植物生理生化学特論 第8回講義
植物と水
第8回の講義では、植物と水の関わりをテーマに据え、植物にとっての水の意味、気孔の開閉、そして最後に雨(葉の濡れ)の光合成に対する影響の研究例を紹介しました。
Q:雨というストレスが植物に与える影響が予想以上に大きかったことに驚いた。また、葉にも濡れやすさがあるという事も興味深かった。葉が環境の影響をよほど受けやすいのであろう。しかし、この研究は人工的に植物を育てるときに役立つ。雨による活性の低下が分かることによって、逆に水をまくタイミングを計算できるからである。特に水分の少ない地点への水の供給は重要であり、ルビスコの活性の低下が回復する前にまた水を散布したのならば枯れてしまうであろう。僕の目標は砂漠の緑化であるが、道は遠い。水を必要としている植物が水に弱いというのは、なんとも皮肉である。
A:園芸の分野では、「葉水を避ける」という言葉が昔からあったようです。もしかしたら、現象的には以前から知られていたことなのかもしれませんね。
Q:植物は晴天時、光阻害により光合成阻害を受ける。しかし、雨天時は日照が低下するため光阻害は解消され、雨天でも特に問題なく光合成を行っている。濡れ処理時の日照と光合成の関係の図から以上のことが読み取れた。上記の機構を有しているのであれば、確かに光環境にそれほど左右されずに一定の栄養分を得ることが可能である。講義中、私は光阻害を植物自身に課さず、光が当たればそれに比例して光合成を行った方が植物にとっては効率よく生育できるため、光阻害を課する必要性はないのではないかと疑問を感じた。そこで、仮に光阻害を受けず光を受けた分だけ生育する状態を考えてみた。確かに晴天時にはそちらの方が都合はいいだろう。光阻害によってルビスコ量が半減していることを踏まえて考えると一目瞭然である。しかし、雨天時はどうであろう。雨天時は晴天時に比べてどうしても少ないルビスコ量でやりくりしなければいけない状態になる。しかも、光阻害を行った状態に比べて生育が進んでいる状態となっているため、通常よりも多くのルビスコ量が必要となると考えられる。多少の雨天ならばまだしも、梅雨時や台風時のように、長期間連続して雨が降り続ける期間で上記のような状況に陥ってしまってはむしろ生育を遅らせてでも一定の養分を得る機構を確立した方が植物にとっては都合がよいと考えられる。
A:まずは、「光が当たればそれに比例して光合成を行」うことができるかどうか、という点を考えてみる必要があるでしょう。光合成の限定要因というのを高校生物で学びますが、光が十分に与えられた時には、限定要因が何なるのかを考えてみると、比例して光合成をおこなうことはできないことがわかると思います。
Q:濡れ処理時の日照と光合成の関係は日照量の増加に伴い光合成活性が低下するという結果に一番興味を持った。光合成活性低下の原因メカニズムの1つとして、ルビスコ量減少に起因するスーパーオキサイドの過剰産生が挙げられていたが、ルビスコ量減少がなぜ起こるのかという疑問が残っているように感じた。可能性のひとつとして、濡れ処理によって空気と接触する葉表面面積の低下が酸素の取り込みを妨げ、好気呼吸を阻害していることによって起きているのではないかと考えた。なぜなら、二酸化炭素の取り込みと同様に酸素の取り込みも植物の代謝にとって重要であると考えられるからである。二酸化炭素の取り込み減少によるルビスコ活性の低下とは別に、光合成活性は好気呼吸によっても制御されていると推測できる。具体的には、好気呼吸量低下がルビスコ発現量の下方調節を行っているのではないだろうか。この可能性は、低酸素環境でのルビスコ発現量の変化を調べる実験で検証可能と考えられる。
A:ここでいう「発現量」というのは転写産物量という意味でしょうかね。おそらく、特に分解速度が大きく寄与する可能性のある調節・阻害機構では、転写レベルとタンパク質/活性レベルでは、まったく異なる結果が見られる可能性があると思います。そのあたりも考えてみる必要があるでしょう。
Q:「葉が濡れると光合成活性が低下する」というお話がありましたが、暗い状況では葉が濡れても光合成活性が低下しないという結果から、低温ストレスの時のPSIの光阻害のように、光合成による活性酸素の発生や、電子伝達が阻害に関与しているのではないかと思いました。また、水中植物などは水のある環境の中で生きている植物なので、このような阻害は存在しないのではないかと思います。そこで、葉の濡れによる阻害を受ける植物とそうでない植物に分類し、その相違点を探すことでそのメカニズムを探る方法もあるのではないかと思いました。ところで、実際の雨は大気中の二酸化炭素が溶けて弱酸性になっているはずですが、葉を濡らす際の水のpHは光合成活性の低下に影響するのでしょうか。
A:実験に使用した水は脱イオン水を使いましたので、pHとしては調節していません。ただ、何からの形でpHを酸性側、あるいはアルカリ性側に変化した水により実験をすれば、おそらく光合成の低下はより大きくなる可能性があるのではないかと思います。水の中の植物の場合、気孔を通さずに二酸化炭素を取り込む場合が多いようなので、むしろそのような物理的な取り込み様式の違いが主に反映されるのではないかと思います。
Q:今回の講義では雨による光合成への影響について紹介がありました。紹介されたデータの中で、葉の濡れやすさと光合成に相関がありませんでした。葉が濡れることにより気孔がとじ光合成速度が低下するとありましたが、講義でも触れられていた通り雨の植物に対する影響は濡れやすさだけではないでしょう。特に雨による葉温の変化に着目するべきであると考えます。というのも、Phaseolus vulgarisは中南米原産で、Verbascum thapsusはヨーロッパからシベリアが原産であるように、植物に適した気候の生育条件があり、それぞれの地域で雨が降る時の気温も異なることは明確です。ですので、それぞれの植物の生育地域の平均気温に設定した室温と水で濡れ処理を施し、処理前と後の葉温の変化の程度を調べ光合成活性との相関を調べると興味深い結果が得られるのではないでしょうか。
A:なるほど、生育温度と実験温度の違いは実験の解釈に影響を与えると思います。ただ、実験温度を植物ごとに変えてしまうと、今度は実験温度の違いの影響なのか、それとも植物種の違いの影響なのかをどうやって判断するのか、悩ましい気がします。
Q:植物における気孔の機能について、一般に暗いところでは閉じ、光が照射されると開くことは広く知られている。一方で、空気中の二酸化炭素が十分量存在するときは、自ずと葉内に入り込むために気孔を開くことはなく、CAM植物では夜間に気孔を開くことで空気中の二酸化炭素を取り込むことを鑑みれば、気孔の開口には必ずしも光(青色光)が必要とはいえず、葉の内部(細胞間隙)の二酸化炭素濃度を感知して気孔の開閉を行うことも予想される。私としては、孔辺細胞の開閉にはフォトトロンビンが優位な働きを示し(実際、フォトトロンビンが活性化される青色光は朝日に多く、一方で不活性化される赤色光は夕日に多いことから、晴れた日の気孔の日周的開閉を説明できる)、その下流に葉内の二酸化炭素の感知機構が関与し、気孔の開口面積を制御しているのではないかと考える。その具体的な仕組みとして、例えば、孔辺細胞が高い二酸化炭素濃度を検知すると、細胞内の陰イオンが排出され、結果的に浸透圧が低下して気孔が閉じるということは考えられる。また、孔辺細胞がアクアポリンを通して水分子を取り込む際には、二酸化炭素も同時に取り込まれることが明らかにされており(Murata, et al, 2000,Terashima, et al, 2002)、したがって細胞間隙に二酸化炭素が比較的多量にある場合には、孔辺細胞内に二酸化炭素が供給され、それが孔辺細胞内の葉緑体の炭酸固定回路をオンにし、結果的に孔辺細胞内の水分子が多量に使用され、気孔が閉じるなどの機構も考えられなくはない。この場合には、例えば葉内の二酸化炭素濃度が低減した場合には、気孔の開口度は大きくなるが、葉内の二酸化炭素が十分量存在してくると、気孔が徐々に閉じてくる仕組みを説明できる。後者の仮説を実証する場合には、細胞間隙の二酸化炭素量がどの程度日周的に変動しているのかを定量しなくてはならず(細胞間隙に含まれる有機酸量は日周的に変動することは確認されている、例えば琉球大学農学部川満研究室)、さらに孔辺細胞に含まれる総葉緑体の光合成活性量を測定し、必要とされる二酸化炭素量と水分量を算出することが必要となる(なお、孔辺細胞に含有される葉緑体の機能については議論も多いようだが、光合成は通常の葉緑体と同様に行われることは確認されている(Eduardo Zeiger, et al, 2002))。
A:過去の知見のまとめとしては面白いのですが、レポートとしては、なんでも良いので、自分の独自の視点を盛り込んだ「論理」が欲しいところです。