以前、子供がアイスの「ガリガリ君」を食べていたら「1本当り」の棒が出てきたことがありました。それをお店に持っていけば、もう1本アイスをもらえるのに、いつまでも家においてあるので理由を聞いたところ、「引き替えたらただのどこにでもあるアイスになるだけだけど、この棒はめったに出ない貴重なものなんだぞ」という返事でした。言われてみれば「確かにそうかな」とも思う一方で、何か論理が逆転している感じも残ります。このそこはかとない違和感をたどっていたら、昔、素麺の中に数本色つきのものが入っているのを取り合った経験を思い出しました。「色つきの麺だって特においしいわけではないんだから僕にくれたっていいだろ」と言い合うのですが、「特においしいわけではない」のであれば、そもそも自分は何で欲しがるのか、という点が説明されていません。アイスの当たり棒と色つき素麺の共通点は「現実には利用価値のない希少性」であって、それに積極的な価値を認めると現実の価値と乖離する、という点が違和感を生ずる原因なのでしょう。
とは言え、感覚としては、棒についたアイスを食べて行って「1本当り」といった表示が出ると、別に子供でなくてもうれしいものです。この辺りのうれしさは、例えばお年玉付き年賀はがきの場合とは少し違う気がします。年賀はがきの場合、「当たり」の確率はわかっていて、100枚年賀状があれば、2,3枚が当たるだろう、という予想のもとに当選番号を見ていくことになります。一方で、アイスの当たりの確率は公表されていないようですが、景品表示法によれば、景品の額は売り上げの2%以内に抑えなければいけないので、同じものがもらえるアイスの場合は、当たりの確率は50本に1本以下です。ただ、普通は一度に食べるのは1本でしょうから、1回しか起こらないことを確率論で考えてもあまりメリットはなさそうです。1回1回が、それぞれ1回だけの挑戦であるところが魅力の一つであるように思います。
さて、ガリガリ君に話を戻すと、ガリガリ君ソーダ味は薄い青色をしています。以前は、この青色は人工着色料を使っていたようですが、現在は、シアノバクテリアの一種であるスピルリナから抽出したフィコシアニンを着色料として使っています。フィコシアニンは、シアノバクテリアや海苔の仲間の紅藻に存在する色素で、光合成に使う光を集めるのが役割です。他の光合成色素であるクロロフィルやカロテノイドと異なるのは、タンパク質と結合した状態で存在していることです。ですから、温度が上がるとタンパク質が変性してしまうため熱に対する安定性は悪いのですが、アイスに使う分には問題ないということでしょう。この次にガリガリ君を食べる時には、光合成色素の色に注目して楽しんでください。
2014.03.17(文:園池公毅/イラスト:立川有佳)