植物生理生化学特論 第12回講義

植物の低温感受性

第12回の講義では、植物の低温感受性の仕組みを主に光化学系1の光阻害と関連付けて解説しました。


Q:今回の授業では低温障害について,主に光化学系Iの分解に着目し,それらが活性酸素の過剰生産によって起きること。その理由は低温では活性酸素から光化学系Iを保護する機構が機能しなくなるために,光合成活性の低下が起きているということを学びました。一番気になったのが,この低温障害が,活性酸素によって引き起こされているという点です。ということは単純に考えると,酸素発生型光合成を行わない,緑色硫黄細菌などでは低温による傷害がそこまで大きく見られないということでしょうか。確かにそれらの光合成細菌においてもH2SをH2Oの代わりに使うため,硫黄原子を持つフリーラジカルが生成すると思います。しかしフリーラジカルとしては,活性酸素種の方が反応性が高いため,硫黄ラジカルの場合は細胞へのダメージは軽減されると思います。つまり,嫌気条件下では低温障害の影響が小さく見られるということです。それに関連して,光合成系へのダメージが活性酸素種によるものであるということは,細胞内全体として低温になると活性酸素種に対する耐性が弱まっているということは考えられないでしょうか。つまり,光化学系Iに留まらず,あらゆる細胞内システムを,活性酸素から守る機構が低温によって機能しなくなることで,細胞へのダメージが生まれているという可能性です。この場合は,光合成生物に限らず,従属栄養生物,捕食動物においても,酸素濃度が高い条件などに置かれると,活性酸素による低温障害が生じるということになり,あらゆる生物の低温条件下での影響として,活性酸素消去系(もしくは保護する機構)の機能低下が一つの鍵になるのでは無いでしょうか。

A:たくさん使われている「でしょうか」というのは修辞的疑問文でしょうか。この講義のレポートでは、自分なりの論理を構築することを求めているので、なるべくあいまいさを避けて断言できるところは断言してくださいな。


Q:植物が受けるストレスのひとつに低温ストレスがあるということを学んだ。系1は光に弱く、チラコイド膜に存在する種々の酵素が、その影響を小さくしているが、低温になるとその酵素が失活し、光合成の過程で生産される活性酸素などを消せなくなるということであった。しかし、そのようなストレスが必ずしも生育の阻害にはつながらないという考え方もできる。つまり、低温ストレスを受け、活性酸素などが植物中を循環することで植物にある種の免疫や耐性が作られ、結果として生育が促進されるということである。適度なストレスを与えることによって、種々の酵素の生産能が押し上げられる可能性があるからである。

A:最後の部分、できれば動物でもよいので具体例を挙げて論証するとレポートらしくなります。


Q:今回の講義で高等植物における低温・凍結ストレスについて学びました。高等植物における低温ストレスは理解出来たのですが、シアノバクテリアでは低温ストレスにどう対応しているか興味を持ったので調べてみました。WEBで検索してみたところ、シアノバクテリアの低温ストレス応答は細胞膜に局在するタンパク質の組成について研究されていることがわかりました。植物では低温条件にさらすと、細胞膜の蛋白質の組成が変化して亀裂を生じなくさせることが分かっているので、シアノバクテリアでも同様のことが行われていると考えられます。しかし、細胞内の動態は低温処理することによりどのように変化しているのかを研究されている前例が検索出来なかったので、私なりに考えてみました。
(1)放射線同位体を用いて蛋白質の合成量を測定する方法
(2)GFPなどの蛍光タンパクを付加して観察する方法
 (1)では放射線同位体で標識したアミノ酸中に低温処理した細胞を入れ、新たに合成されたタンパク質は放射線同位体で標識されていることが予想されるので、全タンパク質量を定量でき、どのタンパク質の合成が促進されたのかを特定することが出来るかもしれない。(2)では細胞内のタンパク質を様々な蛍光タンパクを付加することで細胞内の動態を観察することが出来る。

A:「低温にしたら何が起こるか」というのは、出発点としてはよいのですが、それでは研究目的にはならないでしょう。おそらく研究としては、漠然と何が起こるかと問うのではなく、低温ストレスが細胞内にもたらす影響のうち、何が生育に一番に影響を与えるかを考えて、それが低温障害の原因になっているのか、という検証を行なうことが必要だと思います。細胞をある環境から別の環境に移せば、必ず何らかの変化を生じますが、それを単に記述するだけではまともな研究とは言えません。


Q:低温感受性植物は低温処理の後に光を照射されるとPSIが阻害されるが、低温耐性植物においては阻害されない。このことから、低温感受性植物と低温耐性植物では、異なったPSI保護機構を持っていることが考えられる。この2つの植物のPSI保護機構の差には、以下の2つのケースが考えられる。
(1)異なった別々のPSI保護機構を持つ場合。つまり、低温感受性植物は低温によって破壊される保護機構、低温耐性植物は低温に耐え得る保護機構を持っている。
(2)低温耐性植物は、低温感受性植物が持つPSI保護機構に加えて、直接的または間接的にPSIを保護する低温耐性の保護機構を持つ場合。つまり、低温耐性植物は、高等植物全般にもともと備わっているPSI保護機構に加えて、低温環境で生存するために特化したPSI保護機構を持っている。
 もしPSI保護機構が葉緑体内に存在した場合、(1)のケースと(2)のケースとで、葉緑体の起源が異なるのではないだろうか。葉緑体の起源は、シアノバクテリアであると考えられている。(1)の場合は、低温感受性植物と低温耐性植物とでは、生息域の温度によって異なったPSI保護機構を持つシアノバクテリアをそれぞれ葉緑体の起源に持つことが考えられる。つまり、葉緑体の起源は単一ではなく複数あることが予想される。一方(2)の場合では、「高等植物にもともと備わっているPSI保護機構」がシアノバクテリア由来のもの、低温耐性植物が持つ低温耐性のPSI保護機構は寒冷な環境に適応するため独自に獲得されたものであると考えられる。この場合、葉緑体の起源は低温耐性のPSI保護機構を持たないシアノバクテリア単一であることが考えられる。

A:よく考えていると思いますが、葉緑体の起源については、今のところ単一起源説の方が優勢でしょう。また、低温感受性植物として挙げたキュウリ・トマト・インゲンという3つを考えただけでも、低温感受性植物が進化的に単一の起源をもつわけではないことが分かると思います。


Q:講義で低温障害と光化学系の関係を勉強し、その週のセミナー発表で藻類シトクロムc6の題材を扱った。温度環境とシトクロムc6には何かの関連性があるかもしれないと思い考えてみた。高等植物は進化の過程でシトクロムc6を失った。しかし藻類シトクロムc6をシロイヌナズナに導入したところ、生育、光合成能力が高まるという植物にとって良い影響をもたらしていると思える結果であった。ではなぜ高等植物は進化の過程で失ってしまったのだろうか。プラストシアニンの方がシトクロムc6より優れていたというよりは、陸上で生息する高等植物にとってシトクロムc6を持つことは不都合であったのかもしれない。自然環境で水中は温度変化を受けづらい。一方、太古の昔から現在に至るまで陸上の方が温度変化を起こしてきたはずだ。陸上植物が、PSIへ効率的な電子伝達を可能にするシトクロムc6を所有していると、温度変化により障害を受けたPSIの活性が不可逆的に失活した際に、電子を過剰に供給しようとして植物へさらなるダメージを与えてしまうのではないだろうか。藻類シトクロムc6を導入したシロイヌナズナを至適温度でない温度で生育させた場合、PSIの損傷が通常より進むかどうかを確かめてみれば良い。

A:これはユニークで面白いと思います。ちょっと論理は強引な気もしますが・・・。


Q:寒い地域に生育する植物は低温から自分を守るために細胞内で糖を生成する。という話を聞いて連想したのはサトウカエデらから採れるメープルシロップでした。メープルシロップの産地として有名なのはカナダですが、彼の国の気温は寒冷であることからこのシロップは「不凍液」であるのではないかと思いました。さて、シロップの採取は2月~4月頃樹幹に穴をあけて採取するということが知られていますが、私はこの採取時期にひっかかりを覚えました。1月2月というのは気温が最も下がる(氷点下の)時期です。その後3月くらいから徐々に暖かくなり始め4月には最低気温も+になります(カナダの年間気温と降水量:http://www.ryoko.info/index.html)。また、降水量も4月は2月の3倍程度と大幅に増加しています。つまりシロップ採取時期は四季で言うと冬から春への移行期、具体的には気温の寒暖の差および降水量の差が大きい時期ということになります。一年の内にこの期間のみを採取期間に当てる、ということはおそらく何らかの意味があると考えられます。ここで思いつくものといえば「糖分の高い量質のシロップがとれる」という可能性です。そこでこの可能性の根拠について検討してみました。まずは季節的な寒暖の差との関連についてです。もし樹液の糖度が低温ストレスへの適応のために上がったのだとしますと、シロップの採取は暖かくなる時期ではなくて真冬の12月~2月に採取した方がより糖度の高い液が採れるのではないかと思います。しかし実際の採集の時期を考えると、これを決めている要因は気温だけではないのではないかと思いました。そこで次に降水量の影響についても考察してみます。カナダは日本とは異なり気候が寒冷なため、日本のように3月くらいから生き物が始動するわけではなく、おそらく4月~5月くらいから漸く展葉期が始まるのではないかと思います(実際経験的にもそのような印象を受けました)。それまではカエデは落葉樹ですから光合成を行う葉を持ちません。そのため冬期は休眠をしていますが、春がやってくると水を吸い上げて成長期を再開します。従って降水量の増加は樹木の活性に大きく関ってくると考えられます。もしも冬期のみに採集を行ってしまった場合、樹木にダメージを与え過ぎて持続可能な利用が出来なくなるのではないでしょうか。以上から、シロップ採取時期の2月~4月とは「糖度はまだある程度高く、また次第に樹木の活性も高くなり始めて樹木が外部からの人為的インパクトに耐えうる時期」と考えることが出来るのではないかと思います。

A:よく考えていると思います。もう一点、そもそも何で糖を輸送するかと言ったら、春に展開する葉を形成するためでしょう。とすれば、樹液が春に多くなるのは目的論的にいえば当然ということになるでしょう。


Q:低温ストレスによる阻害の特徴である不可逆性と可視阻害の遅れの関係性において、阻害は温度を戻しても元に戻ることはないが、目で見える阻害が顕著に現れるのは温度を元に戻してからだ。この、実際の阻害と目に見える阻害に時差があることに何の意味があるのだろうか。たとえば目に見える阻害として浮かぶのが葉の変色であるが、これは低温かつ日光が当たる場合に起こる。光合成系Ⅰの活性が低下し色が抜けてしまうのはクロロフィルが分解されるからだが、この分解に時間がかかり、それが時差となっているように考えられる。低温ストレスはだいたい数時間規模で起こるので、これに合わせて脱色が起こると考えるのが妥当であるが、授業で扱ったキュウリの葉では脱色がよくわかるようになるまで1日以上かかっていた。そのように時間が開いてしまうといつ起きた阻害が原因かわかりにくくなってしまうのではないだろうか。自然状態では植物は環境に適応した性質を持つため、本来だんだん低温ストレスにも強くなるはずである。また、阻害され光合成系Ⅰを壊されることで何か得るものがあるかというと特にないので、閾温度をさらに下げるなどで次第に阻害を回避するような逃げ道を見つけてゆくのではないだろうか。

A:うーむ。この辺りは講義の中で説明したつもりなのですが。阻害(活性低下)は数時間で起こりますが、分解はおそらくは酵素による積極的なもので、3日ほどかかり、しかも活性を失った光化学系だけが分解されていくと考えられます。