植物生理学I 第8回講義
生体のエネルギー獲得様式
第8回の講義では、光合成、呼吸、化学合成といった様々なエネルギー獲得様式について解説し、最後に炭素同化のさわりを少し紹介しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:光合成と呼吸の起源はどちらか先かを学びました。今まで、二酸化炭素が地球に存在し、光合成をすることによって酸素が生まれ、そこから呼吸をする生物が誕生していたものだと思っていました。はじめのころは紫外線から発生した酸素を利用して呼吸を始めたと聞きましたが、なぜそのあとに光合成が必要になったのか疑問に思いました。紫外線から酸素が分解されるのならそのままの状態でよかったと思います。そこで調べた結果、オゾン分子の発生が原因だと分かりました。オゾン層ができることによって紫外線が遮断され、呼吸に必要なエネルギーが地上に発生しなくなったためです。そのため、危機に瀕した生物は光合成という能力を得たのだと考えました。
A:少し誤解を招いたようですが、「紫外線から発生した酸素」というのは、生物が紫外線を利用して水を分解する、という意味ではなく、地球の上空において紫外線などの放射線により物理化学的に酸素が生じる、という意味です。ですから、光合成のように、水の分解反応に伴ってエネルギーを得ていたわけではありません。
Q:生体エネルギーの獲得様式として、CO2呼吸があることを習った。これは、メタン合成細菌がH2をCO2で酸化し、メタンを生成するすることで、エネルギーを得るというものである。地球温暖化の原因のひとつと考えられている二酸化炭素を使うということで、私はこの生物を使って、二酸化炭素を削減することができるのではないかと考えた。しかし、このCO2呼吸の生成物はメタンである。メタンは二酸化炭素の20~30倍もの温室効果があると考えられている。逆に地球温暖化を促進してしまう可能性がある。だが、このメタンガスをうまく利用すれば、ここから有用なエネルギーを得ることができる。このメタンガスから水素を取り出して燃料電池の燃料に利用すればよいのである。したがって、メタン合成細菌を利用して、二酸化炭素を我々人間にも使える電気や熱などのエネルギーに変換できると考えられる。
A:一つ考えてほしいのは、メタンの原料は二酸化炭素であると同時に水素でもあることです。メタン合成細菌は、無からエネルギーを取り出しているわけではなく、水素と二酸化炭素の酸化還元エネルギーの差を利用しているわけです。逆にいえば、メタンは水素からエネルギーを取り出した後の残りかすですから、発酵の反応におけるエタノールのようなものです。エタノールと同様、確かにメタンもエネルギーとして使えますが、エタノールは光エネルギーを使った光合成産物から作るのに対して、メタン合成の場合はそれ自身貴重なエネルギー源である水素が原料ですから、結局、全体としては損をすることになってしまいます。最初から直接水素を使った方が得になってしまいます。一時的に二酸化炭素を固定したつもりでも、エネルギーとして燃やせば、また二酸化炭素に戻るわけですし。
Q:アサクサノリは通常の植物のような吸収スペクトルにならない。それはアサクサノリが持っているフィコビリンが光化学系IIに結合しているからであるが、ではなぜこのような作用機構になったのか考察する。
この機構のメリットを考えると、他の植物が利用できない波長を利用できることで、光の獲得競争に有利であるということと、広い波長域をカバーしていることで環境の変化に適応できるということである。Wikipediaによると、アサクサノリは東アジアの内湾の干潟に生息している。前者において、生息地である干潟では光の獲得を阻害するような他の植物はあまり存在しない。したがって、このことはアサクサノリに対してはあまりメリットにはならない。では、後者について考えてみると、干潟は干潮と満潮では環境が大きく異なる。特に満潮時にはアサクサノリは海水の下に潜ってしまう。海水は通常の光合成器官でよく利用される650nm前後の赤色光を吸収するので、これでは光合成が阻害されてしまう。したがって、フィコビリンのおかげで満潮干潮に関わらず光合成量を常に一定に保つことができているのでないかという仮説がたてられる。この仮説を証明するためには、アサクサノリとフィコビリンを持たない藻類で、満潮時の光合成量を比較すればよい。アサクサノリは一定値で、対照は値に波があると予想できる。
A:他にもこの点に関するレポートがいくつかありました。藻類の多様な光合成色素については、光の吸収と光合成色素の回で詳しく解説したと思います。そこを超えるレポートにしてほしいところです。
Q:Nは生物が生きる上で非常に重要だがそれに対して窒素固定をする生き物は非常に限られているのが面白い。一度同化されてしまうとそう簡単には脱窒しないから限られた生き物が限られた量だけ作るだけで大丈夫であるということなのであろうか。脱窒をする生き物も主に細菌であるということからも一度固定された窒素はそう簡単には脱窒しないであろうということは予想できる。生物にはエネルギー的に不経済である窒素固定を人口で行うことで途上国での森林の破壊を妨げることができるといわれるが窒素過多による汚染が問題になるというのは皮肉である。一度窒素を固定してしまうと生物圏における窒素サイクルからなかなか出ていかないので生物が増えすぎて逆に問題になってしまうということであろう。生物の仕組みをまねるのは僕は大きな発明の近道であると考えるが、その場合使い方も生物をまねなければいけないのであろうか。
A:これは、よく考えたレポートです。ただ、評論風ですね。サイエンスのレポートとしては、1.議論を発散させないで一つのロジックに沿って展開する、2.「だろうか」というオープンクエスチョンはなるべく使わない、方がよいでしょう。
Q:今回は呼吸と光合成の科学史について疑問を記述する。地球の歴史をみれば、古代は二酸化炭素濃度の方が酸素よりも遥かに高く、長年の光合成による酸素の産出によって、徐々に地球の酸素濃度が上昇してきた。その観点がみれば、光合成の方が呼吸よりもルーツが古く、先に光合成があって、後に酸素濃度の上昇によって、呼吸が出てきたと考えられる。しかし実際、古細菌などのゲノムを調べると呼吸の電子伝達系の方が光合成の電子伝達系よりも古い形態であることがわかり、そこから呼吸の方が光合成よりも古くから存在していることがわかる。これは先に述べた地球の歴史的観点のロジックに背いていることになるが、実際、古代の地球の生命体は有機化学的手法でエネルギー産出をしており、後に水の放射能分解により酸素濃度が上昇してきた。そして酸素濃度の上昇に伴い、呼吸を始める生命体が出てきた。しかし、酸素はもともと生命体を酸化させていくため、生命体へのダメージがあるため、後により高度なエネルギー産生機構である光合成が生まれたと考えられる。ここで、今回疑問に思うことがあるのだが、もし光合成の方がより高度なエネルギー産生機構であるならば、何故より多くの生命体が光合成をしないのか?事実、現在地球上に存在する生命体で光合成を行うことができるのは植物のみで、人間をはじめとした動物はほとんど未だに呼吸を行っている。無論、植物も呼吸を行う。そこで私は動物と植物の「運動」という相違点に着眼した。動物と植物では動くことの頻度と量に決定的な違いがある。光合成は完全に光依存的なエネルギー産生機構であるため、エネルギーの産生量は光条件による。つまり、運動によって生命体が必要とするエネルギー量に変化が生じた時に、光合成ではその時々のエネルギー産生量が光によって決まるため、運動によるエネルギー需要の変化に適応出来ないと考えた。呼吸であれば、運動によるエネルギー需要に伴い、呼吸量を可変することでエネルギーの供給を調整できる。したがって、現在でも動物は光合成を行わないで呼吸を行っていると考えた。
A:これは面白い議論です。ただ、植物も呼吸をする、という点が軽く見られている気がします。確かに光合成のエネルギー生産は光依存的ですが、植物もたとえば光合成産物をイモや種子に蓄積して発芽などのエネルギー需要に伴ってエネルギーを供給できます。
Q:授業の中で「最初の生命は?」という話題の中で、「化学合成細菌が化学合成するための機構には有機物が必要」であるということが出てきたので、地球の最初の生命はなにか?ということを考えてみます。熱水噴出孔の付近では無機物から有機物を非生体反応的に合成できるような高温・高圧な条件にメタンや水素などの還元気体が多く原始的な好熱性細菌も発見されていることからここで生命が誕生したのではないかという説がある。では従属栄養と独立栄養ではどちらが先なのか。コアセルベートのような構造体に、有機物と無機物はどちらが取り込まれやすいかが問題だと思われる。これ自体の実験結果を探し出すには至らなかったが、総合図説生物*1のpp.35の囲みにあった「藻類の二酸化炭素の取り込み」に書いてあった、藻類はHCO3?よりもCO2を取り込む、という話がヒントになった。すなわち、脂質二重層のような膜は電荷を持たない物質のほうが取り込みやすい。加えて、高分子よりは低分子が透過できる。すなわち、疎水性のタンパク質であっても膜を透過するには大きすぎる物質であろう。現に私たちの生体膜も、タンパク質の膜内外の輸送には膜タンパクが必要だ。すると、最初に膜内外の輸送が容易な物質を用いたエネルギー獲得戦略が誕生したと考えるほうが自然なのではないか。無機物を取り込み、「生体内で」有機物が合成されてこそ有機物を膜内外でやり取りできるようになったのではないかと思う。
*1) 総合図説生物;田中 隆莊,田村 道夫,田中 昭男 監修;第一学習社;2001年 改訂12版
A:膜の透過性というのは面白い着眼点ですね。「最初の生命」の話題は、多くのレポートで取り上げられていましたが、講義で扱った内容をなぞるのではなく、このレポートように新しい観点から議論できるとよいと思います。