植物生理生化学特論 第12回講義

シアノバクテリアの遺伝子機能解析

第12回の講義では、原核光合成生物であるシアノバクテリアのクロロフィル蛍光挙動を定量化することによって、その遺伝子機能をゲノムワイドに解析する試みについて解説しました。


Q:今回の授業ではシアノバクテリアの遺伝子機能解析について学習した。その中でクロロフィル蛍光の変化を観察することで光合成や他の代謝の観察も可能という話であった。しかしこの現象は細胞内に区分のないシアノバクテリアにおいて特有であり、細胞内に区分のある植物に関して同様の手法を用いることは困難であると考えた。ここで私は植物細胞内の細胞小器官に局在する蛍光分子を用いることで、各場所における遺伝子の発現状態、そして機能解析を定量的に行うことができるのではないかと考えた。例えばニトロキシド基を有した蛍光分子(クマリン)はミトコンドリアに集積し、周囲の酸化還元の状態に応答して蛍光強度を変化することが可能である(1)。また酸化還元といった電子の授受を追う以外にもナトリウムやカリウム、または多くの重金属イオンに関して特異的に配位する蛍光分子を用いれば、遺伝子の変異によるイオンの挙動の変化を追跡することも可能である(2)。細胞生物学において数多くの蛍光分子やセンサーが開発される中で、様々な遺伝子機能解析が可能になっているが、一方で多数の手段から最適な方法を見つけるということが困難になっているとを痛切に感じた。
(1)Syota H et.al, Chem. Commun., 2012,48, 4845-4847、(2)O. Altan Bozdemir et al.,J. Am. Chem. Soc., 2010, 132 (23), pp 8029?8036

A:紹介したクロロフィル蛍光挙動の解析の特徴は、蛍光分子を使うということ以外に、光照射をいわば摂動として、細胞の代謝のダイナミックな変動をとらえることによって情報量を増やすという面があります。他のオルガネラの情報を得る際に、そのようにして細胞内の代謝を変化させるのか、という面についても考える必要があるでしょう。


Q:クロロフィル蛍光による遺伝子機能解析について学んだ。この講義を通して光合成に関連するものを取り扱っているため、今回の講義でも光化学系Ⅰに関する遺伝子の機能解析を行なっていたが、それ以外の遺伝子(例えば、クロロフィル蛍光の転写・翻訳に少なからず拘てくる遺伝子)の変異株を解析するときは、生物が持っているクロロフィル蛍光が本来の蛍光強度を示さない可能性が出てくる。また、今回の講義で学んだ光化学系Ⅰに関係する遺伝子の中にも、クロロフィル蛍光に関係してくる遺伝子が存在していたら、結果は変わってくると思いました。なので、クロロフィル蛍光に代わりに、EBFP (励起波長:380 nm 蛍光波長:440 nm)などの少し波長をずらしたものや、Venus (励起波長:515 nm 蛍光波長: 528 nm)などの色を外した蛍光タンパクを使えば、上にあげた不安要素も解消出来るのではないかと思いました。
蛍光タンパク質一覧 http://www.md.tsukuba.ac.jp/basic-med/pharmacology/miwa/FPtable.html

A:研究には目的が必要です。別に蛍光が出る・出ないを調べることがこの場合の目的ではありません。クロロフィル以外の蛍光色素(これについては蛍光測定の回の講義で詳しくやりました)の蛍光を測定することによってどのような情報を得られると考えるのか、という点が重要です。


Q:今回の授業では主に表現型を強光応答スペクトルから定量的に測定する方法、及びその取り組みについて学んだ。自身の研究分野であるコロニーパターンにおいても定量的な観測は非常に難しく、何をもって何の基準のするか、という基準策定については非常に悩まされる。それは表現型についての統一された基準が、多くの場合に存在しないからではないかと考えた。もちろん有意差などの計算法については広く適用できる、共通した「差」を求める基準となるが、Controlの取り方が各研究室・実験環境によって異なり、例えば欠損株の生育について比較する時、Controlの生育状況は環境によってかなり差異が生まれ、結果として欠損株同士の成育を別々の論文について比較する事は非常に難しい。そのため論文においては生育条件について可能な限りの仔細な記述が求められるが、実際には先週の講義のように実験室進化、光源の相違や劣化など様々な差が無視できない。そこで私は、統一的な基準の設定が大切ではないかと考えた。

A:実際に、われわれの研究でも、同じプレートの上のシアノバクテリアの蛍光挙動は比較可能ですが、別のプレートのものは、比較ができません。そのため、遺伝子破壊株の解析においては、常に同じプレートに野生型も生育させて、比較対象としています。


Q:生物時計のスライドで疑問に感じた点について考察します。「昼夜の光環境の変動に応答することが生物時計の役割」とあり、ここでいう生物時計とは概日リズムのようなものであると推測されます。ここで、シアノバクテリアの遺伝子の9割の発現が概日リズムによって制御されているのであれば、連続光条件によって概日リズムを止めて生育させたとき、問題なく成長することは矛盾であると考えられます。もしこれらの点をすべて肯定するとすれば、「シアノバクテリアは遺伝子の1割で生育のほぼ全ての働きを担い、概日リズムに制御されている残りの9割は生育のためのサポートを行っている」と結論付けられます。しかし、実際には有り得ないような推論なので、「シアノバクテリアは連続光条件でも問題なく成長できるが、昼夜の光環境の変動を与えることで概日リズムが調節され、より効率的に遺伝子発現が行われる」のであると考えられます。
参考:知恵蔵2013の解説(http://kotobank.jp/word/%E7%94%9F%E7%89%A9%E6%99%82%E8%A8%88)

A:「概日リズムを示して発現する」の否定は「発現しない」ではありません。「概日リズム示さずに発現する」でしょう。その場合の一つの例は「一日中常に発現する」ですから、それならば、生育に当たって問題ないのでは?


Q:多様なシアノバクテリアのクロロフィル蛍光の立ち上がりをデータとしてまとめれば、光合成系以外の代謝経路に関する変化にも統計的な分析から気付けるようになる(というやり方が考えられる)。早い話がこの応用として、シアノバクテリアのようにヒトという種でも様々な代謝経路に影響を何か一つの測定によってそのデータから統計的に判断できるのでなれば、それこそ遺伝病等の原因遺伝子の特定は今までの比にならないスピードで行うことができる。しかしヒトは蛍光を出して光るわけではないので、代理として多様な代謝経路の影響を受けうる何か一つのパラメーターXを見つける必要性が生ずる。そのパラメーターXとなりうる要素は一体何があるのか、そこについて考えることとする。
 具体的な案を考える前に、山積みとなるであろう問題点の内から、主要な問題点を考える。第一に、シアノバクテリアのクロロフィル蛍光の立ち上がりから例えば呼吸の経路を評価出来るのは、シアノバクテリアが光合成や呼吸の経路を二重膜で隔てていないからできる芸当であるという点である。一つの細胞膜の中で光合成経路と呼吸経路が共存しているからこそ光合成経路に呼吸活性の影響が反映されるのであり、だからこそ蛍光の立ち上がりの波形にもその影響が可視的に反映される。しかしヒトの多様な代謝経路は細胞小器官という形でそれぞれ独立してしまっていることが多い。第二に、シアノバクテリアには組織という概念がないという点である。シアノバクテリアは単細胞の原核生物である以上、全ての代謝経路の変化は必ず一つの細胞の中で完結する。しかしヒトの場合、当然各組織間で遺伝子の発現量等は変化してくるために仮にとあるパラメーターXが見つかったとしても各組織の細胞ごとにパラメーターXは異なる値,波形,ゆらぎ等を示すこととなる。ではその組織の細胞ごとにそのパラメーターを測定していくのかという話になると、どこまで組織を細分化して区別していくのかという問題となり、とてもではないが簡便な測定ではなくなる。今考えたいものは、何か一つ「コレ」を測定すれば、特定の組織のみにおける特定の変化を予想できるというパラメーターである。これらの問題点を踏まえた上でパラメーターとなる可能性をもった要素は何かを考える。その一つとして、例えば血液を介した「なにか」が考えられる。例えばとある遺伝子変異由来の病が特定の組織細胞の核内の転写因子による特定遺伝子の転写調節によるものだったとする。その変化自体はその組織細胞特有のものであるが、多くの場合このような転写調節は血液中をシグナル分子が経由するホルモンの内分泌を介すものであることがほとんどである。すなわちどこの組織でどんなシグナル分子が作られ、どこの組織にそのシグナル分子が働きどのような疾患となろうとも、必ず全ての疾患はカスケードの一部がシグナル分子の血液中流動という要素を介して血液になんらかの影響を(どれだけ微々たるものでも)与えているはずである。それが血液中の粘度・静電気・イオン濃度・その他何に影響を及ぼすかは分からないが、もしも及ぼしているならばそれらがパラメーターXとなる可能性はゼロではない。
 しかし、これによって全ての疾患の原因遺伝子が人間版カウツキー効果により統計的なデータとの照らし合わせでスピーディーに同定できるという可能性はほぼゼロである。というのも、先程の例で述べるならばシグナル伝達というものは必ずしも血流を利用するものとは限らない。なかにはパラグリン型のシグナル伝達を行うものもあり、その場合そのシグナル伝達が影響を及ぼす範囲はよくてシグナル分子を分泌した細胞自体とその周辺の細胞のみに留まる。この場合、そのピンポイントな変化を血液というパラメーターで評価することは絶対にできない。また自己分泌型に至っては変化が起こるのは60兆ある細胞のうちその細胞一つだけである。ただし、これらの点を加味しても血液の何かにあらゆる遺伝子疾患の原因遺伝子の蓋然的同定を行えるパラメーターの役割を求める価値はあるように感じる。その場合、何百人何千人という遺伝病患者に対しデータの提供をお願いしてまず膨大なデータベースを作ることから始まるが、その結果シアノバクテリアの未知遺伝子がカウスキー効果を利用して光合成経路に関与する遺伝子だと蓋然的に動的できるように、ヒトのとある遺伝子が実はとある疾患の原因遺伝子となる可能性があるという予想が立てられるに越したことはない。

A:上にも書きましたが、クロロフィル蛍光挙動においては、摂動を与えてからの時間変化を観察することにより得られる情報量を増やしています。血液の分析の場合は、その点をどうするかを考慮する必要があるでしょう。単独の物質の量では、おそらく情報量が少なすぎるでしょう。そこを補おうとして、色々な物質の量を調べようとすれば、そこから有益な情報をどのように取り出すか、という問題が生じます。ただ、この辺りは、最近だと、やみくもに多量なデータを取得しておいて病気の有無などとの相関を一種のビッグデータ解析によって調べるという方向性も可能になってきているかもしれません。


Q:今回の抗議で、様々な代謝系に関する表現型をできるだけ簡便に記述、類推するためのツールとして、シアノバクテリアではクロロフィル蛍光挙動の測定データがその価値を見出されつつあるというお話がありました。ここで、高等植物の細胞においてもクロロフィル蛍光を利用して代謝関係の表現型を記述することができないかと考えましたが、高等植物では細胞内で光合成を行っているクロロフィルが細胞小器官によって他の代謝系と隔てられているので、そのままの状態ではシアノと比べて光合成系以外の代謝系の状態が蛍光に反映されにくいと思います。そこで、ほかに代謝系を反映していて記述に使えそうな要素としてATPが考えられると思いました。ATPは多くの代謝系の回転に伴って使われる細胞内での共通のエネルギー通貨なので、この物質の生産量、消費量、細胞内での局在などを知ることができれば、代謝系に関する表現型を記述するツールとして利用できる可能性があると思います。しかし、シアノバクテリアにおける蛍光挙動データと比べると、おそらく一次元でのシンプルなデータに収めることができないことや、in Vivoでの状態に近いデータをとるのが難しいことなど、扱いにくい点も多そうです。

A:例えば、細胞内のATPの量を少なくともオルガネラレベルで非破壊的に可視化することができたら、何かに使えるかもしれませんね。なかなか難しそうですが。


Q:今回の講義ではkautsky effectを利用しシアノバクテリアの遺伝子機能を網羅的に解析する方法について扱われた。プレートに培養細胞をスポットして培養し、ある程度スポットが濃くなったところでkautsky effectを測定する。本レポートでは、液体培養したculture(液体culture)をそのまま用いてkautsky effectを測定する利点と、実際にどのように測定するかを考察する。液体cultureをそのまま測定に用いることの利点の一つは、サンプル間で細胞数やクロロフィル濃度を自由に設定できることである。プレートにスポットした細胞を培養して測定する場合、生育の悪い株では蛍光は弱く、ノイズは大きくなって蛍光挙動の特徴は分かりづらくなる。液体cultureであればそのような生育の悪い株であっても、濃縮することによって野生株や他の変異株と等しい細胞数あるいはクロロフィル濃度でkautsky effectを測定できる。つまり、液体cultureを用いればどのような遺伝子変異株であってもノイズの小さい蛍光挙動データを得られると期待される。以上が利点である。次に、実際にどのような方法で液体cultureを用いてkautsky effectを測定すれば良いか述べる。励起光をフィコビリンの吸収波長に設定してしまうと、フィコビリソームの蛍光がクロロフィル蛍光検出の邪魔になる。励起光にはレーザー光や分光器を通した青色光(435 nm付近)を用いて、クロロフィルのみを励起させるようにする。また、サンプルの入ったセルは光検知部位のすぐ近くにおき、蛍光をできるだけ回収するようにする。ただし、そのような位置にサンプルを置くと、サンプルによって散乱された励起光が蛍光と一緒に検出されてしまう。これを避けるために、光検知部位の前にカットオフフィルタ—を設置して励起光(青色光)をカットする。以上の方法によって、フィコビソームの蛍光や励起光に邪魔されずに、液体cultureのkautsky effectを測定できると推測される。

A:なぜ、フィコビリソームの蛍光が入るとよくないのでしょうか。フィコビリソームからの蛍光収率は、フィコビリソームの量と、フィコビリソームからクロロフィルへのエネルギー移動効率を反映しますから、それ自体有益な情報を含んでいるはずです。むしろ、その部分の情報を有効活用する方向で実験系を考えた方がよいように思いました。


Q:今回の講義ではシアノバクテリアにおいても細胞レベルのCO2濃縮を行う機構があることを教わった。自分で更に調べてみた所、ラン藻などのシアノバクテリアのCO2濃縮は、C4植物の持つ維管束小細胞の濃縮機構とはだいぶ異なるものであった。例えば、PEPCなどの酵素を持たない事、CO2がHCO3-の形にしか変化しない事などが挙げられる。ここでCO2濃縮機構において、シアノバクテリアとC4植物の間で何故この様な違いがあるのかを考える。まず、シアノバクテリアのCO2濃縮では取り込んだCO2がOAAやリンゴ酸などの形にならない。ここでCO2は細胞膜を透過し易いことから、せっかく濃縮したCO2が細胞外に漏れてしまう機会が多く、一見効果の薄い濃縮機構である印象を受ける。この理由としては2つ考えられる。まず1つ目は、C4植物の様に炭酸固定用の細胞(維管束小細胞)がない事から、OAAやリンゴ酸を貯蔵する余裕がない事である。2つ目は各々の生育環境である。これは、C4植物では高温・乾燥下である事から常に濃縮機構が必要とされており、通常のC3型光合成よりも余剰のATPを消費する事に対して無駄がない。一方でシアノバクテリアでは、人為的・突然的な変化が起こらない限り、大きな環境変化は起こらない。ここから、一時的な応答として状況に合わせて濃縮機構を行ったり行わなかったりしていると考えられる。よって、あえてCO2濃縮機構を常に行わなくても済む様に、C4植物の維管束小細胞の持つPEPCなどの酵素が存在せず、HCO3-の形以外にCO2が変化しないと考察される。
参考:光合成の森 Q&A https://www.photosynthesis.jp/faq/faq3-4.html

A:今回の講義の主題とは直接関係がありませんが、面白い考察だと思います。ただ、C4植物の場合も「常に濃縮機構が必要」ではないでしょう。地球上ではまだC3植物の方が多いという事実は、濃縮機構を常に必要とする環境はそれほど多くないことを示しているはずです。そのあたりの考察がもう少し必要でしょう。