植物生理生化学特論 第9回講義
吸収測定の方法
第9回の講義では、光質と光量の変動に対する環境応答のメカニズムをステート遷移と光化学系量比調節に焦点を絞って解説しました。
Q:シアノバクテリアは(灰色植物,紅色植物も含めて),フィコビリソームを持っているのに対し,高等植物では持っていないのはなぜかについて考察したいと思います。まず,フィコビリソームが500−650nmという,クロロフィルが吸収できない波長帯域の光を利用できるという点に着目し,それぞれの生物が光合成に用いている色素を考えてみると,高等植物ではクロロフィルaよりも長波長域(青色光付近では)に吸収極大を持つクロロフィルbを持っているのに対し,シアノバクテリアや灰色,紅色植物では持っていないことが分かります。この少しだけ長波長域にある色素を持つ代わりに,フィコビリソームを持たなくなったのではないかと考えたのですが,それでもフィコビリソームの方がより長波長域でしかも広く波長域をカバーしています。そこでもしかしたら,太陽光のスペクトルでは500~600nm付近の光が小さいのではないかと思い,調べてみると逆にそれらの波長域の方が,スペクトルの分布としては集まっていました。そう考えると,逆にこれらの波長域の光を集めすぎないということが必要になるのではないかと考えました。主に海中に生息していた時には問題にならなかった(青色光付近の光が強く残るため),500-650nm付近の光を利用することによって,光阻害などのダメージが強く見られるようになり,これらの波長域の光を利用することを避けた。加えて,キサントフィルサイクルなどの熱放散系を充実させることによって,光による過剰なエネルギーの処理を行う機構を発達させてきたと考えることもできると思います。
A:光の強さだけが問題になるのであれば、色素の量を減らすという選択肢がもっとも単純で経済的なはずです。強い緑色の光を効率よく吸収するフィコビリソームを少し持てば、その分他の色素を減らすことができます。つまり、同じ光を吸収するために、フィコビリソームは何らかのデメリットをクロロフィルと比較して持っている、と考える必要があるでしょう。
Q:今回の授業では、2つの光化学系の量比調節のメカニズムについて学習した。シアノバクテリアでは、フィコビリソームという補助酵素がその役割、つまり、光化学系1と2の間の光エネルギー移行(ステート遷移)の役割を担っている。また、その反応は主に強光下と弱光下で生じ、因子としてそれぞれ別の遺伝子が関わっている。強光下では、psaK2が強く発現され、弱光下では、rpacが強く発現される。そもそも、光合成の目的というのは光エネルギーを取り込んで、栄養として変換することである。強光下においても、弱光下においてもその目的は変わることはない。それでは、なぜ二つの条件下で関与する遺伝子が違うのであろうか。どちらも目的が同じで、ステート遷移を引き起こすのであれば、同じ遺伝子でもよいのではないだろうか。そう考えたときの理由として、ひとつに、光が強光と弱光とで感知するセンサーが違うからであろうが、もうひとつの理由としては、そのふたつの遺伝子がもたらす副作用との関係があると考える。遺伝子は通常、発現するとひとつの系だけにとどまらず、複数の反応系を活性化させる。つまり、psaK2とrpacはステート遷移に関わる系だけでなく、別の系も同時に活性化させるということである。つまり、同時に活性化される系の違いがここでは重要なのだ。植物の活動として、強光下ではより栄養を生み出し、成長や貯蓄をしようとする。しかし、弱光下では、消費の制限や活動の鈍化に移行する。つまり、ステート遷移によって、光化学系の量比を調節して光合成の量を安定化させるのと同時に、生存戦略としてpsaK2は成長や貯蓄に関わる系、rpacは制限や鈍化に関わる系に働きかけていると考えられる。それは、それらに関わる遺伝子とpsak2、rpacとの関係を、PCRなどの遺伝子解析によって証明できる。
A:非常に面白い仮説だと思います。このような自由な発想に基づくレポートを今後も期待しています。
Q:ステート遷移に関わるPsaK遺伝子について考察します。PsaKにはPsaK1とPsaK2の二種類が存在し、PsaK2は強光培養したシアノバクテリアにおいてのステート遷移に関わっていることが分かりました。強光応答に必要であるPsaK2を持たず、PsaK1のみを持つN.punctiforme、PsaK2のみを持つT.elongatusというシアノバクテリアがいることも分かりました。この2種のステート遷移を調べることで光合成調節メカニズムのさらなる解明に寄与することが出来ます。この研究に関して私が期待しているのは、PsaK2を持たないN.punctiformeが強光培養においてステート遷移を行う結末です。この結果によってN.punctiformeはPsaK2を失う代わりに新たに強光応答の経路を獲得したことになります。そのためN.punctifomeはシアノバクテリアの中でも進化が進んでいると言えます。反対に、N.punctiformeがステート遷移を行わないならばPsaK2という遺伝子を進化の途中で獲得出来なかったと考え、進化が進んでいないと言えると思います。
A:基本的にはよいと思うのですが、最後の「進化が進んでいない」のはなぜか、というのがポイントだと思います。強光応答を失ったにもかかわらず新しい経路を獲得していないのであれば、一番簡単な解釈はN.punctiformeは強光にさらされない環境で進化している、ということでしょう。
Q:シアノバクテリアのステート遷移について、強光培養と弱光培養とで何故別々のメカニズムを持つ必要があるのか、疑問に思った。強光下と弱光下でそれぞれステート遷移の意義が異なるとしても、ステート遷移がプラストキノンの酸化還元状態という1つの要因によって引き起こされているのだとしたら、順化した光環境に応じてメカニズムを変える必要はないのではないだろうか。そこで、ステート遷移が強光順化と弱光順化の細胞で別々のメカニズムを持つ意義について考えた。考えられることとして、強光順化の細胞と弱光順化の細胞では光に対する反応性を変える必要があるため、ということが挙げられるのではないだろうか。例えば、弱光順化の細胞が強光下に移された時を考えると、強光順化の細胞よりもPSI/PSII比が大きいと考えられる弱光順化の細胞では、カルビン回路に対し過剰な還元力が生じ易いと考えられる。そこで、同じプラストキノンの酸化還元状態でも、順化した光環境に応じてエネルギーの分配を変える必要が生じるのではないだろうか。強光または弱光のみでステート遷移に関わるpsaK2またはrpaCでは、プラストキノンの酸化還元状態に対する反応に差があるのではないだろうか。もしそうであれば、プラストキノンの酸化還元状態が強光順化の細胞と弱光順化の細胞で同じ時でも、それぞれのqNの大きさは違うはずである。ただしこれを調べる場合、「プラストキノンの酸化還元状態」を何を基準として判断するかが問題となると考えられる。
A:これも面白いと思います。ただ、最後qNの大きさがなぜ違うと考えたのかがよくわかりませんでした。
Q:強光による過剰なエネルギーによって発生する活性酸素は植物に負の影響を与える。ステート遷移は強光時には光ストレス回避としての意義を持つ。活性酸素を除去する機構として、植物自体が持つカロテノイドやポリフェノールといった抗酸化作用を持つ色素がある。例えば林檎やブロッコリーに含まれるケルセチンは人間にも効果があるようだが(様々な面で研究の余地あり)、植物自体にとっても抗酸化能力を発揮する。ケルセチンを多く含む植物は、活性酸素に強くなるはずだ。一方、活性酸素を生成することで過剰なエネルギーを消去する経路がある。とすると抗酸化物質により活性酸素の酸化力を抑えることは重要だが、活性酸素の発生自体を抑えることは良くないと考えられる。強力な抗酸化色素をもたない植物に、強力な抗酸化色素を作らせるような遺伝子操作をすれば植物自体に良い結果をもたらすかもしれない。
A:少しずつ論点が動いていってしまうと、全体としての主張が弱くなってしまいます。書きながら考えるのではなく、自分が主張したい論理展開を考えてから書き始めるようにしましょう。あと「活性酸素を生成することで過剰なエネルギーを消去する経路がある。とすると」の部分、なぜ「とすると」で以下につながるのか、理解できませんでした。
Q:今回の講義で取り上げた、光化学系IとIIへのエネルギー分配の調節機構である「ステート遷移」について考えてみます。その意義は生育場所の光環境によって異なり、弱光下では二つの光化学系が量比のバランスをとることで効率的な光合成を行うため、また強光下では光ストレスからの保護のためである、ということでした。私がここで不思議に思ったことは、雨天時(弱光下)での光化学系の働きです。雨が降ると気孔が閉じることが知られていますが、気孔が閉じれば光合成量も低下します。しかし梅雨の時期のように降水量が多い場合はそれに対応して、より効率的な光合成を行うためにいわゆる「ステート遷移」が起こるのではないかと考えました。そしてその光化学系量比の変化は「くもり」の時と比較してどのように違うのだろうかと疑問に思いました。つまり、「ステート遷移」の意義は「弱光下」と「強光下」に大別して考えられるようですが、実際の自然環境下では植物は晴れから曇りのち雨、そして雨が止み再び晴れていく、というように短期的に様々な光強度を経験することも考えられます。そのような過程では「弱光」と「強光」という定義だけでは分類が大まか過ぎて、ステート遷移のメカニズムや意義についてもさらなるバリエーションもしくはグラデ—ションが考えられるのではないか、と思ったのです。このような、光への適応のための変化に関る要因の簡易的(に見える)分類は、光の強弱だけではなく、光順化(短期的応答)と光応答(長期的応答)についても言えると思いました。このような時間的変化の線引きがどのように、またどのような光強度において決定されているのか、短期及び長期的応答はそれぞれどの程度の期間に相当し、対応しているのか。言葉を変えれば、ステート遷移のような反応が光強度や応答期間に沿った一種の「スペクトル」のような変化を辿っていないのか、というのが今回の疑問点でした。レポート執筆に際して、多少ステート遷移については調べてみたのですが、調べ方が悪いのか答えが見つからなかったので、まとまりがありませんが今回このような内容で提出させていただきます。
A:これも独自の視点で考えていてよいと思います。ただ、せっかく雨と気孔の閉鎖を考えたのであれば、気孔の閉鎖と光環境の関係をもう少し考えてみるともっと具体的な議論になると思います。
Q:今回は、光化学系Ⅰと光化学系Ⅱの量比調節を行うこと(光化学系量比調節)で光合成効率を改善することができるということを学んだ。系Ⅰと系Ⅱは互いに量比が反比例の関係にあり、たとえば系Ⅱがより励起される条件下では系Ⅰの相対量が増えるという。一般に励起状態にあるものは光を発してエネルギーが低い状態に移ることからこれは妥当であるといえるが、このような量比調節のほかにステート遷移もある。これらは同時に起こるのだろうか、またその場合どちらがどの程度の割合を占めるものなのだろうか。ステート遷移は2つの光化学系へのエネルギー分配の調節機構なので、前述のように系Ⅱが励起されている状態では系Ⅰの相対的なアンテナサイズが増える。しかし、その際に量比調節も行われるとすると系Ⅰは系Ⅱに対する量が増加するだけでなく、分配されるエネルギーも増加となってしまう。これは系Ⅱに対して圧倒的に系Ⅰが活性化することになってしまうのではないか。実際シアノバクテリアではこのように2つの系が協調することでより光合成の効率を上げていると考えられるが、そのバランスについては気になった。ステート遷移はその光強度条件に大きく左右されるようだが、一口に光合成といってもいくつもの要素が絡み合ってその量が決められているのだろう。ステート遷移と光化学系量比調節にはかかる時間がそれぞれ異なるため、即時に効果が求められる場合はステート遷移、急を要さない場合は量比調節というような判断が下っているとしたら非常に興味深い。
A:講義の中で、遺伝子の発現変化を伴う長期的な順化と、発現変化を伴わない短期的な応答の区別を話したと思います。光化学系量比の調節とステート遷移はまさにそれぞれの代表例ですから、そこをきちんと考えてほしかった所です。
Q:光強度が高い条件下での光化学系量比調節について授業では、PSIIのアンテナサイズを小さくしPSIの反応中心量を減らす、このため結果的にPSIの量比が小さくなるということだった。このことについてなぜその逆、つまりPSIのアンテナサイズを小さくしPSIIの反応中心を小さくするという順化をしないのかということについて考えた。そのために今光合成を行うある細胞を弱光下に移したとする。そうすると、アンテナサイズの相対的に大きな光化学系(前者ならPSI、後者ならPSII)では、もう一方の光化学系よりも光を補足しやすいために、電荷分離が起こりやすくなる。従ってプラストキノンプールは前者ではより酸化状態に、後者ではより還元状態になる。後者の状態は光阻害が起こる状態と同じであること、仮に前者でPSIの電子受容側に過剰な還元力が生じても環状電子伝達により消光できることなどを考えると、確かに強光に対する順化としては前者のようなタイプの方がより適者となると考えることができる。
A:最初の議論の前提と、後半の議論の中身が少しずれてしまっているようです。光化学系の励起状態に関しては、アンテナサイズを減らしても、反応中心量を減らしても、同じ方向に働きますから、後半でプラストキノンプールの酸化還元状態が逆になるという話とはつながりません。