植物生理生化学特論 第9回講義

植物の低温感受性

第9回の講義では、植物が低温にさらされたときに受ける障害の例と、キュウリの低温障害のメカニズムの解明に関する研究例を紹介しました。


Q:今回の授業において、植物は凍結ストレスに対して、細胞内の凍結と細胞外の凍結に対する応答を行うということであった。特に細胞内の凍結は、細胞液を糖やアミノ酸などで、不凍液にするということだったが、これが極端な低温である、いわゆる冷帯に植生するタイガでも不凍液によって対応が可能なのか疑問に思った。ロシアのオイミャコンは針葉樹林が存在する一方で、最も低い気温として-71.2度が記録されている。これを大雑把に細胞液を水として計算していくと、水1 kgに対してスクロースは約13 kg必要であり、溶解度を容易に超えてしまうためである。そこで新たに凝固点降下を生み出すファクターとして考えたのが、圧力である。能動的に細胞内を高張液にするだけでなく、細胞外が凍結される場合、外部に水が奪われることで、まず細胞内がさらに高張液になる。さらに細胞外に出た水分がさらに氷になることで、細胞外の体積が水である液体時より増す。細胞壁が全透性を持っていても、外側の低張な水が固体になることで透過できなくなり、細胞膜内の圧力が細胞壁と周りの氷に押されて高圧になることで、凝固点が下がりうるのではないかと考えた。

A:面白い考え方ですが、たとえ高圧になっても、溶解度の問題は解決しないのではないでしょうか。ものが溶解していない限り浸透圧は変化しませんから。実際には、スクロースなどが高濃度に溶けた溶液は、凍るときにガラス状になる性質があります。講義でふれたように、凍結障害の大きな原因の一つは結晶の成長による細胞膜の破壊ですから、結晶せずにガラス状に固体化すれば、障害の程度を大きく減少させることができます。


Q:植物の低温ストレスにはどのようなものがあるか,特にChilling stressが掛かった場合,ストレスに強いとされてきた光合成系Iにおいて鉄硫黄クラスターが障害を受け,不可逆的な生育阻害を受けることが授業で扱われた。具体的な要因とともに,先入観に囚われれず,また目指す現象をもたらすのに相応しい条件設定が如何に重要であるかを学んだと回想する。ところで,その中で2つ疑問が生じた。一つ目は光化学系IIにもマンガンクラスターが存在する筈であるのに,なぜ光化学系Iほどの影響を受けないのかということで,二つ目は微生物には-80℃へ凍結しても細胞死が起こらないものも存在するが,それにもLEAのホモログが関与しているのか,ということである。まず,マンガンクラスターも低温による影響は受けるようだ。低温・暗条件におくとクラスターが還元され,マンガンイオンが解離するという。但しこれは弱光の照射により回復するとのことである[1]。即ち可逆的な変化であり,鉄硫黄クラスターとの大きな差異であるとも捉えられるが,一体何がそれをもたらすのであろう。一見してわかる構造的な違いは金属イオンの配位である。鉄硫黄クラスターは鉄原子が三角錐様の配置をとっているのに対し,マンガンクラスターでは錐の一頂点はカルシウム原子が担当しており,4つ目のマンガン原子は空間的に離れた位置に存在する。ことによるとこの空間的な離れがマンガンイオンの遊離を許し,不可逆的な変化を防いでいるとも考えられるが,今回はこれ以上の調査結果を得るには至らなかった。 続いて微生物の凍結について。氷核活性細菌Pseudomonas fluorescensにおいては,低温馴化すると凍結を保護するタンパク質が[2],不凍細菌Pseudomonas putidaでは不凍タンパク質AFPが発現していることが指摘されている。凍結保存が可能な微生物で発現しているタンパク質を網羅的に調べることが出来れば,新しい代謝系が発見されても良いのではないかと期待出来るが,果たして。
[1] 樋口美栄子.“光環境変化に応答して光合成を調節する因子の解析”. 光合成の森.https://www.photosynthesis.jp/hito/higuchi.html,(参照2016-06-16)
[2] 小幡 斉. “氷結晶を制御する微生物の知恵”. 日本機械学会熱工学部門.http://www.jsme.or.jp/ted/NewsLetter41/41J2.htm

A:前半の話題における差異としては、マンガンよりも鉄のほうが反応性が高い、ということがあるかもしれません。もう一つ、系1の鉄硫黄センターはチラコイド膜の外側に面しているのに対して、系2のマンガンクラスターは幕の内側に面しているというさもあります。マンガンの場合は、遊離したイオンが狭いルーメンに閉じ込められるので、再構成されやすいのかもしれません。後半の話題は、代謝系というのが、何を指しているのかがよくわかりませんでした。


Q:私は修士課程中の研究テーマを「シアノバクテリアの低温耐性と概日リズムの関係」で考えていた時期がありました(結局変えてしまったのですが)。もともとは野生株と時計遺伝子欠損株が低温条件下(15℃, 3000 lux)に置かれた際、時計遺伝子欠損株で顕著な生長阻害が見られたことから(30℃の条件下では両株の生長に違いはない)、シアノバクテリアでもシロイヌナズナなど他の高等植物のようにcircadian のゲートが低温耐性にもかかっているのではないかと考えました。そこで明暗同調を図ったシネココッカス(液培での培養)をZT0, ZT12, ZT24, ZT36, ZT48でサンプリングしてきて、4時間15℃に晒したあと(暗室と明室でそれぞれ行った)プレートにまき、後にコロニー数を数えviability で評価することにしました。しかしそこに概日性が確認出来ず、この実験はそのままストップしておりました。今回の講義を受けてもう一度実験を見直してみると改善すべきポイントがいくつかあったと思います。まずは15℃という温度が低温ストレスとして機能するのか温度を振ってまず調べるべきでした。閾温度というものを考えておりませんでした。そして完全に暗室に入れるのではなく直射日光の20 分の1くらいの光量条件下で低温ストレスを与えてみるべきでした。朝方6時頃を再現するには確かに完全にdarkにしてしまうより弱光条件下で低温ストレスを与えてみるべきでした。

A:概日リズムと低温感受性の関係というのは面白そうですね。ただ、今回紹介した話は陸上植物の場合の話ですから、シアノバクテリアの場合に当てはめて考えるのは難しいかもしれません。


Q:授業では植物の低温ストレス応答などについて学んだ。種子は動物の卵とは異なり、乾燥したミニチュア状態の植物(大人)のような形状という話があったが、種子の状態で植物によっては春化処理を行うこともあることから疑問に思ったことがある。春化処理は植物を低温状態におき冬のような環境を体験させるものだが、これは低温ストレスに当たるのではないか。この低温状態が実際の外環境で過剰に寒かった場合、種子はどのように環境応答するのか。種子は比較的乾燥していて低温または凍結ストレスにより脱水が起こりにくいと考えられるが、もし脱水が起こった場合にどのように耐えるのか。種子において1番大切な部分はおそらく胚や胚乳で、そこの脱水を防ぐためにそれ以外の部分を積極的に脱水していくのではないかと考えた。また、組織にとって急速な脱水や凍結は負担が大きいため、種子は胚や胚乳以外の部分から徐々に脱水を行い、負担を最小限にすることで低温あるいは凍結ストレスを抑えているのではないだろうか。

A:「種子は比較的乾燥していて低温または凍結ストレスにより脱水が起こりにくいと考えられるが」というのがまさにその通りで、結局種子になっていれば多少のストレスには負けない、ということだと思います。


Q:動物と植物の環境適応について学んだ。植物は自分の細胞反応を積極的に変えて外部の環境変化に対応する。動物は移動能力があり環境変化を回避できる。土壌微生物は温度変化に敏感である。地温によって呼吸速度が変化する。私はリター分解について研究しているが地温が10℃と20℃の場合では呼吸速度が約3倍20℃の方が早かった。このことから土壌微生物は温度変化に関係することがわかる。土壌微生物は動物である。しかし移動能力はあるが環境変化を回避することは難しい。そのため環境変化に対応しなければならない。だか上記の結果から環境変化に対応しているとは言い難い。対応していると考えるならば仮説が2つ考えられる。1つは微生物の種類が違うということ。これは低温の場合と高温の場合で生存する微生物の種が違って地温の変化によって入れ替わりが起こり微生物の種によって呼吸速度が異なっているということ。もう1つは温度が低いと呼吸速度を遅くしてエネルギーを消費しないようにして生活するようにしている。この2つが考えられる。

A:「環境変化に対応しているとは言い難い」となっていますが、温度を下げたときに呼吸速度が低下するのは、特に悪いことではないのではないでしょうか。種子の戦略もそうですが、生育に不適な時期には無理をせずに無駄な動きを止めるというのも立派な対応だと思います。


Q:今回の授業では低温ストレスによる阻害について学習した。その特徴として不可逆性があり、温度を戻しても阻害は元には戻らないという特徴がありました。また閾温度が存在し、ある温度以下で急に阻害が現れるというものがありました。この特徴を知っていれば、郵送などでその閾温度を下回らないような温度で植物を郵送でき、低温ストレスをかけずに済むのではないかと考えました。

A:それはそうでしょうけれども、それだけだとあまりレポートという感じはしませんね。


Q:今回の授業では低温ストレスや凍結ストレスについて学んだ。植物は低温ストレスに対し自らの細胞反応を変化させて対応していることを知った。低温ストレスの中でも凍結ストレスが発生した場合細胞内で糖の濃度を増加すると知られている。これを利用して古代の温度変化を考えることができるのではないかと思った。通常の気温での植物(木を含む)が作成する糖濃度よりも凍結ストレスによって作られる糖の濃度は上昇する。木は表面が傷つくなどして樹液が作られ、これが最終的に琥珀として観察される。よって琥珀の産出が増加している地層では凍結ストレスを受ける影響にあったのではないかと推測できると考える。 また、自分が小さいころみかんを凍らせた方が甘いような気がしていたことから、植物から離れて果実の状態になっていても、果実が甘くなることができるならば、商品作成の際にも利用することができると思った。

A:植物の通常の代謝とは別の変化としては、脱水があるかもしれませんね。ドイツのデザートワインなどには、野外で凍結させることによって脱水させたブドウを使うものがあったように記憶しています。


Q:今回の講義で説明された低温阻害はせいぜい摂氏数度ほどであり、数時間程度のストレスであったが、地球にはより過酷な低温環境にさらされる場所も存在する。例えば北半球の大陸北部周辺のツンドラ地帯などがそのような場所に該当する。氷点下どころか、一年の半分以上は氷雪に覆われているこのような地域では、短い夏の期間(それでも平均気温は一桁ほどである)は主にコケ植物が生育しているが、それらは一体どのようにして低温及び凍結ストレスに対応しているのだろうか。私はコケ植物が持つ保水性能に着目した。コケ植物は種子植物とは異なり、植物体全体から水分を吸収することができるので、空気中の水分も効率よく取り込むことが出来る。これは、細胞外凍結による脱水に対する抵抗力の高さを示していると言える。また、一部のコケ植物には極限状況下で一時的に仮死状態になるという性質を持ち、永久凍土の中から発掘された1000年以上前のコケ植物の蘇生に成功したという事例もある。コケ植物の仮死状態には、凍結による細胞の物理的破壊に対応するという意味もあるのだろう。逆に言えば、水分吸収の殆どを根に頼り(ツンドラ地帯の地面は永久凍土の存在によって、深く根を張ることが難しい)、仮死状態になることもできない種子植物、特に樹木の類は、極限の低温及び凍結ストレスへの特別な対抗策を持たない限り、今後もツンドラで繁栄することは難しいといえるだろう。
参照:「1,500年前のコケが復活:「多細胞生物の仮死状態」の最高記録を更新」、http://wired.jp/2014/03/19/the-moss-is-still-alive/(2014.03.19 11:51)

A:確かにコケの対ストレス耐性には目を見張るものがあり、乾燥状態になっても、吸収した光エネルギーを熱に変えて光合成を保護する特殊なメカニズムを持っているようです。いわゆる高等な生物ほどストレスには弱くなるようですね。


Q:講義においてきゅうりの葉では10℃以下の低温条件において光をあてると光化学系Iが阻害されるということであった。一般的にチラコイド単離は氷上で行うので10℃以下の低温条件である。この際にチラコイドの光化学系Iの特性を見る実験をするときに低温阻害による影響が出てしまうのではないかと疑問に感じました。これは氷上で行わないことによる高温ストレスによる阻害の方がダメージが大きいから低温で行ってるのか、チラコイドを単離することにより、低温阻害が和らぐ性質があるのかどちらなのでしょうか。

A:次回の講義でやりますが、実際には、チラコイド膜を単離すると、温度感受性は失われます。ただし、光に弱いという点からすると、むしろチラコイド膜を単離すると感受性が高まるので、チラコイド膜の単離中や単離後には余分な光を当てないことも重要です。また、チラコイド膜の懸濁液を薄くしてしまうと中まで光が通るので、光阻害を避けるためには、ある程度濃度を高い状態に保っておいたほうが良いでしょう。


Q:今回の授業では植物における低温ストレス(chilling)と、それによる光合成阻害のメカニズムについて学んだ。植物の低温応答にはchillingの他に凍結ストレス(freezing)もあり、これは0℃未満の温度条件により起こる。細胞内外の凍結により細胞が破壊されるのだが、不凍タンパク質を発現させることにより細胞外に氷晶を作らせないようにする植物種もあるらしい。そこで、この不凍タンパク質を凍結ストレスを受ける植物に導入することにより、細胞外に氷晶を作らない、すなわち、細胞内の脱水を防ぐことのできる個体を作製することができるのではないかとわたしは考えた。不凍タンパク質を植物体に過剰発現させ、細胞壁をGFPで発色させる。細胞をイメージングし、細胞の形態、面積を定量すれば細胞が脱水しているかどうか解析できるのではないだろうか。ただし、凍結ストレスなどの環境ストレスには非常に多岐に渡る要因が絡んでいる。ただひとつの事項を解析して結果が出るかは微妙なところではあるが、解析してみる価値はあるのではないだろうか。

A:おそらく、タンパク質を過剰発現させて脱水に強くすること自体は問題なくできると思います。ただ、必要もないのにタンパク質を山ほど作るのはどう考えても経済的ではありませんから、結局のところ、どのようにタンパク質合成を制御するのが良いか、という点が重要になると思います。


Q:今回の講義で、植物が0℃未満の温度にさらされた際は、細胞内では糖(やアミノ酸)の濃度を上昇させ凝固点降下を起こすことにより細胞の凍結を防ぐ、という話があった。その際疑問に思ったのだが、凍結するかしないかという温度環境では一般にはあらゆる代謝活性は非常に低い。とすれば、細胞内の糖濃度を上昇させる機構(光合成系、糖濃度の高い細胞から低い細胞への篩管を介した糖転流(ソースから篩管へ糖を送る時に能動輸送を必要とする)など)は阻害を受けていることになる。そんな状態で細胞内糖濃度を上昇させようとしても凍結に満足に先んじることは難しいのではないだろうか。特に細胞から細胞への移動というステップのある糖転流はよりその傾向が強いと考えられるので、本レポートでは糖転流について述べる。糖転流の速度を決める要因について考えてみると、ソースでの糖産生の他は、ソースでデンプンなどの多糖類を輸送しやすいスクロースにする分解酵素の活性、篩管細胞膜上のスクローストランスポータータンパク質の活性、そのトランスポーターがスクロースを篩管外から内へ輸送するのに利用される水素イオン濃度勾配をつくっているATPaseの活性などが考えられる(※1)。そのように律速要因にタンパク質の活性があるので、やはり低温下での失活による転流低速化は免れないと考えられる。何か他に温度に依存しないシステムがあるかとも思ったが、少なくとも私の調べた範囲では見つけられなかった。温暖な環境を最適とする糖転流を凍結防止に利用するのは、凍結して死ぬくらいならたとえ満足な働きができなくとも有るものが利用されているということなのだと考えられる。実際には低温感受性で現代まで生存してきた植物種がいくつもあるのだから、糖転流以外のシステムとも合わせれば、凍結にある程度先んじられているのだろう。
参考:(※1)植物生理学会 みんなのひろば、https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=0277&target=number&key=0277、https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=3030

A:いずれにせよ、実際に凍る温度になってから合成を始めても間に合わないのですから、温度が低下し始めたことを前もって感知する必要があります。その場合、最低気温が氷点付近になっても、最高気温はある程度高いことが多いでしょうから、その日較差を使う手はあるかもしれませんね。