生化学I 第5回講義

タンパク質の動態

第5回の講義では、前回の講義に対するレポートのいくつかを取り上げて、この講義で求められているレポートの書き方について解説した後、タンパク質の変性、シャペロンによる修復、ジスルフィド結合による活性制御などについて紹介しました。以下に、寄せられたレポートについていくつかコメントしておきます。


Q:「酵素がエネルギーを使わずに働くことができる」という話について。

A:レポートにこの点について書いてくれた人がたくさんいたので、誤解のないようにコメントしておくと、これは、多くの酵素の反応は触媒的であって、ATPなどのエネルギーの投入なしにも進行する、ということです。すべての酵素がエネルギーを使わずに働く、というわけではありません。例えば、講義の中で紹介したシャペロンなどが典型的な例で、タンパク質の構造を正常な状態に持って行くために、多くの場合ATPのエネルギーが用いられます。


Q:今回の講義の中で、シャペロンの図の中に60キロダルトンという語句があり、ダルトンが何を表す単位なのかわからなかった。

A:大変失礼しました。ダルトンは、有名な物理化学者ですが、その名前が(分子)質量の単位として使われています。Daと通常表記されキロダルトンならkDaですね。ちなみに、分子量という言葉がありますが、これは、質量数12の炭素の質量の1/12を基準にして示した相対比なので、単位はありません。


Q:論理的思考を鍛えるために自分でできることがありますか。

A:論理的思考というのは、能力というよりは習慣かもしれません。講義に対するレポートの書き方の説明をした時に、問題設定の重要性を強調したと思いますが、問題設定というのは、早い話が疑問です。何か話を聞いた時に、なぜそうなっているのだろうか、と常に考えて、その論理を自分なりに追っていく習慣がついているのが一番ですね。もちろん、論理を展開するには、一定程度の知識が必要になりますから、それもある程度は必要です。ただし、この講義のレポートに関しては、誤った知識に基づいた論理でも、その論理展開自体がしっかりしていて疑問が独創的なものであれば、高く評価しています。「一休さん」という大昔のアニメには、「どちて坊や」という登場人物が出てきて、当たり前に思えるのだけれども「どちてそうなの?」と改めて聞かれると答えにくい質問をして一休さんを困らせます。自分で、なぜ、どうして、と常に考え続けることが、一番の対策だと思います。


Q:今回の授業で、酵素などのタンパク質の機能発現において揺らぎが必要だと習った。高校では、酵素が機能するにはそれぞれの酵素がもつ特有の立体構造にあう基質でなければならない、つまり鍵と鍵穴の関係だと学習している。ここで、何故構造の揺らぎが必要なのか疑問に思った。鍵と鍵穴と同様の関係であるならば、別に構造に揺らぎがなくても機能発現するはずである。もし実際に構造の揺らぎが必要なのであれば、この鍵と鍵穴の関係に欠点があるということになる。ここでいう鍵は基質、鍵穴は酵素なのだが、酵素と言うのは主成分がタンパク質である。タンパク質は様々な要因で変性する。だとすると、酵素は基質に完全に合う形で存在することが少ないのではないのだろうか。多少の違いなら基質と合わさった後揺らぎを加えることで、形を合わせそれによって機能を発現できるだろう。これよりタンパク質が機能発現するには揺らぎが必要だと思われる。

A:タンパク質の構造の揺らぎがなぜ酵素活性に必要なのかという点について考察したレポートがこれ以外にも複数ありました。講義できちんと説明しきれていなかったので、改めて説明します。酵素は基質を結合して、産物に変えて放出します。逆に言えば、反応前は基質を結合した酵素が存在し、反応後に産物を放出する前には、産物を結合した酵素が存在するはずです。鍵と鍵穴の関係というのは酵素の基質結合の例えとしてよく使われますが、もし、鍵と鍵穴がぴったり合っていたとしたら、鍵が別の形に変化することはありそうにもありません。つまり、産物を結合した状態に変化するのであれば、その際には酵素自体の構造も変化しているはずだと考えることができると思います。かなり単純化した説明ですが、これで構造変化の必要性は理解してもらえるのではないかと思います。


Q:シャペロンはタンパク質のフォールディングを促進するが、そのシャペロン自身もまたタンパク質である。ならば、最初のシャペロンはどうやって生まれたのだろう。私は可能性として、折りたたまれずに機能したか、もしくは自発的に折りたたみが行われたかのどちらかだと考えた。前者では立体構造をとることができないので、大きな分子をつくるのが難しく安定して存在するのも難しいと考えられる。後者だとすると、アンフィンゼンのドグマに示されるように可能だと考えられる。したがって、最初のシャペロンは自然にフォールディングしたと考えられるが、そうだとするとシャペロンの存在自体がアンフィンゼンのドグマの証明になるのではないかと思う。

A:これなどは、ごく単純な疑問から出発して、アンフィンゼンのドグマの証明まで持って行っていますから、短いけれども高く評価できるレポートです。突っ込みどころがないわけではありませんが、つまらない完璧なレポートよりは、突っ込みどころはあっても独創的なレポートをお願いします。


Q:グラフのタンパク質が全てのアミノ酸を均等に持つと仮定して二つのピークを考えると、①230nmのピークでは芳香族基以外の官能基の性質によるもの、②タンパク質自体の性質によるもの、以上二つを想定された。①の場合は、アミノ酸側鎖の主な官能基、ヒドロキシ基(3)やカルボキシ基(2)やアミノ基(5)が紫外線吸収を230nmで行うという考えだが、カッコ内数字でその官能基をもつアミノ酸数を示したが、芳香族アミノ酸は5種類あり、ある官能基を持つアミノ酸数とピークの差を考えるとこの想定は現実性が低い。ここで、先ほど示した三つの官能基が同程度の波長の紫外を吸収するという考えがあるかもしれないが、その時はそれぞれの官能基を持つアミノ酸を人為的に作成し吸収スペクトルを調べるとよいのではないかと考える。②の場合は、タンパク質構造の紫外吸収性質によるのと考えるが、ピークの差を考慮すると①よりは現実性がある。タンパク質特有の構造は、ペプチド結合である。ペプチド結合が紫外吸収に関わるのならば、タンパク質とそのタンパク質のペプチド結合を加水分解したもの(大量のアミノ酸)の両方の吸収スペクトルを調べるとよいのではないかと考える。もしも吸収スペクトルが、芳香族基といったアミノ酸構造や一次構造によるものならば、ペプチド結合という特徴も関与し得るかもしれない。①よりも②の方が230nmの紫外吸収ピークの原因について現実性はあり、ペプチド結合の関与が考えたが、完璧な結論とは言えない。
参考文献:(Ⅰ)、総タンパク質の定量法、鈴木祥夫、https://www.jsac.or.jp/bunseki/pdf/bunseki2018/201801nyuumon.pdf

A:このレポートでは、講義で紹介した紫外部の吸収の話と、アミノ酸の構造の知識だけから、純粋に論理的に紫外の吸収に寄与する構造を推論しています。この生化学の講義の一番最初に、単純な元素組成の表から、どのような推論ができるのか、という話をしましたが、単純な知識からどれだけ意味をくみ取ることができるのか、という点がサイエンスの一つの醍醐味だと思います。