかショ糖にするかを決めるのに何か規則性はないかと考えたが、もっといろいろな植物を調べて何か他に共通項がないかを研究する必要があると感じた。以上のことから植物体の構造の問題だけではなく、その植物がどのような環境におかれているかによって光合成産物をどのような物質にして貯蔵するかを決定していると推測される。
参考URL:http://www.jspp.org/cgi-bin/17hiroba/question_search.cgi?stage=temp_search_ques_detail&an_id=418&category=mokuji
https://www.photosynthesis.jp/faq/faq4-4.html
A:これもよく考えています。そして、最後の「どのような環境におかれているかによって」という部分が一番面白い部分なので、その内容にまで踏み込めれば大したものですが、それは、むしろ一つの研究テーマになってしまうかもしれません。