植物生理生化学特論 第11回講義

エネルギーの散逸

第11回の講義では、過剰な光エネルギーから光合成系を保護するためのエネルギーの散逸機能について解説しました。以下に寄せられたレポートとそれに対するコメントを載せておきます。


Q:今回の講義では、過剰な励起エネルギーを消去する機構として、キサントフィルサイクルが紹介されていた。キサントフィルサイクルはチラコイド膜を介したpH勾配に応じてエポキシ化・脱エポキシ化が起きることで、過剰な励起エネルギーを消去することが出来る機構である。このサイクルには膜を介したpH勾配が必要であることから、前回の講義で紹介されていたin vitroの系における光化学系Ⅰの光阻害と関連付けることが出来ると考えた。まず、in vitroの系ではキサントフィルサイクルに必要なpH勾配が生まれないため、キサントフィルサイクルが働かず、過剰エネルギーがうまく消去されないことが推測される。また、前回講義において、In vitroの系では温度条件や低温耐性の有無に関わらず系Ⅰの光阻害が起こることが示されていた。これらのことから、In vitroにおいて無条件に系Ⅰの阻害が起こる要因の一つとして、キサントフィルサイクルの喪失が挙げられると考えた。キサントフィルサイクルが働かなくなることで、系Ⅱから伝達された過剰エネルギーが消去されず、過剰エネルギーから活性酸素が産生されることで条件によらず系Ⅰの阻害が起きているのではないだろうか。例えば、プロトン勾配を形成できない変異体を作出し、温度条件による系Ⅰの阻害を見た際に温度条件によらず系Ⅰの阻害が起きていればこれが検証できると考える。

A:これは、2つのポイントをうまくまとめて考察していてよいと思います。ただ、提案された実験系では、プロトン濃度勾配が光阻害の回避に役立っていることを示す一方で、それが低温感受性の原因であることの検証にはならないように思いました。


Q:熱放散の励起光強度依存性について考える。励起光強度と熱放散の関係を図示したグラフにおいて、光が強いときにエネルギーを拡散することは理論に沿っているが、光が微小であるときにエネルギーを拡散することは理論に沿っていない。この理論との乖離は呼吸系からの電子によりPQプールが還元されることで生じる。様々なシアノバクテリアにおける励起光強度と熱放散の関係を図に示すと、0 ~ 400 μmol m-2・s-1の励起光強度ではシアノバクテリアによるばらつきが大きい。したがって、この範囲ではPQプールの還元による熱放散が多くを占めているのではないかと考えられる。光の強さが強くなるにつれて、PQプールの還元による熱放散が小さくなり、励起光強度による熱放散が大きくなることで、約200 μmol m-2・s-1で最小値を持つようなグラフの概形になるのではないかと考える。約400 μmol m-2・s-1以降ではPQプールの還元による熱放散が非常に小さくなるため、励起光強度の増加に伴い熱放散が直線的に増加すると考える。これらを検証するためには、各励起光強度におけるPQプールの還元による熱放散と励起光強度による熱放散をそれぞれで測定することが必要である。測定結果を1つのグラフにまとめることで、PQプールの還元による熱放散と励起光強度による熱放散の影響を可視化し、以上に述べた仮説を検証することができると考える。

A:よく考えていてよいと思うのですが、最後の検証実験「各励起光強度におけるPQプールの還元による熱放散と励起光強度による熱放散をそれぞれで測定する」は、どうやって実現するのでしょうか。励起光がPQプールの酸化還元状態に影響を与えることは十分に考えられますから、2つを切り離して測定することは案外難しいかもしれません。


Q:エネルギー散逸機構について学習したが、電子伝達系研究について、in vivoでの実験系がin vitroでの再構成系である点に興味を持った。これについて、電子伝達系に対して外部から影響を与えることで植物の成長に影響を与える研究が存在するが、これについて外部電場の影響を電子伝達系ではどのように受けるかが気になった。電子を利用する以上、電場の影響を受けると予想されるが、そのメカニズムを解明することでin vitroではなく植物全体での電子伝達計測につなげられると考える。電場が影響するメカニズムについて調べるとともに、電子伝達系における役割を解明することで、植物成長の制御につながると考えられる。

A:アイデアとしては面白いと思うのですが、もう少し具体的な考察が欲しいところです。例えば、金属の中では電子が動いているはずですが、何もない状態ではその動きはランダムでしょう。他方、電流が流れている場合には、電子の流れる方向はそろっていて、外部の電磁場と相互作用する可能性が生じます。「電場が影響するメカニズムについて調べる」とありますが、生物も物理法則には従うはずですから、その振る舞いは、具体的に予測できるのではないかと思います。


Q:強光条件下で植物が光を過剰に吸収してしまうと、熱放散を増大させる方向に向かう。つまり強光条件に生息している種とそうでない種の間には、熱放散の誘導しやすさが異なると考えられる。この熱放散の誘導のしやすさを制御している因子(遺伝子)を探索する実験系を考えた。世界のどこでも生息できる一植物を抜粋し、赤道直下で生息するその個体と高緯度で生息する個体を採取する。これらのサンプルにおいて遺伝子スクリーニングを実行し、比較することで熱放散関連の遺伝子を探索できると考える。結果としてはcf1遺伝子関連のものが引っ掛かることがあれば面白いと思う。また同時に強光による植物へのストレスも探求できると考えられる。

A:これも面白いと思いますが、「遺伝子スクリーニング」という表現があいまいですね。ここでは、発現解析(mRNA量の解析)のことを意味しているのでしょうか。おそらくゲノムの変異を想定しているのではありませんよね。


Q:タバコにおける研究で、強光/活性酸素ストレスに対して、葉緑体型APXは失活することでH2O2を増幅させてシグナルとして利用し、細胞質型APXの発現を上昇させて余剰なH2O2を排除すると考えられている。ここで活性酸素に対して細胞質型APXの発現を増幅する応答は1時間遅れとなっている。これは低温障害における光化学系Ⅰ分解と関係がないだろうか。タバコの例では、葉緑体型AXPを過剰発現させた株が強光に対して葉の色が薄めないことが報告されている(Y.Yabuta et al.,2002)。低温ストレスにより光化学系Ⅰの活性が下がり、増えたH2O2が光化学系Ⅰの分解を誘導している可能性が考えられる。
Yukinori Yabuta,Takashi Motoki,Kazuya Yoshimura,Toru Takeda,Takahiro Ishikawa,Shigeru Shigeoka, membrane-bound ascorbate peroxidase is a limiting factor of antioxidative systems under photo-oxidative stress, the plant journal, 2002, volume32, issue6, Pages 915-925

A:面白そうな考察なのですが、因果関係の順番を完全に理解できませんでした。「低温ストレスにより光化学系Ⅰの活性が下がり」というのは、光阻害の話なのでしょうか。それとも一般的な活性の温度依存性の話なのでしょうか。後半の話の中で、APXがどのようにかかわるのかもよくわかりませんでした。もう少し、丁寧に論理の流れを説明するとよいと思います。


Q:今回の講義を視聴して、シアノバクテリアの暗所でのエネルギー放散機構が、強光でのエネルギー放散機構と比較して、種によって多様である適応的な意義について考えた。まず1つ目の理由として、暗所でのエネルギー放散機構への変異が適応度に与える影響が、強光でのエネルギー放散機構への変異が適応度に与える影響よりも小さいことが考えられる。強光でのエネルギー放散機構は、過剰な光エネルギーによる活性酸素の発生と、それによる細胞破壊を防ぐために重要である。また、強光ストレスはエネルギー放散機構を主として対処するストレスである。このため変異によって、その機構の性質が変わると些細な変化であっても、適応度を大きく下げることが予想される。これが強光でのエネルギー放散機構の性質がよく保存されている理由であると考えられる。
 一方で暗所でのエネルギー放散機構は、呼吸によってPQプールが還元される現象に対応するために獲得されたと考えられる。PQプール還元は、エネルギー放散機構を用いなくとも、呼吸速度の減少によっても対処可能な事象であると考えられる。よって暗所でのエネルギー放散機構への変異が及ぼす適応度への影響は、強光でのエネルギー放散機構への変異が及ぼす適応度への影響よりも少ないと考えられる。このため、暗所でのエネルギー放散機構は強光でのエネルギー放散機構と比較して多様になりやすいと考えられる。
 2つ目の理由に暗所でのエネルギー放散機構のはたらきが異なることで、異なった呼吸速度のシアノバクテリアが進化的に誕生し得るようになるからである。暗所でのPQプールの還元速度は呼吸速度に依存しているため、多様な活性のエネルギー放散機構があれば、多様な呼吸速度に対応することができる。これによって多様な呼吸速度のシアノバクテリアが存在し得るようになるため、様々なニッチに適応できるシアノバクテリアが進化的に誕生する確率が高くなる。以上より、シアノバクテリアのバリエーションを増やすことで、各種シアノバクテリアが各々の適したニッチに適応するため、シアノバクテリアは多様な暗所でのエネルギー放散機構を獲得したと考えられる。なお暗所でのエネルギー放散機構の多様化と、シアノバクテリアの呼吸速度の多様化はニワトリと卵の関係にあるため、厳密にどちらが先と決定づけることはできない。

A:これは面白いですし、非常によく考えられていると思います。最後のニッチの話は、どのような環境を想定しているのかが気になりましたが、それがなくてもレポートとしては十分です。


Q:今回は強光、弱光条件下でのエネルギー放散について学んだ。暗所から生育光に移行した際と、生育光から強光では熱放散のメカニズムが異なるのではないかと授業で示していたが、働いている遺伝子まで異なるのだろうかという疑問がわいた。Synechococcus elongatus PCC7942では光依存的な環境応答因子であるrpaBに依存して働く遺伝子の中にhliA,nblA,rpoD3などがある。これらは暗所から生育光に遷移した場合、生育光から強光に遷移した場合の両方で遷移後約5~15分で活性が非常に高くなることがわかっている。(Yasuda et al.,2020) 特にrpoD3はシグマ因子であるため特定条件下での特定遺伝子の発現を誘導していると考えられ、これらの遺伝子やその下流遺伝子はSynechococcusのエネルギー放散に関連しているのではないかと考えた。この場合はDD→GL (glowlight)とGL→HLの変化で動いている遺伝子が同じである可能性がある。そのためメカニズムがどう異なるかを調べるためにはより下流の遺伝子、つまりメカニズムの末端を担う遺伝子から欠損させていき、双方に共通して働いていない遺伝子を探索することでSynechococcusのエネルギー放散メカニズムの解明につながるのではないかと考える。

A:ロジックを論文に依存しているせいか、少し論理のつながりにわかりにくい点があります。例えば、「DD→GL (glowlight)とGL→HLの変化で動いている遺伝子が同じである」という点は、話の展開にとって非常に重要なポイントであるはずなので、もう少し丁寧に説明する必要があるでしょう。


Q:シアノバクテリアにおいて、暗所での熱放散は種によってばらつきがあるが、強光状態ではばらつきが小さくなっていることが分かっている。この違いはそれぞれの種が生育環境に適応した結果なのではないかと考える。強光状態での熱放散が種によらずに近い値を取るのは、生育光からあまりに強い光なので通常の環境ではほとんど起こりえない。そのため、種によって進化する必要がないためほぼ同じ値を取っていると考える。これに対して、種の生息環境によっては他の種よりも光が当たりにくい環境で育つことも考えられる。このことから、あまり透明度の高くない水中に生息する種は結果的に暗所で生息していることとなり普段から得られるエネルギーが少ないため、暗所でも熱放散は少ないのではないかと思われる。

A:これも、論理のつながりがややわかりにくいように思いました。例えば、最後の文では「このことから」となっていますが、文の中身で「エネルギーが少ないため」として理由を挙げていて、これが前の文からの論理と同様につながるのかがよくわかりません。


Q:エネルギー放散の多様性に関して、種や実験条件下によってPQプールの動態が異なるとのことだったが、ここで熱放散によって発生する温度ストレスも影響すると考える。植物は光エネルギーを熱放散という形で熱エネルギーに変換するとのことだが、熱エネルギーもまた温度ストレスになりうる。今回紹介された実験系では熱放散後の植物体における温度変化は考慮されていなかったが、細胞単位などミクロな温度変化が動態の多様性に関与している可能性も考えられる。また緑藻のように体サイズが小さい植物に関しては、熱放散後の温度ストレスによる影響をより受けやすい可能性もある。よって、細胞単位で計測できるような高感度サーモカメラを用いたり、温度をより厳密に管理した条件下で実験を行うなど、光条件によって副次的に変化しうる条件についても考慮する必要があると考える。

A:これは重要なポイントかもしれません。ただ、細胞のサイズが小さいと、細胞内部で熱が発生しても、細胞外との温度勾配が大きいためにすぐに熱平衡の状態になってしまうと思いますから、どの程度温度が重要性を持つかは、実際に実験をしてみないとわからないでしょうね。


Q:シアノバクテリアの弱光でのエネルギー放散が種類によって異なることを、進化や環境の違いから考察する。そこで、講義で紹介されたシアノバクテリアが系統樹のどこに属しているか調べたところ、下流の種類ではエネルギー放散をし、上流の種類ではエネルギー放散をしていない傾向があることがわかった(ゲノム解析が行われていない種に関しては、近縁と考えられているもので比較を行なった)。これは進化の過程で弱光条件でのエネルギー放散能を得たことを示唆していると考えられる。進化は環境への適応に基づいて行われるため、それぞれシアノバクテリアの生息環境からエネルギー放散と環境の関係の考察を行う。結果、生息地が不明なものや、弱光でエネルギー放散をする種としない種で同じ陸棲藍藻類が存在した(Nostoc HK-01とNostoc punctiforme ATCC 29133)ため、生息環境から考察することは難しいと考えた。

A:これは面白い視点ですね。「下流」「上流」という言葉が使われていますが、これは、系統樹のどの程度基部で分岐しているかということなのでしょうね。最後に述べられているように、系統関係よりは環境を反映していると考える方が妥当だと思います。


Q:光エネルギーの熱放散は過剰な光エネルギーを除去するために行われる。強光下では脱エポキシ化によってビオラキサンチンがアンテラキサンチン、ゼアキサンチンに変化し、弱光下ではエポキシ化によってゼアキサンチンがアンテラキサンチンに変化する。前者の機構は数分で完了することに対して、後者の機構は完了まで数時間を要する 。 強光時に機構が数分で完了することは、余剰光エネルギーを素早く取り除く、という目的に即している。一方弱光下の反応に数時間を要するのであれば、反応の間に余剰エネルギーによる光酸化ストレスが生じてしまうのではないかと思った。この反応時間の差について検討した。 過剰な熱エネルギーが生じる条件を考えた時、強光条件であれば、他の環境がどうであれ植物にとってはエネルギー余剰の状態になる。しかし弱光の場合は低温など他の環境ストレスがなければ、植物にとってエネルギー余剰の状態にならない。このことから強光下で熱放散を増大させる陸上植物において、熱放散の意義は異なる光環境への対応というよりも、強光に特化した対応機構ではないかと考えた。よってサイクル状の機構が維持されているのは、弱光下への対応というよりも、強光で産生されたゼアキサンチンを光化学系内で処理するためではないか。陸上植物が絶対的な光強度ではなく、相対的な弱光下でエポキシ化を始めるのであれば、これが支持されると考えた。

A:これは、説明が悪かったのかもしれませんが、誤解に基づいています。ゼアキサンチンに変化することで熱放散が起こるのであって、強光下では熱放散が誘導される一方、弱光下では熱放散が解消するのです。つまり、弱光下で必要なエネルギーを無駄に使うことがないように制御されていると言えます。


Q:シアノバクテリアの弱光下における熱放散の増大の目的について考えた。シアノバクテリアは一定の場所に根を張って定着する陸上植物とは異なり日照時間以外を原因とした不定期な周辺環境の変化が頻繁に起こりうる。そのため、シアノバクテリアは短時間で再び光に晒される可能性を含んだ暗所への移動や、突然の水温の低下に伴う活動休止に備えることを目的としているのではないかと考えた。具体的には水の流れによって一瞬日陰に入ってしまった程度でシアノバクテリア自体の活動が止まってしまわないよう、また水に浮いた落ち葉の下のような日の光を遮るものについてしまった際などにおける水温低下を光源の喪失によってある意味予見し、熱放散を行うことで影響を和らげる働きをしていることが考えられる。また仮にその作用についての確認を目的とした実験を行うのであれば、生育光下において急激に温度を低下させた場合と、暗所に切り替えた後一定時間空けてから急激に水温を低下させた場合の活性の変化の差を確認することが必要であると考える。

A:面白い視点からのレポートでよいと思います。おそらく光の変動の速度と温度の変動の速度を比べると、圧倒的に光の変動速度の方が速いと思いますから、そのあたりを踏まえて、もう少しロジックを整理できるのではないかと思います。


Q:本講義では植物の過剰な光に対する熱放散と、シアノバクテリアや藻類における特殊なエネルギー放散について学んだ。このうちクロロゴニウムの持つ、酢酸を有機炭素源として使用することで、熱放散の程度が上昇する点について考えた。自然界において酢酸が常に存在しているとは限らないため、何か別の物質を有機炭素源として利用していると考えられる。このクロロゴニウムは、アメリカヒキガエルと共生関係にあり、温かい環境で減少する溶存酸素量を補うためにオタマジャクシの時にクロロゴニウムを全身にまとい、皮膚呼吸による二酸化炭素排出をクロロゴニウムが受け取り、光合成による酸素を受け取ることで、オタマジャクシの成長が早まる(1)。さらに考察すると、カエルの代謝により出る老廃物を有機炭素源としてクロロゴニウムが利用している可能性が、クロロゴニウムの共生関係の理由にひとつ加えられると考えられる。
(1)A NOVEL FACULTATIVE MUTUALISTIC RELATIONSHIP BETWEEN BUFONID TADPOLES AND FLAGELLATED GREEN ALGAE, Tumlison,Renn, Trauth,Stanley E.(2006) HERPETOLOGICAL CONSERVATION AND BIOLOGY 1巻,1号,51-55ページ

A:面白いテーマですが、有機炭素源が設定された問題だとすると、文献の引用部分はそれと直接かかわっていないため、最後の1文だけが論理展開になります。もう少し、関連するポイントを考察することができるのではないかと思います。