植物生理学I 第9回講義
二酸化炭素の固定
第9回の講義では、二酸化炭素の固定反応を解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:光呼吸はルビスコが酸素と反応し、酸素とRuBPが結合した際に生じる使い道がなく、カルビン回路の酵素の阻害剤である2-ホスホグリコール酸をPGAに戻す反応であり、この際にATPや還元力、CO2の放出等エネルギーの無駄が生じると学んだ。そして、その意義の一つとして強光下などで余分なエネルギーが細胞に害を与える場合に、エネルギーを無駄に使うことによって細胞を保護しているというものがあった。しかし、本当にそうなのであろうか。もしそうならば、光環境に合わせて光呼吸が調整されていなければならない。確かに明暗条件で比べると、光が当たらなければチオレドキシンが還元されないため、カルビン回路に関係する酵素の活性が低下し、回路は回らない。つまり、ルビスコは反応を起こさないため、光呼吸は行われず理にかなっている。だが、光が当たる環境下ではその強弱によって光呼吸は調節されているのであろうか。強光下で行われる分には問題ないが、弱光下では光呼吸によるエネルギーの無駄が生存に影響しないのか。これを調べるためには同じ植物を用いて、光環境を変化させることで光呼吸の程度の変化を比較することで確かめられると考えられる。もし、光の強度に応じて光呼吸の程度が変化するのであれば、光呼吸は余分なエネルギー吸収からの細胞の保護に使われると考えられる。また、光環境の異なる植物を比較することも有効な手段であると考えられる。もし、強光下と弱光下の植物を比較し、強光下の方が光呼吸が盛んであればこれも上記の推論の根拠となる。
A:光環境についてよく考えていますね。立派なレポートです。ただ、環境というものは、単に与えられるものではなく、生物の側からの反応によって変化するものであることを理解できるともう一段深い考え方ができます。光が強くなると光合成速度は上がりますが、それによって二酸化炭素は吸収されるので、葉の中の二酸化炭素濃度は低下します。そのような条件では、ルビスコの酸素付加反応による光呼吸は「自動的に」盛んになることになります。つまり、特段の調節機構を想定しなくても、光呼吸は強光下で挙がる計算になるわけです。
Q:ルビスコが地球上にどれくらい存在するのか計算する。講義より、ルビスコは1秒間に3回反応を行うこととする。全国地球温暖化防止活動推進センターのHP (http://www.jccca.org/content/view/1040/781/)によると、全世界の年間CO2排出量は約288億トン(2007年)である。現在地球では徐々にCO2が増加しているが、それでもCO2濃度ほぼ維持できていることから葉緑体は毎年約288億トンのCO2を消費していると考えられる。Rubisco+CO2+H2O→2PGAより1molのルビスコは1molのCO2と反応するため、年間では288億トン(288億×106 g)÷44g/mol=6.5×1014molのルビスコが反応している。この数値は同じルビスコが何回も反応して得られた数値である。ここでルビスコは1秒間に3回反応を行い、1日12時間光合成を行うと考えると、1年=31536000秒の中で31536000秒÷2×3回=4.7×107回反応を行う。これで先ほどのルビスコの物質量で割ると、実際に存在するルビスコの物質量になる。6.5×1014mol÷4.7×107回=1.4×107molとなることより、地球上に存在するルビスコは1.4×107molつまり8.4×1030個であり、ルビスコの分子量約544kDaより全体では約761×107kDaである。
A:面白い。最後の計算の部分、ダルトンは分子1個の質量ですから分子数にかけることになります。それよりは、分子量をモル数にかけて重さを出した方が、直感的に結果を確認することができるでしょう。
Q:今回の講義でルビスコという酵素を学んだ。 ルビスコはカルボキシラーゼ反応とオキシゲナーゼ反応を行なう。一般に陸上で生育するものでは、大気中のO2が多いことによるオキシダーゼ反応を行なわないように、CO2との親和性を高くすることに重点を置いている。反面、最大活性が低いという欠点をもつ。水中で生育するものでは、水中はCO2のほうが多いので、最大活性を重視している。そのため、CO2との親和性が陸上のものよりも低くなっている。 このことから、CO2との親和性と最大活性は反比例していることが分かる。両方とも高いルビスコができれば、特に陸上で生育するものにとって、良いのではないか?オキシゲナーゼ反応をする部分をノックアウトすればいいのではと思ったが、一つの酵素(ルビスコ)がカルボキシラーゼ反応とオキシゲナーゼ反応をするので、ノックアウトはできない。ならば、他にルビスコよりもO2との親和性が高い酵素を入れると、ルビスコはオキシゲナーゼ反応をせずにすむと考えた。そのような酵素と水中で生育するタイプ(最大活性重視)のルビスコを持てば、陸上で生育するものにとっては『スーパールビスコ』となりえるかもしれない。またCO^2を濃縮する機構を持てば同様に、CO2との親和性が関係なくなり最大活性重視のルビスコが『スーパールビスコ』になりえる。O2を処理する方法と、CO2を濃縮する方法でより効率の良いルビスコを考えてみた。
A:ルビスコの改良に関するレポートはたくさん寄せられましたが、たいていは他の人のアイデアをなぞるだけのものが多い中で、酸素との親和性の高い酵素を共存させるという独自のアイデアを出しているところが評価できます。光合成系の場合は自分で酸素を発生しているので難しいと思いますが、やはり酸素があると困る窒素固定の場合は、根粒菌の中で、レグヘモグロビンを「O2との親和性が高い酵素」として使っています。
Q:チオレドキシンはほとんどの生物種が持っている酵素である。植物においては、授業で解説された役割や機構を持つ。ヒトにおいてはリボヌクレオチドリダクターゼ(大腸菌のDNA合成に必須な酵素)に水素結合する補酵素として発見された。チオレドキシンはウィルス感染や紫外線など外的要因により誘導される。体内のチオレドキシン量を増やしたマウスは、様々なストレスに抵抗性を示し、長生きするという研究報告がある。体内のチオレドキシンの濃度を高めることでストレスに対する抵抗性を高めることが可能になるかもしれない。植物もマウスと同様の結果が得られるのだろうか。また、チオレドキシンは葉緑体のATP合成酵素も活性化させる。カルビン-ベンソン回路では、1molのCO2を固定し、糖のレベルまでの還元を行うためには、2molのNADPHと、3molのATPが必要である。改めて触れるまでも無く、ATPは生物にとって欠かせないものである。私はスポーツ科学に興味があり、私自身ウエイトトレーニングをしていてクレアチンというサプリメントを摂取している。脊椎動物はATPとクレアチンからクレアチンキナーゼによる可逆反応でホスホクレアチンを生成する。無脊椎動物ではホスホクレアチンの代わりにホスホアルギニンが同じ役割を果たす。植物にもホスファゲンがあり、リン酸・窒素・カリウムは肥料の三大要素である。リン酸は土壌中で金属イオンと結合し大量に存在しているが、植物はそれをそのままでは利用できない。それを可溶化して利用できる状態にするバクテリアが存在する。植物自体がもともと持っている量以上に適正な範囲内で、チオレドキシンや肥料を与えることで植物の生育が良くなり、食料問題にも応用していくことができるのではないかと思う。
A:せっかく生物を学んでいるのですから、サプリメントなどについてもその必要性をよく考えてみてくださいね。植物にとってのリン酸・窒素・カリウムは外部から取り込む必要のある栄養素で、足りない場合に自分で合成をするわけにはいきません。それらの成分が不足している場合に、肥料として与えれば生育がよくなる可能性があるとするのは合理的です。一方で、人間はクレアチンを合成できます。しかも、その合成量は、ヒトの進化の過程で最適化されているはずです。とすれば、クレアチン(に限らずたとえばコエンザイムQ10であろうと同じですが)のサプリメントとしての有効性を植物の肥料としての有効性と同じレベルでは議論できないことが分かるはずです。植物にとってのチオレドキシンは、人間にとってのクレアチンと同じで、自分で合成できます。チオレドキシンと肥料を同列には論じられないのです。そのあたりをきちんと考えてレポートを書くようにしてください。
Q:ルビスコは空気中でかなりの濃度を占める酵素でカルビンベンソン回路には欠かせないものであるはずだが、今回の授業までその存在を知らなかった。主な役割は二酸化炭素の固定反応だ。光合成と言っても単純なものではなく、様々な物質や器官が関わっている。初めて光合成について習ったのは中学の頃だろうか。それから高校でカルビンベンソン回路に触れるまでは、単純に水と二酸化炭素から酸素ができるという認識をしていたように思う。生物という授業があっても、なかなか生物学の突っ込んだところまでは扱わない。だんだんと難しいことを習うのだが、私にはそれは情報を小出しにされているように思えた。最初は少し、だんだんとレベルを上げていこうと相手のことも考慮するのが教育者であるのは当然と言うこともできるかもしれないが、こと生物学に関しては情報のレベル1までしか知らないのとレベル3まで知っている状態の落差が大きいと感じる。それはたとえば歴史学を教えるときに、最初は知らなくてもいい詳細は教えないのとは若干異なるのではないか。というのも、歴史学はすでに起こった事実の羅列であるために、詳細というのはある事実に関する深い情報になる。しかし生物学の場合、ある現象について入口しか知らないのと奥まで知っているのとでは、ほとんど違う情報を知っているかのように異なると思うからだ。それは生物学が単なる事実の羅列ではなく、動きがある学問だからではないだろうか。歴史のように、ある事件で犯人に内通していたのが実は誰だったかを知っても、その事件について詳しく知っているにすぎない。だが生物の場合、ある機能がべつの器官のはたらきによる影響を受けているということが容易に起こる。そのときべつの器官が何であるか、どんなはたらきをしているかを解明することでまたその奥が見えてくる。一見すると歴史学も同じであるが、それが過去に起こったことではないということ、現在も存在するものについて解明していくという点で異なるのではないかと考えた。
A:これは、植物生理学のレポートという感じはしませんが、考え方が面白かったので取り上げました。中等教育のレベルの生物学をどのように教えればよいのかは、確かに非常に難しい問題だと思います。極論ですが、高校では物理化学に重点を置いて、大学に入ってから生物を教えるのでよいかな、という気さえします。