大学で教員をしていると、普段はネクタイなどをしていなくても特に見咎められるようなことはありません。同僚には、冬でもポロシャツ一枚で過ごしていて、たまに、ワイシャツを着てきただけで学生に「へえ。あの先生って、長袖も持ってたんだ。」と言われたつわものの先生さえいらっしゃいます。とは言え、いったん大学の外に出ると、ネクタイが必須という場も数多くあります。
ネクタイの基本的構造は、一枚の細長い布が首の回りを回っていて、両端が胸の前に垂れ下がっている、というものです。そして、この間に首の前で作られた結び目が入ります。結び目の作り方には、プレーンノットだの、ウィンザーノットだのと、いくつか種類がありますが、絶えておしゃれには縁のない身としては、一つだけ覚えれば十分ですから、いくら記憶力が悪いと言ってもさほど問題は生じません。問題は、むしろ長さの調節にあります。締めてみたら片方の端が短すぎたので、もう一度ほどいて、そちらの端を少し下にずらして締めなおしたとします。そうすると、どういうわけか今度は長さが余ってしまいます。しょうがないので、少し短く調節しなおそうとすると、今度は必要以上にそちらが短くなってしまいます。長くしたり、短くしたり、下手をするとこれを永遠に繰り返す羽目に陥ります。
なぜこのようなことが起こるのかの原理の解明に費やした汗と涙のプロセスは省略して結論だけ言うと、ネクタイの太さの非対称性に起因する正のフィードバック効果がその原因です。ネクタイは片側が太くなっているので、太い方の端を短くしようとして太くなっている部分が結び目にかかると、結び目が大きくなることによって思った以上に太い端が短くなってしまうのが原因だったのです。
正のフィードバックは、実はさまざまな現象の中に見られます。地球の温度が下がると、北極や南極の白い氷が増えて太陽の光はより多く反射されるようになります。そうなると、太陽の光がその分宇宙空間に逃げてしまいますから、さらに温度が下がります。地球の表面のほとんどが氷に覆われていた時期が、過去に何度かあったと言われていますが、これもそのような正のフィードバックが働いたせいでしょう。今後、地球の温度が徐々に上がっていくと、今度は逆の方向に正のフィードバックがはたらいて、地球の温度の急激な上昇につながるかもしれません。ネクタイを何度も締め直しながら、地球の過去と未来に思いを馳せるのでした。
2013.05.27(文:園池公毅/イラスト:立川有佳)