植物生理生化学特論 第10回講義

ステート遷移と補色順化

第10回の講義では、光合成生物の強光応答の一つ、ステート遷移の研究例を紹介しました。


Q:今回の講義ではシアノバクテリアを中心としたステート遷移について学びました。ステート遷移は光環境が変化した時の光化学系IとIIの2つへのエネルギー分配の調節機構です。Synechocystis sp. PCC 6803の強光順化過程においてPsaK2が関わることが紹介されていました。このPsaK2はPsaK1と共に光化学系I複合体のサブユニットであり、強光条件下でタンパク質の発現レベルが増加していました。この時のデータをみると、私にはPsaK1の発現もPsaK2程では無いにしても増加しているように見えます。また、psaK1破壊株においては、WTと比べPsaK2の発現が増加しているように見えます。PsaK1はPsaK2のアミノ酸配列に似ている部分も多く、PsaK1もPsaK2の補助的役割を果たすなど強光順化に関わる可能性は十分にあると考えます。確かにpsaK1変異株では弱光培養上時と比べ強光培養時にフィコビリソームから光化学系Iへのエネルギー分配に変化は見られませんが、これは変異部分が強光順化において決定的ではなかったためという可能性も考えられ、破壊株で同様の実験を行ってみると、また違った結果が得られるのではないでしょうか。

A:複合体内でのPsaK1量に関しては、確かによくわからない点があります。確かに、バンドが濃くなっているようにも見えるのですが、その濃くなっている位置は、元のPsaK1のバンドの位置よりも少し下に見えるので、論文では、PsaK1量が増加しているという立場はとりませんでした。あと、誤解を招いたのかもしれませんが、使用したのは、抗生物質耐性カートリッジがゲノムに挿入された変異株なので、基本的には破壊株と言ってよいと思います。


Q:今回の講義で取り上げられた補色順化は、自身の研究で扱うPseudoanabaenaでも観察される現象です。そこでPseudoanabaenaの補色順化について少し詳しく調べてみたところ、Pseudoanabaena の中でも補色順化できるものとできないものがあり、さらにnifHという窒素固定関連遺伝子を持つもの多くが、補色順化可能な方に属することが分かりました。nifH遺伝子はnifD,nifKとともにニトロゲナーゼ複合体を構成するポリペプチドをコードしており、補色順化と窒素固定の関連性が示唆されています。ここでなぜこのような結果になったのかという疑問を持ちました。補色順化可能ということは光の色が変化したとしても光合成を効率よく行えますが、色素変換中の場では光合成活性が落ちると予想され、加えてそのプロセスはたんぱく質の発現調節を伴うもので、ある程度の時間がかかるはずです。また、窒素固定を触媒するニトロゲナーゼは酸素に極めて弱く容易失活するため、光合成と同時に同じ場所で行うことはできません。そこで補色順化可能なPseudoanabaenaは、色素変換による光合成の空白時間を利用し、窒素固定を行うようになったのではないかと考えました。この仮説を検証するためには、補色適応をさせながら、
・光合成速度が低下する
・窒素固定の速度が上昇する
という2点を確認する必要があると思います。
[参考文献]
・Silvia G Acinas et al., Phenotypic and genetic diversification of Pseudanabaena spp. (cyanobacteria), 2009.
・Horng-Ming Chen et al., Nucleotide sequence of the nifHDK operon in the aerobic nitrogen-fixing unicellular Synechococcus RF-1, 1996.

A:色素変換と言っても、反応中心は存在したままなわけですから、光合成の空白時間ができるまではいかないでしょうね。ただ、僕のところでも、窒素欠乏時のフィコビリソーム分解に関わる遺伝子が、強光応答に関わることを見出しています。光環境応答と窒素代謝が、密接にかかわっていることだけは確かなようです。


Q:ステート遷移により系I、系IIのどちらが励起される条件であっても、励起されていない方の系のアンテナサイズを増やすことによりエネルギー分配の調節を行える機構は、植物の環境適応において非常に有意義な機構である。この機構により励起されたエネルギーを渡す相手がいないため、これまではその励起状態が長く保たれると考えられていた。しかし、近年の研究によりはずれたアンテナが集めたエネルギーを消去していることが判明した。この消去により、危険な高エネルギークロロフィルをなくすことで細胞にとって有利に働いていると考えられる。これにより、光阻害や強光下で植物が安全にエネルギーを消去できる仕組み(NPQ)を解決できる可能性が生じてきた。
参考文献:live-cell imaging of photosystem II antenna dissociation during state transitions. Proc. Natl Acad. Sci. U.S.A. 107, 2337-2342, 2010.

A:これだけだと、論文紹介の要旨みたいですね。レポートしては自分の考えを書いてほしいところです。


Q:光環境の変動に伴う光合成系の機能制御に関して、高等植物では特に光化学系IIにおけるLHCIIの量を変えることで、光化学反応中心へのエネルギー供給を調整している。一方、LHCIIをもたないシアノバクテリアにおいては、フィコビリソームが光化学系IIから脱離して系Iに結合し、エネルギーの移動を引き起こしている(Mullineaux,et al,;1997)。高等植物における光化学系IIでは、反応中心がクロロフィルaで構成されていることに対し、LHCIIはクロロフィルbの構成比も高くなり、系Iに比較して吸収光の波長領域が広い。また、シアノバクテリアのフィコビリソームについても、補色順化により吸収できる波長域を拡大しており、つまりアンテナタンパクに含まれるクロロフィルbや赤色系色素は、供給される可視光や特定の波長の強さに応じて吸収レベルを適応させるための機構だと考えられる。
 ところで、葉内の海綿状組織では、葉の表面で赤色光が多く吸収されるために緑色光が多く到達するが、ここで緑色光を効率的に利用できるフィコビリソームを利用すれば、さらに弱光条件下でも電子伝達系が効率的に機能するように思われる。進化の過程において、高等植物でこのような手段が保存されなかったことは興味深いが、その理由として、例えば「水(海)中に到達する可視光は、赤色光が真っ先に吸収され、青や緑色光が深所まで到達する(Levring,1947)ため、シアノバクテリアではクロロフィルbよりも赤色波長領域を吸収するようにフィコビリソームの末端部がフィコシアニン系色素で置換される」「光合成の電子伝達の活性を高めるといった直接的な利益ではなく、光ストレスから光合成経路を保持するため」などが考えられる。特に後者について考察を深めれば、一般に光照射の下においては、光化学系IIが最も損傷を受けやすく、仮に系Iまで損傷すると数日の修復期間が必要となるため、多くの酸素発生型光合成生物では選択的(優先的)に系IIを分解させることが知られている。シアノバクテリアでは、フィコビリソームが系IIに結合した後に、系Iにも結合することで光エネルギーを供給する(ステート遷移)ことが知られているが、一方で高等植物の場合は、系IIから離れたLHCが系Iに結合してエネルギー活性を高めることはない。これは、シアノバクテリアの場合、系Iに電子を積極的にまわすことで系Iの分解を敢えて誘導し、系Iの個数のバランスを保っている、もしくは、(系Iにエネルギーを流さないことで)系IIにダメージを与えて系Iが必要以上に失活することを抑えているとも考えられる。広く植物においては、特に低温条件下で光を照射すると、光化学系IIで発生した過剰な電子により系Iが特異的に失活することから、水中の急激な温度変化に対応した環境応答として、系Iと系IIの電子伝達のバランスと光合成経路の維持という観点から、光化学系を移動できるフィコビリソームが保存されているのかもしれない。

A:色々な点で少しずつ誤解があるようですが、参考とした文献が明記されていないので、よくわかりません。「系IIから離れたLHCが系Iに結合してエネルギー活性を高めることはない」となっていますが、少なくとも緑藻ではLHCIIの系Iへの結合が確かめられていますし、高等植物でも同様のメカニズムが働いているとする考え方の方が一般的だと思います。また、「広く植物においては、特に低温条件下で光を照射すると、光化学系IIで発生した過剰な電子により系Iが特異的に失活する」とありますが、講義で紹介したように系Iの特異的な失活が見られるのは低温感受性植物においてです。