植物生理生化学特論 第14回講義
遺伝子機能の包括解析
第14回の講義では、遺伝子の機能解析を網羅的に解析する試みとして、シアノバクテリアの遺伝子破壊株のクロロフィル蛍光挙動を表現型として調べる研究について解説しました。以下に寄せられたレポートとそれに対するコメントを載せておきます。
Q:今回の講義の中で、シアノバクテリア(PCC 6803)のタンパク質をコードする遺伝子(3200)のうち、トランスポゾンを挿入することで、遺伝子を破壊できたのは2割(500)程度だったという話があった。では、残りの遺伝子はどのようにして、機能を解析すればよいだろうか。遺伝子が破壊できなかった要因として、目的の遺伝子が生存に必須の遺伝子であったことが考えられる。トランスポゾンの挿入部位が無作為に選択されるとすると、特定の遺伝子に挿入されないということは考えにくいので、遺伝子が破壊されたプラスミドによって形質転換することができなかったことが示唆される。しかし、このような生存に必須の遺伝子は、その他の種でも保存されている可能性がある。従って、ホモロジー検索、あるいは相同性検索によって、その他の種で目的の遺伝子が保存されているかを確めてから、破壊できなかった遺伝子を、保存される種が多い順に調べていく。これらの遺伝子は、生きた細胞では機能を調べることができないので、宿主細胞の細胞膜を壊し細胞内物質を取り出すことで、in vitroでタンパク質のはたらきを調べる必要がある。
A:これは、僕の説明の仕方が悪かったのかもしれませんが、破壊株が2割程度にとどまったのは、労力の問題です。同じ作業を続けていけば、例えば4割、6割程度までは割合を上げていけると思います。ただし、無作為に破壊しているので、ある程度以上割合が上がると、それ以上割合を上げていくのは難しくなっていくと思います。なお、必須遺伝子については、これは講義の中で説明したはずですが、シアノバクテリアは1つの細胞内に多コピーのゲノムを持っており、そのセグリゲーションを各破壊株で確認しているわけではありません。したがって、破壊株の中には必須遺伝子の破壊株も含まれます。このことは、必須遺伝子の破壊の影響を見ることができる可能性があるという点ではメリットですが、遺伝子の破壊が表現型に影響をもたらさなかったときに、それが遺伝子破壊の影響が小さいせいなのか、それとも、遺伝子破壊がセグリゲートしていないせいなのかが判断できないというデメリットもあります。
Q:以前の授業で、pmgA変異株では野生株と比べて、強光下で長時間培養していくと、次第に生育が悪くなると聞いた。PmgAは強光下で系Ⅰの量を調節する(減少させる)のだとすると、系Ⅰに系Ⅱ以上の過剰な還元力が溜まってスーパーオキシドが発生し、酸化ストレス傷害が生じたからだと考えられる。これは、野生株で、強光下で光化学系Ⅰの量を減少させる意義であると言える。逆に、弱光下では、光化学系が律速段階となり、特に系Ⅰが律速段階となるため、一定量が存在するのだともいえる。
A:これは、今回の講義内容とどのように結びつくのでしょうね?
Q:出芽酵母の形態データベースで、出芽酵母の細胞壁・核・アクチンの三重染色で画像解析することで形態を表現する仕組みがあると習った。これらに関して、深層学習を組み合わせることで更に多くの情報を得ることができるのではないかと考えた。例えば、様々な遺伝子の破壊株の三重染色の画像と、これらのゲノムシーケンス結果やオーム解析による転写や翻訳量のデータを集め、これらを学習させることで三重染色の結果だけで細胞内で起きていることを見られるようになるのではないだろうか。三重染色だと細胞を生きたまま使えないかもしれないが、データ量を多く与えることで、授業内でお話のあったような沢山のパラメーターによる形からもそれがわかるようになれば生きた状態のまま、自分が必要とする発現をしている細胞を選び取ることができるという点でかなりメリットが大きいのではないかと考えた。
A:これは面白い考え方だと思うのですが、形態のデータと、オミックスデータは、いずれも破壊された遺伝子に結び付けられていますよね。酵母の場合は、紹介したシアノバクテリアで一部の遺伝子破壊株しか解析されていなかったのとは異なり、非必須遺伝子はすべてデータがそろっています。そうすると、深層学習を取り入れなくても、形態データベースとオミックスデータがすべて遺伝子を通して対応してしまいますので、結果的に意味がなくなってしまうように思います。
Q:In Silico Analysis of Chlorophyll Fluorescence Database and Comprehensive Gene Function Analysis: One of the main points of the lecture this week is mainly about the use of fluorescence data to infer gene function. By examining the fluorescence behavior of various mutants under different light conditions, researchers can identify genes involved in regulating photosystem I (PSI) and photosystem II (PSII) balance. This approach allows for the classification of mutants based on their fluorescence profiles, providing insights into the genetic regulation of photosynthesis.
Critical Analysis: Identification of Gene Function from Fluorescence Data: One of the aspects discussed in the lecture was the identification of gene function from chlorophyll fluorescence data. This method involves comparing the fluorescence behavior of wild-type and mutant strains under various light conditions. Surprisingly, by quantifying the deviations in fluorescence intensity and dynamics, it is possible to infer the involvement of specific genes in photosynthetic regulation. Data presented showed how mutants deficient in certain genes exhibited altered fluorescence profiles, compared to wild-type strains. This approach relies on the assumption that similar fluorescence behaviors indicate similar genetic functions, which allows for the mutants clustering based on their fluorescence profiles.
Research Connection: Studies build upon the foundational knowledge presented in the lectures by incorporating advanced computational techniques and multi-omics approaches. It is inspiring to see these studies focus on the potential for integrating diverse datasets to enhance our understanding of gene function and regulation in photosynthetic organisms.
A:The last part seems to contain some original discussion that is necessary for the report to my lecture.
Q:今回の講義では遺伝子変異株の表現型解析について学んだ。講義でも触れられていたが、「表現型」として当てはめることができる事象は数多く存在することから、非常に広い範囲の条件や現象について検討する必要がある。またそれに加えて、表現型として現れる現象は遺伝子変異による影響の可能性だけではなく、培養環境や生息環境などその他の要因が影響している可能性も考慮しなくてはならないと考える。この場合、例えばシアノバクテリアの中でも異なる種について、同じ遺伝子変異を持つ株同士を比較しようとした時、野生株の生育環境や培養環境が与える生育への影響の違いなどが結果に含まれてしまっている可能性がある。低温耐性に関わるとされる遺伝子について検討する場合であれば、元々20℃の環境で生息する種と50℃の環境で生息する種とでは、そもそも20℃で生息する種の方が低温環境に有利であると考えられ、その遺伝子の変異がどの程度効いているのか示しにくい、などである。このように元の生息環境やそれに対応するようなストレス耐性などの違いによって、変異株に現れる表現型も異なってくると考えられるため、同じ遺伝子について検討する場合でも扱う種や株によりその遺伝子が持つ機能が発揮する程度が異なることに注意すべきである。
A:これはまさにその通りですね。昔、研究室で好熱性のシアノバクテリア(成育至適温度が58℃のもの)のあるタンパク質をアフィニティークロマトグラフィーを用いて精製しようとして、どうしてもうまくいかなかったのですが、ある時はっと気が付いて、カラムを58℃にあっためたら成功したという話がありました。また、そもそもストレス応答にかかわるタンパク質などは、そのストレス条件でないと発現しない例はよくありますから、ある一定の条件だけでは、表現型を解析できない遺伝子破壊株はたくさんあるでしょう。
Q:なぜ多くの種のゲノムを解析するのかについての見解が興味深かった。特に海洋の栄養や光環境による違いを同じ生物内の遺伝子の多様性によって適用している点である。このような適応を逆手にとり、環境を変える操作を非常に多くパラメータを動かすことで、環境に対応する遺伝子についてスクリーニングができないかを考えた。例えば、シアノバクテリアであれば小さい環境でも定期的に植え継ぐ操作をすれば生き残るであろうから、環境条件を振り、大量に個別で培養することを考える。そのときに園池先生の実験のようにクロロフィル蛍光を見たり、あるいはレポーター活性などを見たりすることで、異なる表現型をするシアノバクテリアが出た際にピックアップすることができると考える。ここで、ある特定の環境下で変異が表れやすい遺伝子があれば、それは環境に適応するときによく捨てられる遺伝子なのかもしれない。そのような遺伝子を特定した後に、野生株から欠損させ、通常条件と特定の条件下で着目していた表現型がどのようになっているのか確認するという実験ができると考えられる。また、この実験をする際には数が膨大に必要になることが予想されるため、シアノバクテリアの植え継ぎなどを自動化するツールがあれば、より効率的に実験が進むと考えられる。
A:確かに、さまざまな表現型を解析しようと思うと、条件の数を増やしていかないといけないので、難しいですね。操作の自動化は、一つの方向性としてあり得るように思いました。
Q:今回の授業で、生物時計について学んだ。生物時計は、光環境の変動に応答するということであった。そこで私は、温度環境は関係があるのかということが気になった。生物時計について調べると、生物時計は、3つのタンパク質KaiA、KaiB、KaiCとATP分解酵素によって支配されているということが分かった(参考文献1)。また、同サイトにて、「生物時計は温度に左右されない」という記述があった。これについて、疑問を持った。生物時計を支配するのは、タンパク質や酵素であるのであれば、むしろ温度に左右されやすいのではないかと考えた。そこでこの乖離について、自分なりに考察を以下のように加えてみた。タンパク質や酵素は温度によっても光によっても働きが左右されるが、タンパク質等が働きかけた結果、発生する物質が光にのみ反応し、結果的に生物時計に温度は関係がないという結論になったのではないか。
参考文献 1.立命館大学,「生命活動をつかさどる「体内時計」の謎に迫る。」,https://www.ritsumei.ac.jp/research/sdgs/life/story8.html/,参照2024年7月27日
A:生物時計は、温度に関係ない、というよりは、温度が変わっても、その影響を補償して一定の時間を刻むことができる、という点が重要なのです。普通の化学反応は、温度依存性を示しますから、化学反応を組み合わせてできているはずの生物時計が、なぜ温度依存性を示さないことが可能なのか、という点が一つの大きな研究テーマでした。
Q:遺伝子変異株の表現型をゲノムワイドに解析するシステムをどのように作ればよいのか考察する。変異体の表現型を解析はあらゆるパラメータで一つ一つ行う必要がある。そのため解析結果のデータ数は莫大となり、しかも異なる表現型ではデータの比較ができないといった問題がある。これを解決する方法として、AIによる一元的な解析を提案する。具体的には、変異体の特徴(見た目、機能、成長の度合いなど)をAIによって全て数値として表し、その数値ごとにグループわけしてもらうということである。成長率の違う植物の画像解析をAIにさせ、パラメータごとの結果を数値としてだしてもらうことで、野生株と変異株の共通点や相違点を様々なパラメータの組み合わせで明らかにすることが可能になると考えられる。またパラメータを数値化することは、一見わかりにくい表現型の違いも明らかにしやすいといった利点も考えられる。近年発達してきているAIを研究に用いることはとても重要であると思う。
A:おそらく、AIについて考えるにあたっては、その具体的な学習方法を考える必要があると思います。「変異体の特徴を数値としてあらわす」といった時に、特徴を学習データとして与えて、その特徴を最もよく表す数値を選ばせるのか、一部の変異体についての特徴と数値の組合せを学習データとして与えて、残りの変異体について調べるのとでは、全く意味が違いますよね。
Q:シアノバクテリアの生物時計は昼夜の光環境に応答し遺伝子の9割を支配下においている。この理由として細胞内の様々な反応と光合成が深く関わっていることが挙げられる。しかしこの実験では24時間制で明暗があることを前提に勧められている。勿論日本を含め地球上のほとんどの環境では昼夜が存在するが、極域などでは極夜や白夜といったように必ずしも明暗に偏りよりがある地域もある。このような地域で生息する光合成生物は概日リズムだけではなく概年リズムも備えていると考えられる。
A:最近、中学や高校では、予想と仮説の違いを考える樹長が合ったりするようですが、このレポートの最後の「概年リズムも備えている」という部分は、予想のようですね。大学レベルのレポートでは、内在的リズムが必要である理由を論理的に考えて仮説に持って行くことが必要でしょう。
Q:講義では、シアノバクテリアが単細胞の原核生物であるため、光合成電子伝達が呼吸鎖、窒素代謝などの他の代謝系と相互作用しており、光合成に関する遺伝子の発現と、他の代謝系の遺伝子の発現とが、相関関係にある(光合成を見れば、他の系についても理解できる)ということが示された。また、昼間に光合成が行われるため、シアノバクテリアの遺伝子の9割が生物時計の支配下にあるということも示され、生物時計の重要性が説明された。 生物時計が重要であることは、講義以前から知っており、生物の活動を支配しほぼ必須のシステムであるという様な認識をしていたが、講義内で、「連続光条件により時計が止まってもシアノバクテリアは問題なく成長できる」ということも書かれており、意外な事実であった。このことから、シアノバクテリアにとって、生物時計を有しているものの生命活動の維持において必須の条件ではないことがわかる。生物時計の役割が、光環境の変化に対応して代謝系の活動を調節するように働いているとするのであれば、連続光によってその役割が全うできずに、何かしらの不都合が生じてもおかしくないはずであるが、そのようにはなっておらず、一般的な生物時計とは異質なものであるように考えられる。寧ろ、このような現象はフィードバック調節に近いのでは、と考える。フィードバックの考え方としては、光環境の変化に応じてまず、光合成の活動量が変化し、それに応答して他の代謝系の活動も変化する。連続光条件だった場合でも、光合成活動に応じて他の代謝系の活動も決定されるため、生命活動に何ら問題がなく、生物時計として見るよりもこの現象を上手く説明できると考えられる。ここで、生物時計とフィードバックでは何が異なるのか、と言う点についても考えたい。いずれも光や温度と言った周囲の環境条件によって体内、細胞内の代謝などが調節されるという点では概ね同じと考えられる。それぞれの特徴としては、フィードバックでは、今回の様々な反応系やホルモン調整のように、1つの現象に多数の反応経路や他と協調した反応など、複雑な系が存在している一方で、生物時計では、植物の種子の発芽や、ヒトの睡眠のように、他の活動とは独立しおり、ON/OFFのはっきりとした活動の調節に関わっているように感じられ、両者の違いが、連続的な変化(活動量が0~100まで変化しうる)か、ON/OFFのはっきりと分かれる変化なのか、によって分けられるのではないかと考えられる。
A:きちんと考えていてよいと思います。環境応答と時計のもう一つの違いは、ある変化を予期できるかどうかではないでしょうか。応答の場合、環境要因が変化して始めて応答できるわけですが、時計であれば、そろそろ変化するはずだからとあらかじめ準備をしておくことができます。一部の応答は、遺伝子の発現から変える必要があるなど、一定の時間がかかる場合も多いでしょうから、実際には、そのような側面が重要な気がします。
Q:今回の授業で、特定の遺伝子をノックアウトした変異体とWTとの表現型の比較を行うのはどの分野の遺伝子をノックアウトしたかがわからなければものすごく難しいという話があった。このことについて、画像識別AIの活用について検討を行う。私は、自身の研究で画像識別AIを用いている。画像識別AIは撮影した画像の色や特定の形などを判別することを得意とする。そのため、細胞壁や細胞骨格などを別々に染色しその画像を一つ一つ撮影することで特定の表現型を示すような細胞のみを特定することが可能であると思われる。ただし、ここで問題になってくるのがAIは学習が必要である。特徴などからパターンやカテゴリー別に分別することは可能であるが学習が必要である。つまり、同じ特徴を持つと思われる変異体を多量に用意し、学習させたのちにAIを利用する必要がある。その点においてコストと手間がかかってしまうという問題があげられる。
A:おそらくこの場合は、特定のカテゴリーの遺伝子のデータを学習させるのでしょうね。講義で紹介したクロロフィル蛍光挙動の場合は表現型がシンプルなのであまりAIの出番はないかもしれませんが、複雑な画像の表現型の場合は、AIを使うことに意味がある場合はありそうです。