植物生理学I 第10回講義
光合成と生命
第10回の講義では、最初に2つの光化学系と電子伝達の関係についてまとめたのち、二酸化炭素を有機物に固定する炭素同化のメカニズムについてカルビン回路とそこで働くルビスコを中心に解説しました。レポートにはルビスコの効率の悪さに関するものが多かったのですが、ここにはなるべく独創的なものを選んで載せるようにしました。
Q:今回の授業では、植物が光合成に使う光化学系1と系2、2つあることの必要性について触れた。反応に必要な電圧を得るためにまずは水の分解に必要な電圧よりも高い電圧に始まる2を経て、次に光化学系1に必要なNADHに、電子を余裕を持って伝える電圧になるような反応の2つを両立させるには、一番簡単なのはひとつの回路で済ましてしまうことだが、それには高いエネルギーの光を必要とする。必然的に紫外線が必要となるが、核酸を破壊してしまうためにその選択はNGである。そのために多くのエネルギーを必要とする反応を、いわば分散するかたちでひとつひとつの回路の負担を減らす形をとっているとのことだった。これを聞いて思ったのは、普段植物が紫外線をカットするためには、フラボノイドが利用さているようだが、このフラボノイドがあるのなら、なんらかの紫外に対抗する器官が発達しても良いのでは、ということだ。たとえば、紫外線がDNAを破壊するのであれば、細胞内に紫外線をごく一部だけ透過させる機構があれば、その部分にだけ紫外線を吸収・利用する回路が存在することも可能だと考えられる。もちろん、進化の過程においてそのような生物がいきなり現れることは考えにくいが、遺伝子操作でそのような植物を生み出すことが出来れば、エネルギー効率の高い、そして紫外線吸収率が優秀な植物として、有用なのではないだろうか。
A:確かに、DNAが紫外線により破壊されることが問題なのであれば、真核生物であれば核膜だけ紫外線を透過しないようにして、残りの部分では紫外線を利用する生物がいてもよいように思われます。「そのような生物がいきなり現れる」ことはなくても、生物の40億年の進化の過程では現れてよいようにも思えます。とすると、もっと別の面でそれが不可能である理由があるのかもしれませんね。
Q:カルビン−ベンソン回路は、チオレドキシンの作用により、逆回転が起こらないことを学んだ。では、逆回転をしてしまったら、どのようなことが起こるのかを考える。カルビン−ベンソン回路が逆回転をしたら、端的にいうと、RuBP、糖やデンプンが分解され、ATPが合成され、二酸化炭素が排出される。ATPと二酸化炭素が排出されるに関しては、一見すると呼吸と似ている。しかし、糖やデンプンが分解されるのはどうなるのであろうか。これを確認するには、チオレドキシンが常に還元作用をもつようにすればよい。普通、植物生体内では、光エネルギーを利用した電子伝達系で作られたエネルギーにより、フェレドキシンが還元されることで、チオレドキシンが還元される、それが酸化するときに標的酵素のジスルフィド結合が形成され、活性化する。だから、チオレドキシンが常に還元作用をもつためには、フェレドキシンの還元型を大量に添加すればよい。このようにして、カルビン回路を逆回転だけさせると、糖やデンプンが分解され続けるのだろうか。糖やデンプンが分解され続け、ATPが合成される。そのようになった植物は糖やデンプンを分解するので、身を削りながらではあるが、ATPを消費するために(動物のように)動くのだろうか。
A:一部酸化と還元が逆になっていたので修正しました。さて、カルビン回路の逆転は、実際には全てが可逆的に回るわけではありません。例えば、ルビスコの部分を考えると、反応によってできた炭素6個の産物は炭素3個のPGA2分子に分裂してしまいます。その場合、PGA2分子が衝突して炭素6個の化合物に戻る確率は低いですし、できた中間体がさらにルビスコと反応する可能性はさらに低いでしょう。というわけで、呼吸のように有機物の分解がどんどん進むということにはなりません。ただ、チオレドキシンを操作して逆回転が起こった時にどうなるかを実験的に確かめようというアイデアは面白いと思います。
Q:今回の授業で窒素同化について少し触れ興味をもったので調べてみたところ、植物は葉(葉緑体)や根や茎(白色体)など複数の場所で窒素同化を行っていることが分かった。葉緑体では光エネルギーを利用するのに対して白色体ではNADPHなどを利用している。アンモニウムイオンを直接取り込んだり、亜硝酸イオンや硝酸イオンの形で取り込んだりする。アンモニウムイオンの場合はそのまま同化に使われるが、その他のイオンの場合硝酸還元酵素によって亜硝酸イオンに変えられこの段階を踏むことで葉緑体に取り込まれる。ここでなぜ窒素を同化するシステムが葉以外に複数存在するのか考えてみる。エネルギー効率の面から考えると、葉では光エネルギーをそのまま用いるためエネルギーを伝達する際に新たな生成物などを作るコストがかからない。白色体で使われるNADPHは光合成で産生され、根茎で窒素同化を行うならばわざわざ葉からNADPHを運ばなければならなく無駄なコストが生じる。それでも根茎でも窒素同化を行うシステムが存在するのは、葉だけだと病気などによって落葉したときに窒素を同化できなくなるからだったり、根から取り入れた(亜)硝酸イオンを葉緑体まで運ぶ経路に障害が生じ、通じなくなった際でも根茎で窒素を同化できるからであると考えられる。さらに先ほどのコスト面から考えて根から取り込んだイオンを葉まで運搬する必要もなくなる。そして光環境のエネルギー効率、NADPHの産生量、などを考えて同化する場所を変えることもできる。もしくは葉緑体は光をエネルギー源として活動しているが光が少ない状況でも根茎などに蓄えたNADPHを利用して生存できるからであると考えられる。以上より窒素同化に対するエネルギー効率、環境、そして生存の幅を広げるために植物は窒素同化システムを複数ヶ所もっていると考えられる。
参考:窒素同化http://www.k5.dion.ne.jp/~bioclubs/chisso_d.htm最終閲覧日 2012/06/24
A:面白い点に着目していると思います。還元力については、葉からNADPHを運んでいるわけではありません。基本的に葉から運び出されるのは糖であって、それをそれぞれの器官の細胞で還元力に変えるのが普通でしょう。窒素同化についてもう一つ考慮に入れる必要があるのは、それぞれの窒素の形態の毒性です。亜硝酸イオンの毒性が一番強いと思いますが、アンモニアイオンにしても硝酸イオンにしても、植物にとって濃度が高い場合は必ずしも安全な物質ではありません。そのような毒性を最小限に抑えるにはどのようにしたらよいか、という視点も必要になります。
Q:今回の授業で、アサクサノリはクロロフィルを持っているにもかかわらずそれを光合成に使用していないということに驚いたので、光合成に用いる以外にクロロフィルを持つことの意義について考えてみた。アサクサノリは紅藻類に属しているが、紅藻には水深の深いところに生息する種と浅瀬に生息する種がある。前者はクロロフィルをあまり持っておらず、後者はクロロフィルを多く持っている(アサクサノリはこちらに含まれる)。よって紅藻類におけるクロロフィルの量は生息している水深の深さに関係していると考えられる。水深が異なれば光環境が異なる。特に浅いところに固着生活するアサクサノリは強い光に長時間さらされることがあると考えられる。ゆえに、アサクサノリのクロロフィルは強光から体を守るとともに余分な光エネルギーを吸収してフィコビリンによる光合成に支障が出ないようにしていると考えられる(一般的な植物におけるカロテノイドのような働き)。また、クロロフィルは緑色の光を吸収しないので光が弱いときもフィコビリンによる光合成の効率が下がることが無いので都合がよい。クロロフィルがアサクサノリを光阻害から守っていることを確かめるためにはクロロフィルを取り除いたアサクサノリを作成し、その個体が強光下で生きていけるかを調べる必要がある。
A:最初の部分、「クロロフィルを持っているにもかかわらずそれを光合成に使用していない」というのはやや誤解があります。正確には「クロロフィルを持っているにもかかわらずクロロフィルだけを励起した場合には光合成の量子収率が低くなる」です。ちょっと前提が違っていましたが、そのあとの考察は面白いと思いました。
Q:授業で、亜硝酸酸化細菌と硝酸還元細菌についてのお話が出た。酸化でも還元でもエネルギーが生じるという文脈の中でのお話だったが、これらのことを調べると面白い話があった。熱帯魚の水槽内でのことである。魚の糞や食べ残しからアンモニアが発生するそうで、それは魚にとって有害である。しかし、アンモニアが生じると、自然と亜硝酸生成細菌という細菌が発生するそうなのである。この細菌はアンモニアを亜硝酸に分解するが、これもまだ魚には有害なのである。そこで、亜硝酸酸化細菌は亜硝酸をさらに毒性の弱い硝酸塩に分解する。魚の水槽のような身近な場所でもこのような細菌が働き、ある意味で共生(魚は住みやすい環境にしてもらい、微生物はエネルギーを得られる)を実現していることは興味深いが、特に私が驚いたのは細菌が「自然発生」する点である。魚の存在がなくとも、アンモニアを注入すれば細菌は発生するのだという。これは、地球環境を一定に保つための仕組みとしか考えられないが、どうしてその必要があるのだろう。人間は自我が生まれ、生態系が崩れて自身にも被害が及ぶとしたら大騒ぎだが、地球からしてみれば別に滅亡しようとなんだろうと問題ないはずである。とても不思議なことであると感じた。
http://mizukusa.seesaa.net/article/3057261.html
A:「自然発生」に驚くというのは生物学を学ぶ学生としてはややナイーブな気がしましたが、自然の働きを面白いと思うのが科学研究の推進力だと思うので、その点では評価できます。おそらく「役立つもの」が「自然に」発生する点に驚いているのだと思いますが、ある場所に生物が出現するのに、役立つかどうかは別に関係がないでしょう。「役立つもの」だけでなく、「役に立たないもの」も「自然発生」することは、風呂場にカビが生えるのをみるとわかります。
Q:今回の授業では、カルビン回路の4つの酵素が、光がないと不活性化することを学んだ。これは、酵素は逆反応も触媒するため、光がない夜間に無駄な逆反応を起こさないための工夫である。これと同様な仕組が、前回の授業で扱ったb6/f複合体にもあるかを検討した。b6/f複合体は、光化学系Ⅰと光化学系Ⅱの中間に存在し、電子を伝達する役割を担っている。光化学系Ⅱは光のエネルギーを得て、電子をb6/f複合体に伝え、さらにb6/f複合体から光化学系Ⅰに電子が伝えられる。光化学系Ⅰも光のエネルギーを利用し、電子を伝達している。このように、b6/f複合体の前後では光を必要とする反応が行われている。したがって、光のない夜間には反応は起こらない。b6/f複合体では、酸化還元電位に従って反応が起こるため逆反応は起きないと考えられるが、光化学系ⅠとⅡは光の量によって反応速度が変化すると考えられるので、b6/f複合体でも光量に従って反応速度の調節をしているのではないだろうか。b6/f複合体は光化学反応を行わないが、クロロフィルとカロテノイドを持つ。したがって、光を感知することはできると考えられる。このクロロフィルとカロテノイドが、この調節の働きを担っている可能性が考えられる。
A:カルビン回路の光調節から、同じく光による反応ではないb6/f複合体の反応の光調節の可能性を考えるという発想の飛躍が面白いと思います。最後の部分、b6/f複合体の反応速度の調節をしたほうがよいかどうかは、自明ではないと思います。最大速度は一定であっても、実際の反応速度は基質の量によって決まるわけですから、特に積極的に調節する必要はない、という考え方も当然あると思います。
Q:ルビスコの酵素活性が低く、葉緑体内に非常に多く存在するという話が印象に残っている。しかし、一般的に生物は進化の中で無駄なしくみはそぎ落とし、改善していく傾向があり、生物学的に意味のないしくみはないと推測される。ルビスコの数の多さや不都合なオキシゲナーゼ活性には意味があるのではないだろうか。まずルビスコの数が多いということはカルビン・ベンソン回路の回転において、微妙な調節が利くというメリットがある。また、酸素が多い状態ではオキシゲナーゼ活性によってホスホグリコール酸が合成されるが、酸素が多いということは光によって光化学系が強く機能しており、そのままでは糖が過剰に合成されてしまう可能性がある。糖には糖毒性もあるし、糖尿病のような状態に置かれるリスクがある。そこでホスホグリコール酸を合成することでネガティブフィードバックのようにカルビン・ベンソン回路を抑制して、糖の合成を抑えているのではないだろうか。植物は光合成のおかげで、動物のように外部から栄養をとり入れる必要がないが、逆に光がある限り光合成がどんどん起こってしまうため、動物で考えると「食べ過ぎ」のような状態にも陥りやすく、それを防ぐ意味がルビスコにあるのではないだろうか。 ルビスコのオキシゲナーゼ活性やホスホグリコール酸に意味があるかどうか調べる実験としては、正常の植物と、遺伝的にルビスコのオキシゲナーゼ活性をなくした植物で生存期間や成長状態を比較してみればよいのではないか。
A:独創的なアイデアで面白いと思いました。ただ、「酸素が多いということは光によって光化学系が強く機能」という部分がちょっと変でしょうか。光合成速度が上がるのは二酸化炭素が多い時で、酸素が多くなるとむしろ光合成速度は下がります。光合成速度が上がると酸素を出すから酸素濃度が上がる、と考えているのかもしれませんが、その場合もともと酸素濃度は21%と高いので、水草のようなものでなければ、それほど実質的に酸素濃度が大きく変動することはないと思います。