植物生理学I 第4回講義
オルガネラの起源
第4回の講義では、細胞の中で光合成をつかさどる葉緑体と、呼吸に働くミトコンドリアの共生説について説明しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:植物細胞内に葉緑体やミトコンドリアが存在していることは、細胞共生説によって説明されている。それでは、その共生の一番最初はどのような状態なのだろうか。原核生物が、好気性細菌を取り込みシアノバクテリアを取り込んだのだろうが、嫌気性細菌はどうして自分よりもATP生産能力が高い好気性細菌を見分けることができたのだろうか。きっと原核生物は好気性細菌以外にも多くの種類の細菌を取り込んでいて、好気性細菌を取り込んだ時がたまたまATP生産量が多いことが分かったから、取り込んだままでいたのではないかと、私は考えている。そして、一部のたまたま好気性細菌を取り込んだ原核生物が真核生物へと進化したと考えている。
A:進化は必ず集団で考える癖をつけてください。個体が進化するのはポケモンの世界です。「ATP生産量が多いことが分かったから、取り込んだままでいた」というためには、ATP生産量に応じて取り込むかどうかを制御するシステムをその生物が持っていたことになります。実際に進化を考える時に重要なのは生存競争の上で有利になるかどうかです。むしろ考えるべきは、何を変えたらばATP生産量が上がるかでしょう。単に全ての取り込んだ細菌を保持することがATPの生産に有利ということはないと思いますから。
Q:葉緑体が共生によって誕生した、というの定説化しているが、「光合成とは何か」によると、共生の出発点は捕食であった。また、「ハテナ」に共生しているプラシノ藻は、完全に葉緑体にはなっていないが、自律的に生きていけない、ゾウリムシの仲間はクリプト藻を共生させていて、捕食後1カ月くらいはその核が残っている、という興味深い事実もあった。捕食してもすぐに消化せずにいるというのは不思議だ。確かに、光合成をして有機物をつくりだす獲物は殺さずに生かしておくのが得策かもしれないが、わたしたちは考えてそう思うのであって、最初に共生という道を選んだ宿主は、どうやってその判断をしたのだろう?それとも、たまたま消化不良で残った藻類なのだろうか?また、共生した藻類の方は、なぜそろって核をなくしているだろう?宿主の方が、役に立つ葉緑体だけ残して、不要な核は消化してしまうということになるのかもしれないが、少なくとも最初にシアノバクテリアが共生した時点では、葉緑体のDNAがシアノバクテリアのDNAだとすれば、それは消化されていないということになるわけだ。それに、シアノバクテリアの共生がランダムに何回も起きたのだとすれば、動物の中にも葉緑体をもつものがいてもいいような気がするが、葉緑体をもつ多細胞生物はことごとく動かない植物に進化している、というのも不思議だ。葉緑体があれば動いて餌を取る必要がない、というのはわかるが、動かなければ食べられるだけだから、逃げるために動くという選択があってもいい気がする。それに、光を効率よく得ると言う意味でも、日が当らなければ枯れてしまうというよりは、日のあたる場所へどんどん移動出来たほうがいいのではないかと思う。シアノバクテリアの共生が実際にどのくらいの頻度で起こるのか、条件を変えて実験してみることはできないだろうか。
A:この後話しますが、シアノバクテリアの共生(一次共生)と二次共生ではその頻度がまるで違うという考え方が主流です。二次共生は、今も進行中の現象のようです。
Q:[なぜ核膜は二重膜構造をとっているのか]:オルガネラは各機能毎に最適条件下で反応を進めるために存在している。また、葉緑体やミトコンドリアなどが二重膜構造をとるのは、好気呼吸細菌やラン藻類が共生したからである。つまり、葉緑体やミトコンドリアの二重膜構造は進化の過程での必然から生じたものであり、核膜が二重膜なのも必然的にそうなったと考えるのが妥当である。このように考えると、核膜が二重膜構造にならざるをえない出来かたは二通り考えられる。まず、原核生物が反応の最適化を図るため、核膜を作ろうとした時、むき出しの遺伝子を包み込むように細胞膜の陥入し核膜を作った場合が一つ目である。もう一つはすでに細胞の中にあった一重膜の小胞体で遺伝子を包み込むようにして核膜を作った場合である。
A:この後、もうひと押し考察がほしいですね。どちらの可能性が強いでしょうか。
Q:今回の講義は、共生についての内容が中心で、とても興味深いものでした。そこで、一つ疑問に思ったのが、シアノバクテリアなどを取り込む側の細胞は、どのようにして糖を得るのかということです。共生の初期では、真核生物は、シアノバクテリアを取り込んだ後、しばらくしてから消化することで、糖を得ることができます。しかし、シアノバクテリアを消化せずに葉緑体として保持するようになってからは、どのような仕組みで糖を取り出しているのか、気になりました。このことについて調べてみると、葉緑体の膜に存在するリン酸トランスロケーターによって、トリオースリン酸のかたちで糖が葉緑体外に運び出されることがわかりました[1]。では、この膜タンパク質は、いつごろ獲得されたのでしょうか?これは調べてみても分かりませんでした。ただ、少なくとも共生前のシアノバクテリアでは、糖を細胞外に出す必要はないので、このタンパク質は持っていないと考えられます。また2次、3次共生した生物の場合は、どうなっているのかも気になります。もし、このタンパク質についてすでに明らかにされていることがあったら、今後の授業でふれていただけるとうれしいです。
参考ウェブページ[1] 光合成の生理生態学講座 第二版 糖合成http://hostgk3.biology.tohoku.ac.jp/hikosaka/Mechanism.html
A:単細胞の藻類でも、例えば窒素欠乏などの栄養欠乏状態に陥った時に炭素化合物を細胞外に放出する例が知られています。しかし、リン酸トランスロケーターの仲間は原核生物には見つかっていません。2006年に葉緑体のトランスロケーターの起源は単一で、これが共生体に埋め込まれたことが葉緑体の成立過程で重要だったのだろう、という論文が出ています。
Q:今回の授業において、なぜ真核(光合成)生物にはオルガネラが必要で、原核生物には不必要であるかについて、「細胞の大きさ(体積)と膜の表面積」という観点から解説された。本レポートにおいては真核光合成生物がオルガネラを持つ利点を、CAM植物の炭素固定反応を題材にして考察する。
大山隆監修 ベーシックマスター生化学 (2008)によると、CAM植物とは「C?植物と同じ炭素固定経路をもつが、炭素固定と同化を同一の細胞で夜と昼で分業する乾燥環境に適応した」(p.225)植物である。「熱帯の高温乾燥地帯の植物では、昼間炭素固定のためにCO?を取り込むとすると、同時に蒸散(transpiration)によって水を失うことにもなる」(p.225)。この水の損失を抑制するために、気温の低い夜間にCO2を取り込む点がCAM植物の特徴である。 ここでCAMの具体的な反応系を以下に示す。ピルビン酸からホスホエノールピルビン酸をへてオキサロ酢酸(炭素数4)にCO2を固定し、オキサロ酢酸をリンゴ酸に変化させる。このリンゴ酸を夜間は「液胞に保存し」、昼の間は保存されたリンゴ酸を脱炭酸してカルビン-ベンソン回路にCO2を供給する。以上がCAM植物の炭素固定及び同化反応系の概略である。もし水H2Oの不足が深刻となれば、光合成の電子伝達も、カルビン‐ベンソン回路の回転も不可能である。よって、CAMの反応系は乾燥地帯に生息する植物にとって不可欠なものである。言い換えると、CAM植物では葉緑体内で生合成したリンゴ酸を別のオルガネラである液胞との間でやり取りすることが生存に欠かせないのである。ところで、上記のCAM反応系を葉緑体内だけで行うことは不可能あるいはあまりに非効率であると推測される。なぜなら、葉緑体ストロマ中にはリンゴ酸脱炭酸する酵素が存在するため、リンゴ酸は合成されたとたんに分解されることになる。植物が何らかの機構で外気温を感知し、シグナル伝達によってリンゴ酸脱炭酸酵素の活性を調節するにしても、単に葉緑体外にリンゴ酸を輸送するよりもはるかに複雑な分子機構が必要になるのではないだろうか。よって上記のように推測される。また、細胞質中にリンゴ酸を放出するだけでは、リンゴ酸濃度が極めて小さくなり、葉緑体への再輸送は困難になる。ゆえに、細胞内の一部分にリンゴ酸を濃縮して保存しなくてはならず、そのためには膜を持つオルガネラが必ず必要となるであろう。以上より、少なくともCAM植物においては生存のためにオルガネラが必要不可欠である。言い換えると、CAM植物は、高温乾燥環境で生存できるように、上で述べた反応系を進化の過程で獲得し、環境に適応してきた生物なのであろう。オルガネラを持つ植物は環境への適応に有利であると推測される。例えば、CAM植物では液胞を利用することで、より複雑なシグナル伝達経路を組まずに済むことは上で述べた。この環境への適応の効率化が、オルガネラを持つことの利点ではないであろうか。
A:これは、オルガネラの存在意義について新しい提案をしていて、レポートとして高く評価できます。CAM光合成の説明の部分はもう少し省略してもよいかもしれません。
Q:この講義では主に、細胞のオルガネラの意味と細胞内共生説について学びました。今回僕が疑問に思ったのは、「真核生物同士が共生すると、細胞小器官はどちら側の生物由来のものになるのか?」という点です。授業では、クロロラクニオ藻類の構造は二重共生によって生じており、原核生物由来のシアノバクテリアが葉緑体を・真核生物由来のヌクレオモルフは核を担っていることと、両生物由来のリボソームが存在することを学びました。また、文献によると、「クロラクニオン植物が二次細胞内共生で他の真核細胞を飲み込んで、色素体が四重膜に囲まれていることがある。そして、他の二次細胞内共生を行った系統では飲み込まれた器官が退化または完全に失われる。」という記述があります。そこで、もし仮に真核生物同士が共生をする際に、共生する前の両生物が似た特徴を持ち・同じ程高等である場合は、それぞれの細胞小器官はどちら側の生物由来のものになるのかを知りたいと思いました。僕はこの疑問に対し、その後の環境によってどちらの由来になるかが変化するものと考えます。両生物は同じ程高等であるので、共生した直後ではまだどちらが退化するか分かりません。しかし、例えば二酸化炭素濃度が高い環境に変化すれば葉緑体を効率良く働かせる為に、少しでもより多くの光合成色素を持ち・葉緑体の体積が大きい方が残ります。この様に、環境のニーズに合わせて器官の進化・退化を行う、と考えられます。また、上記の理論を証明するために以下の実験を考えました。二次共生進化を行った生物の細胞小器官を取りだし、DNAの塩基配列を調べます。その際に、進化前の両生物のDNA塩基配列も割り出しておきます。そこで、進化前・後のDNA配列を比較することでどちらの生物から由来したのかが分かる、と考えられます。この時、この生物が二次共生進化を行った後の環境の変化も共に比較出来れば、より有意な結果が得られる、と考察されます。
参考文献:「キャンベル生物学」P.622-623、平成22年5月15日 第5刷、丸善株式会社 発行、キャンベル 著
A:これも、自分なりの考え方を追求していて評価できるレポートです。実際には、すでに光合成している生物が新たに葉緑体を取り込む利点はあまりないと思います。基本的に葉緑体の数は分裂させれば増やせるので。一方、葉緑体を取り込むために真核藻類を取り込むと、一緒にミトコンドリアが付いてきます。こちらは重複するので、片方をなくすことになり、通常は宿主のミトコンドリアが残るのだと思います。