今は東海大学の准教授になっているIさんは、子供のころをイギリスで過ごした帰国子女で、よく、「イギリスって、いいんですよ。時の流れがゆっくりで。」と言っていました。僕もイギリスは大好きで、イングランド北部の湖水地方には3度遊びに行っていますし、中部のコッツウォルズの街並みや、スコットランドの荒々しい風景もお気に入りです。ただ「時の流れがゆっくりで」という部分はどうもピンときません。確かに湖水地方はゆったりしていますが、ロンドンはそれほどでもありませんし、逆に日本でも北東北などを訪れると、ゆったりした雰囲気を味わえます。そもそも、子供のころを過ごしたイギリスでは時の流れがゆっくりに感じられて、大人になってから過ごした日本では、時の流れが速く感じられたのは本当だとしても、それが国の差であるという解釈のほかに、子供と大人の感覚の差である、という解釈もあり得ます。年をとると一年が短く感じられるのは誰しも経験するところです。「単に子供のころは時の流れがゆっくりだということじゃないの?」と言ったら、「そーかなー」と納得できない様子でした。
似たような話に鼻毛の長さがあります。これは別の友人ですが、「空気が汚いところにしばらく住んでいると、少しでも吸い込む空気をきれいにしようと鼻毛が伸びる」と主張していました。確かに鼻毛の存在意義は、異物が体内に入らないようにするためなのかもしれませんが、どうも眉唾なので、根拠を尋ねると「以前、空気のきれいな田舎に住んでいた時に比べて、東京に出てきてから鼻毛の長さが伸びた」との説明でした。しかし、これも「年をとると鼻毛が伸びる」という仮説で説明がつく話です。そこで、その友人に、「科学的な実験にするためには、2つの仮説を区別する実験を工夫しなければならない。この場合、もう一度田舎に帰って10年過ごして鼻毛が短くなったらば、その時初めて、空気の汚さによって鼻毛の長さが変わることが証明できるのである」と言って、田舎に帰って実験するように勧めたのですが、色よい返事は帰ってきませんでした。
ちなみに、時の流れの速さの方のIさんは、その後しばらくして、研究のためにイギリスに滞在することになりました。半年間をイギリスで過ごして日本に帰国した時に連絡があって「イギリスにもどっても、時の流れはゆっくりには戻らなかった」ということでした。やっぱりね。
2013.11.18(文:園池公毅/イラスト:立川有佳)