生物学通論 第10回講義
ゲノムとDNA
第10回の講義では、どのような実験によって遺伝子の本体がDNAであるとわかったのか、そして遺伝情報全体であるゲノムのDNA配列からどのようなことがわかってきたのかついて解説しました。
Q:生物は子孫を残さなければならないのか?自身が生き続けるという進化はあり得ないのか?クローン生物とは、元の生物個体と同じ遺伝情報を持つ生物のことである。無性生殖は基本的にクローンを生み出す。そのことから、少なくとも、新たな自分を作り出すことで種を維持していく生物がいることは確かである。では、現在有性生殖を行っている生物は、そのままであり続けるのか?通常、有性生殖の結果生み出された生命は、母親の遺伝子と父親の遺伝子の持つ情報で形成され、双方の染色体を同数ずつ受け継ぐことで新たな個として誕生する。しかし、有性生殖を行うが、性が1種類しかない生物もいる。例えば、カタツムリである。カタツムリはその動きの鈍さから、他の個体に出会う確率が低くなってしまう。そのため種の保存の道として、他の個体に出会った時に性の区別なく生殖できるように精巣・卵巣の両方を持ち両性具有であることを選んだと考えられる。しかし、仮に今後種が減り、さらに他の個体に出会う確率が下がった場合、両性具有であること、軟体であることを活かし、自ら自らと生殖するということが考えられないか。もしそうなれば、自身の遺伝情報を自身の卵に書き込むことになるため、有性生殖でありながらクローンを作り出すことになるのではないかと考えられる。
A:おそらく動物を基準に考えると、「両性具有」や「自分自身と生殖」といったことは妙なことに思われるかもしれませんが、植物ではよく知られているように珍しいことでもなんでもありません。花におしべとめしべがある植物の方がむしろ普通なぐらいですし、花が開かないうちに自分自身で受精する植物もたくさんあります。進化におけるメリットデメリットを考えるには、むしろ植物を題材にして考えた方が考察しやすいかもしれません。
Q:糖転移酵素によって人の血液型はわかれている。分。もし世代間が進んでも特定の地域で0型しかいなければそこの地域にはもともと0型のひとしかいないということがわかる。このような分布のしかたから生物間の交配の移動をとらえることができないか考えてみた。べつに血液型に限らなくてよい。世代間で血液型のように特定の型に変化してくような要素があればよい。例えばAの地域に生息する生物とBの地域に生息する交配する生物の「型」の分布に偏りがあることがわかり、しばらくして各地域の生物の[型]が変化すればどの地域間で移動が起きたのかある程度わかるのではないかと考えた。
A:以前は血液型などがそのような指標でしたが、現在では個人のDNA情報がたくさん手に入るようになりましたから、そのような移動に関する議論も細かくできるようになってきているでしょう。
Q:「ヒトとチンパンジーのゲノムの差は1%程度」で「ヒトゲノムの個人差は0.1%程度」であるという。それでも、身体的精神的に個体ごとに差異がたくさんある。授業の例で言えば、ヒトとチンパンジーの差異の一つは脳での遺伝子の働き方の違いであり、また、読み取る塩基配列が1文字ずれたり抜けたりするだけでその後のアミノ酸配列が大きく変わってくることも、種の間や個体間の差異の理由として容易に思いつく。「ヒトゲノム計画」ではヒトのDNAの塩基配列は明らかになったが、上に述べたような差異の現れ方はどのように証明されるのだろうか。ある生物の、転写が行われている、つまりほどけた状態のDNAを取り出し、その一部の塩基を取り替えたり、転写をする酵素のスタートする位置をずらしたりした後、どのようなタンパク質合成が行われるか観察できれば、何かが見つかるように思う。様々な生物のゲノム解析ができるならば、このようにものすごく小さい世界での作業もできるのではないか。他には、塩基となるアデニン・グアニン・チミン・シトシンの4つのうちどれかの割合を多くした培養液の中で細胞分裂をさせるなどとして、突然変異の確率をコントロールできれば、タンパク質合成に変化が起こるのではないか。遺伝子工学の世界でも塩基1つずつのレベルで操作した実験は調べても見つからなかったが、例えば同じ器官で働く遺伝子の働き方の違いや、働き方は同じで形の違いだけを見たいという時に、大雑把に操作してしまえばピンポイントで変化を見ることはできず、かなり小さなレベルでの操作が必要になると思う。
A:前半の差異の話と、後半の操作の話との間で、ややずれが感じられます。後半は小さな差異がどのように変化として表れるか、というのが主題なのかな?もう少し論理の流れを整理できるとよいですね。
Q:授業のスライドを見ていて、シャムワニの例のところに性染色体についての記述がなかったのでシャムワニは何か特別なのかと気になって調べてみた。それによるとワニなどの爬虫類は胚の発生時の環境温度によって性別が分化されるとあった。つまり、温度帯によっては片方の性に偏ってしまうという性決定様式を持っているということである。これを読んで人間にもこのような性別決定様式があるのではないかと思った。高校とき、先生の奥さんが出産するときに先生が「俺は先生になる前はメーカーに勤めていたから子供は女しか産まれないだろう。」と言っていたのを思い出してどのような背景からそのような考えに至ったのか考えて調べてみると、電磁波の問題なのでは、と思った。電磁波の影響により産まれてくる男女比が女の子の方が高くなったというデータはあったが、正直誤差で片づけられる範囲といえばその範囲のような気もした。しかし、ワニが温度によって性別が決まるのであれば、同じ生物として人間も温度でないにしろ環境によって性別が決まるということはあり得るのではないかと思った。もしそれがわかったとしても倫理的に公にはされないかもされないが。
A:確かに、男女産み分けの問題は、怪しげな方法が山ほどありますし、さりとて怪しげでない方法があれば、それはそれで問題を生じるので、なかなか難しいですね。しかも一人の人が生む子供の数はせいぜい数人ですから、身の回りの感覚で男女比を議論してもたいてい意味のある結論には結び付きませんから、なおさら厄介です。
Q:チンパンジーの遺伝子配列とヒトの遺伝子配列は非常に似ていて、たがいに対応づけられる。共通祖先の段階では、染色体数は48本だったと想定されている。共通祖先から現生のヒトに至る過程で、そのうち2本がくっついて1本になったとされているが、染色体は2本ずつ組になっているため、1組減ることで48本から2本減り、46本になった。このヒトをヒトたらしめる遺伝情報の違いはなんなのかという話を聞いたとき、生物がゲノムの正しい伝搬に依存して生きながらえていることを考えると、染色体の原動力の方向性がどのようなメカニズムで決まるのかという問題を解くことが非常に重要であると考えます。例えば、酵母など単純な生物を用いて、生殖細胞が減数分裂する際の染色体の数を半分にする分子メカニズムについて精査します。そうすることで、不妊症やダウン症がヒトに起きる原因解明する糸口を掴むことができるのではないかと思います。
A:減数分裂の際の異常が、さまざまな病気につながるのは確かでしょう。重要なポイントです。ただ、遺伝については他のさまざまな要因を考える必要があって、それらについてはこれから解説する予定です。
Q:生物の遺伝情報はDNAが持っている。DNAが生物の設計図だといわれる通り精子や卵子のDNAを人工的に変えることができれば生まれてくる生物の特徴を変えることができるのではないかと考えた。授業で扱っていたようにDNAの違いによりアルコールを分解する能力に違いがあるように生物の能力にはある程度の先天性のものがあると考えられる。DNAを変えることができても生物自体の形を大きく変えることはできないと思われるが、人に機能していない遺伝子の中には人が進化の過程で必要無くなった尻尾や体毛などの情報があると思われるのでそのDNAを変えることで尻尾を生やしたり、体毛を濃くするなどができるのではないかと思われる。これ以外にも肉体の構造を大きく変化するものでなければ手の指の間に水かきを作るなど多少の体の形や機能を変化させることができるのではないかと思われる。また、これを応用すれば生まれながらに持つ病気や障害などを事前に防ぐこともできると思われる。しかし、このようなことは技術的な問題だけではなく倫理的な問題も出てくるので実現するのは難しいと思われる。
A:確かに倫理的な問題をはらむことではありますが、現実には既に出生前の診断は実現されていますし、一部についてはそれに対して何らかの措置が取られてもいます。このあたりの判断は難しいですね。
Q:遺伝子の進化論的な解釈について考察する。次に挙げる二つの考え(調べていて見つけたもの)は面白いが、矛盾していると思う。1.素人感覚からすれば遺伝子としての機能を持たない偽遺伝子はなぜ存在するのか・・となるが、これは個体の生存に関与しないものは淘汰されないという中立説で説明される。2.ヒトとチンパンジーのY染色体(精子生産に大きくかかわる)には大きな違いがあり、これがヒトとチンパンジーの精子の数・強さの違いをもたらしている。ヒトの精子が少なく・弱くなったことの説明として一夫一婦制が挙げられている。1は中立説、2は用・不要で考えているが、同じ土俵のせて考えなくてよいのかと疑問に思う。もし1の中立説に合わせるなら2ではヒトの精子は一夫一婦制になろうと、減る必要も弱くなる必要もないのではないか。
A:2の方の話はちょっと眉唾だと思いますが。調べて見つけたものについては、出典を載せるようにお願いします。そうしたら、こちらでチェックすることができます。
Q:人のDNAの基本的な構造や遺伝子の種類が同じなのであれば、どこに人々の違いがあるのか考えたら、塩基配列が違うと気付いた。人によって繰り返し配列の回数は違うのだから、ゲノムの40%に相当する繰り返し配列を親と同じDNAの場所の繰り返し配列を検査すれば、その親の子どもかどうかを検査できるのではないかと考えた。RNAとして転写される領域では、設計図のコピーであり、他人で全く同じ人はいないかもしれないが、色々なDNAの場所で繰り返し配列を検査する事で誰の子どもであるかのかを明らかにするための、より正確なデータが得られるのではと考えられる。
A:繰り返し配列に限らなくても、個人差が大きい領域・小さい領域というのはありますから、個人の識別や親子関係などの鑑定は、現在ではDNAが手に入ればかなりの精度で行なうことができるようになっています。
Q:コドンについて、64通りあるうち、つくられるアミノ酸は20種類であるから、同じアミノ酸を作るにしても複数のコドンがあることはわかる。しかし、個人的に気になるのは開始コドンが一通りなのに対して、終止コドンが3つあったり(しかも開始コドンにはメチオニンすなわちアミノ酸一つを割り振ってしまっているのに終止コドンにはアミノ酸を割り振っていない)、あるアミノ酸には4つもコドンが割り振られているのにもかかわらず、トリプトファンについてはUGGだけだったりと、コドンの割り振られ方が奇妙である。もし、一つのアミノ酸に対して複数のコドンがあることで何か利点があるのだとすれば、体を構成するすべてのたんぱく質においてもっとも使用頻度の高いアミノ酸を割り当てることで、何らかの理由で塩基の一つが破壊されたり、もしくは別の塩基に置き換わってしまったとしても、同じアミノ酸がつくられ、できるたんぱく質そのものに影響を与えないということは考えられると思う。トリプトファンがすべてのたんぱく質でもっとも使用頻度の低いアミノ酸であるならば、そういうことも言えるかもしれない。
A:与えられた情報から論理的に物事を考えているという点で素晴らしいと思います。確かにコドン表を見ると、なぜそうなっているのだろうと首をひねる点もあります。逆に、この、見方によっては妙なコドン表が、基本的に地球上の全生物に使われていることが、地球上の生命の起源が単一であった証拠の一つとされています。
Q:今回の講義でヒトとチンパンジーのゲノムの違いは1%程度と習ったが、何を基準に1%違うと結論づけたのか気になった。遺伝子についてみると、80%違うということがわかっているらしいが、これは遺伝子におけるDNAの並びが違うということで対比が可能なのは、すぐに理解できる。しかし、ゲノムの対比の場合チンパンジーのゲノムサイズを示さないままヒトとチンパンジーのゲノムの違いは1%程度と高らかに示しても、ゲノムサイズが違ったとしたらどうやって対比するのか?そもそも対比などできるのか?という疑問が残ってしまう。科学者がそんな無謀な対比を実行しようと考えつかないだろうと判断基準を設けると、ヒトとチンパンジーのゲノムサイズは大体同じであることが予想される。でなければ、対比することもできないと思うし、意味もない。加えて、この対比結果について私の意見を言わせて頂くと、何故このような対比をした結果を見て喜んでいるのかわからない。大切なのは遺伝子情報の部分なわけで、それが80%も違っているのだから、このような結果を世に示すのは意味がない。かえって誤解を招くものだと感じる。
A:「喜んでい」たり、「世に示」したりするのは、世間一般の人々や、その世間に向けて情報を発信するマスコミでしょう。科学者が発表するのはデータとその解釈です。たとえ生物学を専門としない人間であっても理系の学問を学ぶ機会を得たものとしては、そのデータを見て意味を理解して、そのような機会を持たなかった人々に説明することが大事です。誤解を招くから情報を制限するという姿勢が、往々にして悲惨な結果につながることは過去の経験からも明らかでしょう。広く情報を公開した上で、(この講義を聞いたような)知識のあるものがきちんと説明していくことが重要だと思います。
Q:今回の授業で興味をもったのは、以前の授業にも少しでてきたのだが、アルデヒド脱水素酵素の活性についてです。ALDH2の活性に直接関係する塩基であるグアニンがアデニンに変異している場合にALDH2の活性の欠損が起こる。日本人の場合、約6割が正常、約4割で欠損しているということに興味を抱きました。おおまかに、ALDH2の活性の欠損はアジア系の黄色人種でみられ、白色人種、黒色人種ではほとんどみられない。なぜグアニンがアデニンに変異する必要があったのか。そこまでアルデヒドを分解する必要がなかったために変異してしまったのではないだろうか。アルコールというのは糖が発酵することによって生成される。アルコールにふれる機会がなかった場合、アボリジニのようにアルコール分解能力が低くなるはずである。ということは、アルコールは摂取していたが、それほどの量は摂取していなかった、つまりお酒を製造する技術が確立されるのが遅かったと考えられないだろうか。ALDH2の変異が約2万年前に起こったとされています。ヨーロッパ圏ではぶどうの発酵、アフリカ圏ではさとうきびの発酵などによるお酒が早くに偶然発見され、はやくからアルコール度数の高い酒が製造されるようになったが、アジアではそうはいかなかったため、変異が起こり、今に至るのではないだろうか。
A:ある変異が大きな集団に広がるのは、主に2つの場合があります。一つは、一度その個体数が何らかの理由で極端に減って、その後回復した場合で、減った時に生き残った人がたまたまアルコール分解能力が低かった場合は、回復したのちの集団にその形質を持つものが増えることになります。もう一つは、その変異が特定の環境で有利になる場合です。その時には、適者生存によって変異が集団内に広まることになります。アルコール分解酵素について後者のケースを考えた場合は、分解酵素を持たないメリットは何か、という点が鍵になると思います。