植物生理学I 第10回講義
炭素同化
第10回の講義では、最初に前回の続きとして好気呼吸と光合成以外の代謝について簡単に触れたのち、光合成における二酸化炭素の固定反応、すなわち有機物の合成の最初の段階について解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:ルビスコというものの存在自体、初めて知った。炭素を固定する酵素、つまりCO2を固定して有機物に変えてくれる。まるで夢のような酵素じゃないか、と思ってしまう。世の中のCO2削減とか、温暖化とか、この酵素使えばいいじゃんと。しかし、そううまくもいかないようで、反応速度がとても遅い。1秒に3分子だから、一年でだいたい1億分子。ということは、1kgのCO2を固定するのにも百万年以上かかる。これはもう、たくさんルビスコを用意すれば解決する次元の話ではなさそうである。
A:確かに1分子のルビスコでは百万年以上かもしれませんが、アボガドロ数もなかなかばかにできませんよ。
Q:植物は光エネルギーを唯一の光合成エネルギー源として用いるが、それが強すぎると逆に強光阻害を招き、光合成量が減少するというのに対し、グルタミン合成酵素を持ち合わすように遺伝子導入された変異株は光阻害を受けないという。光阻害を受けないようにするというのは、農業にも良い影響を与えられると思われる。光阻害を受けないようにするのは遺伝子操作などの人工的な手法だけでなく、現在の植物の状況を見ても判断できるのではないかと考える。例えば、葉のつけ方や枝の角度で同じ光環境下にいても光の受け方は全く異なると思う。照射度が少ない環境の植物は枝を四方八方につけ横長に育ち葉もお互いが重ならないようにしていたり、逆に光阻害を受けてしまうほどの太陽光がある環境に生きる植物は縦長に延び葉を付けなかったりして進化を遂げているのではないか。そう考えると、それらの遺伝子解析の道が広がり面白いと思った。
A:「それらの遺伝子解析の道が広がり」という部分があいまいですね。前半の論旨を受けて、そこをきちんと詰めることができるとよいレポートになります。
Q:光エネルギーをわざわざ使って酸素を取り込んで二酸化炭素を排出する光呼吸の意義について興味を持ちました。この気体の出入りだけを見れば普通の呼吸をする方がエネルギーを使わないので全く無駄な反応に見えますが、光呼吸では炭素固定の第一段階で生じるカルビン回路の阻害剤、2-ホスホグリコール酸を3-ホスホグリセリン酸(PGA)に変える役目があります。わざわざエネルギーを使って2-ホスホグリコール酸を再生しなくても排出してしまえば良いのではないかと思いますが、植物には動物と比して活発に老廃物を排泄できる機構が無いので、老廃物はとりあえず液胞などにためておくしかないようで、もし2-ホスホグリコール酸をそのまま溜め込んでしまえば光合成が大幅に阻害されてしまうのではないかと思います。もし、植物に積極的な排出機構が備わっていれば、光呼吸の意義は薄くなるのではないかと思います。
A:今まで光呼吸に関して排泄機構に注目したレポートはありませんでした。独自の視点を持っていて素晴らしいと思います。
Q:今回の授業の最後にC4植物は、その代謝系によって体内の二酸化炭素濃度を上昇されて、光呼吸を最小限度に抑えているということを学んだ。そこで、なぜ植物にとって有益とは思えがたい光呼吸を抑えたC4植物型の代謝系を、全ての高等植物が獲得していないのかについて疑問に思ったので、それについて考察をする。その理由として3つ考えられた。1つはまだ植物における進化上の自然選択は続いており、今C3植物が淘汰中であることが考えられる。2つ目も進化との関連で、C4植物が育成する環境は高温で日光もよく当たる地域が多く、一方C3植物は地球環境に広く育成しており、地理的な隔絶が完成されていることが考えられる。また3つ目は他の観点からの理由として、C3植物は光呼吸を行うため体内にC4植物よりも酸素を多く含んでいる。酸素を体内で使用することで、活性酸素が発生する。その活性酸素が体内の有害な細菌を殺すことでC4植物よりもC3植物の方が、その点に関して有利であると考えられる。これら3つの理由も関わることで、現在の地球上にC3植物とC4植物が共存していることが考えられる。
A:「光呼吸を行なうから酸素を多く含む」というのは少し変ですね。ただ、酸素を使う反応の副産物として活性酸素が出るという可能性は、一般論としてはありえます。
Q:光呼吸は、植物が通常と異なる方法で酸素を消費し二酸化炭素を生成することであるが、多量の還元力とATPの消費を必要としてしまい、さらに有機物の一部が二酸化炭素に分解されてしまうため、損失が大きい。ならば、なぜ植物は光呼吸を行うのだろうか。通常の条件下ではデメリットとなるこれらが、メリットとなる特定の条件が存在するのではないだろうか。ATPが多量に存在したところで、エネルギーの過剰供給はデメリットになるとは考えにくいので、還元力が過剰な状況か、有機物を分解してでも二酸化炭素を得たいような状況が考えられる。後者は、単純に二酸化炭素が不足している、もしくは光が過剰であるという条件が考えられる。しかし前者については、そもそも還元力とは何かというところから考える必要がある。植物は還元力を利用して活性酸素を生成するらしい。活性酸素とは、強い酸化力を持つため、病原菌を殺したり、病害虫による傷害などを避ける役割を果たす反面、細胞毒になりえるという危機も備えている。つまり一見デメリットに見える還元力の減少は、還元力が過剰であるという限定的な条件の下ではメリットになりえるということだ。以上を踏まえて、光呼吸による効果が場合によっては損失のみとは限らないと考えられるだろう。
A:きちんとした論旨でよいと思います。ただ、もう少し独自の視点がほしいところではあります。
Q:今回の授業でルビスコの存在を知ったとき、以前、生態学系の授業で二酸化炭素濃度と光合成速度の関係について学んだことを思い出した。ある程度の濃度までは、光合成速度は二酸化炭素濃度に比例するというものだった。この原因が、ルビスコ周辺のCO2濃度が上がると、CO2と競合するO2とRuBPの反応が起こりにくくなることから、反応速度の増加がおこるのだと分かった。また、光合成速度‐二酸化炭素濃度曲線が頭打ちになるのは、ルビスコによる酵素反応が飽和状態になったためと理解できた。さらに、温度と光合成速度の関係についても、酵素活性?温度曲線と類似していたことから、光合成の効率はルビスコの酵素反応の効率に直結するのだと感じた。
A:CO2濃度光合成曲線、温度光合成曲線と、今回の講義から、その曲線の成り立ちを理解したのだとすれば立派です。
Q:今回は授業で扱った窒素同化について調べてみた。まず土壌中で行われる硝化作用についてである。亜硝酸菌によってNH3からNO2に,硝酸菌によってNO2からNO3へと変えられ植物に取り入れられる。次に窒素同化についてである。窒素同化は硝化作用と逆で,硝酸還元作用によってNO3からNO2へ,亜硝酸還元作用によってNO2からNH3へと変えられ,有機窒素化合物の生成に利用されるのである。ではなぜこのように形を変えなければならないのだろうか。考えられることとしては植物は無機窒素化合物を取り入れるときはNO3という形が,窒素同化で有機窒素化合物を生成するときにはNH3という形が最も効率が良いのではないかということである。もうひとつの考えとしては,NH3は土壌中では害があるイオンなので土壌中の硝酸菌や亜硝酸菌が無毒なNO3へと形を変えてしまう。そのため植物はわざわざNO3→NO2→NH3という面倒な手順を踏まなければならないのではないかということである。
A:単に、そうなっています、という知識だけに満足せず、なぜそうなっているのかという背景の論理を追及している点で高く評価できます。